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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

柔らかな赤身のピエモンテ牛の最高峰。繁殖から精肉販売まで手掛ける一家の話

Vol.86 ピエモンテ州の肥育牛農家兼精肉店

2026.08.27

柔らかな赤身のピエモンテ牛の最高峰。繁殖から精肉販売まで手掛ける一家の話

text by Paolo Massobrio / translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

夕方、仕事を終えて自宅のあるモンフェッラートの丘に向かって車を走らせながら薄暗くなってきた空を見上げる。気持ちが高揚するのを覚える。ピエモンテに生まれた20世紀の文豪チェーザレ・パヴェーゼが、「丘は他の場所とは違う。そこに在るもの、そこでの暮らしそのものが地形へと変化したものだ」と言った気持ちがよくわかる。

イタリアには海岸を含まない州が5つあって、そのうちの一つがピエモンテだ。しかし、ピエモンテにおいては、自然の神秘である白トリュフに恵まれ、ブドウ畑から得られる旨いワインを生み出すこの延々と連なる丘陵地帯こそが大海原で、丘にまつわる様々な味覚はどれもがおとぎ話にも似たストーリーを持っている。


体重1000キロを超える肥育去勢牛の品評会

ピエモンテ牛の旨さだってそうだ。世界に知られる高級牛肉の一つで、中でも「ファッソーネ(アスティ県周辺では伝統的に「ファッソーナ」と呼ばれる)」と呼ばれる牛の発祥はこう語られる。

ピエモンテ牛

1800年代後半にグヮレーネ・ダルバ(Guarene d’Alba)という村の農家で、並外れて素晴らしい肉付きの子牛が生まれ落ちた。その肉付きの良さは実は突然変異によるもので、各部位の筋肉のサイズが平均を大きく上回り、丸みがあった。筋繊維の数が多く、かつ細いというこの子牛の特徴を、交配と選別を繰り返して後裔に受け継がせ、ファッソーネならではの赤身の柔らかい肉質が生まれた。

ファッソーネの生肉

ファッソーネは脂肪分が少なく、牛肉特有の脂っぽさが口に残らない。ファッソーネの生肉を薄くスライスし、塩、コショウにオリーブオイル、ニンニク、レモン汁を合わせてカルパッチョで食せば、その素晴らしさがよくわかる。しかも低脂肪が特徴ながら、2時間ほど茹でるとナイフがすっと入る柔らかさに、スジの部分もトロトロのゼラチン質になるが、同時に煮崩れもしない。

ピエモンテ牛の肥育

ピエモンテ牛の肥育では、集約型飼育は行われない。オスは去勢され、25~26カ月かけて飼育し600~700キロで出荷される。未経産牛も肥育には約2年をかける。そして、去勢された牛の中でも特に生育のよいものは、4~5年をかけて肥育し、体重1000キロを超える「ブエ(Bue)」として出荷される。

ピエモンテではこれをクリスマスの時期に食する伝統があり、ブエの肉質を競う品評会「フィエラ(fiera)」が12月上旬に行われる。中でもカッル(Carrù)やモンカルヴォ(Moncalvo)で開催されるものが有名で、「ブエ」ファンにとっては信仰行事にも似た重要なイベントだ。

フィエラ(肥育去勢牛品評会)

モンカルヴォはイタリアの「市(Città)」と位置づけされる自治体で最も小さな町だが、モンフェッラートの旨いものが集まってくる。毎年10月にはトリュフ市が立ち、12月にはフィエラ(肥育去勢牛品評会)が催され、町の中心地に肥育農家たちが最も出来の良い牛を牽いてやってくる。食通や巨大なピエモンテーゼ牛を一目見ようと集まる観衆の目前で、各々が牛を披露し肥育の腕を競うのだ。

