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PEOPLE / LIFE INNOVATOR

食を旅する
第7回 「ウズベキスタン」

People / Life InnovatorJul. 31, 2017



不安と緊張に満ちた旅の始まり。


深夜0時、中継地点のイスタンブールでパリからの便を降りると、妙な薄暗い個室に通された。
ただでさえ到着が遅れて乗り継ぎ時間があまりないのに。
「パスポートを一度回収します」
空港のゲート内でパスポートを回収されるなんて、みんなで何かに騙されているんだろうか。
同じくウズベキスタンに向かう乗客十数人と共に不安な顔を見合わせる。
空港の人間なのかも航空会社の人間なのかもわからないその係員は、パスポートを持って行ったきり一向に戻ってこない。

スリランカやインド、ロシアといった国は、旅をするだけでもビザが必要な上に、決まっていつもこんなミステリアスなアプローチから始まる。
例えば、イスラエル行きの便に乗るには、空港に最低3時間前に赴いて、係員の面接を受けなくてはならない。
「なぜ、イスラエルに行くのか?」「観光です」
「なぜ、イスラエルなのか?」「イスラエルの食に興味があって」
「なぜ、日本人なのにパリに住んでいるんだ?」「仕事をしています」
「何の仕事だ?」「料理です」
「なぜ、料理なのか?」「好きだからです」
そして大体こんな時の落ちは、
「SUSHIか?」「そうです・・・」

早朝6時、エアバスの小型機は晴れてウズベキスタンの首都タシュケントに到着した。
ウズベキスタンは世界に2つしかない二重内陸国で、2度国境を越えなければ海にたどり着くことができない。
機内からトラップへ出ると焼けるような暑さで、40℃はゆうに超えているだろう。
これから3週間で日本よりも広い砂漠に覆われた国土を横断する。
3週間は短いようで長く、自分の知らないシステムや地理の下では何が起こるかわからない。
ATMのほぼ存在しないこの国では、持ってきた現金だけが頼りだが、果たして最後まで足りるだろうか。
不安と緊張に満ちた旅の始まりで僕は再び旅に出た実感を得る。

税関を無事に通り過ぎる頃には、頭の中は羊肉の入った餃子マンティやウズベキスタンの手延べ麺ラグマンのことでいっぱいだった。
タクシーから外を見渡すと、多くの人はアジア人種であるが、ロシア風ブロンドの白人も少なくない。
長い間ソ連の一部であった街には、共産主義的で無機質な建物と幾何学模様の施された色鮮やかなイスラム建築が混在する。
車窓から流れ込む露店の煙は、豚でも牛でもなくて羊の香りだ。
ウズベキスタンがイスラム国家であることを、あらためて鼻から確認する。
そう、ここはユーラシア大陸南北東西のあらゆる文化が入り乱れた中央アジアなのだ。
まさに僕の求めていた光景がいま目の前にある。









僕はウズベキスタンでどうしても料理がしたかった。

僕は去年訪れたモスクワで友人のシェフにジョージア料理のレストランに連れて行ってもらった。
スターリンの大好物だったジョージア料理のお店は、モスクワ市内至る所にある。
ソ連のナポリとも言われたジョージアには、その温暖な気候も手伝って豊富な食材やワインがある。
中東、ヨーロッパ、西アジアに囲まれ、それぞれの影響を受けた料理はどれもがおいしく機知に富んでいた。
僕はたちまちその料理に夢中になった。
小籠包ならぬ大籠包の中身が豚ではなく羊だったり、発酵させたパン生地の中にチーズを入れた焼き饅頭のようなものまで。
「なんだ、この料理は。 いいとこ取りじゃないか!」
そのシェフによると、ジョージアよりさらにアジア寄りでシルクロードの中継地点であったウズベキスタンには、もっとたくさん、いいとこ取りが存在するらしい。
そして、羊のブイヨンに浮かんだうどんのような料理まであるという。
僕は行くしかないと思った。





砂漠の中を走り抜ける高速列車でタシュケントから2時間、僕はサマルカンドに到着した。
ウズベキスタンの古都であったこの街には、鮮やかなブルーのモスクが無数に存在する。
シルクロード最大の交易地点として栄えたこの街の市場を、どうしても見ておきたいと思っていた。
2000年以上の歴史を誇るこの市場に足を踏み入れると、僕はその食材の豊富さに驚いた。
膨大な量のフレッシュなスパイス、山羊、牛、羊の多様な乳製品、乾燥フルーツやナッツ類、そして色とりどりの野菜。
砂漠に囲まれたこの都市に、どうやってこれだけの種類のものが集まってくるのか、想像もつかない。





