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150年前の佐賀に学ぶ。
まなざしの向け方、チャレンジの仕方。

Feature / MovementMar. 29, 2018

なぜ、日本人は幕末の志士が好きなのか? なぜ、司馬遼太郎は幕末の志士を多く取り上げたのか? それは幕末から明治にかけてのあの時期に、現日本人の原形が詰まっているからにほかなりません。日本の長い歴史から見れば一通過点にすぎないけれど、今に生きる私たちの礎としての意味は大きい。明治維新150年の今年は、そんなことを見つめる年になりそうです。考えるきっかけを求めて、佐賀を訪れました。




イラストに導かれて150年前へ思いを馳せる。




2月18日、佐賀へ向かう機中、ANAグループ機内誌の『翼の王国』を開いて目に飛び込んできたのは、仏文学者・鹿島茂氏による連載「稀書探訪」のページでした。
題材は『イラスト版1867年パリ万国博覧会』(L’Exposition Universelle de 1867 Illustree,Paris,Dentu,1867)。同書に掲載されている万博会場全景図が圧倒的なパワーで迫ってきます。
見るからに壮大なスケールの会場が、細密な描写で表現されている……。



『翼の王国』より。1867年パリ万国博覧会の会場全景図。鹿島茂氏の「稀書探訪」はすでに130回を超える長期連載。

……この万国会場というのは、楕円の同心円状のギャラリーを歩けば機械・食品、衣料などの各産業ジャンルを国別に見学でき、また放射状の歩廊に沿って進むと、出品各国の特産品を産業別に見ることができるというように工夫されたものである。これぞ、万国の万有を1か所に並べて展示することによって初めて競争が生まれると考えたサン・シモン主義者たちの理念そのものである。(「稀書探訪」本文より)

ちなみにサン・シモン主義とは、社会主義思想家アンリ・ド・サン=シモン(1760~1825)が提唱した技術者優位の産業主義のこと。サン=シモンは「50人の物理学者・科学者・技師・勤労者・船主・商人・職工の不慮の死は取り返しがつかないが、50人の王子・廷臣・大臣・高位の僧侶の空位は容易に満たすことができる」と発言して、1819年に告訴されたというエピソードを持つ人物です。
技術が社会をリードする。技術は世界で響き合う――思えば、1867年のパリ万博とは、現代へとつながるグローバリゼーションの端緒だったのかもしれません。

実は佐賀に到着してまもなく、奇しくも再びこのイラストと対面することになりました。
場所は佐賀県立佐賀城本丸歴史館。なぜ、佐賀にこのイラストがと思われる方、きっと多いですよね。
何を隠そう、佐賀は、1867年のパリ万国博覧会、このイラストに描かれた会場に出展していたのです。
1865年、フランスのナポレオン3世から、駐日公使のレオン・ロッシュを通じて、第2回パリ万国博覧会への招聘を受けた幕府は、大名や豪商に参加を呼びかけます。しかし、幕府からの呼びかけに応じて藩として参加したのは薩摩藩と佐賀藩、たった2藩のみでした。
佐賀藩は使節団を送り、陶磁器、白蝋、和紙、茶などの特産品を多数出品すると同時に、欧米の進んだ技術や制度の吸収に努めたと言われます。

「“薩長土肥”という言葉がありますよね。明治維新を推進して新政府の要職に人材を供給した4藩の総称ですが、薩(薩摩)、長(長州)、土(土佐)の明確なイメージに対して、肥のイメージって薄いでしょう? 『肥って、熊本(肥後)?』なんて言われてしまう(笑)。いいえ、肥は肥前、佐賀なんですよ」と語るのは、佐賀県 肥前さが幕末維新博事務局の江副敏弘さんです。
「江戸から明治へという時代の転換期に佐賀藩を治めていた10代藩主、鍋島直正は開明的な人物でした。日本で唯一開かれていた長崎が近かったこともあり、そのまなざしは世界に向けられていた。幕末の動乱期、日本各地で戦が繰り広げられたのとは対照的に、彼は“国内で争っている場合ではない。外国にどう対処していくべきかだ”と考えたのでした」
1850年、日本初の反射炉を完成させ、翌年にはこれまた日本初の鉄製大砲を鋳造するなど、他藩や幕府に先駆けて近代化を推し進めます。先立つ1848年には、藩直轄の佐嘉商会を設立し、有田焼の輸出に力を入れていました。その利益を、製鉄・製鋼、造船などの技術開発へと投資していったのです。

