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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――26 ビールを通じて社会課題を伝える。 「フジヤマハンターズビール」 深澤道男さん

2020.10.26

text by Kyoko Kita

連載:大地からの声

静岡県富士宮市の山里、柚野にある「フジヤマハンターズビール」は今年6月、醸造に使う電力を100%自然由来のエネルギーに切り換えました。深澤道男さんが目指すのは、ビールを通じて社会が抱える課題を伝えていくこと。電力の切り換えについて、Facebookでのお知らせには、こんな言葉が添えられていました、「変わらず、ひとつずつ、できることから行動していきます。Think Globally, Act Locally」。



問1 現在の状況

大変だけど、やめられない。

4月に入って来訪者が減り、市街地にあるタップルームを閉めました。卸し先の8~9割は首都圏のビアパブで、そちらも一時ほとんどが休業。今も樽の動きはコロナ前の半分以下に留まっています(9月15日時点)。
一方、ボトルの販売は好調です。これまではタップルームでの提供と醸造所での量り売りや卸しが中心で、3割程度しかボトル詰めをしていませんでした。設備も最小限のものしかなく、1本1本手作業でやっています。作業が追い付かず、すぐに売り切れてしまいますが、手応えを感じています。

そんな中でも作物の成長は待ったなし。田んぼではもうすぐ稲刈りの季節です。実はビールを造る傍ら、祖父から譲り受けた田んぼや畑で、ビールの原料となる大麦やホップ、米、大豆を無農薬栽培しています。また山では鹿やイノシシを獲ってきて、ベーコンやジャーキーに加工して販売もしています。畑をやって、ビールを造って、狩りもやって。何をやっているんだろうと自分でも思うくらい毎日本当に大変ですが、やめられないんですよね。


目の前の棚田の米を使った「ネング~ライスIPA~」や、間伐材のヒノキで香りをつけた「ヨキ~ヒノキエール~」、希少なニホンミツバチの蜂蜜と本柚子で風味づけした「ユノムラ~ハニーユズセゾン~」など、季節ごとの柚野の恵みをビールに映し出す。


問2 気付かされたこと、考えたこと

このスタイルでやってきてよかった。

15年前に子供が生まれて、「この子が食べるものくらい自分の手で作りたい」と農業を始めました。元々ビールが好きだったこともあり、米の裏作で大麦を栽培、独学で1%未満のビールを造ってみたら、これがなかなか旨かった。またある時、林業をやっている仲間と一緒に禿げ山に桜の苗を植えたら、翌年には全て鹿に食べられてしまうという害獣被害を目の当たりに。ならばと狩猟免許を取り、獲って食べたら、これも旨い! 自分の育てた作物でビールを造り、獲ってきた肉を手間暇かけて加工して売る。そうやって山の恵みを提供しながら生きていきたいと、いつしか思うようになりました。

しかし、農業も狩猟もやればやるほど課題が見えてきた。増えていく耕作放棄地、農業が与える環境への負荷、山の保全管理の担い手不足、人と野生動物との付き合い方……。流通しているビールも原料はほとんどが外国産です。安く安定的に仕入れられるからとわかっていても、拭いきれない違和感がありました。こんなにすばらしい自然が足元にあるのに、と。

「ビールを通じて社会が抱えている課題を発信していきたい」
醸造所を立ち上げて以来、毎日そんな思いでビールを造っています。原料はできる限り地元産。自家栽培の麦やホップを中心に、旬の果物や棚田の米、ニホンミツバチの蜂蜜、クロモジや山椒といった山の素材を組み合わせる。他のブルワリーとは明らかに違うスタンスを貫いてきました。

