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PEOPLE / 寄稿者連載

経済としての食。美学としての食。

真鍋太一さん連載「“小さな食料政策” 進行中」第3回 

2018.09.20

PEOPLE / LIFE INNOVATOR

連載:真鍋太一さん連載

経済合理性と美学。

先日、『日本仕事百貨』という求人メディアを運営している会社の10周年記念イベントに登壇させてもらった。(このサイトでフードハブのつくり手を何人も採用している)テーマは「今、日本的な食を考える」というたいそうな内容。

在来の小麦を復活させ、お金がないからボロボロの石臼をもらってきて復旧して、その石臼で小麦を挽いてパンを焼いている話や、自分たちで育てた米を使い、山の湧き水を酒蔵まで運んで日本酒つくったことなど、要は、食を巡るものごとの、日々の繰り返しが、地元への愛着を失うことにも、育てていくことにも繋がる、というようなことをくどくどと話した。





当日の聞き手は、フードハブ設立の当初から求人記事を書いてくれている中嶋希実さん。スタッフの裏話(本当はブラックとか)も含めてよく知る彼女から「前から思っていたんですが、なんで、いちいち本当に面倒くさいことをやるんですか?」と聞かれた。

正直、言葉につまった。

一緒に登壇していたフードハブ代表の林は、「ビジネスは、ある程度、合理的に物事を進めれば、そこそこの成功はねらえる。でも、それをわかっていても、その人の中にある美学が邪魔をして、合理性を欠いてうまく行かないことが良くある」と。さらに「この人(私)には、経済合理性は一切なく、美学しかない」と言った。美学というと聞こえがいいが、言葉を変えるとただの面倒な「こだわり」である。

これを書きながら、フードハブ設立前に林が私に言った言葉を思い出す。



ビジネスとは結局、自分が「正しい」と思うことを世の中に問うということ。
それが受け入れられたら成功するし、受け入れられなかったらゲームオーバー、退場させられる。一番のリスクは、実はお金じゃなくて、自分が「正しい」と思うことを世の中に「問う」こと。



林の言葉は、一般的なビジネスの定義とはちがうかもしれないが、安易にソーシャルビジネスなどの流行りの枠に収めたくはない。




PASSION PROJECT.
利己的と利他的。



前回 紹介したニューヨークの凄腕料理人 Dave Gould の元上司であり、「Marlow & Sons」や「Wyth Hotel」のオーナー Andrew Tarlow(アンドリュー・ターロー) と「Ramen Shop」のオーナー Sam White(サム・ホワイト) が来日した際に、寿司屋のようなカウンターだけでやっている小さな日本の飲食店をたくさん食べ歩いた。そして私たちフードハブの話を聞いて、それらをまとめて彼らは「Passion Project」と呼んだ。

アンドリューもサムも、ローカルのつくり手をサポートするクリエイティブかつパッションな人たちだが、言葉を変えると「たいして儲かりもしない経済合理性のない情熱だけのプロジェクト」ということだ。(嫌味なやつらめ)しかし一方で、好意的に捉えると日本の小さなビジネスはパッションに溢れた、美学のあるものが多くある、と言えないだろうか。

この時、面白かったのが、アンドリューの息子(生意気な高校生)が、「親父は、ひとつもパッションプロジェクトがないじゃないか」と、あたかも儲けばかり考えて情熱がない利己的な親、と一本取ったかのように言っていた。

アンドリューが即答する。

「お前が、私のパッションプロジェクトだ」と。

自分の息子を利益(経済合理性)のためだけに育てる親は、あまりいないと思う(いるかもしれないが)。子育ては、かなりの情熱と労力、そしてお金が伴う一大プロジェクトだ。親としては、こうなってほしいという親独自の子供に対する「美学」みたいなものも存在し、自分の利益よりも他の利益を優先する利他的なものごとと言えるのではないか。

そう、フードハブは、子育てのように、経済合理性を求めない、ただ情熱だけで進めているプロジェクトと言えるのかもしれない。(皮肉にも、フードハブ設立から3年目の今も、経営陣は無給でやっている)




食による関係性の再構築。



今この原稿を、料理人たちと、瀬戸内の島々を旅しながら書いている。幸運にも、長年ベネッセアートサイト直島で働いている方に、忙しい時間の合間を縫って直島を案内してもらった。

彼から手渡されたパンフレットに、福武總一郎氏の言葉が書かれていた。


「近代化」は「都市化」と同義語であり、東京に代表される大都会は、人間が自然との営みから離れ、人間の欲望だけが塊った、化物のような場所ではないか、ということです。そこでは、絶え間ない、刺激と興奮、緊張と享楽に溢れており、かつ人々をそれらの競争の渦のなかに巻き込んでいく社会であります。

