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SDGs

「山翠舎」の持続可能な店づくり

vol.1 「古木」を巡る 時を越えた、人との繋がり

2020.04.06

photographs by Daisuke Nakajima

料理を前にして食材の生産者、栽培方法に想いを馳せる機会は増えました。では店を作る、家を建てる時、建築や内装など空間を形作る素材が、どこからどのように運ばれてくるのか、知る人はどれくらいいるでしょうか。昔の職人の手仕事が残る古民家で使われた質のいい「古木(こぼく)」を再利用し、古くて新しい空間づくりで人を集める施工会社「山翠舎」。単なるエコシステムではない、未来を見据えた取り組みを追います。




古木の風合い

「左からクリ、マツ、イチイ、ケヤキの木の柱です。それぞれ札が吊るしてあるでしょう。柱が使われていた建築物の種類、所在地、屋根の形、木の種類が書かれています。美しく黒光りする色が濃いものは、民家の囲炉裏の付近に位置し、煙で自然に燻されたからです。
現代ではこの色を出したいために、化合的に着色をしたりしますが、残念ながら、月日をかけてほんの少しずつ自然に燻されたこのあたたかな風合いは出ません。柱の上のほうに見える小さな四角い穴は、ほぞです。昔の大工は釘を使わず凸凹で木材を接合して家を建築していました。その名残りです。この柱の表面には、波形に削ったような模様があるでしょう。昔の職人の手斧の跡。確かな技術をもった職人の手による建築物の木材には、長い時をかけても生命が宿り、今なお人を引きつける魅力があるんです」。



IT系の会社に勤めた後、父の会社を継いだ「山翠舎」三代目山上浩明さん。木の色で、山上さんが手に触れているケヤキは煙で燻されていないのに対し、左側の3本、クリ、マツ、イチイは燻されているのがわかる。


愛おしそうにひとつずつ柱に触れながら話す、「山翠舎」三代目社長、山上浩明さん。長野に本社を置く1930年創業の山翠舎は、古民家の解体、移築から内装まで、古木の有効活用を得意とする内装業者だ。日本最大の古木の在庫をもち、古民家の解体からレストラン、カフェ、バーなどの店舗の提案、施工までを一貫体制で行い、東京・神保町「ジロトンド」、三軒茶屋「鈴しろ」(現移転準備中)、荻久保「煮込みや まる。」など、古木を使った落ち着きのある空間づくりで多くの人気店を手掛けている。


東京・神保町「ジロトンド」。客席から最も目につくワインセラーに古木が使われた。



ここでいう古木とは、単に古い木材ではない。戦前に建てられた古民家の柱や梁などに使われていた木材で、入手ルーツがわかる質の良い木材を指す。「さらに私たちは人々の想いや愛着のこもった、元々の持ち主、継ぎ手、作り手、使い手に継がれていったストーリーのある古材を「古木」と定義しています」と山上さん。古木はいわば「木材のリサイクル品」。だが自然の経年変化による独特の色合いと温もりに加え、十分に乾燥されたことによる新材に勝る強度で、飲食店や住宅の建材に適う素材だ。合板と違い、ホルムアルデヒドなど有害な化学物質の心配もない。



ゆるやかな古木の曲線は、訪問者に安心感を与える。



古木の扱いは技術を持つ職人の手によって、それぞれの木の持ち味を生かした加工が施され、くぎを使わない木組みの手法で現場で組み立てられる。



見えないものを尊ぶ

山翠舎が古木を扱い始めたのは1980年代後半。「以前は、バブルの頃に流行ったアメリカンテイストのユーズド感のある施工をしていました。わざわざ海外から古い木材を買いつけて施工をすることも多かった。でも一方で、日本では多くの立派な古民家が行き場もないまま解体、破棄されている。自分たちのやっていることに違和感を覚えたのです」。



毎朝行う長野の本社スタッフとの朝礼。ITを使ってチームのコラボレーションを促進させる。



もったいない、何か使い道はないか……。そんなシンプルな想いで始めた古木業。倉庫を持ち古木を集め、各地の古民家の持ち主や歴史に触れるうちに、山上さんは昔の人々が備えていた自然、見えないものへの畏敬の念を強く感じるようになる。
「例えば、昔の大工は、木を切る時にも新月の時だけという決まりがあった。なぜかというと満月の時に木を切ると水分が出るからです。水分が出ると木の反りや割れの原因になり、設計にくるいが生じる。今はこの決まりは守られていません。どうするかというと新月でも満月でも年中木を切り、水分が出れば乾燥させる。今の環境問題は、人が自然への畏敬の念を失ったことが、原因のひとつと思っています」。



