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FEATURE / MOVEMENT

AIと職人が切磋琢磨するお菓子作りの現場

シリーズ・フードテック 01【AI】

Sep 27, 2021

text by Sawako Kimijima / photographs by juchheim

新シリーズ・フードテック

「フードテック」と聞くと、ちょっと硬くて遠いイメージを抱くかもしれません。
そこで、私たちは視点に「人」を絡ませてみることにしました。
「人×フードテック」、少し近づいた気がしませんか?
そもそも、FoodとTechnologyを結び付けているのは人間です。
なによりも目指すところは、限られた資源を有効に活用するためだったり、暮らしと仕事の環境を健やかで快適に整えるためだったり、つまり、より良き人間社会です。
「AI vs人間」という対立構造で語られがちだったAI導入が「AI×人間」という共存関係によって進展している事例も報告されています。
私たちは“人間らしさ”“人間っぽさ”という観点にこだわって、フードテックの世界を見ていきたいと思います。

ユーハイムでは、AIを搭載したバウムクーヘン専用オーブン「THEO(テオ)」が活躍中です。
「開発を進める中で見えてきたことがたくさんある」と語るのは河本英雄社長。「職人はAIと向き合うことで自分の技術を直視することになり、改善点を見出すようになります」。それは、AIにインスパイアされて前進する人間の能力と言っていいかもしれません。
“AIと職人は敵対しない。手を取り合うことで職人の世界を広げていける”を実践するユーハイムのお菓子づくりの現場をレポートします。


「バウムクーヘンならAIにも焼ける!?」

「AIにとって高さ10cmのスポンジを焼くのはむずかしい。でも、1cmの層を20回焼き重ねるバウムクーヘンならできるかもしれない」
ロボット工学の先生のそんなつぶやきが、THEO誕生のきっかけだった。
「様々な要素が複合的に絡み合って焼き上がるスポンジ生地は不確実性が高い。その点、バウムクーヘンは1cm厚さの生地を400℃で2分という焼成を繰り返すことで厚みを重ねていく。膨らませるスポンジに対して閉じ込めるように焼き上げるバウムクーヘンはAI向きだったのかもしれません」と河本社長は語る。

そもそも、なぜ、AIでバウムクーヘンを焼こうと考えたのか? 
「変革していく時代の行方やビジネスのあり方を考えるヒントを得るために、ある大学教授の勧めで南アフリカへ何度か足を運んでいました。次第に南アフリカの子供たちにお菓子を届ける方法はないものだろうかと考え始めたことが、まずひとつの理由」
ふたつめはもう少し現実的な理由だ。
ユーハイムのバウムクーヘンは専用機を使って、必ず職人が付きっきりで焼き上げる。ゆえに多店舗化がむずかしい。
「ある時、機械をダウンサイジングしてAIを搭載し、職人なしでも焼き上げられるようにしたら、多店舗化も南アフリカで焼くことも可能になるのではないかと閃いた。そこから“AIでバウムクーヘンを焼く”という課題に取り組み始めました」


100年を超える伝承のレシピと職人の技。

そもそも、ユーハイムにおけるバウムクーヘンの技術の伝承はどのように行なわれてきたのか? AI導入の前提として、人から人への継承の過程を見てみよう。

ユーハイムのバウムクーヘンの歴史はそのまま日本におけるバウムクーヘンの歴史だ。日本のバウムクーヘンは、第一次世界大戦の捕虜として日本に連れて来られたドイツ菓子職人カール・ユーハイムから始まった。初めて日本で焼かれたのは1919年。
河本社長によれば、「良い職人が良い世の中をつくる」がカール・ユーハイムのモットーだったという。ドイツのマイスター文化に裏打ちされた考え方と言えるだろう。

「フランスのMOFとドイツのマイスター、ややもすると似た制度のように見えますが、MOFは技術的な才能に対して与えられるのに対して、マイスターは親方としての資質に与えられると言えるでしょう。カール・ユーハイムのモットーもそんなマイスター文化に起因するのかもしれません」

