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FEATURE / MOVEMENT

【店づくり】紺野真シェフが麻布台ヒルズ「Orby」で挑むレストランの新しいあり方とは?

2024.02.28

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

2023 年 11 月、麻布台ヒルズにオープンした「ザ・コンランショップ 東京店」併設のレストラン「Orby(オルビー)」のディレクションおよびヘッドシェフを務めるのは、人気店「uguisu(ウグイス)」「organ(オルガン)」の紺野真さんです。郊外の小さなビストロから東京の飲食シーンに時流を起こしてきた紺野さんが、都心の最新スポットのレストランをどのように立ち上げていくのか? そこには、これからのレストランのあり方を模索する様々な挑戦があります。

目次






“人対人”の料理とサービスを麻布台ヒルズでも

ライフスタイルショップがカフェスペースを設けることは多いが、本格的なレストランを併設するケースはあまりない。同じ飲食でもカフェとレストランでは物件の仕様や装備が違い、運営者に求められるノウハウとスキルが違う。カフェは軽飲食、レストランは重飲食と分類されるように、設備的にも調理やサービスといった仕事的にもレストランはハードルが高い。「ザ・コンランショップ 東京店」の一角を担うレストラン「Orby」のオープンは、傍で見るよりはるかにチャレンジングな取り組みと言えるだろう。

実現に向けて、コンランショップ・ジャパン社代表の中原慎一郎さんは紺野真さんに声を掛けた。
「驚いたけれど、深くは悩みませんでした。コンランショップが大好きだったし、自分一人では一生できない仕事だと思ったから」
紺野さんは打診された時の心境をそう語る。

日本のザ・コンランショップが手掛ける初めてのレストラン。ホームファニシングスペースと自然な一体感を持ち、衣食住をトータルで提案。「Orby」という名称は、創業者サー・テレンス・コンランのミドルネームから。photoby Yuna Yagi

日本のザ・コンランショップが手掛ける初めてのレストラン。ホームファニシングスペースと自然な一体感を持ち、衣食住をトータルで提案。「Orby」という名称は、創業者サー・テレンス・コンランのミドルネームから。photo by Yuna Yagi

定番でも上質、日常だけど特別”、「究極の普通」をコンセプトとする「ザ・コンランショップ 東京店」にふさわしい佇まいと趣き。カウンターで一人、ターブル・ドットで誰かとなど、多様なシチュエーションに対応。photoby Yuna Yagi

定番でも上質、日常だけど特別”、「究極の普通」をコンセプトとする「ザ・コンランショップ 東京店」にふさわしい佇まいと趣き。カウンターで一人、ターブル・ドットで誰かとなど、多様なシチュエーションに対応。photo by Yuna Yagi

メニューはモダンフレンチにブリティッシュのエレメントが加わったスタイル。旬な素材を創造性豊かな手法で仕上げた料理とナチュラルワインに精通する紺野さんが選んだドリンクが提供される。

メニューはモダンフレンチにブリティッシュのエレメントが加わったスタイル。旬な素材を創造性豊かな手法で仕上げた料理とナチュラルワインに精通する紺野さんが選んだドリンクが提供される。


東京・三軒茶屋「uguisu」(2005 年5月開業)と東京・西荻窪「organ」(2011 年6月開業)を営む紺野さんは、2010 年代、東京の飲食シーンに新しい流れをつくった一人と言っていい。
1990 年代後半から 2000 年代前半にかけて、調理師学校出身の料理人がフランスやイタリアでの現地修業を経てビストロやトラットリアを開き、本場の味を提供して評価を得た。紺野さんが開いた店は、そんな時流とは軸を異にしていた。昭和感満載の物件に古い家具や本棚、食べることを強要しないソファ、紺野さんの私物を置いたプライベート感溢れる内装。そこで提供されるのは、カジュアルながらも手の込んだブラッスリー料理。あえてレストラン然としない心地良さと実直かつ洒落感のある料理は、紺野さんが傾倒する自然派ワインと共に支持を得ていく。