グランプリを受賞したブエ

グランプリを受賞したブエは、その白く巨大な背中を優勝レイで飾ってもらい、勝利を共に祝った後、伝統に従い屠畜場へと向かう。フィエラで賞を獲得した牛は、イタリア国内の精肉店でショーウィンドウに陳列されるまで、常に受賞証明書が添えられ、食通たちの待つクリスマスの食卓にのぼり、彼らの味蕾を震わせる。

グランプリを受賞したブエ

そんなモンカルヴォの中心で精肉店を営む人物が、ラウロ・ミッコ(Lauro Micco)。こぢんまりとした間口に騙されてはいけない。ショーケースに並んだ最高級のファッソーネの肉塊の美しさは、まるで自然の芸術品だ。店頭に並ぶまでには、並々ならぬ努力とストーリーが隠されていると感じずにはいられない。これはラウロ独りというより、もっと大勢による成果、彼の家族が一丸となって生み出した何かだ。

ショーケースに並んだ最高級のファッソーネの肉塊

自家栽培の飼料で育て、生まれたときから知る肉を販売する

一家の主、ラウロ・ミッコは67歳。ショーケースの向こうから温和な笑顔を客に向ける。

ラウロ・ミッコ

「私は1982年に兄のパオロ(現在は農業生産に専念)とこの精肉店を開きました。その前は別の店で見習いをしていました。モンカルヴォで『ブエ』を店に置くようになった精肉店は実は私の店が最初です。ブエの品評会を観にやって来たピアチェンツァの有能なレストラン経営者から、『モンカルヴォの人は変だ。イタリアで最高の牛肉を生産しているのに、自分たち自身はそれを食べないなんて』と言われたのがきっかけです。

当時は、肉を売るのは簡単でした。ブエのような高級品を置かなくても、店に肉を並べさえすれば常に売れた。人々は毎日肉を食べていましたから。ショーケースを商品で満たした途端に、自動的にどんどん売れていったものです。

今日では一人当たりの購入量は大きく減ってしまいました。ですが、買い手の肉への知識は高まりました。ある意味、私たちの仕事をより評価してくれるようになった。遠方からわざわざ買いに来てくれる人も増えました。私たちが薄利多売ではなく質の高さで勝負するという選択をとったからです」

ラウロ・ミッコ

ラウロの隣に妻のマリーナ(Marina)が寄り添い、太陽のような笑顔を見せながらどんな小さなことにも目を配らせている。1993年、ミッコ家は精肉店として大きな変化を遂げたが、その立役者は実は彼女だった。マリーナの祖父がかつて所有していた農家が売りに出されたと知り、ミッコ家はそれを買い取ることにした。彼女が、それは一家の原点回帰を意味すると考え、夫の背中を押したからだ。これは投資なんかではない、自分たちの居るべき場所に戻るべきだと彼女は言った。

牛の肥育場

彼らはその場所を、可能な限りエコロジーの観点から一貫性をもった牛の肥育場にしようと決め、時間をかけて造成していった。最初に乳牛5頭を購入し、この牛の繁殖サイクルが軌道にのると、今度は肥育牛の生産に着手した。そして長男のステファノが経営に参加するようになると、圃場での農業生産も始め、2013年からは家畜飼料の自家栽培を手掛け、栄養管理も自力で行うようになった。

ラウロ

「私たちは言わば『農家兼精肉店(Agrimacelleriaアグリマチェッレリア)』というわけです」

ラウロは続ける。

「自分たちが販売する肥育牛のことを、私たちは一頭一頭生まれた時から完全に把握しています。自然繁殖で出産させ、放牧もし、生後7~8カ月で母牛から離して肥育を始めます。飼料は、主にその年の一番草(最初に刈った草)を日に3回与え、35ヘクタールある自家農園で栽培したトウモロコシや大麦も与えています。

厩舎

見学に来られる人たちには、厩舎に入って家畜を見てもらい、何を食べているか、どう飼われているか、私たちがどんな飼い方を目指しているかを知ってもらうことができます。私たちは家畜を尊重することもそうですが、透明性も重視しています」

