OSAKA FOOD LAB チャレンジマーケット第2弾ルポ
食い倒れの街・大阪で、ガストロノミーの土壌を耕す30代シェフたちの挑戦
2019.11.07
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photographs by Koichi Higashiya
互いの店ではなく「大阪から発信する」
昨年夏に大阪・梅田に誕生した日本初のフードビジネスインキュベーター「OSAKA FOOD LAB」に新たなチャレンジャーが集結。9月最後の週末、「ガストロノミーって何だ?」をテーマに、屋台フードと1日4回のコース料理を提供するフードイベントを作り上げた。メンバーは既に人気店のシェフとして活躍する写真の6人。
大阪にオーナーシェフとして店を構える「アニエルドール」藤田晃成シェフ、「リヴィ」山田直良シェフ、「ディファランス」藤本義章シェフ、「Seiichiro, NISHIZONO」西園誠一郎シェフ、奈良から「コムニコ」堀田大樹シェフ、かつて大阪の「クイントカント」でシェフを務め、現在は横浜「サローネ2007」を率いる弓削啓太シェフだ。
フレンチ、イタリアン、フランス菓子と軸足は異なれど、ガストロノミーに憧れ、邁進する彼らが、忙しい営業の合間を縫って企画したイベントは、昨今流行りのコラボとは一線を画すものだった。
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「Office musubi」鈴木裕子さん
「OSAKA FOOD LAB」の企画運営を担う「Office musubi」鈴木裕子さんのもとに、メンバーから相談があったのが今年3月。互いの店でコラボするのではなく、この場所でイベントを企画することで、ガストロノミーとは何かを「大阪から発信する」。
そう考えた彼らを応援しつつ、鈴木さんはコースだけでなく誰もが知っている屋台フードとの二本立てで料理を出すことを提案。さらに「本当に世界に発信したいなら、言葉にできなくては通用しない」と、イベント当日は料理人自ら語るトークイベントも挟むことに。
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料理や空間で表現することは得意でも、言葉で表現することは不慣れな料理人たちにとってググッとハードルは上がったが、半年間、深夜のミーティングを重ね、「この場所で自分たちは何を発信するのか?」を突き詰めていったという。
チャレンジマーケットは、完成したものを披露するのではなく、挑戦する姿を見せながら前進する場。彼らが今回辿りついた答えとは? 当日のトークイベントと屋台・コースメニューからお届けしよう。
ガストロノミーって何だ?
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ランチとディナーの各2回、ガストロノミーコースを提供する合間にトークイベントを開催。6人のシェフと鈴木裕子さん、司会は『料理通信』編集長、曽根清子が務めた。
――ガストロノミーという言葉を、ここ数年で耳にする機会が増えてきましたが、いざ何?と聞かれると、ふわっとして一言で表しにくいですよね。でも、ガストロノミーは「高い」という共通イメージはある。じゃあ「高級な旨いもの屋」と「ガストロノミー」は何が違うのでしょう?
「アニエルドール」藤田:
値段の違いではないと思います。フランスで修業していた頃は、いわゆる星を持っているような高級レストラン=ガストロノミーと思っていました。今も、もしかしたらヨーロッパ圏では一般的に高級レストランを指すかもわかりません。ですが、日本においては、多種多様な形態の飲食店があります。フランス料理においても日本のビストロは凄まじいレベルのお店はゴロゴロあります。居酒屋や、大阪ならではの粉ものにおいても、店主のこだわりを随所に感じるお店がたくさんあります。つまり、僕が思うガストロノミーはお店の形態ではなく、料理人のパッションや、思想に対して。いわゆる哲学のある店です。
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「コムニコ」堀田:
ガストロノミーの意味するところは皿の上だけに留まらない。 ただおいしい料理を提供すればよいのではなく、空間や設え、皿やカトラリーetc... 全ての部分で美意識を求められるのがガストロノミーだと思います。
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「リヴィ」山田:
旨かった、おいしかった、で終わってしまうのか。その背景に何かが見える、感じられるかで大きく変わってくると思います。食材への敬意や、生産者さんへの感謝、それらを取り巻く環境や文化、歴史までも。あとは、前衛的な調理法やデザイン性なども関わってくると思うのですが、僕はそこはあまり重視していません。それよりも一皿に込める想いの濃度で判断しています。
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――ガストロノミーは店の形態ではない、料理だけを指すものではない、おいしいだけではない、と。では、今日のガストロノミー体験コース、屋台フードは食べた人たちに何を感じてほしいと思って作られましたか?