『瀬戸内海と私 − なぜ、私は直島に現代アートを持ち込んだのか』より



この言葉に引き込まれた。

福武氏は、別にお金があるから美術館をやっているわけではなく(ないとできないけど)、経済合理性のみを追求する現代社会(≒ 東京)に警笛を鳴らすため、過疎化が進む瀬戸内を拠点に、現代美術を使い、それを生業とするアーティストと活動しているのだ。

(話を自分に戻します)

フードハブの立ち上げから2年が経ち、東京での仕事を放置していたので、今後は食関係の仕事にしぼって少しずつ再開しようかと動き始めている(みなさん、よろしくおねがいします! )。しかしながら、神山での生活が当たり前になった今、オリンピックを2年後に控え、大開発が続く東京の波に乗れそうにない自分がいる。

そんな折、銀座のとある場所で、毎月開催するマルシェのようなものを考えられないかという相談をもらった。そのオファーに「なんで東京のド真ん中、それも銀座でフードハブがマルシェやるの?」と一瞬思ったが、私の心は浮ついていた(苦笑)。

特に食の文脈において田舎から東京を見たとき、東京は、巨大な消費の場所として一般的に捉えられていると思う。(それでいいのか、東京よ)

銀座を訪れる観光客を中心とした玉石混交の人たち。その「ニーズ」に合うキャッチーな(原宿の竹下通りで並んで買う食べ物より少し洗練された)モノを、それなりの値段で大量に売りさばくとめっちゃ儲かるなと頭が想像をはじめる。娘が大好きな、美味しんぼに出てくる「ポテトボンボン」のように(洗練のカケラなし)。

しかし、ここで林の言う私の「美学」が邪魔をする。



小豆島の鈴木農園さんの放牧豚。ここまで自然に寄り添って育てているのは日本では珍しいのでは。

食を通じて、「田舎」と「東京」の関係性を一度解体し、再構築したらどうなるのか。

経済の視点からみると、料理における「食材」のように、「人」も「人材」というひとつの材料になる。A品、B品、キロ何円のように数字的に評価可能で、取引可能。田舎はこれまで、食材や人材を育て、送り出す場所だった(少なくとも今までは)。ある程度、育った後は、経済合理性の高いとされる都市に移住し、経済の「材料」となって効率的に働いていくという大きな流れがある。こういう構造を考えると、人も「人材」として「消費」されていくというのが、研ぎ澄まされた経済合理性を持つ都市という構造なのかもしれない。

経済的な観点から「都市」というものを一面的に切り出してこう書いてしまうと、都市で生活している人たちに大変失礼なわけだし(私も収入の大半は都市の仕事で賄っている)、同時に東京で生まれ育った、東京がローカルな人たちも沢山いるわけで、要は私が言いたいのは、田舎と都市のフラットな関係性を、新しい構造として、みんなでどう描いていくことができるのか、ということだと思う、それも食を通じて。(これについては、ぜひ東京ローカルの人たちと話してみたい)





福武氏が、先述のパンフレットの文末にこう書いている。



現代社会に対するメッセージを持った現代美術を媒介にして、そうした都市と、自然溢れ個性ある島々を繋ぐ事によって、都会と田舎、そしてお年寄りと若者、男と女、そこに「住む人々」と「訪れる人々」とがお互いに交流し、お互いのよさを発見し、認め合うことができます。

そのことが都市に住む人々にとってもいい影響をあたえ、過疎といわれる地域も蘇り、それぞれの地域の持つ多様で豊かな文化を活かしていく「バランスの取れた価値観の社会」ができることを期待しています。そして、「在るものを活かし、無いものを創っていく」という21世紀の新しい文明感を、ここ瀬戸内海から、世界に発信していきたいと思います。

これをフードハブにおきかえると、「食を媒介に、田舎と都市とのバランスの取れた価値観をどう築くことができるのか」ということになる。そして「地産地食」もまた、在るものを活かし、無いものを「地域内」で創っていく活動だと思ってるが、ややもすると、自分たちだけ良ければいいんじゃないの?と思われるかもしれない。しかしながら、全国各地でこの「地産地食」の輪を広げていくには、消費地としての都市との関係性以上のありかたを、みんなで考えていく必要があると感じているのは、私だけだろうか。

今回、書くことができなかった Chef in Residence の具体的な活動。次回は、その活動を通して Dave と私が抱える「苦悩」をお伝えできたらと思う。







真鍋 太一(まなべ・たいち)
1977年生まれ。愛媛県出身。アメリカの大学でデザインを学び、日本の広告業界で8年働く。空間デザイン&イベント会社JTQを経て、WEB制作の株式会社モノサスに籍を置きつつ、グーグルやウェルカムのマーケティングに関わる。2014年、徳島県神山町に移住。モノサスのデザイン係とフードハブ・プロジェクトの支配人、神田のレストラン the Blind Donkey の支配人を兼務。
http://foodhub.co.jp/





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