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FEATURE / MOVEMENT

シェフ・ワトソンが切り拓くキッチンの未来 「コグニティブ・クッキングatレフェルヴェソンス」 | 料理通信

1970.01.01


2014年12月4日、IBMの「シェフ・ワトソン」と「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフとのコラボレーションによるメディア向けイベント「コグニティブ・クッキングatレフェルヴェソンス」が開かれた。
華やかなレストランでプレゼンテーションされたのは、“コンピューターと人間の共同作業”の楽しくも新しい可能性。テーブルにサーヴされたのは、シェフ・ワトソンと生江シェフが共に手掛けた料理だった。

   


シェフ・ワトソンとのコミュニケーション

「シェフ・ワトソンとの共同作業は、綱引きしたり、掛け算したり、とても刺激的でしたね」と生江シェフは語る。
いかにして、シェフ・ワトソンとのコミュニケーションを深めたのかと言えば、「まずは、彼のバックグラウンドを探ることから始まった」。
条件を打ち込む⇒レシピを提示される、を繰り返す中で、生江シェフはシェフ・ワトソンのキャラクターを掴んでいったという。
で、どんなキャラクターでしたか?
「アメリカ人ですね(笑)」
なるほど、当然ではある。シェフ・ワトソンにインプットされている9000種類のレシピは、アメリカの人気料理雑誌『Bon Appetit(ボナペティート)』に基づくのだから。
「そこで、検索ワードにあえて<フランス風>を入れることで、より自分が求めるレシピに近づけていきました」
彼の思考の源泉が何であるか、彼がどんなレシピを学習したのかは極めて重要、と生江シェフは考える。なぜなら、「それによって、料理傾向が決まります。エスコフィエを学習していれば、正統派フレンチになるでしょうし」。
今後は、シェフ・ワトソンが世界中のレシピを学習していくことによって、彼の思考もワールドワイドになり、多様な提案をしてくれるようになるのではと期待を寄せる。

シェフ・ワトソンと人間の仕事の分担

どこまでがワトソンの仕事で、どこからが生江シェフの仕事だったのかも気になるところだ。
まず、シェフ・ワトソンは、与えられた条件に対して、100のレシピをお薦め順に提示する。そこから先は、生江シェフの領域。あくまでも、選ぶのは人間である。IBMがワトソンを「意思決定のサポートをするシステム」と呼ぶ所以だ。「膨大な情報の中から、必要な情報を見出し、評価して、予測を提示する」のがワトソンの役目であり、どこまでいっても、決定するのは人間に他ならない。
「レシピは“160℃で30分”といったように、詳細に書かれていますが、状態までは書かれていません。たとえば、ファットダックの厨房では、肉の焼き上げは“芯温60℃”という状態が到達点でした。しかし、シェフ・ワトソンは状態の指定まではしない。状態の見極めは人間に委ねられることになります」
シェフ・ワトソンは道筋を示し、どうおいしくするかは人間に託される。
「前菜の蟹のスープ。レシピには書かれていませんでしたが、僕の判断で蟹の殻を空焼きして使っています。香ばしさを出すためです。タリアテッレ状の根セロリを添えたのも僕のアイデアです」



シェフ・ワトソンは人間を超えるか?

生江シェフ、シェフ・ワトソンと一緒に仕事をしてみて、いかがでしたか?
「シェフ・ワトソンが提案したレシピには、ホースラディッシュなど、この店としては初めて使う食材もあり、世界を拡げてくれる感覚がありました。新しい発想を与えられると言っていい。彼と仕事をすることによって、ひとつの価値観に縛り付けられなくなるのがいいですね。
条件を入力すると、瞬く間に100レシピを挙げるスピードには敵わない、と思う反面、実証されていない提案も多いなとも感じます。人間の場合、経験に基づいて、使えないものは無意識下に削除していくでしょう。そこが人間の優れているところ。
経験値で言えば、まだまだ僕のほうが上だなと思いましたが、シェフ・ワトソンの経験値をどこまで上げられるかによって、可能性は広がっている。たとえば、先ほどの“蟹の殻を焼いて香ばしさをプラスする”といったデータがインプットされていれば、そのような提示をしてくることでしょう。学習させるレシピに“芯温60℃”とあれば、それがワトソンの技になる。彼が考えるネタが増えれば増えた分だけ、彼の技術は向上するはずです。世界中の優秀なシェフたちと調理技術を磨き合ったら、必ずや、優れたレシピが生み出されるに違いありません」 確かに、ガストロノミーの領域では、調理技術の科学分析が進み、調理の要諦や根拠がどんどん数値化されている。それらのデータをシェフ・ワトソンに学習させていったなら、ワトソンがすばらしいレシピを次々と生み出すに違いない。



0と1で表現できない世界

ワトソンについて語られる時、しばしば言及されるのが「コンピューターが人間に取って代わるのではないか」という懸念だ。
「その点については、僕は比較的、楽観視しているんですよ。レシピの開発という点では、人間と凌ぎを削るかもしれない。けれど、料理の良し悪しを決定するのは、“おいしい”とか“うれしい”といった、0と1では表現できない感覚です。ワトソンは以前、アメリカのクイズ番組『ジョパディ!』でクイズ王と対決して勝ったことで知られていますが、クイズと違って、おいしさの定義づけはむずかしく、その答えはひとつじゃない。加えて、どこまでいっても、レシピを料理の形にするのが人間である以上、料理人の“腕”に負う部分が大きいと言わざるを得ないでしょう」
シェフ・ワトソンが人間に取って代わることはなく、むしろ、「シェフ・ワトソンが提案する⇒人間がおいしく調理する」という共同作業によって新たな地平が切り拓かれる可能性は大きい。



シェフ・ワトソンと人間の共同作業が拓く未来

では、「シェフ・ワトソンが提案する⇒人間がおいしく調理する」は、どこでどう実現していくのか?
生江シェフがとりわけ期待するのは、病院食のように、栄養的見地、医療的見地、食材や調理法の制約など様々な条件が絡み合った中でのメニュー開発だ。確かに、シェフ・ワトソンの頭脳をもってすれば、複雑なメニュー開発もお安い御用だろう。
後期高齢者社会が進行すれば、同様の事柄が求められるのは病院食ばかりではない。様々な施設で、いや家庭でも必要とされることだろう。
レストランであっても、シェフ・ワトソンを活用したなら、食事制限のあるお客様に対して、ケアの行き届いた料理を、高いクオリティで、バラエティ豊かに提供することが可能になる。 「シェフ・ワトソンと僕たちが手を組むことで、レストランの役割をもっと広げることもできそうですね」





   


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