ホットチョコレートを日常に
蕪木祐介さん連載 「嗜好品の役割」第8回
2021.03.22
PEOPLE / LIFE INNOVATOR
連載:蕪木祐介さん連載
自身の店を始める前から、珈琲やチョコレートはもちろん、ホットチョコレートに対して強い思い入れがあった。その言葉の響きからは、甘美で女性的な印象が強いが、女性だけではなく、酒やタバコ、珈琲同様、男性も嗜む、そんなホットチョコレートでありたいと思っていた。
きっかけは定かではないが、アフリカ出張時のトランジットでパリの某店で飲んだショコラショーが、記憶に残っている。研ぎ澄まされた味というわけではなかったが、黒人男性が丁寧にホイッパーで点ててくれたショコラショーはとても香り高い味わいで、点ててくれたスタッフの人柄も含めて、気持ちが和らぐ良い時間だった。
また、チョコレートに香りの表現を収束させる仕事をしている中で、タブレットと同様、ホットチョコレートはシンプルに、かつ深く、カカオの香りを楽しむことができ、自分のアウトプットの形としてとても相応しいように感じていた。
チョコレート飲料の長い歴史
そもそもチョコレートというと、固形のものを想像するが、この形となったのは、約150年前。チョコレートの長い歴史の中ではごく最近のことである。それ以前は、カカオは飲料として利用されてきた。
古くは中米で「ショコラトル」と呼ばれる滋養強壮の飲料として古代文明の王族、戦士に愛飲され、それらは神聖な飲み物として、さまざまな宗教儀式で利用されていたことがわかっている。ショコラと言っても甘いものではなく、砂糖がまだ存在していなかった当時の中米では、すり潰したカカオをトウガラシなどのスパイスやとうもろこし粉と混ぜ、水で溶いて飲んでいたとのこと。・・・おいしくはなさそうだ。
大航海時代の物々の大陸交差を経て、カカオは約500年前にスペインに伝わり、その後欧州各地へと広がる。砂糖や他の香辛料と出会い、甘味のあるチョコレート飲料と進化して、愛飲されることとなった。
同時期に流行った珈琲と比べ、カカオはとても高価で貴重なものであり、当初楽しむことができたのは王侯貴族や聖職者など、限られた人のみだったが、近代加工技術の導入、市民階級の台頭などから、少しずつ人々の間に浸透し、消費量も増えていった。
1848年に初めて固形のチョコレートがイギリスで開発された。当時の商品名は「Chocolate Delicieux a Manger」。訳すと、「食べるチョコレート」。今では当たり前のようであるが、当時の固形チョコレートの目新しさが伺える。
ココアとホットチョコレート
ホットチョコレートは度々ココアと混同されるが、似て非なるもの。カカオの成分の内、約半分は脂肪分で、水と油は仲が悪く、チョコレート飲料を作るときに、非常に作りにくい。より簡単にチョコレート飲料を作るために開発されたのが、いわゆるココアパウダーだ。カカオから油脂分を圧搾して取り除き、残りの固形分を粉末状にしたもので、このココアパウダーを牛乳や湯で溶かして作ったものが、日本で「ホットココア」と呼ばれている。
油脂分が少なくなったココアパウダーは水となじみやすくなり、簡単にチョコレート飲料を作ることができるようになった。このココアパウダーを初めて開発したのが、オランダのヴァンホーテン親子。彼の会社はなくなってしまっているが、彼の名前を冠したココアは今も多くの人々に愛飲されている。
ココアは便利な反面、製造時(油脂分の圧搾時)には熱と圧力がかかることで、カカオが本来持っているデリケートな香りは変質してしまい、いわゆるココア香となる。その点、チョコレートやカカオ原料を加工せずに使って点てられた飲み物がホットチョコレートである。ココアと違って、作るのには手間はかかるが、カカオ本来の香りと、脂肪分由来の濃厚感を楽しめるのがホットチョコレート。
