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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

クラシックこそフランス料理の屋台骨

東京・東大前「マプール」市岡徹也

2025.03.10

text by Michiko Watanabe , photographs by Hiroaki Ishii
(写真)伝えたいクラシックの味 「伊達鶏とモリーユ茸の ヴァンジョーヌソース」皿の中央にリゾット、鶏、モリーユを重ね、テーブルでヴァンジョーヌソースをたっぷりかける。市岡シェフの盛りつけは、積み上げるスタイルが多い。そうすることでシェフの描いた味をお客さんも確実に共有できる。

連載:“ 絶対美味”を継承する 新世代クラシック料理人

モダンでコンセプチュアルなスタイルの料理が、世界的に高い評価を得る一方で、古典が培ってきたものを現代の食べ手に届けようと奮闘するシェフたちがいます。新世代クラシック料理人は伝統の味の表現も、皿のプレゼンテーションも昔をなぞるばかりでなく、時代と向き合いながら、進化をしています。そんな磨かれ続ける「絶対美味」の舞台裏を紐解きます。初回は東京・東大前「マプール」市岡徹也シェフ。

市岡徹也シェフ。 1974年、愛知県出身。調理師学校卒業後、地元のレストランを経て「トゥール・ダルジャン 東京」へ。2000年渡仏。3年間、地方を周ったうちの2年間をジュラ地方の二ツ星シェフ、ジャン=ポール・ジュネ氏の元で修業。2017年1月、独立。「自分の意図通りに食べてほしいから、盛りつけはすべて積み上げています」。一品一品にかけるエネルギーは半端ない。

2017年夏にオープンしたフレンチ居酒屋「ボルト」店主の仲田高広さんに、おすすめの店を聞いた時のこと。「ブルゴーニュでお世話になった先輩が、イマドキ珍しい『どクラシック』をやってるんです」。
「どクラシック」という言葉にやけに惹かれた。「ど」のココロはどこにあるのか。今や、本場フランスでも稀少になりつつあるクラシックに「ど」が付くのだ。「マプール」、市岡徹也シェフに話を聞く。



市岡シェフのフランス修業はちょっと変わっていた。料理人なら誰もが憧れるパリは通過。グランシェフの思いが色濃く出る、オリジナリティ溢れる料理よりも知りたいことが他にあったからだ。そもそもフランスに行こうと決めたのは、クラシックの勉強のためだった。上京して初めて働いたのは「トゥール・ダルジャン東京」。ここでは、クラシックな王道メニューと、当時の料理長ドミニク・コルビシェフのモダンな作風の二つのコースを提供していたこともあり、双方を同時進行で学ぶことができた。

「あの古典料理がシェフの手にかかるとこんな風に変わるのか・・・」。そんな驚きを幾度も経験した4年間。ここで、クラシックの会得は必要不可欠だという思いを強くする。

クラシックな仕事を求めて地方へ

修業先には、最先端のパリよりも、昔ながらのフランス料理らしい仕事が残っている地方を選んだ。リヨン、ジュラ県のアルボア、ブルゴーニュ、バスク・・・。リヨンはヌーヴェル・キュイジーヌ発祥の地でもある。1970年代にはヌーヴェル(新しい)だったが、自分にとってはクラシックの範疇と市岡シェフは言う。

一番好きだったのはジュラ県(フランシェ・コンテ地域圏)だった。ことにアルボアにあるミシュラン二ツ星「ジャン=ポール・ジュネ」に魅せられ、修業の最後に再度働いている。「自分にはジュラの料理が合っていた。土地柄がいい、人柄がいい。そして、ジャン=ポールの料理は伝統的な郷土料理をベースに、レストランならではの洗練と工夫が施されていました」

「マプール」のベースには、そのジュラ地方の郷土料理がある。スペシャリテの「伊達鶏とモリーユ茸のヴァンジョーヌソース」(TOP写真)はソースの旨さに尽きる。「クラシックなフランス料理の魅力はソースだと思う」。ジュラのワインであるヴァンジョーヌは、読んで字の如し、黄色いワインだ。家庭では骨付きの鶏モモ肉をヴァンジョーヌとクリームで煮込むそうだが、市岡シェフはムネ肉のムースを巻いたモモ肉をスチームコンベクションでしっとり柔らかく蒸し上げ、仕上げに「ゴリゴリのフランス料理のソースをたっぷり」かける。

