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JOURNAL / 世界の食トレンド

AI搭載の焙煎機を味方に。オスロ在住コーヒー焙煎士、真木彩衣さんの挑戦

Norway [Oslo]

2025.08.07

AI搭載の焙煎機を味方に。オスロ在住コーヒー焙煎士、真木彩衣さんの挑戦

text by Asaki Abumi / photographs by Soo Atelier, Ayae Maki Fredheim
オスロ在住のコーヒー焙煎士、真木彩衣さん。現在は自身が営む「日々カフェ」の豆の焙煎から販売までを1人で担う。

世界経済フォーラム(WEF)で発表された「ジェンダー・ギャップ指数2025」によると、ノルウェーは調査対象148カ国中で3位、日本は118位だった。北欧諸国は毎年のように上位を占めているが、飲食業界においてその平等性が浸透しているとは言い難い。中でもコーヒーの焙煎現場で、女性の姿を見ることは稀。バリスタとしてカフェで働く女性は多いものの、焙煎の分野は男性中心が現状だ。

そうした中、数少ない“女性移民の焙煎士”としてノルウェーで活躍するのが、真木彩衣(まきあやえ)さんである。


焙煎士の道、そして見えてきたジェンダーの壁

2013年にノルウェーに移住した真木さん。日本ではコーヒーに携わる仕事をしていなかったが、オスロのカフェ「リブリン」で働いていた時、あるコーヒーの味に衝撃を受ける。それは、スペシャルティコーヒー業界を牽引する「シュプリーム・ローストワークス(Supreme Roastworks)」の豆だった。

浅煎りのノルディックコーヒーの世界に引き込まれた真木さんは、その後バリスタから焙煎士への転身を決意。当時働いていた店で焙煎を任されるようになるが、第一子の妊娠で現場の厳しさを痛感することになる。

「生豆は60~70キロの麻袋で届き、それを運んで焙煎機に投入しなければならない。バケツに詰めた生豆を持って、台に上って機械に投入する。焙煎機も大型で、当時は8キロの豆を一度に焼いていました。細かい動作の一つひとつが、妊娠中には困難でした」
北欧では法的に育休の権利が保障されているが、焙煎士は交代要員が少ない上に、再現性のある作業が求められるため、「迷惑をかけたくない」という気持ちも重なり、無理をしがちな職種だと真木さんは語る。


働きやすさを支える技術革新

そんな焙煎現場に変革をもたらしているのがAI搭載の焙煎機だ。
現在、真木さんが使用しているのは、ノルウェー発スタートアップ「ROEST社」の焙煎機P3000モデル。一度に焼ける量は3キロと少なめだが、AIが搭載され、レシピ通りに焙煎を再現できる。重労働が減り、焙煎をしながら他の作業をする余裕も生まれた。

「3キロなら自分で運べる。焙煎が体力勝負でなくなれば、もっと多様な人がこの仕事に関われるようになると思います」

AIが搭載されているROEST社の焙煎機
「レシピに人間が合わせる」従来の焙煎機とは異なり、AIが搭載されているROEST社の焙煎機では、レシピにマシンが沿う。目指す味のレシピを誰かが作れば、ほぼ同じような味が出せるのだ。「女性焙煎士にもいいし、小さい規模で始めたい店にもいいと思う」と真木さん。
メール返信など、他の作業をする余裕も生まれた
AIが搭載されている焙煎機は世界的にまだまだ少ない。小型なので焙煎に費やす時間は長くなるが、焙煎中にパッキングやメール返信など、他の作業をする余裕も生まれた。

2024年、真木さんはついに独立し、株式会社 日々カフェ(Hibi Kaffe)を設立。現在はカフェ&レストラン「ザ・リトル・ピクル(The Little Pickle)」の一角を間借りし、焙煎と豆の販売を行っている。同店には日本人の“サワードウブレッド職人”宮脇司さんとのぞみさん夫妻も在籍。北欧社会のフラットな人間関係や協力的な文化の中で、真木さんは「女性だから」ではなく「ひとりの焙煎士」として対等に見てもらえる環境に支えられているという。

焙煎作業中の真木さん
日々カフェの顧客は、じわじわと増えている。「新しいロースタリーだ。試してみよう」と興味を持ってくれる人が多く、さすがコーヒー好きな北欧らしいと感じるそう。
日々カフェのマグのロゴ
最初はノルウェー語の社名を考えていたが、周囲から日本語にしたほうがいいと助言された。ノルウェーのコーヒー業界では日本市場のブランド力が信頼されていることや、漢字は読めなくても「美しいロゴ」に見えるからと説得されたそうだ。生豆はスペシャリティコーヒーのインポーターである「ノルディック・アプローチ」から購入している。

チームで働く未来へ

真木さんが独立前に働いていたコーヒーロースタリー「テイラー&ヨルゲン」の元上司テイラー・ブラウン氏は、オーストラリア人の女性焙煎士。彼女の姿を見て、「自分にもできるかも」と思えたことが、大きな原動力になったという。真木さんも「誰かのロールモデルになれたら」と話す。

これから会社が成長していく上で大切なのは、「助け合えるチームをつくること」。業務を分担し、「すべての作業を最低2人がこなせる体制」を整えることで、急なトラブルにも対応でき、ストレスを減らせると考えている。今後、挑戦したいことは「ブレンドコーヒー」だという真木さん。
「ノルウェーではシングルオリジンが尊重されているけれど、良い豆と良い豆をカクテルのように合わせて、新しい味を作る楽しさに挑戦していきたい」


Hibi Kaffe
コーヒー豆各種 179~209ノルウェークローネ/220g
https://hibikaffe.no/

*1ノルウェークローネ=14.5円(2025年7月時点)

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