「静岡ガストロノミー」はいかに誕生したか? 世界のフーディーの目的地になるまで
2023.03.10
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text by Michiko Watanabe / photographs by Atsushi Kondo
静岡といえば、富士山、お茶、みかん・・・。そして今年は、そう、徳川家康。家康イヤーになりそうな本年、これまで静岡を食の分野から盛り立てるべく尽力し、さらに盛り上げようと奮闘する熱き人々がいます。
今や、世界のフーディー(美食家。おいしいもののためならば、世界中を旅する人々)や世界的なレストランガイドからも注目されるレストランが増えつつあるのが静岡。つまり、静岡を目指して、国内外の食いしん坊たちがやって来る。そんな時代になっているのです。
その立役者ともいうべき、若き料理人たち、また、彼らを育み支える目利きや地元生産者たちの物語を、一軒のレストランを通してご紹介したいと思います。そして、せっかく静岡に来たのなら「ここも見ておけ」プチ情報もご覧ください。
若手料理人の飛躍の影にこの人あり「サスエ前田魚店」
藤岡雅貴さんが営む「日本料理FUJI」。この数年で劇的に力をつけてきたと評判の店だ。静岡駅から徒歩5分という好立地。わずかカウンター7席の小さな店ながら、秘めたるポテンシャルははかり知れず。
藤岡さんの料理人としての覚醒は4年ほど前になる。店を開いたのは2014年だが、その頃は修業先でもある東京と同じように各地の名産ともいうべき食材を使っていた。目の前に駿河湾があり、地元にもよい農家があったにもかかわらず、だ。しかし、常々思っていた。「足元を見直し、静岡ならではのローカルガストロノミーはできないものか」
そんな時、偶然が重なり、焼津で60年続く老舗「サスエ前田魚店」の5代目の主、前田尚毅さんと運命的な出会いを果たす。運命というのは決してオーバーではない。この日以来、すべてが変わっていくのだから。
駿河湾に揚がる地の魚のみを扱うことで知られる前田さんも、実は藤岡さんと同じような経験があった。遡ること10年、前田さんは、今や静岡を代表する店となった「てんぷら 成生(なるせ)」を世界にその名を轟かせる店にしたいと、店主の志村剛生さんと二人三脚で頑張っていた。ある日、山陰の蟹を天ぷらにしたところ、遠方からやってきたフーディーから、「昨日、間人の蟹を食べたばかり。せっかく静岡に来たのに蟹とは・・・」と言われ、ハッとした。「我々、地の魚で勝負するべきではないのか」
振り返ってみれば、それまで、地元の漁師さんに対してのリスペクトが足りなかった。“買い手目線”であった気持ちを悔い改め、地の魚を分けてもらえるよう、様々な漁法に抜きん出た漁師さんを一軒ずつ訪ね、頭を下げて回った。これが7年前のことである。なかなか理解を得られなかったが、コツコツ努め、すべての漁法が揃ったというのは、つい昨年(2022年)11月のことだ。
「成生」は正真正銘「静岡ガストロノミー」として一躍有名になったが、有名店が1軒できても遠来の客は日帰りしてしまう。他におすすめできる店を増やせば、昼夜、美食を堪能してもらい、翌日もう一軒訪ねてもらえる。幸い、静岡には名だたる観光地、見所も多い。旅の最終目的が食であっても、昼と夜の間に観光したり、土産を買ったり、ゆっくり静岡を楽しんでもらうことができる。各市に3軒ずついい店ができたら、食を通して静岡県を旅する楽しみがさらに広がっていく。
いくつもの点が集まって線に、そして面になれば、静岡は最強ガストロノミー県になる。そのお手伝いができたら・・・。そんな前田さんの思いは少しずつ成就する。「成生」に続き、日本料理の「茶懐石 温石」、イノベーティブの「シンプルズ」が誕生、そして、4年前には「FUJI」、昨年は「馳走 西健一」が参入。中でも前田さんが、「短期間で急激に腕を上げた」と厳しくも温かく見守っているのが、この藤岡さんである。
料理を深めるヒントをくれる食材に恵まれて「日本料理FUJI」