オープンから2年半、正直、期待していたほどの反応はありませんでした。なんだかんだ、オシャレでわかりやすいものがもてはやされる。
それがこの数カ月で、少しずつ周囲が変わり始めているのを感じます。ストーリーに興味を持ってくれるお客さんが増え、価値観を共有できるブルワー仲間も増えてきた。有機栽培を始めた人、ニホンミツバチのことを知って「花を植えよう」という人、それぞれに何かを感じて行動に移している。
スタイルを変えずにやってきてよかった。正しいと信じたことを積み重ねていけば、いつか社会を変えられる。そう思えるようになりました。


農業や醸造の傍ら山に入り、シカやイノシシを仕留める。解体してもらった肉はレストランへ卸したり、自らベーコンなどに加工してタップルームなどで販売。


8月に徳島県上勝町に行ってきました。高齢化と過疎化が進む四国一小さな町ですが、2003年に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト」を宣言し、ゴミを出さない社会を目指して45種類以上の資源を分別回収。リサイクル率80%以上を達成し、国内外から注目を集めています。
「RISE&WIN BREWING Co.カミカツビール」は、社長の田中達也さんが町の取り組みに賛同して2015年に立ち上げたブルワリー。醸造所の建材には廃材を使い、ビールも柑橘の皮や規格外の食材を活用。電気も100%再生可能エネルギーを使っています。そんな田中さんの周りには、真剣に自然や社会のことを考えている人、ローカルのために動いている人がいました。

コロナの感染が制約や分断を生む背景には、大量生産や大量消費、人や物がグローバルに移動する現代社会の構造があります。今こそ、ローカルや小さなコミュニティを見直す時。一人で動いても波は起きないけれど、みんなで動くと流れができて渦になる。ジャンルや職種、地域の垣根を越えてうねりを起こしていきたい。上勝町の方たちとの出会いを通じて思いを新たにしました。


問3 これからの食のあり方について望むこと

消費を変えれば、社会が変わる。


昨年9月、「Brewing for Nature」という活動を立ち上げました。小さなブルワリーが集まり、自然環境や消費活動に関して、醸造を通じてできることを実践していこうという取り組みです。仲間たちと森林管理の大切さについて学び、間伐を体験。伐り出した木材の一部を持ち帰り、各自でビールや小物を作りました。

ビールの原料と同じく、家や家具に使われる木材もほとんどが外国産です。国産材は値段が高いという理由で、立派な大木も生かされることなくチップにされてしまう。モンスター化した流通によって、どこから来たのかもわからない、ただ安いという価値が重宝される時代です。でもそうした消費行動が、子や孫、ひ孫の世代に良い影響を与えるとは思えません。一人ひとりの消費が社会を形作っていること、消費を変えれば社会が変わること。その認識が抜け落ちている気がします。

ブルワーたちが持ち帰った檜のチップからは、自由で特色ある多様なヒノキビールが造られ、各店舗でリリースされました。同じ原料を使っても、使う量や工程、スタイルによって違う味わいが生まれるのは、ビールの面白さ。それを飲む人が一人でも多く、背景にある山の課題に目を向けてくれたらうれしいですね。

深澤道男(ふかさわ・みちお)
美しい棚田で知られる静岡県富士宮市柚野に生まれ育ち、高校卒業後はLPガス関連の事業を営む。子どもが生まれたことをきっかけに農業を始め、害獣問題への関心から狩猟免許も取得。2017年、農業生産法人・株式会社FARMENTを設立し、「フジヤマハンターズビール」をオープン、ビールを通じた社会課題の発信を目指す。ビールの原料は自家栽培の大麦やホップをはじめ、ほとんどが地元産。檜の間伐材やニホンミツバチの蜂蜜、旬の果物など地域の資源を生かして造る。「Brewing for Nature」を主宰するなど、ブルワリーや飲み手の間で問題意識を共有する輪を広げている。

フジヤマハンターズビール
https://fujiyama-hunters-beer.com/
フジヤマハンターズビールFacebook
https://www.facebook.com/fujiyamahuntersbeer
Brewing for Nature
https://brewingfornature.cbgeeks.com/






大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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