国産チーズの今、そして未来へ 消費者と生産者をつなぐ「JAPAN CHEESE AWARD」 | 料理通信
1970.01.01
日本のものづくり文化に根ざし、造り手の想いやその土地のテロワールすら感じさせてくれる――そんな国産ナチュラルチーズが最近、次々と誕生しています。日本のチーズ工房の数も、規模はさまざまながら、今や200軒を超えています。しかし、バックグラウンドや起業の要因も一様ではないうえ、安定した品質で生産し続けることの難しさと日々闘っている造り手も多く、長い歴史をもつヨーロッパの“チーズ大国”と同じというわけにはいきません。
黎明期特有の状況に寄り添いながら、その発展を支援していくことができないものか――その想いを叶えるひとつの手段として、2014年10月に「JAPAN CHEESE AWARD」というひとつのチーズコンクールが開催されました。
国産ナチュラルチーズをとりまく状況
農林水産省による「チーズの需給表(2014年6月6日付公表)」によれば、2013年度の国産ナチュラルチーズの消費量は174,818トンと、ここ数年増加傾向にあり、生産量(プロセスチーズ原料用のものを除く)も22,917トンと、過去5年間で113%の増加となっています。(詳しくはこちら)
また、同省は2015年6月から、生産者と消費者の利益の保護、そして農林水産物・食品の輸出促進を目的とした“日本版GI(地理的表示)”と言える「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」を施行する予定で、チーズもその対象品目となっています。生産と消費の増加傾向に加えて、こうした国家施策も関連するなか、注目を集めている国産ナチュラルチーズではありますが、その歴史はまだ始まったばかり。品質や生産環境、流通などのさまざまな点で安定的なレベルに至っている造り手はまだ少なく、ましてや、その土地ならではのチーズとはどんなものかという探究も始まったばかりと言えます。発展の歩みや生産規模、流通や消費などの多くの点で共通項のある“日本ワイン”と同じように、大きな可能性を持ちながらも、越えていかなければならないハードルがあるのも事実です。
日本のチーズを消費者目線と専門知識でサポート
品質の向上がめざましい日本のナチュラルチーズ。今後の発展のために必要とされることは何か――生産と消費の両面を考慮しつつ、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」の施行という状況も考え合わせれば、チーズの品質をきちんと把握する方法の確立と人材育成は欠かせません。そこで、「すべてのチーズに関わる人を応援する」「日本独自のチーズ文化を創造する」といったスローガンを掲げるNPO法人 チーズプロフェッショナル協会は、品質評価法を学びながら、日本ならではの評価方法を築いていくことを目的とした“専科セミナー”を2012年より本格的に開始しました。
この専科セミナーに参加できるのは、チーズに関する幅広い知識と取扱い技術を兼ね備えているかが問われる認定資格“チーズプロフェッショナル”の取得者に限られ、長年チーズの販売や給仕をしている方やチーズに関する講座を行っている講師、さらに、料理家や世界のチーズ工房を訪ね歩いてきた愛好家など、多彩なメンバーがさらなる研鑽を積んでいます。
講座は全10回。まずは、チーズのタイプ別に、製造法を確認しつつそれぞれの工程がチーズの外観やテクスチャー、風味の特徴にどんな影響をもたらすのかを理解していきます。また、テイスティング能力(官能評価能力)を向上させる基本研修も実施。人はそれぞれ育った環境や食体験によっても味覚の閾値(感じられるレベル)が異なるので、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、渋味の別で、自分の味覚と向き合う訓練が行われます。たとえば、チーズの風味でも重要となる“酸味”。乳酸の濃度の異なる水溶液を少量ずつ味わうことで自分の閾値を把握したり、同じ酸味であっても乳酸・クエン酸・酒石酸の違いを体感し、チーズの味わいに適する酸味とはどういうものかを考察したりと、かなり専門的な研修が行われます。こうした“基礎練”をふまえつつ、実際に多くのチーズをブラインドでテイスティングし、公正に評価する訓練が積まれていきます。
評価シートは、フランスやスイスといったチーズ先進国のコンテストで実際に使用されているものをベースとしつつ、チーズのタイプ別に項目を整理し、日本のチーズに適した視点も追加しながら、独自のものを作成。さらに、研修を通じて具体的な事例を積み重ね、意見交換を行いながら、これまでにもいくつかの改良が加えられました。大きな特徴としてひとつ挙げられるのは、「加点ポイント」の項目を設けている点です。チーズ先進国では、長い歴史を経て「このチーズはこういうものである、こうでなければならない」という決まりが詳細かつ明確であるため減点法でのみ評価されますが、品質のボトムアップとともに、生産者を応援しながら“日本ならではのチーズ”を模索していきたいという意向から、ここでは加点法も導入されました。
