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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

パティシエ・ユニット 「BIOMOMO HASHIMOTO」

橋本泰典さん、恵美子さん

2019.05.13

「BIOMOMO HASHIMOTO(以下ビオモモ)」は、日本人で初めて欧州のBIO(有機)認可を受けたパティシエ・ユニットだ。
パティシエと言っても、作るのはプラリネ、コンフィ、コンフィチュールなど。
それらが、ガストロノミー団体「コレージュ・キュリネール・ド・フランス」*の優良生産者リストに選ばれ、昨年は世界の高級エピスリーコンクールのスイートスプレッド&ハチミツ部門で金賞を受賞するなど、今、評価がうなぎのぼり。
錚々たる修業歴を持ちながら、素材の延長と言っていい品に仕立てることが、長い修業を重ねた彼らのたどり着いた答えだった。



*ガストロノミーを、経済・芸術・教育などの原動力として位置付ける活動を展開している。
text by Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda







南仏の大地の伝え方


アトリエは南仏の自然の中にある。有機野菜や果物が届く集荷場「BIOGARDEN」の一角が「ビオモモ」の仕事場だ。
周辺に広がるのは、ブドウ、アプリコット、サクランボなどの果物畑や野菜畑。大地の息づかいと生産者の営みの中で、橋本夫妻のクリエイションは生まれる。
「雨の日も風の日も農家の仕事に休みはありません。苦労や損失も少なくない。収穫だけではない彼らの作業を、僕たちはいつも近くで見ています」
そんな境遇から生まれる味であることが2人の誇りである。

ビオモモのスタートは2014年。きっかけは、スイス出身の農家ニコラス・ルース、通称ニコラさんとの出会いだった。
「寒冷なスイスから温暖な南仏へと拠点を移してビオ栽培に取り組み、周りの農家を巻き込みながら、ビオの生産者組合BIOGARDENを立ち上げた人物です」
海外でもビオ栽培の可能性を見出そうと、ペルー、東南アジア、ブラジルなどへ出向いていく。そんな彼が差し出したのがペルー産のショウガだった。味に優れている反面、繊維が強く筋っぽい。
「『君たち、パティシエなら、これで何か作れないかな』と託されたんです」
2人はコンフィにして彼に渡す。すると、「この集荷場にアトリエを作るといい。応援するから事業を始めなさい」と場所を貸してくれることになったのだという。
「移住者の苦労を知るだけに、僕たちをバックアップしようと考えたのでしょう。僕たちも、彼らの収穫物をこの手で瓶詰めにして世界に流通させられたら素敵だなと思いました」


鍛えられた眼
泰典さんは「パチシエ イデミ スギノ」で修業した。札幌のお菓子屋さんで働いていた時、杉野英実シェフの著書『市場からの菓子』に別世界を見て、神戸へ向かった。
「北海道を離れたのは修学旅行以来という。宿の手配もせずにやってきた。その日はうちに泊めたんですよ」と杉野シェフが当時をふり返る。

生地やムースの硬さ、味のコントラスト、お酒の使い方、フルーツの並べ方、すべてが発見の連続だった。
「営業前、毎日のようにフルーツを探しに街へ出るんです。もちろん納入業者が届けに来てるんですよ。でも、シェフが求めるクオリティではないことが多い。すると、僕たちが街で探してくる」
いつしかフルーツを見る眼が養われた。季節、品種、熟し加減による味や香りの違い。どんな状態がベストなのか。甘ければいいわけじゃない。強烈な酸っぱさをタルトに生かすことも覚えた。
恵美子さんはスギノ時代の同僚だ。販売員として働いていた。

01年には、2人揃ってフランスへ。渡仏後は恵美子さんもパティシエへと転身を図る。
アルザスやパリで6年近く修業を重ねるも、ヴァカンスでプロヴァンスを訪れた時、照りつける太陽とカラッとした空気の下で育つ果物や野菜、山を歩けば漂うハーブの香りに、こここそ自分たちにとっての聖地と思い移り住む。
まず何よりも、ニコラが育てたビオの野菜や果物の味に衝撃を受けた。
「指先にまで血が通うのを感じた」
そんな中でニコラからショウガを託されたのだった。
「バラバラだったものがひとつになって、自分のやるべき道が見えました」


