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FEATURE / MOVEMENT

シンポジウム「食の未来」ガストロノミック・サイエンス&イノベーション 人間は何を食べて生きていくのか? Part1 | The Cuisine Press WEB料理通信

1970.01.01


「未来のキッチン」と称する画像を前にレクチャーするエルヴェ・ティス博士。

ル・コルドン・ブルーパリ校創立120周年を記念して、ル・コルドン・ブルー×国立民族学博物館×立命館大学の共催によるシンポジウム「食の未来」が、2015年10月27日、立命館大学 びわこ・くさつキャンパスにおいて開催された。第1部・介護食、第2部・ポスト分子ガストロノミー、第3部・ガストロノミックツーリズムという内容は、私たちが抱える食の課題への医療、科学、ビジネスの立場から提示された解決法として意義深い。
ここでは、フード・サイエンティスト エルヴェ・ティス博士による「第2部 Note by Note Cooking ~分子ガストロノミーが拓く食の未来~」を中心に紹介していく。

text by Hisayo Kisanuki / photographs by Shinya Morimoto





人類は食材と決別する!?




第2部 Note by Note Cooking ~分子ガストロノミーが拓く食の未来~(フード・サイエンティスト エルヴェ・ティス博士)より

セラミックの瓶がずらりと並ぶ棚・・・・・そんな光景の写真を指差し、エルヴェ・ティス博士は「これが将来のキッチンかもしれません」と話し始めた。

第2部に登壇したのは、料理の分野に科学を取り入れ、調理のメカニズムを分子レベルで解明した分子ガストロノミーの第一人者、ティス博士。現在はフランス国立農学研究所に所属している。20世紀末から21世紀にかけて、ピエール・ガニェールやフェラン・アドリアなどの前衛的なシェフたちが分子ガストロノミーの考え方を応用した分子料理を次々と発表し、料理界は大きな革新を見た。以降、調理過程を成分の物性変化で捉える思考は、分子料理の枠を超えて広まっている。「でも、もうそれは過去のものなのです」とティス博士は強調する。

ティス博士の現在の研究テーマは「Note by Note Cooking=単音調理法」である。単音調理法とは、肉や魚といった食材ではなく、分子化合物を組み合わせて料理を作る方法。食材を音楽の和音に見立て、分子化合物を単音とみなしたことが名前の由来だ。

たとえば、酢。酢には水、酢酸、リンゴ酸など、いくつもの分子化合物が含まれている。だから、酢を使うということは、和音を用いるようなもの。和音の良さがある反面、要らない成分も付いてくる制約や不自由さがある。それはどんな食材でも同様だ。
そこで、単音にばらして調理する方法をティス博士は編み出した。それが「Note by Note Cooking=単音調理法」なのである。

ル・コルドン・ブルー日本校のギヨム・シエグレシェフが、Note by Note Cookingに則ってデモンストレーション。『料理通信』君島編集長もファシリテーターとして登壇した。

味、香り、食感が思いのまま




ティス博士の講義と同時進行で、実際に単音調理法を用いて、ル・コルドン・ブルー 日本校エグゼクティブシェフ ギヨム・シエグレによる料理デモンストレーションが行われた。

まずは「Sauce wöhler(ソース・ヴォラー)」、ワインから抽出されたフェノリックスをベースにしたソース。鍋を火にかけ、キノコの香りの元であるオクテノール、ワインの酸味や風味を出すポリフェノールやフェノリックス、酒石酸を次々に加えてゆく。「3つの異なる刺激を表現したかった」というギヨムシェフは、ワサビの辛味成分アリルイソチオシアネート、ブラックペッパー由来のペパリン、カプサイシンの瓶を取り出して投入。純粋な成分に近い分子化合物を使うからこそ微妙な調整ができて、イメージが表現しやすいようだ。しかも数分で調理終了。ゲストスピーカーである京都の「木乃婦」三代目高橋拓児さんは試食後、「キノコとワインの香りがしっかり感じられます」とコメントした。「単音調理法では、伝統の再現もさらなるイノベーションも、どんな味でも作れます。味、香り、食感のバリエーションがイメージのまま表現できて、その可能性は無限大なのです」とティス博士。

Note by Note Cookingで食材に相当するのは分子化合物。粉末や液体だ。

食糧危機を救う?




2050年には確実と言われる食糧難に対しても単音調理法は可能性を示す。「人口増加により今までの食生活の継続は不可能と言われます。しかし、現在、食材の30% が無駄に破棄されているのも事実。ならば、食材からタンパク質やアミノ酸を抽出して、分子化合物の状態にして保存すればいい」。

分子化合物の状態であれば、著しい軽量化が図られるため、輸送コストも削減される。トマトを例にとれば、トマトは95%が水分である。つまりトマトを運ぶことは水を運んでいるようなもの。そこでナノフィルトレーションなどのろ過技術で分子化合物を抽出すれば、重量は大幅に軽減され、ガソリンなどエネルギーの無駄を省ける。

ギヨムシェフは、ル・コルドン・ブルーにちなんで青色に染めたポップコーン風味の泡「Wurtz(ヴュルツ)」、秋の香りのスフレ「Gibbs(ギプス)」、好みの型で抜いた黄色いステーキ「Dirac(ディラック)」、日本を意識した「スシ」を披露。1万種以上の分子化合物が存在する中で、今回は20種を使用した。撹拌する、煮る、焼くなど簡単な調理で料理ができ上がっていく。全5品を試食後、高橋さんは「見た目を裏切るものもあれば、自然がイメージできるものもあって幅広い。分子化合物といえばケミカルな印象がありますが、塩や砂糖と同じですよね。これからの料理人には何を作りたいか、それには何が必要なのかという分析力が必要なのかもしれません」と感想を述べた。

「ヴュルツ」を調理中。ちなみに、配合は、水200g、砂糖50g、ゼラチン5g、バニラのエキス適量をベースとして、青い色素とポップコーンのフレーバーをプラス。

「ディラック」を焼いているところ。 

「ディラック」は黄色いステーキ。色のせいか、食べた印象は卵焼きのよう。

ギヨムシェフ渾身の「スシ」。味はすしではない。すしの姿をしていると、すしの味を求めてしまうため、不思議な感覚。

食が未来を切り拓く




「単音調理法は料理人に自由をもたらします。絵具で絵を書くのと同じように、料理人は常に新しい絵を描くべきです。そしてどんな調理法を用いたとしても、食卓を囲んでみんなで食べる喜びを忘れてはならない」とティス博士。

単音調理法は、現在、ル・コルドン・ブルーパリ校の「美食に関する最先端研究所」でも研究が進められている。なお、立命館大学では、ル・コルドン・ブルーや国立民族学博物館と連携して、人文科学・社会科学・自然科学の領域を網羅した新しい食科学部(仮称)を2018年4月に開設予定だ。今後は食領域の学問化がより進み、「食」が各領域を繋ぐ役割を果たしていくに違いない。

※シンポジウム「食の未来」において、「介護食」「ガストロノミックツーリズム」をテーマに行われた第1部、第3部に関するダイジェストレポートも、近日公開予定。どうぞお楽しみに。



本シンポジウムに関するお問合せ先
◎ル・コルドン・ブルー・ジャパン
www.cordonbleu.co.jp
[東京校] 0120-454-840
[神戸校] 0120-138-221







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