失うな、日本の食文化
まだ、できる。まだ、あきらめない。――声を形にして届ける。
「HAJIME」米田肇シェフ インタビュー
2020.04.09
刻一刻と深刻化する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響。2020年4月7日、政府は7都府県を対象に緊急事態宣言を発令しました。感染拡大防止と危機的状況にある医療提供体制を整えることを理由に、これまでの自粛要請を「強化」し、法的根拠に基づく私権制限等の方針、各種政策が示されたと同時に、新たな論議をも呼んでいます。
遡ること2か月ほど前より、食の世界では先行き不透明な状況に直面した飲食店、料理人、生産者、小売店、サービス提供会社、食べ手などが、それぞれの立場から「自分たちにできることは何か?」と動き始めていました。
なかでも飲食業界の大きなうねりとなって広がっている署名活動があります。
苦境に立たされている飲食店の売上減少や店舗休業の状況でも発生する固定費や雇用者給与の具体的な補助を政府に依頼するべく、賛同・署名を求める活動が3月29日にスタート。発起人である大阪「HAJIME」米田肇シェフや賛同する人たちの発信が多くの人たちに届き、10日を経た4月8日未明で、約11万人の署名が集まっています。SNSを通じてこの署名活動のことをご存じの方も多いと思います。
しかしながら、まだまだ課題を内包する政策を担う政府を動かすには声をあげ続けていく必要があります。多くの人の力が必要であることを指摘し、国や自治体への働きかけのために奔走し続ける米田シェフに話を伺いました。
どうしたら救えるのだろうか?
米田シェフは、新型コロナウイルス感染症の拡がりが大きくなろうとしていた3月上旬、辻調理師専門学校、大阪商工会議所、大阪観光局等とともにコロナウイルス対策会を開き、飲食店での衛生管理のガイドラインを作ろうとしていました。
―Q 今の活動の経緯を教えてください。
「『HAJIME』では赤字がある程度続いても大丈夫なように、内部留保を生む経営をこれまでしてきました。といっても、時間経過とともに体力がなくなっていくのは避けられない事実です。
『肇さんのところは、インバウンドが多いから必死になっているんでしょう?』と言われたりもしますが、そういうことではありません。昨年密着取材を受けたNHKのドキュメンタリー放映の影響もあり、国内からのゲストも多く、3月上旬あたりまで満席が続いていました。たとえ、今の状況が落ち着いたとしても、震災や台風後の経験則を踏まえると、お客様が戻ってくるまで半年。インバウンドは1年でしょう。ずるずるいくとどうなるのか?多くの飲食店が極めて苦しい状況に追い込まれる。観光客とインバウンドでもっているような地方の名店や、レストランを主に卸している優れた生産者さんもつらいですよね、ある程度出荷できる状態にしても買ってもらえないのが実情となっています」。
日に日に状況が変わっていくなかで、「飲食店での衛生管理ガイドライン」以上に、「倒産防止のための施策」を働きかけなくてはならない状況に。3月中旬、フランスではアラン・デュカス氏らが、マクロン大統領へレストラン関係者を支援する緊急措置提案書を提出。彼らの活動も垣間見て、2025年の大阪万博に向けてのプロジェクトでチームを組んでいたOffice musubiの鈴木裕子さん等と連携し、3月29日に署名活動をスタートしました。
「海外に目を向けると、給与補償、家賃補償の対策を具体的に投じている国が出ています。では日本ではどうか?多くの飲食店は、原価を高く利益を少なくし、今日の仕入れを明日に、と資金繰りをしています。今の状況では日々のキャッシュが必要な店が潰れるような構造になってしまっているのです。
助成金や融資を受けるための煩雑な仕組みは、例えば、町場の小さな食堂を営む人たちにとっては非常にハードルが高く、国の政策を受けての自治体や民間金融機関の動きにも追い付けずつぶれていく。この状況は、レストラン文化を含め多様性豊かな日本の食文化が失われることを意味しています。それは絶対に阻止しなくてはならない。誰もやらないのなら僕がやる、いてもたってもいられない気持ちでスタートしました」。
規制と補償がセットにならない「要請」
米田シェフは必要な協力やネットワークを、「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフや元観光庁長官で現大阪観光局長の溝畑宏氏等から得て、4月1日に自民党、3日には農水省、文化庁等各省庁をまわり、コロナウイルスに関連する補正予算に対する裁量を持つ議員らとの面談、折衝を重ねています。その後も大阪府等自治体への働きを併行して続けています。
―Q 各省庁の反応は?あらたに見えたハードルはありますか?