ユーハイムでは創業者の志を尊重して、技術職を採用する際、製菓学校卒であるかどうかよりも、「良い職人が良い世の中をつくる」を体現できる人材であるかどうか、つまり人間性に重点を置くという。そして、ドイツ同様、マイスター資格の取得を技術職の目標に据え、取得までのカリキュラムが組まれているそうだ。現在、ドイツのマイスター資格保持者は5人。

「バウムクーヘンのレシピは100年間、基本的に変えていません。国立ドイツ菓子協会が定めるバウムクーヘンの厳格な規定があり、その規定に則って作るため、変えようがないとも言える。ただし、時代と共に材料の質が変わり、材料が変われば、生地作りや火入れの調整が必要です。職人によって見極めどころや勘どころも異なります。時代の嗜好も変わるから、仕上げの調整力も必要です。結果、7~8年に一度、チューンナップすることになりますが、その判断は職人のトップが行ないます」

ちなみに、国立ドイツ菓子協会が定めるバウムクーヘンの規定とは以下の通りだ。
・使用する油脂はバターのみ、マーガリンやショートニングは使用不可。
・ベーキングパウダー(膨張剤)使用不可。
・添加物(乳化剤や人工香料など)使用不可。
・配合は、卵2:小麦粉1:砂糖1:バター1の割合。
・共立て法(全卵の状態で混ぜる)ではなく、別立て法(卵黄と卵白を分け、卵白をメレンゲにして混ぜる)で製造。

「規定は、職人の技術を守るためでもあるんですよ。膨張剤や乳化剤を使うほうが失敗なく安定して作れます。しかし、それらに頼らずに焼き上げるのが職人の技術。添加物は職人を技術的にスポイルするとの考え方です」
ユーハイムでは極力添加物を使わない方針を貫き、2000年にはさらに「純正自然」をキーワードとして材料の見直しを図って、乳化剤などの撤廃を実施した。


AIが職人に修正を迫る!

そんなバウムクーヘンをAIに焼かせようというのである。
手本として、50年のキャリアを持つベテラン職人、杉浦寛幸さんに白羽の矢が立った。しかし、ここで杉浦さんが抵抗を示す。それはそうだろう、70歳になる彼の世代からすれば、技術は人間の腕に宿るものであり、長い年月をかけて磨き上げた技はそう簡単には移植できないと考えたにちがいない。
そこを説得して、AIのバウムクーヘン修業が始まった。

具体的な方法とは、杉浦さんが焼く生地の焼き具合を、各層ごとに画像センサーで解析して“教師データ”を作成。そのデータをAIに機械学習させるというものだ。杉浦さんが何度も何度も焼いてみせ、画像データを蓄積。その蓄積が貯まるほどにAIは職人がどこを狙っているのかを理解し、ベストな焼き加減を習得するというわけだ。

「バウムクーヘンAI職人『THEO』5年間の開発ストーリー」から

「ある程度学習したAIによる焼き上がりを見た杉浦は、『違う。自分はこんなふうに焼いていない』と言うんです。でも、AIは忠実に再現しているんですね。それを聞いた彼は、自らの無意識なクセに原因があるのだと悟りました。つまり、職人はAIと対峙して自分の技術を直視・客観視することになり、自ら改善点を見つけ出すようになる。そこからが感動的でした。杉浦はクセを修正し、彼が焼くバウムクーヘンのクオリティがさらにレベルアップしていったのです」

