大地からの声――3小さな酪農は自立し続けられるか?森林ノ牧場 山川将弘さん
2020.05.08
PEOPLE / LIFE INNOVATOR
連載:大地からの声
牛一頭一頭に名前を付けて飼育する。牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム、昨年からはバター製造にも取り組む。乳牛としての役目を終えた牛は肉牛市場に出した後に買い戻してミートソースなどの商品にする……そんな加工販売まで手掛ける牧場経営を自粛の波が直撃しています。
問1 現在の仕事の状況
社会が止まっても、牧場は止められない。
酪農家が搾乳した生乳は、多くの場合、農協などの指定団体を通して乳業メーカーへ卸されます。でも、僕たちは、そのルートに乗せず、自分たちの手で商品化するという売り方を貫いてきました。
小さな牧場なので、牛たちを名前で呼び分ける、Face to Faceの付き合いです。顔を見ながら搾乳した生乳は「森林ノ牧場」の名前で世に送り出したい。ヨーグルトやアイスクリームを作り、クラフトバター製造にチャレンジし、乳牛としての役目を終えた牛の肉でミートソースを作り、なめし皮細工を手掛けるのも、“牛のすべてを価値化することで小さな酪農が自立できる”ことを示したいとの思いからです。
残念ながら、今回はその自力運営が厳しい状況を招いていると言わざるを得ません。納品先の7~8割が飲食店であるため、営業自粛によって出荷が激減。非常に厳しい状況にあります。
牛たちは生きていますから、営みを止めることはできません。お乳を搾ってあげなければ、彼女たちは病気にもなってしまう。社会が止まっても、僕たちの仕事を止めることはできないのです。
1日2回行なってきた搾乳を1日1回に減らすなどの対処はしていますが、そこまでが精一杯。ネットショップでの販売に力を入れて、アイスクリーム、バターなどの加工も推し進め、たとえ少量でも動かし続けないと、牛たちのお乳が無駄になってしまう。
牧場に休業という選択肢はないと言えます。
搾乳をしなければならない以上、スタッフも休めない。搾乳すれば、瓶詰め、ヨーグルトやアイスクリームづくりといった加工がある。生命あるものを扱うとは、そういうことなのでしょう。
問2 今、思うこと、考えていること
生産活動を伝える場としての役割は大きくなる。
自粛が続けば、出荷が低迷したまま、エサ代や人件費などのコストはかかり続けますから、なんらかの判断の必要が生じてくるでしょう。
たとえば、何頭か肉牛として市場に出すことも検討しなければならないかもしれない。でも、一度出してしまったら、その生命は二度と取り戻せません。なんとかふんばりたいと思うのです。
僕自身は田舎が好きでこういう仕事をしているわけですが、田舎には田舎の役割があると思っています。
森林ノ牧場は、観光牧場ではなく、生産牧場です。併設のカフェもあくまで生産の延長にあるサービス。食材生産をトータルで形にしているリアルな場として、生産活動を伝える場として、今後いっそう意味を持つのではないかという気持ちを強く持っています。
行動が制限される日々を過ごしていると、収束後、羽を伸ばしたくなるでしょう。そんな時に過ごす場所としても適している。遠くのリゾートより半径100km圏内で楽しむ身近なローカルツーリズムが台頭すると踏んでいます。
そのためにも、今は、次の時代に必要なものを提供できるように準備する期間だと思う。
テイクアウトやデリバリーがこのまま定着すれば、飲食店が必要とする食材も変わってくるでしょうから、どう対応するかも考えなければなりません。
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと
牧場にはポテンシャルがあります。
「牛乳を使ってください」とは思うけれど、全国の飲食店が置かれている状況を考えると、到底言えるものではありません。苦しいのは僕たちだけじゃない。
そんな中で、シェフたちが手を差し伸べてくれたのはありがたかった。東京・西麻布のレストラン「レフェルヴェソンス」が牛乳をたくさん購入してくださいました。「星野リゾート」は大量の牛乳を活用して、ミルクジャムにするという。複数の施設で朝食アイテムとして使うからと。「チーズ工房 那須の森」にはこちらからお願いして、チーズを作っていただきました。
乳牛になれない雄の仔牛は、レストランに仔牛肉として卸します。それが、飲食店の営業自粛によって、牛乳だけでなく仔牛肉も引き取り先が見つからずに困っていた。仔牛肉はシェフたちの間では珍重される食材ですが、家庭の食材としては馴染みがありません。不安を抱えつつ、小ポーションにしてネットショップで販売しようとしたところ、事態を知った元「eatrip」シェフの白石貴之さんが引き取ってくださることに。知り合いの料理人に分けるなどして生かし切ってくださったことにも感謝しています。
牧場にはポテンシャルがあります。土地があって、自然があって、生きものがいて、自然の中で人が働けて……牛乳を得るだけではない役割を果たせるはずです。
僕はまだまだうちの牛たちの能力を使い切っていない。価値を表現し切れていない。僕の能力が追いつくかどうかわからないけれど、変化していく時代に合わせて、牧場のポテンシャルを開花させていきたいと思っています。
山川将弘(やまかわ・まさひろ)
1982年生まれ。埼玉県出身。東京農大畜産学科卒。岩手県の中洞牧場を経て、アミタが立ち上げた「森林ノ牧場」へ。2011年1月、独立して自ら森林ノ牧場の代表となる。
森林ノ牧場
栃木県那須郡那須町豊原乙627-114
☎ 0287-77-1340
10:00~16:00
木曜、金曜休(祝日営業)
JR東北本線新白河駅からタクシーで約10分。
東北自動車道・白河ICから約4km。国道4号線を那須方面へ。
https://www.shinrinno.jp/
https://www.facebook.com/shinrinno/
*営業内容はFacebookでご確認ください。
大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。
「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。
作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。
と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。
第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。
<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 今、思うこと、考えていること
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと