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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

食べるシチュエーションでレシピも売り方も変える

東京・代々木公園「パス」後藤裕一

2024.05.07

食べるシチュエーションでレシピも売り方も変える

text by Kyoko Kita/ photographs by Sai Santo
(写真)「マドレーヌ」。開店した2015年にはまだ珍しかったマドレーヌの裸売りを提案。菓子屋では見映えがよくないと言われる“バリ”もおいしさのひとつ。「はみ出したところが薄くてサクサクするんです。たい焼きと同じですね」

連載:ロングセラーなお菓子の秘密

一度食べたら忘れない、「この人のお菓子をまた食べたい」と思わせるお菓子には、その人にしか描けない味の着地点と、おいしくなる原理原則が詰まっています。若手からベテランまで、6人のパティシエの人格のあるお菓子への道筋を解き明かします。最終回は東京・代々木公園「パス」のマドレーヌ。

後藤裕一さん

後藤裕一さん。大学在学中に「オテル・ドゥ・ミクニ」に入店。「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」を経て渡仏し、「メゾン・トロワグロ」でシェフ・パティシエを務める。15年「PATH」を、19年「Equal」を開店。


焼き上がり20分後のおいしさ

朝8時の開店前。「パス」ではマドレーヌが焼き上がると、一つひとつ型から取り出しては、ケーキクーラーの縁にそっと立てかけていく。「生地が柔らかいので、すぐにクーラーにのせると跡がついてしまいます。少量だからできることです」とシェフ・パティシエ後藤裕一さん。立てかける時間は粗熱が取れるまでのわずか1~2分だが、欠かせない工程だ。

後藤さんが4年間シェフ・パティシエを務めたフランスの三ツ星「トロワグロ」にはホテルも併設されていた。「モーニングではきちんと手をかけたサーモンマリネや近くの工房のチーズを並べ、朝から甘味を食べる文化があるのでパンと一緒に焼き立てのお菓子も提供していました。そんな気負わないけれど上質なモーニングを、このカジュアルな空間でやりたかった」

マドレーヌは袋詰めせず裸のままカウンターに並べ、1~2時間以内に口に入る前提でレシピを考えた。「どんなシチュエーションで食べてほしいかで売り方が変わるし、レシピも変わります」。「トロワグロ」では作りたての一瞬のおいしさを皿の上に表現してきたが、注ぎ込む意識はモーニングの焼き菓子でも変わらない。

「食べ頃は焼き上がって20分後くらい。周りはカリッ、中はふわっとコントラストが出てきます。焼き菓子にも最高においしい瞬間があるんです」

幸せになるための技術

「パス」の厨房に立つ傍ら、メニュー開発やコンサルティングなども手掛ける後藤さんだが、自身は「あくまで職人」だと言う。「職人というのは技術者。製菓技術を持った社会人というイメージです。自分が持っている経験や技術をお客さんに喜んでもらえる形で提案していくのが仕事」。厨房に籠らず外に出ることでメリットも大きいという。

「僕はチームで働くことが好きなんです。異なる高い専門性を持った人たちが一緒に働くことで技術や知識を共有でき、一人では作れないものが作れる。クライアントともそれに近い関係性を築けていると思います」

また、事業の幅を広げていくことで、店で働く若いパティシエたちの能力を生かせる場や選択肢を増やすことができると考える。「パティシエの最終的なゴールは、店を持つことやシェフになることだけではないはずです。技術のアウトプットの仕方は他にもある。出産、子育てなどライフステージに合わせて働き方を変え、年齢や経験に見合った給料を得ながら、自分の力を発揮していく。そうした当たり前の環境がこの業界にも必要ではないかと思います」

後藤さんがそんなふうに考えるようになったのは、トロワグロファミリーの影響が大きいという。「やるべきことをやって、作りたいものを作って、休みもきちんととる。お客さんを満足させながら、自分も家族もスタッフも幸せで、気持ちよさそうに生きていた。あぁ、僕がやりたいのは、こういうことなのだと」

店を訪れる人たちの暮らしの中に菓子をどうデザインするか。また培った経験や技術を、自身の生き方としてどのように表現していくのか。俯瞰的で多角的なビジネス的視点と、菓子の持つ可能性を深堀りしていく職人としての姿勢が、後藤さんの中で違和感なく同居している。


【思い描く味の到達点】
「マドレーヌはしっとり」を覆した、
外はサクッ、中はふわっと焼きっぱなしのおいしさ


アーモンドペーストを使うことでふんわり軽く、きめ細かく。

日本の気候や日本人の好みに合わせてレシピを調整。アーモンドペーストを使うことでふんわり軽く、きめ細かく。


型の溝に沿って、薄くバターを塗る。

型の溝に沿って、薄くバターを塗る。「丁寧に塗って丁寧に型から外せば、粉は不要。こういう細かな作業は、小ロットだからこそできること」


レモンの香りはポンと開かせるより、全体にじんわりと染み込ませたいから、バターに香りを移してから使う。

レモンの香りはポンと開かせるより、全体にじんわりと染み込ませたいから、バターに香りを移してから使う。


ごく柔らかい生地ゆえ、表面が固まるまでの数分間、潰れないよう立てかけて冷ます。

ごく柔らかい生地ゆえ、表面が固まるまでの数分間、潰れないよう立てかけて冷ます。「変ですよね(笑)。でも、このレシピだとこうするしかない。これが PATHの朝の風景です」。

レコードのかかる居心地のいい空間で、レストランクオリティの味を朝8時から、カジュアルなモーニングとして。夜はフルコースあり、立ち飲みもあり。

レコードのかかる居心地のいい空間で、レストランクオリティの味を朝8時から、カジュアルなモーニングとして。夜はフルコースあり、立ち飲みもあり。


PATH

◎PATH
東京都渋谷区富ヶ谷1-44-2 A-FLAT1F
☎03-6407-0011
朝食 8:00~13:00LO / 月曜、火曜休
ディナー 18:00~22:00LO / 日曜、月曜休
東京メトロ代々木公園駅より徒歩2分
Instagram:@path_restaurant_

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)

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