そんな先進的な佐賀気質を見つめ直しながら佐賀の魅力の再発見を図ろうと企画されたのが、明治維新150年の今年開かれる「肥前さが幕末維新博覧会」です。
「“その時、佐賀は世界を見ていた。そして今、佐賀は未来を見ている。150年前の佐賀に、未来のヒントがある”をキャッチフレーズにしています」と江副さん。



幕末維新期の佐賀の「人」「技」を生み出した「志」を今に活かし未来につないでいくために――。

「維新に多大な貢献をしながら、その印象が薄いのは、中で争うより外を見ようという姿勢を貫いたせいもありますが、佐賀県人はアピールが下手なんだと思います。今回の肥前さが幕末維新博覧会は、まずは私たち佐賀県人が先人の偉業を再認識するためでもあるんですよ」



ジャンルの異なる才能の重なり合い。




3月17日から来年1月14日まで10カ月にわたって様々な催しが目白押しの中、目玉企画は「USEUM SAGA(ユージアム サガ)」でしょう。明治期に建てられた洋館「さがレトロ館」で、美術館(MUSEUM)に飾るような器を使って(USE)、佐賀の食材をふんだんに使った特別な料理を楽しもうというスペシャルレストラン。月に1度は、国内外で活躍する気鋭の料理人によるTOP CHEF DAY「CUISINE SAGA」も設けています。



「USEUM SAGA(ユージアム サガ)」では、明治期のデザインを復刻した有田焼のテーブルウェアで料理が供される。こちらは2月17、18日に開催された「CUISINE SAGA VOL.00」での渥美創太シェフによる「ありあけ鶏のコンソメスープ」。



「肥前さが幕末維新博覧会には、2年前の有田焼創業400年事業「ARITA EPISODE 2」の経験が生かされています。DINING OUTや世界料理学会 in ARITAを開催したことで、国内外のトップシェフたちとのネットワークができた。「USEUM SAGA(ユージアム サガ)」や「CUISINE SAGA」は、その経験の上に立って企画し、シェフたちとのネットワークを生かしています」。

会期に先立つ2月17日、18日には、キックオフ・イベントとして、「CUISINE SAGA VOL.00」が開かれました。
起用されたのは、2年前のDINING OUT ARITA&で腕をふるった渥美創太シェフ、そして、書家の中塚翠涛さん。

渥美シェフにとって、佐賀は日本の食材の力を教えてくれた土地です。辻調理学校フランス校を卒業後、ずっとフランスで働いてきて、DINING OUT ARITA&に起用されるまで日本の食材について知識も経験値もほぼゼロだった渥美シェフですが、佐賀の生産者を回る中で、そのクオリティの高さに眼を見開かれたといいます。
DINING OUT ARITA&が行われたのは10月でしたが、今回は2月。冬ならではの食材も顔を揃えて、いっそう充実した料理の数々が展開されました。



中塚さんが書き、渥美シェフが料理する。書家と料理人のコラボがこんなにも自然な形で成立するとは。

書と食、どちらが欠けても、この美しさと楽しさはない。

そこで生み出される躍動感、そこに立ち会う高揚感も。

圧巻は、なんといっても中塚さんとのコラボレーションでした。
アペリティフタイムには、中塚さんが書をしたため、その後を追うように渥美シェフのアミューズが配されていく様が、まるでインスタレーション。