当時、紺野さんは『料理通信』の取材で、その意図を「マスの対極」と語っている。「目指したのは大資本でなく小資本。マニュアルでなくオンリーワン」。自然派ワインが大量生産・大量消費へのアンチテーゼであるように、インディペンデントであることやセルフビルドを大切にする姿勢は、食べ手にとっての良い店像、店を持ちたい若者たちの理想の店像に大きな影響を与えた。

Orby は 44 席。uguisu や organ の倍以上の席数だ。スタッフの数も倍以上。「街場のレストランのやり方が通用するギリギリの規模」と紺野さんは言う。
街場の店の魅力は、“人対人”の料理とサービスにある。一人一人に寄り添うように提供される料理やワイン、互いの顔と顔を見合わせて繰り出される会話、決してマニュアル化されないサービス・・・organ ではスタッフ間の情報共有や仕事の連携によって徹底してきた。紺野さんは東京のど真ん中の最新スポット、大型商業施設の麻布台ヒルズの Orby でもそこを目指したい。

豊洲市場、街の小食堂、喫茶店、レストラン・・・時間の隙間を縫うように幅広い業態に足を運び、店の空気や店主の仕事を見つめる紺野さん。SNS には時折「#飲食店とは口に入れる物だけを提供している訳ではない」が付く。

豊洲市場、街の小食堂、喫茶店、レストラン・・・時間の隙間を縫うように幅広い業態に足を運び、店の空気や店主の仕事を見つめる紺野さん。SNS には時折「#飲食店とは口に入れる物だけを提供している訳ではない」が付く。

衣食住を横断的に捉える時代

スタート時からプロジェクトにも参加。創業者、テレンス・コンランのフィロソフィを軸にしてテーブルウエアの選定やオリジナルのユニフォーム制作もコンランショップのメンバーと共に作り上げていった。また、イギリスへ赴いて英国の食を体験も。そしてもうひとつ、uguisu と organ の営業体制を、自分がいなくてもゲストの満足できるクオリティを維持できるようにした。紺野さんの本気度はもしかしたら自店を立ち上げた時以上かもしれない。

Orby のシグニチャーメニュー「ヴェニソン・ウェリントン」。英国の伝統料理ビーフ・ウェリントンの鹿肉バージョンで、エゾ鹿のモモ肉をキノコのデュクセル、生ハム、パセリ風味のクレープで巻き、パイ包みにして焼き上げている。

Orby のシグニチャーメニュー「ヴェニソン・ウェリントン」。英国の伝統料理ビーフ・ウェリントンの鹿肉バージョンで、エゾ鹿のモモ肉をキノコのデュクセル、生ハム、パセリ風味のクレープで巻き、パイ包みにして焼き上げている。

紺野さん選りすぐりのナチュラルワインが揃う。写真は、新潟を代表するフェルミエ、ラングドックの新世代自然派レスカルポレット、オーストラリアのナチュラルワインムーブメントの先駆けジェームズ・アースキンによるヤウマ。

紺野さん選りすぐりのナチュラルワインが揃う。写真は、新潟を代表するフェルミエ、ラングドックの新世代自然派レスカルポレット、オーストラリアのナチュラルワインムーブメントの先駆けジェームズ・アースキンによるヤウマ。

ノンアルコールドリンクにも力を入れる。料理とワインのペアリングに引けを取らないマッチングが好評。

ノンアルコールドリンクにも力を入れる。料理とワインのペアリングに引けを取らないマッチングが好評。

「ライヴズ(Lives)」。フレンチの伝統料理フロマージュ・ド・テッドの表面をカリッと焼き上げ、ピペラードソースを敷いて、赤ピーマンのグリルで上面を覆う。フロマージュ・ド・テッド作りから長時間かける徹底ぶりが紺野さんらしい一品。