「ディファランス」藤本:
会話が弾むといいなと思って作りました。食事って思っている以上に大切で、食べたものをきっかけに笑い合ったり、議論し合ったり、何かひっかかればいいです。
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~屋台フードから~
<藤本シェフの餃子>ブーダンブラン 海老のソース
スペイン産栗豚、但馬どり、ニンニク、ハーブ、バター、牛乳で作った餡を餃子の皮に包んで。海老のソースとニラオイル、ライムが香るミックスサラダを添えた。
「Seiichiro, NISHIZONO」西園:
体験コースでは、何よりこのコースを食べて良かったと最後に感じていただけるよう感動のあるデザートを。 屋台メニューは、ベーシックなものを自分のフィルターを通したらこうなるという部分を表現して驚きを感じていただけたら。
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<西園シェフのクリームパン>アイスクリームパン
さくっと歯切れのよい自家製ブリオッシュにクリームと自家製ビターキャラメルソース、アイスクリームを挟んで、温度差と食感のメリハリを。
「アニエルドール」藤田:
料理の自由さ。料理には決まりがないこと。各々のシェフの感性の違いを感じてもらえたら。
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<藤田シェフの唐揚げ>手羽元のコンフィ“トムヤムクン”
低温の油でコンフィにした手羽元に衣をつけて揚げ、トムヤムスープに浸した一品。肉はほろほろと骨離れよく、レモングラスやバイマックルーの爽やかな風味が沁み込む。
「リヴィ」山田:
体験コースは「ガストロノミーって楽しいんだ、おいしいんだ、面白いんだ」。屋台メニューは「ガストロノミーって自由なんだ」と感じていただければ。知っているもの(味)とは違うものを知った時、またそこから広がる世界があると思います。
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<山田シェフのフライドポテト>ポムフリット
半割りにしたジャガイモを80℃の油で1時間ゆっくり火を入れ、食べる直前に180℃の油で揚げることで外はカリッと、中はホクホクに。牛挽き肉ともろみ味噌を煮込んだ餡をかけて。
「コムニコ」堀田:
ガストロノミーは皿の上のことだけではないけれど、やはり最初に問われるのは料理の上質さと洗練だと思います。 誰もがよく知る屋台メニューをブラッシュアップし、驚きを感じていただくことで、ガストロノミーの世界に対する興味の入り口になれば良いなと思いました。
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<堀田シェフのかき氷>柿氷
かき氷ブームの奈良の吉野柿を主役にした一品。ふわふわに削った氷にアマレットシロップ、ミルクの泡を交互に重ね、ハチミツでマリネした柿をのせる。底にはパンナコッタを忍ばせて。
鈴木裕子:今回コース料理と屋台フードを考えて、どちらが大変でした?
全員:屋台です!!(笑)
――大阪は昔から食い倒れの街、食の都と言われますが、その大阪でガストロノミーを盛り上げる意味は何でしょう? ガストロノミーは限られた人の美食の楽しみではなく、大阪という街の役に立つものなのでしょうか?
「リヴィ」山田:
どうしても東京や他の都市と比較してしまいますが、「何処」で「誰」が「どんな想いで」、この3つが揃って成り立つのであれば大阪からでも日本や世界へ発信出来ると信じています。
“食の層の厚さ”が大阪の特徴。層が厚くなれば、さらに人を呼び込み、多様性が生まれ、さらなる議論が出来ると思うのです。そういう意味では大阪でガストロノミーをもっと盛り上げないといけない意義があると思います。
「サローネ2007」弓削:
これから更に国際化が進む中、ガストロノミーは言葉が通じなくても大阪人の持ち前の表現力が生かされる。Wow体験を作り続けることで、大阪に来てよかったぁと思ってもらえる。
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「Seiichiro, NISHIZONO」西園:
日本国内において大阪は一番「食べる」ことに貪欲でシビアな街。その大阪で受け入れられるガストロノミーを発信することで、お腹を満たすだけでない付加価値をより多くの人に見出してもらえる。
「コムニコ」堀田:
ガストロノミーの世界観に触れた時、自分はいつもとても心豊かな気持ちになります。 それは美術館で、素晴らしい才能の画家の作品を観たり、好きなアーティストのコンサートを観た後の余韻や、ファストファッションの洋服ではなくコム・デ・ギャルソンの洋服に袖を通す時の感情にも似ています。 心が豊かになる。つまりそれは生を肯定出来ることだと思います。人が自分の生を肯定できる瞬間を提供する。これがガストロノミーの意義かなと思います。
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鈴木裕子:夜中に集まっては「ガストロノミーって何だ?」をさんざん考えて、最後に堀田さんが一言でまとめたんですよね?