僕はウズベキスタンでどうしても料理がしたかった。
料理をすることで、少しでもこの国の文化を身体に入れて帰りたかった。
僕はある家族にホームステイすることにした。
サマルカンドから砂漠の中を永遠に4時間車で走る。
途中で車が故障したらどうなってしまうのかと思うほど、見渡す限り何もない。
道だけがまっすぐ伸びていて、数十分に一度車とすれ違うのみだ。
その家はタジキスタンとの国境近くの小さな山合いの集落にあった。









ウズベキスタンに来てから、僕が夢中になっていた料理がひとつあった。
細切りにしたニンジンをラムの脂でコンフィにした後、米と水を足して炊き込んだ「パロフ」だ。
トルコのピラフのバターをラムの脂に置き換えたような料理だ。
僕はこのパロフを食べる度に、以前ブルックリンの「Blanca」で食べた、卵黄の代わりに羊の脂で乳化させたラム・カルボナーラを思い出していた。
このパロフも、ニューヨークのトップレストランでお皿の上にのっけたら、いくらの価値が付くのだろうか。









夕方、ホームステイ先の子供達は夕食用に、大きなスイカと貴重なビールを山の谷間にある小川に冷やしに行った。
母親は夕食の準備をするために、薪に火をつける。
今晩の献立を聞くと、期待通り、パロフとトマトのサラダだった。
僕は率先して夕食の準備の手伝いを申し出た。
とにかくたくさんのニンジンを家族と一緒になって用意する。
剥いたニンジンの皮は、5歳の娘がボウルに入れて、コンポストさながら川のほとりにいる牛の元へと運ぶ。
父親はその牛から牛乳を搾っている。
羊の脂の弾ける音と、その脂の中で次第に凝縮していくニンジンの甘味に、薪の香りが手伝って、米と水を足す頃には、もうこの料理のおいしさの秘密がわかったような気がしていた。
調理中ずっと一緒に話していた母親が僕に聞いた。
「パリのレストランでは、薪とガス、どっちで調理しているの?」
僕はまだ電気のない集落で、「そのどちらでもない」というのを自然と躊躇ってしまった。







彼は僕に尋ねた、「二ューヨークに行ったことはあるか?」










キバの街までは列車がなく、6時間の道のりをタクシーで移動していた。
僕と同い年の運転手は、道中たくさんの面白い場所に連れて行ってくれた。
標高2000メートルの山間では乾燥チーズの市場が立っていた。
この国で保存はすべて乾燥なのである。
ホテルでした洗濯も、1時間も外に干しておけば乾いてしまうのだから、人々が食物を保存するのに乾燥を選ぶのは自然な流れなのだろう。

彼のオススメの山間の休憩所で一緒に豪華なラムのタンドリーを食べた。
熱いチャイを飲みながら、山の木陰の茶屋で束の間の休息だ。
僕が料理人だということを理解すると、わざわざ店主に掛け合って、店の裏にあるタンドリーを見せてくれた。
解体された羊は冷蔵することなく天日で乾燥されて、半分ハムになりかけている。






それを高温のタンドリーで焼き、骨からとったブイヨンと共に食べる。
決して自分が人生で食べた中でベストの羊料理といえるものではなかった。
しかし、3週間この国を旅してきて、この羊のタンドリーがいかにこの地の理に適って、丁寧に調理されたご馳走かということは理解できるようになっていた。






車は山中をさらに北へと走り抜け、少し見晴らしのいい丘の上にたどり着いた。
山を降りれば、向こう側はもうアフガニスタンだ。
美しい夕日と絶景を前にして、僕らはしばらく沈黙していた。
突然、彼は僕に尋ねた。
「二ューヨークに行ったことはあるか?」
「ある」
「やはり日本のパスポートはいいなあ」と言う。
「俺は10回グリーンカードの申請をした。今のところまだ成功していないけれど。ウズベキスタンのパスポートではアメリカに旅行できないから、ニューヨークへ行きたかったら移民するしかないんだ。でもそれが俺の人生の夢だ」

僕の初めてのウズベキスタンへの旅はそろそろ終わりを迎えようとしていた。


関根 拓(せきね・たく)
1980年神奈川県生まれ。大学在学中、イタリア短期留学をきっかけとして料理に目覚め、料理人を志す。大学卒業後、仏語と英語習得のためカナダに留学。帰国後、「プティバトー」を経て、「ベージュ アラン・デュカス 東京」に立ち上げから3年半勤務。渡仏後はパリ「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で腕を磨き、二ツ星「エレーヌ・ダローズ」ではスーシェフを務める。その後、パリのビストロ、アメリカをはじめとする各国での経験の後、2014年パリ12区に「デルス」をオープン。世界的料理イベント「Omnivore 2015」で最優秀賞、また、グルメガイド『Fooding』では2016年のベストレストランに選ばれた。http://www.dersouparis.com/







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