前置きが長くなったが、早速、藤岡さんの料理を見せてもらおう。「前田さんとの出会いからすべてが変わりました」。1尾ずつに真剣に向き合い、焼くにしても蒸すにしても、ベストの瞬間を見逃さぬよう、一瞬たりとも目を離さず、絶妙の火加減で火入れする。「目利きが選ぶ地の魚は、余韻が違う。すーっと滑らかに口に入り、口の中に心地よさが残る」と藤岡さん。
まずは、「赤座エビの炭焼き」から。縦半分に切り、頭のほうはしっかり火を通して水分を残したまま焼き上げる。胴体のほうは殻だけに火を入れ、中の身は余熱で火を通す。旬が同じのブロッコリーを素揚げにして添える。「素揚げすることで海苔のような風味になるので、口の中でエビとの一体感が生まれます」。繊細この上ない組み合わせである。
このブロッコリー、静岡県大井川付近の吉田町に位置する「桑高農園」で求めたものだ。この農園、詳細は後述するが、地元のみならず、全国の料理人からも信頼が篤い。
続いて、「芽キャベツの胡麻和え」。ぷっくらと膨らんだ芽キャベツは、同じく「桑高農園」から。注目すべきはゴマである。日本のゴマの99%以上が輸入に頼る中、藤岡さんは地元産のゴマを手繰り寄せていた。藤枝市に一人、ゴマを育てている農家がいたのだ。客の目の前で、都度都度、焙烙で丁寧にゴマを煎る。香りが客席に漂い、客は皆、焙烙の中をのぞき込む。粒がぷっくら膨らみ、色も香りも素晴らしい。
「中心まで火を入れて、味と香りを出しきる」ためには、3〜4分かかるだろうか。すり鉢に移し、やさしくすって、かつおだしと若干の淡口醬油で調味し、しっかり茹でた芽キャベツを和える。ゴマの香りに負けない芽キャベツの香りに驚く。
最後は、「FUJI」のスペシャリテともいうべき「白甘鯛の松笠焼き」にとりかかる。「白甘鯛は寒い時期が1年で一番おいしい時季。鱗の部分に170℃の熱い油を一気にかけて、身のほうにはベストな火入れをしていきます」。個体差をしっかり見極め、塩をあてるにも、焼くにも、細心の注意を払う。白甘鯛にとってベストの環境を与えるため、火に近づけたり遠ざけたり。藤岡さんの動きによどみはない。
白甘鯛の頭と骨でとっただしをはった器に盛りつける。一口目は、カリッと揚がった鱗と脂ののった身を、次にだしの中でほぐしながら、ふんわりジューシーになった身を楽しむ。うららかな日差しの駿河湾が目の前に広がるようだ。何ともやさしく、細胞の隅々まで染み入るような味わいである。「同じ料理でも、日々勉強。バージョンアップを重ねています」
ちなみのこの甘鯛、静岡県では別名がある。徳川家康が駿府城にいた頃、奥女中が提供した甘鯛の干物をとても気に入り、奥女中の名をとって「興津鯛(おきつだい)」と呼ぶようになったといわれている。
◎日本料理 FUJI
静岡県静岡市葵区栄町3-6
☎054-260-5166
12:00~、18:00~
日曜、第3月曜、水曜昼休
https://nihonryourifuji.com/
ひ弱な野菜じゃ、料理人ってのは満足しないよ「桑高農園」
さて、静岡は日本一高い富士山、日本一深い駿河湾をはじめ、日本一が実に多いのをご存じだろうか。お茶やわさびはもちろんのこと、芽キャベツも収穫量、出荷量とも日本一を誇る。農林水産物の品目数も439品目※と日本一なのだ。
※静岡県の調査による。
野菜王国ともいうべき静岡で「サスエ前田魚店」の前田さんと並び、料理人たちの活躍を猛プッシュする生産者がいる。藤岡さんをして「独特のミネラル感があって、旨味が強い野菜。どこか潮のようなニュアンスもあって、適度な脱水処置で旨味を上げる前田さんの魚への考え方と通じるものを感じます。前田さんの魚との相性も良い」と言わしめるのが、「桑高農園」の野菜だ。「成生」の“史上最強”との呼び声が高い、ジャガイモ(メークイーン)を30分ほどかけてじっくりと揚げた甘い香りの天ぷらも、この農園で採れたもの。
畑を訪ねると、「今が一番野菜が少ない時季」と桑高茂夫さんと史之さん親子。それでも、レタスやキャベツ、芽キャベツやプチヴェール、ブロッコリーにロマネスコなど、寒風の中、元気いっぱいに並んでいる。
静岡のみならず、全国のシェフからも支持されるこちら。父の茂夫さんが、20年ほど前、フランスやイタリアで修業してきたシェフから相談を受け、彼らが欲しがる西洋野菜を作り始めたところから、どんどん種類が増え、現在は年間70種以上に上る。