「ライヴズ(Lives)」。フレンチの伝統料理フロマージュ・ド・テッドの表面をカリッと焼き上げ、ピペラードソースを敷いて、赤ピーマンのグリルで上面を覆う。フロマージュ・ド・テッド作りから長時間かける徹底ぶりが紺野さんらしい一品。


フロアに流れる抜け感たっぷりの開放的な空気は、店舗内に併設されていることから醸し出されるのだろう。ザ・コンランショップ特有の上質かつリラックスしたテイストと気分が食卓にも流れ込み、食べ手の気持ちを心地良く浮き立たせる。気候や環境など地球の課題に向き合うことが最優先される昨今、もはや衣食住を分断的に捉える時代ではなくなった。衣も食も住も元をたどれば大地からの恵み。衣食住をトータルで捉える視点からレストランのあり方を考えることで見えてくるもの、切り拓かれる領域があるはずだ。今後、Orby のような成り立ちのレストランは増えていくに違いない。

ホームファニシングスペースには、世界中から吟味した家具、インテリア小物、テキスタイルなど、暮らす時間を豊かにするアイテムが並ぶ。美しく機能的な、極上のリネンの「エシャペ」など、定番でも上質、日常だけど特別を意識するブランド揃い。Photo by Yuna Yagi

ホームファニシングスペースには、世界中から吟味した家具、インテリア小物、テキスタイルなど、暮らす時間を豊かにするアイテムが並ぶ。美しく機能的な、極上のリネンの「エシャペ」など、定番でも上質、日常だけど特別を意識するブランド揃い。photo by Yuna Yagi

テーブルウエアやキッチンウエアも充実。料理道具の老舗・釜浅商店のコーナーには同店オリジナルの鉄打出しフライパン、包丁、釜、雪平鍋など、プロも長年愛用する道具の数々を展開。Photo by Yuna Yagi

テーブルウエアやキッチンウエアも充実。料理道具の老舗・釜浅商店のコーナーには同店オリジナルの鉄打出しフライパン、包丁、釜、雪平鍋など、プロも長年愛用する道具の数々を展開。photo by Yuna Yagi

理想の働き方に近づくために

「ショップとレストランのスタッフの勤務体系を整えるのに時間をかけました」と語るのは、コンランショップ・ジャパンの広報担当、出渕裕美さん。衣食住をトータルで提案するチャレンジには乗り越えなければならないハードルもあったようだ。
ショップとレストランでは、営業時間も違えば、仕事の内容も大幅に違う。ちなみにショップの営業は 11 時~20時、レストランは 11 時 30 分~15 時、17 時~22 時(ラストオーダーなどの詳細は本文末に記載)。
「その違いを踏まえた上で平等に運営していくために、スタッフ同士がお互いの仕事を理解し、リスペクトし合える関係を築いていけるよう、外部の意見も反映させながら勤務体系を作成しました」
働き方改革が叫ばれる飲食業界だが、Orby は「ザ・コンランショップ 東京店」に併設されているがゆえに、業種の枠を超えて働き方が検討されることになった。

「できるだけ残業のないようにシフトを組んでいます」と紺野さん。
クリエイティビティとクオリティを追い求める時、時間の制約は足枷になる。スタッフはオープン時に募集した人材が大多数だ。どうしたら、紺野さんのフィロソフィを理解して自律的に動けるようになるか? パティシエの須貝青葉さんは、元 organ のメンバーだが、チームビルディングの上では彼女が鍵と言えるかもしれない。

須貝さんいわく、「organ は店の規模が小さくて、スタッフの数もタイトだから、何でもみんなで取り組む。営業前には全員でその日のお客様の情報を共有して、スタッフ全員がどんな状況にも対処できるようにする。料理人やパティシエといった職種を超えて、魚を捌く、肉の掃除をするといった仕事も与えられます。紺野さんは仕事に厳しいけれど、何でもやらせてくれるので、ありがたい」。