2012~2014年にかけてこの専科セミナーは計3回開催され、3年にわたって培われたノウハウと人材を実際に役立てる機会として、2014年10月30日に初の「JAPAN CHEESE AWARD」というコンクールが開催される運びとなったのです。
初開催となったコンクール
ヨーロッパと異なり、チーズの“ニューワールド”とも言える日本ではさまざまなタイプのチーズ造りが行われています。そのため、「JAPAN CHEESE AWARD」では15のカテゴリーを設定し、国産のナチュラルチーズを広く募集。日本各地の61工房から118品のチーズが集まりました。
一次審査はカテゴリーごとにグループで行われる形式で実施。専科セミナー修了者が「リーダー審査員(テーブルマスター)」として各グループにつき、開催の3ヶ月前から集中研修を受けた他のチーズプロフェッショナルが別途「一般審査員」として加わり、さらに、有志の生産者8名も審査員(ただし、自分が出品していないカテゴリーを担当)として参加。計85名の審査員が16グループに分かれ、約2時間、それぞれ6~8アイテムのチーズをじっくりと評価、その評点をもとに金・銀・銅の3つの賞に区分していきました。
この日、金賞に選出されたのは118品中、14品。金賞に選出されたチーズのみが最終審査の対象となります。最終審査は、リーダー審査員16名とゲスト審査員2名で実施。フランスのメートル・フロマジェでチーズコンサルティングのエキスパートでもあるイヴ・マンソン氏と、『料理通信』2012年11月号のアメリカ特集でも登場いただいたカリフォルニアの「アンダンテ・ファーム」スヤン・スキャンラン氏がゲスト審査員として参加しました。
結果、この日最高の栄誉に輝いたのは、アトリエ・ド・フロマージュ(長野)の「ブルーチーズ」でした。グランプリはカテゴリーの枠を超えて特別に選ばれるものなのですが、金賞のチーズはいずれも甲乙つけがたい銘品ばかり。グランプリのほかに、共働学舎(北海道)の「ラクレット」と三良坂フロマージュ(広島)の「カレ・ド・ラヴァンド・シェーヴル」が外国人ゲスト審査員特別賞として選ばれました。
◎「JAPAN CHEESE AWARD 2014」受賞結果の詳細はこちら
未来へ向かって進む
今、市場ではどのようなチーズが求められているのか、また、もっとおいしいチーズを目指して改善の余地があるとしたらそれはどんなことか――。
品質評価のトレーニングを受けた審査員や生産者の特別審査員がグループごとに討議した内容には、国産ナチュラルチーズの発展のために役立つヒントがたくさん含まれています。食べ手、伝え手としての率直な意見と品質に関するアドバイス。出品されたすべての生産者にこれらをフィードバックすることで、日本のチーズの品質向上につなげる――これが「JAPAN CHEESE AWARD」の一番の目的であり、意義と言えるでしょう。リーダー審査員は、そのミッションを肝に銘じ、結果発表後、まるでラブレターをしたためるかのように、フィードバックシートを作成しました。
また、造り手の動向としては、「日本チーズ生産者の会」や、十勝や那須、九州などのエリアごとの活動、さらには、山羊や羊といった乳種(獣種)ごとの研究会の活動も盛んになってきています。国産ナチュラルチーズの新たなムーブメントは、こうしたところからも生まれ、今後、世界に向けて大きなうねりとなっていくかもしれません。
チーズプロフェッショナル協会の常任理事でこのプロジェクトを担当する佐藤優子氏は、「JAPAN CHEESE AWARD」の当日、次のように語ってくれました。
「このアワードは、私たちチーズが大好きな同士たちの想いや希望が詰まっています。おいしいチーズは世界中にあふれています。でも、日本人として、日本人の食卓になじむ、日本の味を体現したチーズってきっとあると思います。そういうチーズを一日も早くスタンダードにしたいし、ジャパニーズ・ウイスキーというジャンルができたように、ジャパニーズ・チーズが世界に認められる日が一日も早く訪れることを切に願っているのです。」
「JAPAN CHEESE AWARD 2014」で金賞を受賞したチーズは、2015年6月にフランスのトゥールで開催される国際コンクール「Mondial du Fromage」への出品支援を同協会から受けられるとのこと。国産チーズの可能性を信じて、消費者と生産者をつなぐインタラクティブな活動はますますその広がりをみせています。
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