山翠舎は施工だけでなく、デザイン、設計、開業後の運営サポートまでトータルで取り組むチーム体制をとっている。古木の在庫は現在5000本以上。



山翠舎は古木を扱うにあたり、使わせていただくという気持ちでいる。「「大黒柱」は、皆さんご存じですよね。民家の中央部にあって、太くて家格の象徴とわれる、建物の中で一番重要な柱のことです。私たちは古民家を解体する時、家の中で最も大切な大黒柱は、持ち主に使って頂きたいと思っています。それは職人の仕事や、100年から300年もの間、年輪を重ねてきた命ある木が果たしてきた家を支える役割を尊ぶ気持の表れです。



現在では神棚を祀る店舗は少くなってきている。


一方で「恵比寿柱」という柱もあります。家の中で2番目に大切な柱。これは古木として大切に使わせていただきます。そしてこの恵比寿柱は、かつての民家でとても重要な役目を果たしていたんですよ、と店の方にお伝えし、ついては神棚の機能を持たせられるような使い方を提案していきす。ぜひ手で触ってほしいですね、そうすると木が磨かれて、自分の手で経年変化を楽しめるのです」。古木はそれぞれ違う土地で年輪を重ね、それぞれに職人の手が加わる。長い月日を辿り、表情は異なり、ひとつとして同じものはない。



古木の扱いは技術をもつ職人の手によって、それぞれの木の持ち味を生かした加工を施され、釘を使わない木組みの手法で現場で組み立てられる。




建築業界で求められること

山翠舎が手掛ける内装はもちろん、古木だけで構成されるわけではない。予算に応じて、時には合板も使用する。しかしたとえ一部でも古木を使うと、他が古木でなくても空間全体の気配を変える力もあるのだという。
「古木は新材よりも値段が張ります。ただ予算を組む時、これから作る内装はいつまで維持する想定ですかと施工先の方に尋ねます。2年、3年?近々のことで予算繰りを考えるとマイナスかもしれません。でも10年と続けていきたい、長く愛される空間を作りたいと思うなら、高い値段ではないと思う」。山翠舎が扱った物件は、店を明け渡す場合にも、そのまま引き継がれる場合が多い。



山翠舎は環境に配慮した企業として長野県SDGs推進企業として登録され、古木の産地を特定するトレーサビリティでFSC森林認証を受けている。



「この板を見てください。これは木材のプリントを張り付けただけです。現在の施工では、人の手で作る曲線の味わいの多くは必要ではなく、狂うのもよしとしません。次々と新しい技術が駆使され、安価で木材に似た資材が用いられる。ただ一方で、技術開発を駆使してまで、我々人間が木材の質感を欲しがっているのも事実です。どこか本能のレベルで、人は自然を欲しているのでしょう」。自然物を排しながら人工物を駆使して、より自然に近い旨味成分を求める。建築資材の世界は、どこか食の分野とも重なる。



山上さんの胸には古木で作った SDGsバッジ。空き家問題、地球環境、古民家の所有者、店の事業者、店を利用する人が、古木をキーワードに問題が解消する「全方よし®」の仕組みを掲げる。




人が集まる店づくり

胃袋を掴む、という言葉がある。飲食店を営む料理人は、繰り返し人が店に訪れてくれるように、日々素材を選び、技術の研鑽を積む。同じように人を引きつける空間というものも存在する。自宅でもないのに「私の定位置」などと決める人がいるように、人は行く先々でリラックスできるポジションを探す。ましてや“食べる”という最もリラックスしたい行為の場においてはなおさらだ。無意識のうちに、極めてシビアに空間を選んでいる。
山翠舎が手掛けた店では、客は古木のもつ不思議な引力に惹きつけられる。あぁ、あの古い大きな柱のあるお店ね、と強く人の記憶に残す。



東京支社では古木を活用したインテリア ・ショールームや交流スペースも設置している。



さらに古木は、空間で人を呼ぶだけでない。前の所有者との繋がりも携える。「我々は古木のトレーサビリティを管理しています。古民家の持ち主が、解体後の古木がどんな新しい建物の内装に使われていったのかを知り、実際に店を訪れて空間を共に楽しむことができます。想いを共有できる」。



柱に吊るされた木材の出自を示す札。長野の倉庫ではさらに太さ、長さ、樹種、形状、経歴や由来などが細かく管理されている。



山翠舎の古木事業は単なるリサイクルではない。古木を軸に、人を繋げ、地域を繋げ、未来を繋げる。小さな芽から何百年と年を重ねた木は、家屋として、店舗として、人の営みを見守り続ける。まるで逞しい木の麓に人々が集うように、古木事業の周りには今、あたたかな陽だまりができている。




想いにご縁がありますように




山翠舎movie「ふるき良き」




山翠舎movie 「古木倉庫の紹介」





◎ 山翠舎
本社:長野県長野市大字大豆島4349-10
☎ 026-222-2211
東京支社:東京都渋谷区広尾3-12-30 1F
☎ 03-3400-3230
www.sansui-sha.co.jp/



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