「ゴリゴリ」のココロは、ダブルブイヨンを使うことにもある。鶏ガラと手羽先、野菜を4時間かけて煮込み、漉してから、新たに鶏ガラと手羽先を投入して2時間煮込む。上から添えるモリーユ茸のクリーム煮には旨味が凝縮した乾燥を用い、一晩戻してから使う。このクリーム煮にもダブルブイヨンを用いる。

また、「蝦夷鹿の炭火焼」もソースの料理だ。ソースにはつなぎを入れず、繰り返し詰めて、最後にフォワグラバターでとろみをつける。これも伝統的なやり方だ。また、鹿肉の内モモが脂の少ない部位ゆえに、ペッパーソースの上に、「温かいマヨネーズ的な」ベアルネーズソースをかける。「これもソースをたっぷり召し上がっていただきたい。パンにつけてきれいにぬぐってください」


伝えたいクラシックの味 「蝦夷鹿の炭火焼 ソース・キャトルポワブル」

オレガノ風味のベアルネーズソース一番下が、ジュラ地方はイタリアに近いと感じさせてくれるポレンタのニョッキ。ふっくらジューシーな鹿肉の炭火焼きをのせ、たっぷりのソース・キャトルポワブルとベアルネーズソースを。重なり合う旨味が口福を運ぶ

「最新」より「最善」を選ぶ

この料理のもう一つの肝は、キュイッソンにある。従来のフライパンやオーブンでは、どうしても外側に火が入りすぎてしまう。急激な温度変化で肉の中のジュが暴れ、切った時に肉汁が溢れ出てしまうことも。

「『龍吟』での研修で、日本ならではの炭の使い方を知ったんです」。炭の遠赤外線で肉を包み込むように芯からゆっくり火入れしたあと、表面をさっと焼く方法に行き着く。「炭から出るミネラル分で、旨味成分を増幅してもらえる」効果もあった。

「クラシック=古い本をそのままなぞることではないと思っています。フランス料理の基本は肉とソース。うちは『フランス料理』と謳っているからには、ソースは絶対に崩さない。きっちりとベースを守りつつ、肉の火入れは現代的に。なぜなら、マシンも技術も進化していますから、最善の方法は取り入れます。そのほうが断然おいしいですし、おいしさの高みを目指すことは、フランス料理の原点だと思っていますから。僕の中では、クラシックとかモダンという分け方はなく、クラシックこそフランス料理の屋台骨というか、フランス料理そのもの。僕はシンプルにそのフランス料理をやりたいだけなんです」


「北海道阿寒湖 天然エクルビスのコンソメスープ キノコのラヴィオリ」。エクルビスの香り豊かなコンソメに圧倒される。小さなキノコのプチプチがおいしい。



小さなソースパンがピカピカに磨かれスタンバイしている。


スペシャリテに合わせたジュラのワインを始め、フランス各地のワインを用意。マダム厳選のお得なペアリングコースもあり。ぜひマリアージュを。


フランスの片田舎にあるような温かい雰囲気のレストランを目指す。


コースの前菜の一品「フォアグラといちじくのトーション ガトー仕立て ブリオッシュを添えて」。ハンガリー産のフレッシュなフォアグラを60 ℃のスチームコンベクションでさっと火を入れ、赤ワインとスパイスで煮たイチジクを巻き込んだもの。味わい深い。


洋ナシのコンポートにバニラアイス、熱々のチョコレートソースをかけた「ベル・エレーヌ」も、意図通りに味わってほしい、という市岡シェフの思いからパフェ仕立てで登場する。


フランスの田舎を思わせる内装や小物はマダムのセンス。特筆すべきは小菓子として登場するマドレーヌ。カリッと香ばしくてホントにおいしい。


◎マプール
東京都文京区西片2-19-17
北川ビル1F
☎03-3868-2518
水〜土曜 ディナー18:00〜(20:00LO)
日曜 ランチ・ディナー 12:00(13:00LO)/18:00(20LO)
月曜、火曜休
東京メトロ東大前駅より徒歩5分
http://ma-poule.tokyo/

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2017年12月号掲載)

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