「どこにいっても『他の省は何て言っていましたか?』と他人事。ここまで切迫して訴えて、ようやく『そんなに大変なんですか。』と。想定以上に温度感に違いがあることを痛感しました。
ロックダウン(都市封鎖)による規制を、経済活動を休止せざるを得なくなった業態への家賃や賃金補償とセットで政策を打ち出している海外諸地域とは異なり、強制力を持たせない自粛要請が、飲食店の首を絞めています。体力を奪い、生殺しのような状態にさせていると言えます。1か月後にもしも事態がおさまっていなかったら?生き残れる保証はまったくありません。」
―Q そもそも「自粛」のガイドライン自体がないですよね。
「飲食店と一括りで語られてきたなか、すべてが危険だからダメといったAll or Nothingでよいのか?飲食店の現場をみてみると、安全な店のほうがダメージが大きかったようにも感じています。たとえばHAJIMEでは、定期的な換気、消毒の徹底、密接にならないよう空間のひろがりを担保してきました。実際には「3密」と合致する店舗のほうが、自粛ムードにはなっていなかったのではないでしょうか。」
「役人が動き、もっともっと国民の声を聴いて対策を練らないといけないですよね。政府が提示した支援策は実情に即しておらず賛同できるものではありません。状況が長引いたときにはどうするのか?先々まで見据えた、補償の課題はまだまだ残っていて、声を上げ続けていかなくてはならないのです。」
国内の飲食店の実情や海外各地域での補償対策を踏まえ政府へ理解を求めてきたことは、今回の緊急事態宣言で発表された政策の検討材料となっています。しかしながら、まだまだ不確実で不充分な対応に対し、業界全体の衰弱を防ぐ具体的な補償を求め、米田シェフは政府への陳情を続けています。
声を上げ続けること。
米田シェフは国に理解を求めるなかで、ある議員から「声をもっと大にしてあげていくべきだ。ずるずるされていたら困る!という声があがってこないと、現場のリアルな状況を把握せずに政策が決まってしまう。」と言われたそうです。
「政治を動かすのは2パターンだけ。一番上の人がやろう!と決断する、もしくは、多くの人の声を集めて政治家を動かすかの2つです。前者が非現実的な状況であれば後者に活路を見出さなくてはならない。国に動いてもらうために、声を多く集め、世論をつくり、求める方向に国が舵を切らなくてはならない状況をつくる、ということです。署名を通じて声をあげることが、実際に政治に参加することに繋がるのです。」
「署名をはじめて2日で4万人に達しました。当初はこの調子でいくとすごいことになるな、と思いましたが、伸びは緩やかになりました。思いのほかネット環境に慣れていない人たちもたくさんいることもわかり、紙ベースでの署名ができるよう対応していますし、情報格差もいまだにあるため、取り残されている人がいないよう、隙間を埋めていく必要があります。良かったことは、町場のレストランは町場で、ラーメン屋はラーメン屋で、とすみ分けされてしまっていた業界に連帯での動きがみられるようになったことです。」
国内の声を集めていくことに加えて、国外のからの圧力と声が政策を動かす可能性があることも示唆します。
「イタリアやフランスのメディアが、自国も苦境に立たされているのにもかかわらず、アクションに賛同し率先して署名活動の協力を申し出てくれています。日本の現状を彼らに伝えていくことで、『日本は、国民のことをちゃんと考えているのか?』『ホスピタリティを支える飲食業がなくなったらオリンピックを開催できるのか?』と、海外からの声があがる。特に飲食業に対する補償政策を提示している国からの声が大きいことが重要だと考えています。」
―Q ウイルスの拡大は「災害」ではなく「人災」ともいえるとSNSで発信されていましたが。
「日本に限らずですが、政治システム、衛生システム、環境を守るシステム、それらに問題があるからこそ、ウイルスが拡散されていった、と捉えられる事象だと思いました。ただ、政治家の采配や感覚が社会とずれていたとしても、その政治自体は、国民がつくってきたのです。皆に責任がある。この事態は、自分がこれからどんな選択をしていくのか見つめ直す機会だと思いますが、すべてなくなったら手遅れだということ。声をあげるのが不得意な人の分まで、届けていきたいです。」