そんな高みを目指す努力と健全な働き方とのバランスが、Orby の規模ならギリギリ可能なのではないか。紺野さんはそう考えている。「フィロソフィを一度に 100%伝えるのは無理。時間をかけて少しずつでいい」。取材日、ランチは満席。営業前のミーティングで予約が入っているゲストについての情報と注意点を事細かくスタッフに伝える紺野さんの姿が印象的だった。

紺野さんの仕事に対する姿勢を間近に見てきた須貝青葉さんは、そのフィロソフィをよく理解している。一緒に働く中で無言のうちに伝わることは多い。

紺野さんの仕事に対する姿勢を間近に見てきた須貝青葉さんは、そのフィロソフィをよく理解している。一緒に働く中で無言のうちに伝わることは多い。

紺野さんと青葉さんによるヴィーガンデザート。豆乳のリオレ、ココナッツのソルベ」、バジルとパイナップルのグラニテ、パイナップルのコンポートで構成されている。

紺野さんと青葉さんによるヴィーガンデザート。豆乳のリオレ、ココナッツのソルベ」、バジルとパイナップルのグラニテ、パイナップルのコンポートで構成されている。


サービススタッフの中に一人、ユニークな経歴の持ち主がいる。小野木晋一さん 55 歳。ワイン好きの間では有名なワインマニアだ。大手製紙メーカーで研究職として 30 年間勤務していたが、昨年早期退職して Orby に入った。
「前職ではパルプ用植林地の視察で度々海外へ行っていました。ニュージーランドで買ったワインで目覚めて以来、国内外のワイナリーを巡り、お店で飲むなどの経験を積み、知識を蓄積してきた」
紺野さんの料理が好きで、organ へもよく食事に行った。Orby の立ち上げに際して紺野さんから声を掛けられ、飲食業界に飛び込んだ。
「ワインを仕事にできたらという気持ちはあったので、挑戦してみようと。これまでが研究職だったこともあって、最初の1カ月で 10kg 痩せましたね(笑)。最近、ようやく慣れてきたところです。サービスされる側からする側へ回って、お客様に気持ち良くお帰りいただくには、やらなければならないこと、考えなければならないことがこんなにもあるのか、と気付く。大変だけれど、チャレンジする価値のある仕事だと感じています」

「ライヴズ(生命)」という料理が伝えること

「せめて僕の働く姿から、レストランとは何かを感じ取ってもらえたら」と紺野さんは言う。
紺野さんが目指す“人対人”の料理とサービスの根底にあるのは、とても大きなものだ。「レストランとは何か」と同時に「食とは何か」だったりする。

先に紹介した料理「ライヴズ」のベースとなるフロマージュ・ド・テッドは、豚の頭を丸ごと大鍋で煮て作る。ハーブや香辛料と共に6~7時間煮込み、肉がほろほろと骨からはがれたら、煮汁ごと冷やし固める。
「豚一頭の生命を預かっているんだと実感する料理です。料理人やレストランといった存在の責任を自覚させられる」
「ライヴズ Lives」と名付けるのも、そもそもこの料理を作るのも、レストランとはどのような場なのか、食とは何か、をみんなに感じてほしいとの思いがあるからだ。

「noma の閉店が示すように、世界中どこでもレストランが成立しにくくなっています。Orby を立ち上げながら“世界的な課題と直面している”という感覚がありました。でも、それらをクリアしようとするからこそ、前に進んでいると思える」
街場で磨いたインディペンデントなスピリットが、レストラン界全体に風穴をこじ開けていく予感がする。


◎ザ・コンランショップ 東京店
レストラン「オルビー」
東京都港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ タワープラザ3F
☎03-6834-4700
11:30~15:00(food13:30LO、drink14:30LO)、17:00~22:00(21:00LO)
火曜休(祝日を除く)
Instagram:@orby.restaurant

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