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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

味見、味見、味見・・・その連続から生み出される菓子

東京・碑文谷「パティスリー ジュンウジタ」宇治田 潤

2024.03.04

「エクレール ショコラ メゾン」。芳醇で力強いカカオの風味にガシッと堅いシューの香ばしさ が溶け合う。見た目よりもずっしり重い。濃厚でするすると食べ進められる。

text by Kaoru Minokoshi / photographs by Masahiro Goda
(写真)「エクレール ショコラ メゾン」。芳醇で力強いカカオの風味にガシッと堅いシューの香ばしさが溶け合う。見た目よりもずっしり重い。濃厚でするすると食べ進められる。

連載:ロングセラーなお菓子の秘密

一度食べたら忘れない、「この人のお菓子をまた食べたい」と思わせるお菓子には、その人にしか描けない味の着地点と、おいしくなる原理原則が詰まっています。若手からベテランまで、6人のパティシエの人格のあるお菓子への道筋を解き明かします。第2回は東京・碑文谷「パティスリー ジュンウジタ」のエクレア。

宇治田 潤シェフ。1979 年東京生まれ。葉山「サンルイ島」を経て 2004 年に渡仏。パリ「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」で修業後、鎌倉「パティスリー雪乃下」を経て 11 年独立。

宇治田 潤シェフ。1979 年東京生まれ。葉山「サンルイ島」を経て 2004 年に渡仏。パリ「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」で修業後、鎌倉「パティスリー雪乃下」を経て 11 年独立。

「パティスリー ジュンウジタ」宇治田潤さんは、この4年間カカオ豆とがっぷり四つに向かい合っている。カカオ豆を焙煎し、砕いて殻を除去、練って固めるというビーン・トゥ・バーの一連の工程をみずから行っているのだ。

やり方はまったくの自己流だという。「試行錯誤の連続です。焙煎は菓子用のオーブンで焼いています。新しい豆が入ったら、まずは少量を試し焼き。このくらい焼くとこの豆はこんな味になる、とデータを取ります。産地が変われば味が変わるのは当然のこと、同じ産地でもロットが違えばまた変わり、もう果てしない(笑)。ナッツとは違ってカカオ豆は発酵させてあるからか、各工程で驚くほど味が変わるんです。まだまだわからないことばかりです」と悩みを口にするが、その表情はいたって明るい。心底楽しんでいるのだ。

カカオが教えてくれた
味見の大切さ

カカオに触れることで味見の大切さに気づいたとも言う。

「練っている間にもカカオの風味は変化します。最近は丸3日練り続けています。すると余韻の長いショコラになる。固めた後も1カ月から長いもので3カ月寝かせるうちに味が開いていく。その間は、細めに味見をしてノートに書きとめています」

プロの菓子のレシピは、1グラムに至るまでおいしさが突き詰めらてれている。ともすれば数字を絶対視するがあまり、味見の習慣が薄れがちだ。だから宇治田さんは店のスタッフによく言うのだそうだ。「味見をしろ。食べて感じろ」と。「味を見ないと変化に気づけない。変化がわかると俄然楽しくなるんです」と目を輝かせる。

味の頂点を見極めて、
逆算して構成する

「エクレール ショコラ メゾン」は、宇治田さんがみずからカカオと向き合った結果生まれた、カカオを起点とした菓子だ。使っているのはコロンビア北東部、ベネズエラ国境に近いアラウカ産。「オレンジのような香りがあり、余韻が長く、ヨーグルトを思わせる酸味があります」。これをクリームとグラサージュにふんだんに使って、アラウカのおいしさが最大限に味わえるエクレアに仕立てた。

エクレア作りの肝は「水分の移行」にあると宇治田さんは考える。「クリームの水分がシュー生地に移行して一体感が生まれるところにおいしさの頂点がある。そこから逆算して、生地は水分を吸っても歯応えを失わない配合にして、乾燥気味に焼き上げています」

ましてや、詰めるのはアラウカの芳醇な香りを閉じ込めた力強いクリームだ。それに負けぬよう、生地には他にも仕掛けがある。グラサージュをかけると見えなくなる生地の表面にグラニュー糖をふって焼くことで、キャラメル状の香ばしい薄膜を作っている。表面のギザギザのとがった部分はとりわけほろ苦くガリッと硬い。一方、谷の部分は熱のあたりがやや弱く、色づき、苦味、食感すべてが軽めだ。このコントラストが欲しくて菊型口金でギザギザに絞る。

クリームを詰めてしばらくなじませたものを手で折ってみる(硬いからザクッと折れる!)。生地の断面にも焦げ茶から白っぽい色へのグラデーションがある。「完全に焼き切らずに白っぽい部分を残すことが大切。そこにクリームの水分を移します。といってもベシャッと湿るわけではなく、カカオや生クリームの油脂が適度にじゃまをしていい具合にじんわりなじむんです。だからクリームを詰めた後、3〜5時間後に味が完成するのです」

クリーム作りにもひとワザある。均一に混ぜ上げず、チョコレートの濃い部分と薄い部分をまだらに残すのだ。「そのほうがおもしろい」と宇治田さん。なるほど、味の幅がさらに広がる。

生地、クリーム、グラサージュ。たった3要素のシンプルな菓子なのに、なんて表情豊かなのだろう。食材の魅力に心ゆさぶられるしなやかな感性と味の頂点から逆算する緻密な構成力を併せ持つ宇治田さんらしいエクレアだ。

【 思い描く味の到達点 】
3時間後、生地とクリームに一体感が生まれる


宇治田シェフの自家製チョコレートのコンチング(練り)は3日間ぶっ通しで行われる。こうすると「キレがよく、余韻が香る味に」

宇治田シェフの自家製チョコレートのコンチング(練り)は3日間ぶっ通しで行われる。こうすると「キレがよく、余韻が香る味に」


外側はよく乾きバリッと濃く焼けているが、内側は白くやわらかい。白い部分はクリームを絞った数時間後に水分を吸い、全体がなじんで一体化する。

外側はよく乾きバリッと濃く焼けているが、内側は白くやわらかい。白い部分はクリームを絞った数時間後に水分を吸い、全体がなじんで一体化する。


チョコレートの上掛け(グラッサージュ)は必ずしっかり混ぜてツヤを戻してから行う。

チョコレートの上掛け(グラッサージュ)は必ずしっかり混ぜてツヤを戻してから行う。


16 切菊口金で絞り出し、焼き面にニュアンスを。凹凸のあるムラのある焼き面が食感にコントラストを生む。

16 切菊口金で絞り出し、焼き面にニュアンスを。凹凸のあるムラのある焼き面が食感にコントラストを生む。

自家製チョコレートのショコラ、タブレット、生菓子の他、郷土色のある古典的なフランス生菓子も揃う。

自家製チョコレートのショコラ、タブレット、生菓子の他、郷土色のある古典的なフランス生菓子も揃う。


パティスリー ジュンウジタ

◎パティスリー ジュンウジタ
東京都目黒区碑文谷4-6-6
☎03-5724-3588
10:30 ~ 18:00(土曜、日曜、祝日は~17:00)
月曜、火曜休
東急線学芸大学駅より徒歩 18 分
http://www.junujita.com/

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2021 年1月号掲載)

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