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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

妥協を許さない、完璧主義から生まれる菓子

東京・用賀「アツシハタエ」波多江 篤

2024.02.26

妥協を許さない、完璧主義から生まれる菓子 東京・代官山「アツシハタエ」波多江 篤

text by Rieko Seto / photographs by Hide Urabe
(写真)「バニーユ・フレーズ」。軽やかなバタークリームにとろけるようなババロワ、甘酸っぱいイチゴのジュレ。口に含むと全パーツが一体となってほどけ、バニラとイチゴの鮮やかな香りが立体的に広がる。

連載:ロングセラーなお菓子の秘密

一度食べたら忘れない、「この人のお菓子をまた食べたい」と思わせるお菓子には、その人にしか描けない味の着地点と、おいしくなる原理原則が詰まっています。
若手からベテランまで、6人のパティシエの人格のあるお菓子への道筋を解き明かします。第1回は東京・用賀「アツシハタエ」のバニーユ・フレーズ。

波多江 篤さん。「アラン・デュカス グループ」シェフ・パティシエを歴任し14年渡仏。 パリ「ル・ムーリス」、「ホテル・プラザ・アテネ」へ。「ドミニク・ブシェ トーキョー」シェフを経て19年独立。

波多江 篤さん。「アラン・デュカス グループ」シェフ・パティシエを歴任し14年渡仏。
パリ「ル・ムーリス」、「ホテル・プラザ・アテネ」へ。「ドミニク・ブシェ トーキョー」シェフを経て19年独立。

「アツシハタエ」波多江篤さんがコンセプトとするのは、「ハレの日にふさわしい特別感のある菓子作り」。なぜなら、「ケーキが本当の意味で必要とされるのは、お祝いのときだから」だ。

今ではパティスリーの数も増え、菓子はいつでも買える日常のものとなっているが、そのなかでもここぞという記念日には、自分のケーキを買いたいと思ってほしい。それが波多江さんの願いだ。


覚悟と責任感を持って、徹底的に味を磨く

そう考えるからには、作る側としても相応の覚悟と責任感が必要とされる。ともすれば見た目の豪華さにばかり走りがちだが、波多江さんの菓子は華やかさを感じさせつつも無駄のない、洗練されたスタイル。あくまでも重視するのは味だ。そして、自分が食べて本当においしいと感じられ、思い出に残る日の特別な品として自信を持って勧められるクオリティになるまで、持てる技術と経験をすべて注ぎ込んで徹底的に味を磨き抜く。

「だめなものはだめですからね。少しの狂いやミスでも、『まあ、いいよ』とは言えない。だって、それは不良品ということですから」と、きっぱり。まさに妥協を許さない、完璧主義から生まれる菓子なのだ。

波多江さんは、「アラン・デュカス・グループ」や、「ドミニク・ブシェ・トーキョー」など、華々しいレストランのシェフ・パティシエとして、長い間腕を磨いてきた。しかも、そもそも調理師学校出身なので、料理やデザート的な感覚は意識するまでもなく、自分の中に当たり前にあると言う。なかでも大きいのはアラン・デュカスさんからの影響だ。

「働いていた当時、常に求められていたのは、 “最高においしい”ことでした。そのためには2割使って8割捨てるというくらい、厳選した旬の素材のいい部分だけを使って加工し、素材らしさを出しながら最高の状態で提供する、ということが行われていたんです。複雑でなく単純明快で、おいしければいい、というのもその当時のデュカスさんの考えでした」そこで得た経験が、特別感のある菓子に向けて味を磨く、波多江さんの原点であることに間違いはないだろう。

そのうえで自身の名を掲げてオープンした「アツシハタエ」のプチガトーでは、素材の香りがみずみずしく弾け、食感や酸味、苦味など緻密に構築されたバランスによって、立体的な味わいを主張。シンプルなものももちろんあるが、4㎝の高さに10層ものパーツを重ねることも少なくない。

「いわゆるケーキ屋さんのお菓子って、固形物みたいになっているものが多いですよね。そうでなくてまず、ゼラチンの量をギリギリに減らし、コンポートやジュレを入れるなどして、デザートのようなジューシーさやみずみずしさを表現したいと思いました」

自分で考え、型破りでも良いと思うやり方を貫く

「バニーユ・フレーズ」では、イチゴを真空調理して、贅沢にもエキスだけを香り高いジュレに。ピュレとは異なる、ハッとするような輪郭ある味と香りが力強い印象を放つ。

洋酒とバニラが気品高く華やかに香るババロワも、卵に火を入れる時間が極限まで抑えられ、とろけるようにクリーミーでやわらかだ。それに合わせて軽やかさを究めたビスキュイ・ダマンドは、一般的なものとは大きく異なる独自の製法で、卵黄入りの生地とメレンゲの両方を思い切り泡立てて合わせ、バターは加えず、高温でさっと焼成。

「焼けすぎた香りを入れたくないし、乾かしてシロップをビショビショに打つこともしたくないので、『今、焼けました』というタイミングでオーブンから出したい。生地であれ何であれ、製法は自分で考えて良いと思うやり方をしていて、他のパティシエからは驚かれるようなことも多いから、入るスタッフには『今までやって来たことは全部忘れて』って言ってます」

自分の頭と感覚で考え、気になることは答えが出るまで追求せずにいられない性分。かといってエゴを押しつけるのでなく、食べる人に伝わり、ハレの日にもはずすことがない最高のおいしさを真剣に磨く。それこそが波多江さんの目指す、ここにしかない特別感のある菓子の形だ。


【 思い描く味の到達点 】
バニラ×イチゴの華やいだ香りが掛け算で広がる


バタークリーム、ビスキュイ、イチゴのジュレ、ババロワが全8層に重ねられた緻密な構造

バタークリーム、ビスキュイ、イチゴのジュレ、ババロワが全8層に重ねられた緻密な構造


低温真空調理でジュを取り出す。最小限の砂糖と加熱でフレッシュなエキスを抽出したいと、低温真空調理法を採用。使うのはエキスだけ!

低温真空調理でジュを取り出す。最小限の砂糖と加熱でフレッシュなエキスを抽出したいと、低温真空調理法を採用。使うのはエキスだけ!


極薄4㎜のビスキュイは卵黄と卵白両方を思い切り泡立て、薄くてふわふわに焼き上げる。

極薄4㎜のビスキュイは卵黄と卵白両方を思い切り泡立て、薄くてふわふわに焼き上げる。


常識破りのアングレーズの高温炊き。アングレーズも卵の加熱時間を最小限にしたいので、牛乳を豪快に沸かし、卵を加えてからさらに高温で豪快に加熱しながら超短時間で炊く。

常識破りのアングレーズの高温炊き。アングレーズも卵の加熱時間を最小限にしたいので、牛乳を豪快に沸かし、卵を加えてからさらに高温で豪快に加熱しながら超短時間で炊く。

生菓子はシーズンごとにラインナップが変わり、常時15 種前後。代官山本店ではヴィエノワズリーも扱う。ブリオッシュなど評判も高い。

生菓子はシーズンごとにラインナップが変わり、常時15 種前後。代官山本店ではヴィエノワズリーも扱う。ブリオッシュなど評判も高い。


アツシハタエ代官山店

◎アツシハタエ用賀店
東京都世田谷区玉川台1-5-3
☎003-5797-9234
11:00~19:00
月曜、火曜、水曜休
https://atsushihatae.com/

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)

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