「子牛のタルタル」が出番を待つ。

「子牛のタルタル」。南阿蘇の仔牛、アンチョビークリーム、松の実、木の芽(山椒)が絶妙のハーモニーを奏でる。

ディナー中盤の「イカ墨のパンペルデュ」では、中塚さんが刷毛にたっぷりイカ墨のソースをつけて、皿にLの字(link=つながりを意味する)を書き、書き終わった皿から客席へと運ばれていきます。その光景が、中塚さんの書によって皿に羽が生えて羽ばたいていくかのようで、あぁ、料理にはまだまだ表現の余地が残されているなぁと気付かされたのでした。ワインと合わせるように、何かと組み合わせることで、食べ手の心を動かす要因は増えていく。それは、味がすべてではなく、味で終わりではないと、渥美シェフと中塚さんの関わり合いが物語ります。



イカ墨で皿に書をしたためる。ジャンルの境界を超えていくと、見えてくるものが違って、これまでとは違う感覚が刺激される。

「イカ墨のパンペルデュ」は、イカ墨に浸したブリオッシュと卵黄。ペルデュperduとは「失う」「見えなくなる」の意味。渥美シェフはイカ墨でパンの存在を消した。

音楽もそうでした。会場のサウンドデザインを手掛けたのは、エコーズブレスの日山豪さん。会場に枯葉、石、水を持ち込み、自然素材が奏でる音を曲に重ね合わせてみせた……。自然の音が曲に重なる瞬間、会場は、山の中、水辺、川べりでもあるかのような空気で満たされたのでした。



自然の音が耳に届くと、気持ちが一気に解き放たれていく。



150年前に学び、今を楽しむ。




パリ万博の話に戻りましょう。
万博は世界の万物の出会いの場です。そんな中でも、1867年のパリ万博は、突き詰めればフランスと開国まもない日本との出会いだったと言って過言ではありません。有田焼をはじめとするパリ万博に出品された日本の文物がフランス人を虜にして、フランスでジャポニスムが大ブームになりました。
日本文化とフランス文化の化学反応は、しばしばエポックを作り出してきました。そして、今、料理の世界で渥美さんをはじめとする日本人シェフたちがエポックとなっている……。「渥美シェフの起用にはそんな意味もありました」と江副さんは語ります。

国内外のトップシェフを招いて行われる「CUISINE SAGA」には、渥美シェフ同様、パリで活躍し、今年からは拠点を日本に移すことが決まっている吉武広樹シェフ、Asia's 50 Best Restaurantsで2015年から連続1位に輝く「Gaggan」のガガン・アナンドシェフ、ガガンさんと親しい福岡「La Maison de la Nature Goh」の福山剛シェフなどの登場が予定されています。
イベントに参加した料理家の大塚瞳さんは、東京の他に福岡にも活動の拠点を持ち、福岡を足場として九州中の生産者約4000軒を訪ね歩いて、優れた食材を見出してきた食材の達人。そんな大塚さんいわく「圧倒的に佐賀に良い生産者さんが集中している」。そう断言します。
佐賀の凄さは歴史ばかりではない。土地の豊かさもとびきり。そして、今現在のパワーを示すのは何よりも食。「USEUM SAGA」「CUISINE SAGA」の展開が楽しみです。



「佐賀牛の温製カルパッチョに菊芋のソース」。菊芋をピュレ状にした後に澄ませたソース、ミョウガ、コリアンダー、山椒の実のピクルスと共に。

「チョコレートブリュレと抹茶アイス」。嬉野の抹茶で覆われたキャラメリゼを割ると、その下はチョコレートのブリュレ。



◎ 「CUISINE SAGA」当面のシェフ登壇スケジュール(2018年3月29日現在)
≪2018年≫
4月8日(日):  ガガン・アナンド(Gaggan)、福山剛(La Maison de la Nature Goh)
5月(※)      須賀洋介(SUGALABO)
6月(※)      長谷川在佑(傳)、川手寛康(Florilege)、清水将(Anis)

※5月以降の日程詳細は下記公式サイトにて随時公開されます。

◇会場 :佐賀レトロ館
〒840-0041 佐賀県佐賀市城内2-8-8
☎ 0952-97-9300

◎ USEUM SAGA 公式サイト
https://www.useumsaga.jp/

◎ 肥前さが幕末維新博覧会公式サイト
https://www.saga-hizen150.com/









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