パティシエの技術の活かし方
パティシエとは技術者である。技術の使い道は、華やかなお菓子を作るばかりではない。フルーツの性質を見極め、コンフィやペーストへと加工する技術は、お菓子に仕立てずとも活かされるはずだ。
こんなにすばらしい素材があるならば、限りなく素材に近い形のまま商品にすることはできないだろうか?
杉野シェフの下で叩き込まれた素材を見極める眼と活かす技、そこに南仏の優れたビオ栽培の産物を結び合わせたら、何か新しい表現ができるのではないか?
こうしてビオモモは立ち上がった。

ショウガのコンフィの他に、ショウガの佃煮(醤油味のキャラメリゼ)、アーモンドのプラリネ(抹茶、ショウガ、黒ゴマ、ウコンの風味)、コンフィチュール(ポメロ、イチゴ、サクランボ、イチジクなど)が主力商品だ。
ことにプラリネへの思いは深い。市販のタルティネ(ナッツやショコラのスプレッド)に対抗して、添加物の入らないピュアなタルティネを広めたい。それも、地元南仏産のアーモンドを使って。
「プロヴァンスはかつてアーモンドの産地でした。でも、イタリア産やスペイン産に押されて、次第に畑が放置され、ブドウに切り替えられた。僕は、プロヴァンスでビオのアーモンド栽培をできないものかとニコラに働きかけたんです」
そうして、4年前から始まったビオアーモンド栽培は本格的な収穫が可能になり、今年からビオモモの材料になる。


みんなが応援してくれる
それにしても商品が突出しすぎている。食べていけるのだろうかと心配になる。それは周囲のみんなも一緒らしい。
地元のワインを扱う会社の社長さんの紹介で、フランス随一の名店「ピラミッド」のシェフを紹介され、そのシェフからパリの高級ホテル「プラザ・アテネ」のエグゼクティブ・シェフを紹介された。
「ラインナップを一通り試食してもらう機会を得ました。『少ない素材で優れた表現、ビオ農家に光を当てるクリエイション、どちらもフランスのガストロノミーにおいて重要なことだ』と評価してくださった」

植木市で知り合った柑橘の神様ミッシェル・バシャスさんはビオモモのコンフィチュールを食べるなりお宅に招いてくれた。バラの神様のミッシェール・キャバリエさんやイチジクの神様のピエール・ボーさんもアプローチすると「おいで」と言ってくれる。そんな神様たちの素材を2人がコンフィチュールへと昇華させる。

「エピスリーフィンコンクールに出品したら」と勧めてくれたのはコンクールの運営スタッフだ。「ビオコープで買って食べたらおいしかったから」と。フランスで今一番注目のフードマガジン『Fou de Patisserie』の副編集長も積極的に記事を書いてくれる。それもこれも、心配なだけじゃない、2人が生み出す味に惚れ込んでいるからだ。
「パリにいたら、こういう味覚は養われなかったと思う。南仏の大地のなせる技です」

橋本泰典(はしもと・たいすけ)
1972年北海道出身。1993~99年、神戸「パチシエ イデミ スギノ」で修業。2001年に渡仏。アルザス「ミュロップ」「ジャック」「ランズブルグ」(三ツ星)、パリのレストラン「ア・ラ・ボンヌ・ターブル」で働く。07年からプロヴァンス「ジョエル・デュラン」でシェフ・ショコラティエを務める。2014年「BIOMOMO HASHIMOTO」設立。

橋本恵美子(はしもと・えみこ)
1969年大阪府出身。自動車メーカー営業、テレビレポーター、モデル、百貨店案内係、日本料理店の仲居などを経験後、「パチシエ イデミ スギノ」へ。30歳で調理師免許と製菓衛生士免許を取得。渡仏後は日本料理店のメートルドテル、「ジュエル・デュラン」ではセコンドショコラティエ。2014年「BIOMOMO HASHIMOTO」設立。


◎ BIOMOMO HASHIMOTO
Mas Saint Jean
30127 Bellegarde FRANCE
https://biomomohashimoto.jimdo.com/



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