「苦境と対峙したときにこれまで何を大切にやってきたのか。何を大切にしていこうか。その人の本当の考えが問われてくると思うのです。うちの場合『何もない4畳半からスタートしたわけだから、ゼロになってもいいよね。皆が元気であれば、なんとかなるよね、』と妻と話をしました。ただ、そうだからといって、ゼロにいきなりいくわけではなく、今やっておかないといけないこと、精一杯やれることはやらないといけないですよね。」
「動くことで変わった」という経験が次の力になる。
―Q 飲食に携わる人たちへのメッセージをお願いします。
「自分自身、フランスでの修業時代、労働許可証がおりなくて今回と似た経験をしているんです。お財布には3ユーロしかない、そんなギリギリの状態のなか多くの人に助けられました。細い糸をたぐり寄せるように、当時住んでいたブロワの市長に『料理をしたい』という渾身の想いを訴えたことで、ジャック・シラク大統領にかけあってもらえました。
最後まであきらめないことの大切さを身をもって体験しているんです。今回も手応えがなかったとしても回り続けます。自分があきらめたら終わりなので、前に進む。その間に、今日店を閉めるという人を、首をくくるような人をつくりたくないのです。」
「コロナが終息した時、『料理人が動き、声をあげたことで、国をちょっとでも動かせた』ことがわかるといい、そう思っています。日本はデモもストライキも滅多におきない。生きるべき食の世界に場所を残していくために変えたい状況があれば、当事者意識を持って発言する。声を上げていく。何とか、希望を忘れずに『やれることはないか?』という力を残してほしいと思います。能動的に社会に入っていくこと、待っているだけでなく社会に入って、いい形にしていく、皆で力を合わせてやっていきましょう。」
<政府、自治体に求める飲食店倒産防止対策>
署名の目的は飲食店の固定費の補助ですが、ゴールにあるのは、積み重ねられた食の知、技術、文化を未来につなげていくことです。
「自分に何かできることはないか?」とお考えの方がいらしたらぜひ詳細をご覧ください。お金を集めることが目的ではありません。システム上求められる「支援金」はなしで署名が可能です。
◎ ネット署名(Change.org)
https://s.r-tsushin.com/2Jpb1YQ
※支援金のメッセージが表示されることがありますが、本プロジェクトとは無関係です。
◎ 手書き署名(ダウンロードリンク先)
https://s.r-tsushin.com/2URWStX
「料理人の技術は、知識は、奪われない」。
世界全体で同じ脅威に対峙している一方で、各国で異なる法と政策の下に国民が暮らしを続けている今。大事なことは、起きている状況や批判に身を委ねるのではなく、自分たちのことを理解し、世界の状況を理解し、そして日本の状況を広く世界にも理解してもらうために、言葉にして、届けること、協力し合うことだと考えます。
米田シェフが話してくれた「声をあげ続けること」は、より良いコミュニケーションを生むメディアとして機能すべき私たちにとっても、向き合うべき大事な課題です。各国の対応、政策や飲食業に対する補償内容についても、メディアからの声として発信していきたいと思います。
そして、米田シェフが自身のFacebookで発信している言葉を借りるならば、
「料理人の技術は、知識は、奪われない」。
これまで通り、料理人の営みを言葉にし、伝え続けることが、社会と関わり、責任を持つ一つのアプローチだと考えています。
今後も、料理通信は新型コロナウイルスをとりまく状況を、SNSを活用しながらできる限りフォローしていきます。各種SNSでの対応や最新情報に関して該当ページをぜひご覧ください。
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