JOURNAL / 世界の食トレンド

食べ物は政治的なもの＿料理を通して女性の人権向上を訴えるインド料理研究家

England [London]

2025.03.03

text by Yuka Hasegawa / photographs Darjeeling Express
「ダージリン・エクスプレス」の厨房を支える、インド人の女性シェフたち。正式なシェフのトレーニングは受けていないが、オーナーのアスマ・カーン氏（左から４人目）とは、子どもたちの学校を通して知り合い、2012年にスタートしたサパークラブから、カーン氏と活動を共にする。彼女たちは、真心のこもったインドの家庭料理を標榜するダージリン・エクスプレスになくてはならない存在、とカーン氏は語る。

かつてインドが大英帝国の植民地だったことから、英国各地には多くのインド人コミュニティが存在し、インド料理は英国の食文化に深く浸透している。インド料理店のクオリティも高く、ストリート系から洗練されたモダンインド料理に至るまで、ロンドンのレストランシーンにおいて大きな存在感を放っている。その中で昨今最も注目を浴びているのが、ロンドンの中心地ソーホーに、インド人女性だけで厨房を切り盛りする「ダージリン・エクスプレス（Darjeeling Express）」とオーナーのアスマ・カーン（Asma Khan）氏だ。

「レストラン業界において、シェフの大半は男性。そんな状況に一石を投じたかった。また、インド人の家庭においては未だ家父長制が根強く残り、女性は、家族全員のために毎日黙って食事を作っていますが、ほとんど感謝もされない。そのような文化に生きている女性たちを讃えたい、女性の活躍の場を創作して与えたかった」と語るカーン氏。

2012年から自宅でインド料理のサパークラブを主宰し名を馳せ、17年には独立してソーホーにレストランをオープン。19年には、Netflixの「シェフのテーブル」でフィーチャーされ国際的な注目を集めた。22年には国連のWFP（世界食糧計画）の英国大使に、24年４月には、米『タイムズ』誌「世界で最も影響力のある100人」に選出されるなど、氏の昨今の活躍は枚挙にいとまがない。

インド料理研究家のアスマ・カーン氏。インド・旧カルカッタ生まれで、士族カーストのラジプート族出身の父を持つ。1991年にロンドンに移住。名門キングスカレッジで法律を専攻しPh.D.を取得するが、料理好きが高じて、2012年から自宅でインド料理のサパークラブを主宰。

特に21年に設立したチャリティ団体「セカンド・ドーターズ・ファンド」は、カーン氏の肝いりのプロジェクトだ。世界最大の人口を抱えるインドは、目覚ましい経済発展を遂げてはいるが、女性差別・女性蔑視は依然としてかなり根深い。

「インドの家庭において、２人目の女子＝セカンド・ドーターは、経済的負担として今でも忌避されています。そのような背景から、セカンド・ドーターは、自己肯定感が低い傾向にある。そして私も、セカンド・ドーター。小さい頃から、自分は望まれていない子供だと思って育ちました。その状況に少しでも変化をもたらすべく、チャリティ団体を設立しました」

寄付金を募り、コルカタ（旧カルカッタ）の小学校、特に女の子向けに栄養のある食事を配給するプロジェクトを遂行中だという。

「食べ物は、とても政治的なもの。なぜ世界のシェフたちは、この二つを結びつけることを避けるのでしょうか？　誰が食べ物を得られ、誰が食べることができないのか。水はどこから来るのか、大地や土壌は誰のものなのか？」と、カーン氏は、昨年秋、英国の大手高級紙「ガーディアン」のインタビューで声高に語っている。

食をプラットフォームに、女性の人権擁護に根差した氏の啓蒙活動は、まだまだ続く。