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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

努力が支える色褪せない感性と同時代性

東京・自由が丘「パリセヴェイユ」金子美明

2024.03.25

努力が支える色褪せない感性と同時代性

text by Rieko Seto / photographs by Masahiro Goda
(写真)「タハア」。口どけの違う様々なパーツが華やかな香りを奏で、見事に重なり合う。きび砂糖と黒糖がバニラのみずみずしさを巧みに引き出し、軽やか。

連載:ロングセラーなお菓子の秘密

一度食べたら忘れない、「この人のお菓子をまた食べたい」と思わせるお菓子には、その人にしか描けない味の着地点と、おいしくなる原理原則が詰まっています。若手からベテランまで、6人のパティシエの人格のあるお菓子への道筋を解き明かします。第3回は東京・自由が丘「パリセヴェイユ」のタハア。

金子美明さん

金子美明さん。中学卒業後「ルノートル」入社。デザイナーに転向後再び菓子界へ。渡仏し「ラデュレ」「アルノ・ラエール」等を経て 2003年独立。13年フランスにも2号店を開く。


より自由に、よりしなやかに。2013年、フランスのヴェルサイユに「オ・シャン・デュコック」を開き、ルレ・デセールのメンバーにもなってフランスへ頻繁に足を運ぶようになった金子美明さん。以来、その菓子作りはどこか肩の力が抜け、極めて自然体な“現在進行形”の進化を日々、遂げているように思う。

15歳で「ルノートル」に飛び込み、伝統的なフランス菓子の真髄を体にしみこませた金子さん。「パチシエ イデミ スギノ」杉野英実さんの下で味を磨き抜く根気と大切さを学び、20代にはいったん菓子を離れてグラフィック・デザインの世界へ。

30歳を手前に再び菓子の世界に戻り、ピエール・エルメが革新をもたらしていた2000年前後のフランスの菓子の影響をパリで受けて帰国した。こうした背景から生み出される、クラシカルな味わいと趣きに、恐ろしいほど緻密な手仕事と洗練された美意識を融合させた、唯一無二の「パリセヴェイユ」の菓子は、多くのファンの心を掴んできた。

そこにもう一つ、強化される形で加わったのが、本当の意味での同時代性だ。「今までも、無理にクラシックに特化したり、モダンに走ったりすることなく、“今、このときにフランスにあっても自然で、違和感のないパティスリー”でありたいと思ってきました。でも、それを捉える感覚が、修業から帰国後、あまりフランスに行けなかった約10年の間に、少しずつ衰えていた」と話す。

再びフランスにも生活の拠点を置き、フランス人のパティシエたちともよく話すようになって感じたのは、「昔の常識や概念へのこだわりがぐんと薄れ、想像以上に自由になっていたということです。素材にしても製法や見た目にしても、それぞれのパティシエが柔軟に先を見つめ、自分の考えで目の前の菓子と向き合っていました」

“フランス菓子”の括りで自分を語らなくなった

そしてまた、時代は流れてフランス菓子でも軽さやフレッシュ感が求められるようになり、甘さもひかえめに。ユズや抹茶といった日本の食材も、いまや当たり前にある素材として菓子に使われるようになり、新しい素材や技法も次々に生まれ、菓子の世界はますますボーダーレスになっている。

「それを見て、僕も変わるべきだと感じましたし、“フランス菓子”という括りで自分の菓子を語ることもしなくなりました。もちろん、自分が学び、作ってきたクラシカルなものを否定するつもりはなく、大切にしたいですし、おいしいものはおいしい。ただ、時の流れとともに自分も成長していきたいと思うのです」と、金子さん。

新作の「タハア」は、タルト生地にクリームでもガナッシュでもなく、ジュレを流すという驚きをこめたひと品だ。「今までは伝統に則る意味でやってこなかった、タルトの内側をチョコレートでコーティングする手法を許容することで、タルトに新しい食感と、今までにないみずみずしさを表現することができました。現代のお菓子においては、驚きもおいしさを形作るひとつの大切な要素だと考えています」

味わい自体は、スペシャリテの「ガトー・ヴァニーユ」をタルトに進化させた、ベーシックな(とはいえ、上質で贅沢な!)バニラ尽くし。しかし、口に運べば各パーツからバニラの香りがさまざまに弾け、よりクリアでフルーティに感じられるのは、ジュレを加えてさっぱり、デザートのように仕上げたタルトだからこそ。

「見た目にも料理のようで、北欧っぽいナチュラル感があって好きですね。新境地だと思います」と、レストランで食事をすることも好きで、さまざまな刺激や発想を得ることが多いという金子さんらしい言葉も飛び出した。

56歳の今でも「いつも頑張らなくちゃ、と思っている」。興味を幅広く持って表現の引き出しを広げ、菓子に落とし込む金子さん。その色褪せずみずみずしい感性こそが、進化し続ける菓子の所以だ。


【思い描く味の到達点】
バニラをフルーツのように、みずみずしく。


バニラとミルク、クリームの配合を少しずつ変え、食感の違う4パーツに。

バニラとミルク、クリームの配合を少しずつ変え、食感の違う4パーツに。


ごくわずかのゼラチンを入れ、巧みに温度変化を加えながら撹拌することで雲のような口どけに。

ごくわずかのゼラチンを入れ、巧みに温度変化を加えながら撹拌することで雲のような口どけに。


タルト生地にジュレを直接流し込む。ざっくり→ふるんという食感の落差でよりみずみずしく

タルト生地にジュレを直接流し込む。ざっくり→ふるんという食感の落差でよりみずみずしく。


マスカルポーネを加えたクリームは、濃厚でなめらかな口どけ。

マスカルポーネを加えたクリームは、濃厚でなめらかな口どけ。

「ムッシュアルノー」「ガトー・ヴァニーユ」「ロアジス」など

「ムッシュアルノー」「ガトー・ヴァニーユ」「ロアジス」など、これまでも数多くのスペシャリテを生んできた。今も変わらず根強い人気。


パリセヴェイユ

◎パリセヴェイユ
東京都目黒区自由が丘2-14-5
☎03-5731-3230
11:00~19:00
不定休
東急線自由が丘駅より徒歩5分
Instagram:@paris_seveille

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)

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