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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

生涯現役シリーズ #17

86歳。「モツを串に刺すペースは2時間で450本くらいかな」

愛知・名古屋「どての品川」太田裕美

2022.06.02

生涯現役シリーズ #17 86歳。「モツを串に刺すペースは2時間で450本くらいかな」 愛知・名古屋「どての品川」太田裕美

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


太田裕美(おおた・ひろみ)
御歳86歳 1932年(昭和7年)3月16日生まれ
「どての品川」

愛知県生まれ。学校を出て、父の営む鍛冶屋で10年働いた後、名古屋のデパートの喫茶部門で8年間勤務。33歳で店に入る。店は創業1959年(昭和34年)で、今年(2019年)で60周年。お酒もよく飲み、一升瓶も3日で空ける。補聴器をつけ始めてから、「自分の声が良く聞こえるようになって、鼻歌が楽しくなった」(太田さん)。洋食好きで、ピザやオニオングラタンスープが大好物。三代目の太田修二さん、四代目の森綾斗さんと共に、店を切り盛りする。

(写真)仕込み中の太田裕美さん。毎日仕入れるモツ類は、冷凍せずその日のうちに売り切る。1階の奥と2階が自宅。名古屋の下町で長く続いてきた店は、道に面した建物の1階を屋台風に開けての営業を貫いてきた。営業時間になれば赤提灯がぶら下がる。


立ち仕事ができるうちは頑張らないと

うちの名物は、どて焼きと串カツ。味噌味と醤油ベースの“てり味”と、2つの味で出してます。味噌味は、八丁味噌をベースにブレンド。てりは、醤油味にとろみと甘味を加えてます。どちらも煮込んでいくにつれ、コクと旨味が増して、まろやかな味わいになります。

味噌を煮込むのは、和菓子作りにヒントを得ました。小豆を煮込んでるのを見た時に、「これだ」と閃きましてね。小豆のように味噌を煮詰めると、色が変わって香りが良くなる瞬間がある。味噌臭さがなくなって、濃い小豆色になるタイミングがあるんです。これが味わいがまとまるポイント。そうやって試行錯誤を重ねて、うちならではの味が出来上がってきました。

母が始めたこの店を継いだのが33歳。学校を出てから10年くらいは、父が営んでいた鍛冶屋で働いてました。当時はまだ馬車が走っていた時代で、馬の蹄鉄(馬の蹄を保護するための保護具)を作ってたんです。ところが時代の変化によって、馬車がトラックに変わり始めて、鍛冶屋の商売で食べていくのが難しくなってきた。それで職安に行って見つけたのが、デパートの喫茶の仕事でした。

以来8年間、喫茶でホットケーキを焼いたり、ソフトドリンクを作ったり、いろんな経験をさせてもらいました。本当は自分で喫茶店をやろうと思ったけど、うちの近所は名古屋の中でも喫茶店がめちゃくちゃ多い場所で諦めたんです。でも、今となってはやめといて大正解。この店を切り盛りする中で、いろんな人と出会えて、いろんな話ができましたから。昔、親に連れられてきていた子が、自分の子供を連れてくるようになったりするのも嬉しいですよ。

喫茶の経験は、今も生きてるんです。例えば串カツの衣生地。うちの衣生地はとろろ芋のようにもったりと重たいから、カツに巻きつけるようにして衣を付けるんです。年々改良を重ねて、良質なパン粉や小麦粉を吟味してきました。衣作りは、ホットケーキを作っていた経験が生きてると思います。

朝は9時〜10時に起きて、珈琲をたてて新聞を読むことからスタート。週に2回のゴミの日は、頑張って8時までに起きます。13時前には新鮮なモツが届いて、仕込み開始。モツを串に刺すペースは、日によってムラもあるけど、だいたい2時間で450本くらいかな。私はね、一日一食主義なんです。あまり食べると動きたくなくなって、仕事にならないから。だから食事は14時くらいに一食。でも仕込みの中で、どてや串カツの味見もしますからね。夕方5時半に開店して、夜の10時に営業が終わったら、翌日の仕込みをちょっとして片付けて、寝るのが夜中2時くらい。若い頃は寝なくてもへっちゃらでしたけど、今はさすがに寝ないと体がしんどいね。

2年前に妻を亡くして、今は一人暮らしです。1年経ってやっと実感が出てきて、最近は寂しいなあと思うことも多くなりました。でもこうやって家族で商売も続けられて、ありがたいことです。健康で働けるうちはやっぱり幸せ。自分はラッキーだったなと思います。このまま今の形で店が続いていってくれたらと願ってます。

味噌味の串カツ。「ビールにはやっぱり串カツでしょう」(太田さん)。軽く一杯ひっかけにくる常連や、持ち帰りを何十本と注文して帰る近所の住民などがひっきりなしに訪れる。

味噌味の串カツ。「ビールにはやっぱり串カツでしょう」(太田さん)。軽く一杯ひっかけにくる常連や、持ち帰りを何十本と注文して帰る近所の住民などがひっきりなしに訪れる。



毎日続けているもの「串カツ」

◎どての品川
愛知県名古屋市瑞穂区下坂町1-23
☎052-881-5529
17:30~22:00(21:40LO)
日曜休
名鉄線堀田駅より徒歩10分

※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2019年3月号掲載)
※年齢等は取材時・掲載時点のものです

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