「コムニコ」堀田:「愛すべき無駄」(笑)
全員:そうや!そうや!と(笑)
鈴木裕子:でもこれはまだ1回目。これから2回目、3回目と考えていったらまた違う答えが出てくるんじゃないかなと思います。
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シェフたちが考案し、「ディファランス」のスタッフが手書きした屋台コーナーのPOP。定番の屋台メニュー12品の構成が一目でわかる。
2日間で160人がガストロノミーコースを体験
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中津の高架下「OSAKA FOOD LAB」内のガストロノミー体験コースエリア。昼は11時~と13時半~、夜は17時~と19時半~の1日4回、各日96席の前売券(10800円)はすべて完売。
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アミューズbyシェフたちの合作
食事の始まりは手でつまむアミューズから。2人で同じ皿からつまみながら自然と会話が弾む。
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冷菜by「コムニコ」堀田シェフ
生ハムで締めた真鯛のタルタルに奈良の梨を合わせ、カブのエスプーマで覆った一品は、生ハムとフルーツの食べ合わせから発想。姿はないが生ハムの塩気と燻香を感じ、カブの儚い食感と、ところどころに日本酒とワサビのグラニテが効いて、一口ごとに印象が変化する。
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温菜by「アニエルドール」藤田シェフ
鴨南蛮ならぬ「鴨とそば」の組み合わせがテーマ。ブイヨンで煮たキクイモとそばの実のフリットを皿に敷き、ランド産鴨モモ肉のコンフィと炊いたそばの実、キクイモのピュレのコロッケをのせ、自家製鴨ムネ肉のハムで覆う。仕上げにそば茶の香りを移した鴨のコンソメスープを注ぎ熱々で提供。
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パスタby「サローネ2007」弓削シェフ
2017年にバリラ主催の世界パスタ大会で第2位となった「赤くないトマトスパゲティ」。大量のフレッシュトマトをその水分だけで蒸し煮し、しばらく置いて分離した上澄みのトマト水だけ使う。皿が運ばれてきた瞬間、清涼感のあるフレッシュトマトの香りが存在感を放つ。
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魚料理by「リヴィ」山田シェフ
秋の香りの一皿。2日間干した松茸を鶏のブロードで戻しながらスープをとり、なめこ、銀杏、メカブで自然なとろみをつけ、白ワインで蒸し煮した五島列島のスジアラと共にいただく。香りを客席まで運ぶためプラタナスの葉を被せ、松の葉のオイルをスポイトに入れて提供。
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肉料理by「ディファランス」藤本シェフ
会場のコンテナキッチンで黒毛和牛イチボの肉焼きに挑戦。フライパンでさっと焼いた後、オーブンに4、5回出し入れして芯温を上げ、提供直前に熱々のフライパンで仕上げる。牛テールでとった赤ワインソース、サトイモとパセリとニンニクのガルニチュールはエスカルゴバターをイメージ。
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デザートby「Seiichiro, NISHIZONO」西園シェフ
今年夏休みをハワイで過ごした想い出から「endless summer」をテーマにブラウニーとアイスクリームの定番デザートを昇華。皿にカラマンシーのソースを敷き、ココナッツブラウニーとパイナップルのタタンを重ね表面をキャラメリゼ。生のフルーツと食用花を飾り、アサイーとバニラのアイスを添え、食べる直前にハイビスカスのシロップをスプレーする。
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ミニャルディーズbyシェフたちの合作
〆のお茶菓子にもシェフそれぞれの個性が表れる。奈良の月ヶ瀬の煎茶と。