どちらが良いというわけではない。私自身、ココアの味わいに優しさと懐かしさも覚えるし、頭が疲れた時に、とろりとした濃厚なホットチョコレートを飲むと、カカオの色気のある香りにほぐされる。
ホットチョコレートを嗜む
ホットチョコレートを作るのには少し手間がかかる。先に述べた通り、水になじみやすく加工されたココアと異なり、チョコレートのかけらを温めた牛乳に入れてスプーンで混ぜるだけでは綺麗なホットチョコレートを作ることはできない。油脂分(カカオバター)と水分をしっかり綺麗に混ぜ込む(乳化させる)ことが必要である。
小さな鍋やミルクパンに牛乳や水を入れて、チョコレートが溶ける温度まで温める。鍋の縁がフツフツとなるくらいで十分だ。弱火にしてチョコレートを入れ、泡立て器でかき混ぜながら、均一に混ぜて、カップに注ぐ。泡立て器で乳化させると共に、しっかり泡を立てることが肝だ。きめ細かな泡が丸み、柔らかさをもたらし、カカオの苦さを和らげてくれる。
レシピはカカオ分70%のチョコレート30gに対して、100mlの牛乳を使うことが多いが、そのバランスはお好みで。ラム酒やブランデーなどのアルコールを最後に加えて仕上げれば、あと切れの良い香り高いものとなるし、シャンティイを添えても良い。牛乳の一部を水で代替すれば、ミルクのマスキング効果が弱まり、カカオの香りがストレートに感じられる飲料になる。アーモンドミルクを使っても美味だ。
原料はスーパーで売っているチョコレートでも作ることができるが、個人的にはバニラの香りをとても強く感じ、甘ったるくなってしまう印象だ。ビターな味わいがお好みなら、カカオ分の高い製菓用のクーベルチュールを使うと美味。少し手間はかかるが、ココアよりも香り、ボディ感ともに厚みのある味わいのホットチョコレートは格別だ。ぜひご自宅でも試していただきたい。
私たちもお客様の兼ねてからの要望もあり、ホットチョコレート用の原料を販売することとした。喫茶で提供しているものもそうだが、タブレット商品として製造しているチョコレートを使っても理想のホットチョコレートにはならない。そのまま食してもらうために作ったチョコレートは、どうしても牛乳と混ぜるとカカオの印象が弱まり、甘い印象となってしまう。あくまで理想のホットチョコレートから逆算し、牛乳を入れても負けない力強く荒いカカオの風味を持ったチョコレート原料を作っている。そのまま食べると強烈な風味で、適さない。
甘いけれども甘ったるくはなく、
強いけれども苦くはなく、
香りが高いけれども不自然ではなく、
こってりとしていてベタつかない
19世紀の美食家、ブリア・サヴァランが著書『美味礼讃』にて残した言葉は、自分が理想とする味わいと合致する。いや、いつの間にかそれを理想としていたのかもしれない。こっくりとしていて、濃厚で香り高い、けれども、くどくない、そんな味わいに今の自分はどこまで近づけているだろうか。
女性にはもちろん、カウンターに座る紳士がホットチョコレートを啜るようになってもらいたい。10年前にそう思い描いた絵が、今自身の店の光景として存在することが、なんだか不思議で嬉しい。いつも砂糖抜きでオーダーをする男性、お酒をおまかせで効かせてくださいとおっしゃる女性。楽しみ方は様々。濃厚なチョコレートのポタージュ、少し疲れたら、ぜひ味わっていただきたい。
蕪木祐介(かぶき・ゆうすけ)
岩手大学農学部を卒業後、菓子メーカーに入社。カカオ・チョコレートの技術者として商品開発に携わる。2016年、自家焙煎の珈琲とチョコレートの喫茶室「蕪木」をオープン(2019年12月移転、再オープン)。2018年には、盛岡で40年以上愛されてきた喫茶店「六分儀」(2017年11月に閉店)を、佇まいはそのままに「羅針盤」の名前で復活させた。著書に『チョコレートの手引』、『珈琲の表現』(共に雷鳥社刊)。
http://kabukiyusuke.com/