ジュリア(Giulia)、ステファノ(Stefano)そしてアンナ(Anna)

年月を経て、ジュリア(Giulia)、ステファノ(Stefano)そしてアンナ(Anna)という3人の新世代が加わり経営内容も充実した。ステファノは今年28歳で主に牛の肥育に携わっているが、時には店で父親のアシストにも入る。体格では父親の2倍はありそうで、ファッソーネの半身ぐらいは小枝のごとく軽々と扱う。

ダヴィデ(Davide)

長女のジュリアは33歳、彼女の夫ダヴィデ(Davide)も巻き込んで精肉部門で腕を振るう。

「私たちは、家業を継ぐか継がないかを考えるずっと前から、父の精肉店で育ちました。子供の頃は、店の裏が秘密基地で、休む間も惜しんで仕事をしていた父の脇で、彼の仕事の真似をして遊んでいました。小さなナイフを手に肉屑や硬めの脂身を刻んだりしてね。本当に肉屋になるなんて想像もせず、お肉屋さんごっことして楽しんでいたんです。

長女のジュリア

父は仕事がすべての人です。家族も全員、店なら開店から閉店まで、厩舎なら日の出から日没まで仕事にかかりきりになります。何でも簡単にいくわけではありませんが、私たちは仕事に専念することの意味を父から学びました。父は、それを言葉で教えてくれたわけではないですが、毎日、自分の体を使ってそれを示してくれていたと思います」

厩舎ではファッソーネが100頭にブエが5~6頭飼育されている

厩舎ではファッソーネが100頭にブエが5~6頭飼育されている。それぞれの家畜にはかなりの広さが与えられ、清潔で、どの牛も穏やかなのを見れば愛情を込めて育てられていることがわかる。

「肉用家畜の飼育が昨今はデリケートな問題(過度な集約型飼育や動物愛護の問題など)になっていることは私たちも把握しています。私たちがこの点を優しい言葉で濁しても何の役にも立ちません。
ですが、せめて牛たちが生きている間は、できる限り最高の居心地を維持してやりたいです。私たちにとってそれは矛盾ではないと思っています、私たちの生産する肉のクオリティは、維持してやった環境の延長線であるべきです」

ファッソーネ

2021年、ミッコ家の農業生産部門は重要な一歩を踏み出した。キッチンと食肉加工用施設を肥育施設の敷地内に設け、サラミの生産や店頭販売用の精肉の下処理、ジャムやフルーツジュースなどの季節商品も生産できるように。同時にイベントやアグリツーリズモで提供する飲食物の調理も可能になった。

ダヴィデ

アグリツーリズモとしての免許も取得し、ジュリアのほかに、現在は大学生で卒業試験を残すばかりの次女アンナの二人で切り盛りする。

ミッコ家で受けた「もてなし」

ミッコ家で受けた「もてなし」の締め括りとしてビステッカをご馳走になった。この肉を口にしたなら、会ったことがなくてもミッコ家の人たちのことがわかるはずだ。

マリーナが焼いてくれたビステッカ

世の中には、そこに暮らす人にしかピンときてもらえない味覚表現というのがいくつかあるが、僕の知るモンフェッラートの農家は何か旨いものを口にするといつだってこう言った。「ヘーゼルナッツの風味がする」

信じてもらえないだろうか、マリーナが焼いてくれたビステッカを口に入れたら、まさにヘーゼルナッツの風味が溢れてきた。

Agrimacelleria F.lli Micco

Agrimacelleria F.lli Micco(精肉店部門)
Piazza Garibaldi, 8, 14036 Moncalvo AT
macelleriamicco@gmail.com
Tel.+39 329 242 4036
火~土曜 8:00~12:30 / 15:30 ~19:00
日曜 8:00~12:30
月曜休

Az. Agr. Cascina Monfrin(農業生産部門)
Str. Pozzetta, 1, 14036 Moncalvo AT
info@monfrin.it


パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ

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