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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 08

チームを組んで、街と暮らしを豊かにする

神奈川・鎌倉「祖餐」 石井英文さん、美穂さん

Nov 24, 2020

text by Kyoko Kita / photographs by Daisuke Nakajima

ウイルス、自然災害、経済の停滞……、
どんな苦境に面しても、立ち止まらず歩みを止めず、前に進む力はどこから湧き出るのか。
コロナを経てもなおも逞しく歩みを進める5軒の「これまで」と「これから」を紹介します。


コロナで、街が地元に戻ってきた

自粛期間中、店に来る客の過ごし方が変わったのを感じたと、「祖餐」石井英史さんの妻で料理番を務める美穂さんは言う。「お酒を飲んだり食事をすることが目的というより、誰かと話をしたくて来ている感じの方が増えました」。
自宅に籠り、人との交流が難しくなった一時期、オンライン上ではないリアルなコミュニケーションに誰もが飢えていた。考える時間ばかりが増えて、溜め込んだ言葉を吐き出す場を求めていたのかもしれない。特に1階「ピルグリム」では、一杯のクラフトビールや石井さんセレクトの自然派ワインで心を解すと、普段は口にしない深い話をする客もいたという。「食べることや飲むことは本来、生きることだから、本質的な話もしやすいのかもしれません」。


石井美穂さん
20余年、自然療法「フラワーエッセンス」を主軸に、心・体・仕事・生き方・環境の包括的なコンサルティングを行なう。夫・石井英史さんが営む「祖餐」の厨房にも立つ。



ワインから社会を考える


美穂さん自身、ソムリエの英史さんを通じて知った自然派ワインの世界から、人の生き方や社会について考えるようになった一人だ。「数年前、約1カ月かけて自然派ワインの造り手たちを訪ねたことがありました。彼らはただワインを造っているだけでなく、自然界の営みや社会のあり方について深く問い、自分たちの手であるべき未来を描こうとしていた。無理や無駄のない循環型の暮らしとは。また豊かな未来はどうしたら実現できるのか。私たちも自然派ワインを提供しながら、そのグラスの中に見えるような人と自然との有機的な関係を仲間と共に築いていきたい。それが、暮らしたいと願う社会に近づく一歩になると考えるようになりました」。



共感し、繋がる場


英史さんの選ぶ自然派ワインと美穂さんの料理、そして彼らの人柄が作り上げる店の世界観は、“共感”という絆でそこに集う人たちを結びつけてきた。偶然居合わせた客同士が意気投合し、大切な仕事に発展したこともあったという。それは「石井さんの店で出会った人という安心感が大きいと思います。大切にする価値観を共有できているから」と常連であり美穂さんの飲み仲間でもある菱山直子さん。

「ピルグリム」で打ち合わせ。「飲みに来てしゃべっていたはずが、そのまま打ち合わせになることもしばしばです」

そんな共感で繋がる美穂さんと菱山さんは、今年3月に自治組織を立ち上げた。鎌倉やその周辺地域に暮らす人で協働事業を運営する「鎌倉まちごとオーケストラ」だ。前身となる「くらしのアトリエ」を始めたのは2017年。鎌倉郵便局長も務め、長く郵政の中枢で奮闘してきた菱山さんは、退職を機に、第二の人生をここ鎌倉でどんな風に送っていきたいか考えていた。

一方で美穂さんは、子育てや介護に追われる女性たちの声を聞く中で、彼女たちの個性や意欲を生かせる土壌が地域に必要だと感じていた。2人は「ピルグリム」のカウンターで酒を交わしながら、時間をかけて互いの思いをすり合わせていく。その結論が、「住民たちの“好き”と“得意”を生かせる共同体を作ること」だった。それぞれの暮らしや仕事とちょうどいいバランスを取りながら、少しのお金とやりがいを得られて、地域にも根を張っていけるコミュニティ。

「地域のために何かしたいけれど、ボランティアというのはちょっと違う。そこに文化やアートやワクワクする感覚も欲しかったんです」(菱山さん)。「住民同士の繋がりができれば、地元への思い入れも深まりますよね。そうやって地域の中で人やお金が回るようになるといいね、と」(美穂さん)。


