ストレスフリーな環境と年4回の健康診断。乳牛の役割を終えた牛たちのペンション
Sweden [Hagshult]
2026.10.13
text & photographs by Sakiko Jin
牛のペンションを始めるきっかけになった増新築した牛舎。引っ越してきたばかりの牛たちは、最初にここで他の牛と顔合わせし、牛舎の近くで慣らしてから別の牧草地へ移動する。
ストックホルムから南へ約400km、ハグスフルト(Hagshult)という小さな町に、スウェーデン初の牛のペンション「ハグスフルツコッソナ(Hagshultskossorna:ハグスフルトの雌牛たち)」がある。ここでは、乳牛としての役割を終えた牛たちが、ゆったりとした時間を過ごしている。
このユニークな取り組みを始めたのが、農場の5代目となるカールヨハンとウルリカだ。
古くなった牛舎を建て替える際、2人は「これまで通りでよいのか? 何か別なことはできないか?」と考えた。「市場には“良い牛肉”がたくさん出回っている。他の農場がやっていないこと、農業の循環自体を無駄なくスマートにできないか?」
さらに議論は「どうしたら動物たちのポテンシャルを、ベストな状態で、最大に引き出すことができるのか?」へと発展していった。
そんな中で2人が疑問に思ったのが、乳牛の存在だった。「最近は、レストランのメニューにも牛の品種や農場名が書かれているのに、なぜ誰も乳牛の歴史には触れないのか?」
乳牛のほとんどは、乳の生産の役目を終えると、食肉として利用される。ならばその最後の時間をもっと豊かに過ごさせることはできないか――そんな思いから、牛のペンション開業に至った。6カ月から1年間、穏やかでストレスフリーな環境を与え、心の底から「ご苦労様」と労って食肉用にと送り出すのだ。
2人が特に重視しているのが、土壌とそこに生える草だ。ナチュラルワインのように、テロワールがとても大事で、土壌や気候、周りの環境や牛が食む牧草が、牛たちの体づくりの重要な鍵になると言う。ハグスフルトの農場では牧草が生えている間はできる限り長く放牧し、同時に冬場に備えてロールサイレージ(生草を乾燥、発酵させロール状にしてラップで包む)を十二分に蓄えることに余念がない。
ペンションにやってくる牛たちは、信頼する3軒の農家で育った乳牛だ。現在は70~80頭が暮らしている。1年に4回は獣医の検診を受けさせ、牛の健康状態をチェックする。至れり尽くせりの牛たちだが、実際に目にするとその体躯の見事なこと! 毛並みや艶も素晴らしく、何より牛たちの表情が輝いていて、とてもいい。
「牛にパーソナルトレーナーを付けているようなものだね」と、カールヨハンとウルリカは談笑する。
ペンションを開いて10年、今では牛の飼育だけでなく、ファームショップでの製品販売の他、「ソーセージ・フェスティバル」といったイベントや、牛サファリなどのアクティビティも展開する。キャンピングカーで訪れる人には無料で泊まれる駐車スペースも用意されている。
環境への配慮も忘れてはいない。スウェーデンでは自国の農業を守るために、農業用機械にディーゼルを使う場合には環境税の還付が行われているが、環境問題への意識が高い2人は、HVO100(水素化処理植物油)や菜種油を原料としたバイオディーゼルREM(菜種メチルエステル)を使用。給油タンクを農場に設置して使用している。
真の意味で動物やその環境を慮るハグスフルト農場。最後の最後まで、最高の環境で幸せな生活を送れる牛たちが羨ましい限りだ。
◎Hagshultskossorna
https://hagshult.se/