「ここらあたり、大井川の中州だったんだよ。野菜に大切なのは土と水。水は大井川の伏流水。土は、土の中で微生物の働きを活発にさせるのがポイント。1年か2年したら水田にするの。そうすることで、土の中のバランスが整ってミネラルたっぷりの野菜ができる」と、茂夫さん。除草剤はあぜ道付近にとどめ、残渣はすき込むことで土の微生物を増やす。「窒素を与えりゃいいなんていうけど、あんなの土がひ弱に育つだけだよ」
「夏はとうもろこしが人気で、収穫を始めるとのぼりを立てるんだけど、皆さん、『待ってました』とばかりに買いに来てくださる」と、6年前にシステムエンジニアから転向し、父とともに営む史之さん。「父は好奇心旺盛なのであれこれトライしてみたいタチ。私たちが体に気を遣って反対すると、こっそり少量植えてたりするんですよ(笑)」
「FUJI」の藤岡さんは、桑高農園には朝7時頃訪問し、そのあと焼津の前田さんの元へ向かう。畑の状態を確認して、はしりやなごりなど、今後の野菜の状況の見当をつける。「40分ほどのドライブの間に、今日の料理の組み立て、これからできそうな料理を構想したりします」。「桑高農園」と「サスエ前田魚店」。この仕入れルートを辿る料理人は他にもいる。
前田さんは言う。「ここからが静岡ガストロノミーの本当のスタート。魚の仕事も畑の仕事も料理の仕事も、真っ正直に愚直にやることでまだまだ伸びる」。期待は膨らむばかりである。もう、楽しみでしかない。
◎桑高農園
静岡県榛原郡吉田町大幡1855−2
☎0548-32-1846
Instagram:@kuwatakanouen
家康イヤーに訪れたい、ゆかりの地
東海道五十三次の20番目の宿場・丸子宿。とろろ汁「元祖 丁子屋」
静岡の食を堪能するならば、ぜひ足を伸ばしたい2軒。まずは慶長元年(1596年)創業。江戸の初期から400年以上続く、静岡で最古のとろろ汁の店だ。
江戸時代の浮世絵師・歌川広重は「東海道五十三次」の丸子宿で「名物とろろ汁」の立て看板を出した茶店を版画に描き、俳人・松尾芭蕉は「梅若菜 丸子の宿のとろろ汁」と詠んだ。戯作者・十返舎一九の「東海道中膝栗毛」では弥次さん喜多さんも立ち寄った「丁子屋」。
徳川家康は、健康を気遣い、とろろ汁と麦飯を好み、当時としては長寿の75歳の生涯だったという。東海道を行き交う旅人たちの腹を満たしたであろうとろろ汁は、香り豊かな静岡県産の在来自然薯をすりおろし、白味噌を加えたもの。一度は食べてみたい江戸の味だ。店内に歴史資料室もある。
◎とろろ汁の丁子屋
静岡県静岡市駿河区丸子7-10-10
☎054-258-1066
11:00〜14:00(土曜、日曜、祝日は〜15:00 16:30〜19:00)
木曜、月末水曜休(水曜が祝日の場合は翌木曜休)
https://chojiya.info/
ゆっくり、丁寧に味わう箸づくり「駿府の工房 匠宿」
家康が隠居の地に選んだ静岡には、全国から腕に自信の職人が集結し、切磋琢磨して磨かれ、今日まで受け継がれてきた伝統工芸の数々がある。そんな伝統工芸を気軽に体験できる施設が「匠宿」だ。
たとえば、きらきら光る漆塗りの粉貝箸。漆を塗り重ねた箸の表面を砥石で研ぎ、磨いて艶を出す体験だ。漆層の下には貝が蒔かれているので、研ぐことによって宝石のように輝く模様が浮かび上がる。
もしかしたら、家康もこんな箸を使っていたのかも?
歴史ロマンを感じながらの体験。ぜひ、お試しいただきたい。
◎駿府の工房 匠宿
静岡県静岡市駿河区丸子3240‐1
☎054-256-1521
10:00~19:00 月曜、年末年始休
https://takumishuku.jp/
静岡県では「静岡ガストロノミーツーリズム」の一環として、生産者や料理人との交流、食と食文化、自然、歴史など、地域ごとの資源を活かした体験ができるモデルコースを提案。コースは、紹介した駿府のほか、浜名湖、遠州三山、伊豆。
詳細は下記公式サイトよりご確認ください。
(問い合わせ先)
美味ららら 静岡ガストロノミーツーリズム
https://shizuoka-gastronomy.jp/
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