御成町商店会によるフラッグ。鎌倉には様々な形の自治会や自助活動チームがある。



地域の魅力を再発見する


単発でイベントを企画し細々と運営を続けてきたアトリエは、コロナに後押しされる形で「鎌倉まちごとオーケストラ」として活動を加速。美穂さんのママ友で、夫が店の常連でもあるグラフィックデザイナーの馬場さえ子さんをメンバーに迎え、地元の飲食店やクリエイターを巻き込み様々な企画を打ち出していった。

公式サイトにEC機能を設け、飲食店×雑貨店など異業種のコラボセットや、子供向けの工作キットなどを販売。GWには、7店のロースタリーのコーヒーを飲み比べできるアソート「鎌倉コーヒー図鑑」を用意した。ゆくゆくは市内のホテルで土産として販売してもらうことも視野に入れている。ホテルを巻き込めば、観光客にも鎌倉の店を知ってもらうことができ、新しいお金の流れが生まれると考えた。

市内のコーヒーショップ7軒の豆をセットにした「鎌倉コーヒー図鑑」は、ホテルなどでの販売を目指す。地元限定のデリバリー企画では、飲食店だけではなく、地元の配送会社とも協働。


「自粛中は観光客の姿が消え、街が地元の人たちの暮らしに戻ってきた感覚がありました。地域のことを意外と知らない人も多いので、魅力を再発見してもらえたらうれしいですね」(美穂さん)。

準備や打ち合わせは、お互いの店を行ったり来たり。まさにご近所づきあいの延長で進めていった。だが、その連携は個人商店同士に留まらない。商品の配達は地元の配送業者の協力を仰ぎ、1日数回、時間を決めて、市内数か所の指定の受け渡し場所に届けてもらう体制を整えた。



小学校の夏休み最終日に開催した夏祭り企画は、小規模ながら近隣の子供連れで賑わった。

夏休みにはお祭り気分を味わってもらおうと「ピルグリム」と近隣の飲食店数軒で縁日を開き、おもちゃや商品券が当たるくじびきや紙芝居を企画。同時開催した「1デイ防災カフェ」では、地元の電力会社と住宅メーカーの協賛の下、自転車や太陽光による発電体験コーナーを設けたり、ハザードマップや最新防災グッズを紹介するなど、親子が楽しみながら防災について考える機会を作った。「個人でやれることには限界があります。大きな組織と組むことで活動の幅が広がるし、企業のCSR予算を地元に下ろしてもらうことにもなります」(美穂さん)。


夏祭り企画では、湘南電力の協賛で発電体験コーナーを設置。協賛金で商品券を発行した。

今後は、店の常連でフードディレクターの藤本紀久子さんも加わり、新しいサービスを展開していくという。藤本さんは25年に渡り百貨店のフードディレクションを手掛ける傍ら、老舗日本食材店のコンサルティングを行ってきた。

「食生活の変化と安価な輸入品に押されて、絶滅の危機に瀕している日本の伝統食材がたくさんあります。個々の食材が育まれた風土や文化的背景なども含めて魅力を伝えていきたい。これからの世代に“本物”のおいしさを知ってほしいという思いもあって、学びと食べる楽しみをセットで販売できる仕組みを考えています」。



左から、フードディレクターの藤本紀久子さん、「祖餐」石井英史さん、石井美穂さん、元・鎌倉郵便局長でプロジェクト共同代表の菱山直子さんと、同じくグラフィックデザイナーの馬場さえ子さん。

鎌倉という街への愛着と、石井夫妻が大切にする価値観へのシンパシーで繋がる「鎌倉まちごとオーケストラ」。異なる視点や興味、得意分野を持ち寄るからこそ、その活動は自由に広がり、幅広く地域の住民を巻き込んでいく。









◎祖餐&ピルグリム
神奈川県鎌倉市御成町2-9
☎0467-37-8549
17:00~22:00LO ( 土曜14:00~)
日曜12:00~20:00
木曜休、ほか不定休
JR鎌倉駅より徒歩3分
https://www.facebook.com/sosan.pilgrim/





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