「バウムクーヘンAI職人『THEO』5年間の開発ストーリー」から

「バウムクーヘンAI職人『THEO』5年間の開発ストーリー」から

「AI倫理」という言葉がある。AIが社会で安全かつ公正に使われるための規範を指す。AIによって不当な差別やプライバシーの侵害、人命に対する脅威などの問題を起こさないようにするための指針だ。AIに学習させるのが人間である以上、人間の思考や知識、情報に偏りがあれば、その偏りの上にAIの知能も形作られてしまう。
杉浦さんが直面した事態は倫理とは違うけれど、引き起こされる要因は同じ。AIではなく人間の問題ということだ。「AIを知ることは人間を知ること」と言われるゆえんである。
「杉浦がAIと切磋琢磨する様子を見ていて、私は思いました。添加物などのケミカルは職人の技術をスポイルするが、AIなどのテクノロジーは案外職人と相性がいいんじゃないかって」
杉浦さんの技術を習得したTHEOはその後、他の職人の技術の習得に取り掛かった。
「バウムクーヘンのレシピはひとつですが、職人によって見極めポイントが違う以上、職人の数だけ焼き方があります。THEOには職人別に焼成法を記憶させて、THEOにできることをどんどん増やしています」

THEOが焼いたバウムクーヘン。小さなサイズなので、1本丸ごとの販売も可能。

THEOが活躍すると、焼きたてバウムクーヘンが身近になる。楽しみ方も多様化する。


レシピに著作権を。AI職人に市民権を。

THEO開発の発端は「南アフリカの子供たちにお菓子を届けたい」だった。THEOが現地入りすれば、職人が行かずとも東京から遠隔操作でバウムクーヘンを焼くことが可能になる。つまり、ネットワーキング可能である点がTHEOの優位性である。
THEOが100台あったなら、100台はつながれるということだ。ひとつのレシピを100台が共有し、100カ所で同時に焼き上げることもできる。ひとつのレシピを各土地それぞれの卵や牛乳で焼くなんてこともできる。あるいは、本場ドイツの職人の焼き方をTHEOが学習すれば、今度はそのデータを使って日本で焼くこともできる。

「そう考えていった時に何が問題になるかと言うと、レシピの著作権であり、技術データの著作権です」と河本社長。「音楽のように再生とダウンロードが当たり前の世界では著作権が確立していますが、食の世界ではいまだ著作権の概念が希薄です。THEOのような存在が普及して、レシピや技術の共有が可能になると、“このレシピは誰が創作したものか。この技術は誰に帰属するものか”が明確に示されていることが重要になります。レシピの制作者である職人にレシピ使用料やデータ使用料が支払われる必要もあるでしょう。そして、それは職人のクリエイティビティを刺激していくことになるのではないか?」

そしてもう一点、河本社長は、AI職人が市民権を持つことが重要と考えている。手作りに対する工業製品のような、人間製に対するロボット製という位置付けにならないようにするためにも、AI職人が親しみを持って受け入れられる必要がある。だからこそTHEOという名前と顔を付け、人格を与えた。

THEOという名前を与え、バウムクーヘン職人として親しみを持たれるデザインを施した。

「良い職人が良い世の中をつくる」というモットーに適うように、社会課題の解決につながる使い方をしていったなら、AI職人の市民権は認められていくだろう。現に、ある養鶏場から、ひびが入って出荷できない卵を使ってバウムクーヘンを焼きたいからTHEOを貸し出してほしいという相談が寄せられた。それはフードロス対策の上でも意味がある。そういった事案にTHEOを出動させていくことが、AI職人の市民権を確立していくと河本社長は思い描く。

AIの可能性を探るひとつとして、ユーハイムでは今夏から「オートクチュールコーヒー」の提供をスタートした。AIから提示される質問に答えると、その日その時の気分に最適のコーヒーを提案してくれるというものだ。それは、コーヒーがワインのように産地の気候風土や生産者の栽培法で語られていく中で“自分だけのコーヒーを探す旅”でもある。
食の世界のAI活用は端緒についたばかり。人間がより輝くためのAIとの共存が模索されていく。

「オートクチュールコーヒー」は、アプリでAIとやりとりしてメニューを決定すると、ロボットが抽出してくれる。


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