料理界の動向をいち早く発信!
「第15回 マドリードフュージョン」レポート
〜さらに先鋭化する前衛から、料理界の社会貢献活動まで〜
2017.02.22
text by Yuki Kobayashi
マドリードがグルメの聖地となる3日間。今年もマドリード・フュージョン(以下MF)が1月23、24、25日に開催された。アルサック、ロカ兄弟などミシュラン星付きシェフをはじめとした錚々たる顔ぶれに加え、今回は招待国にアルゼンチンを、招聘シェフも コロンビア、ペルー、ドミニカ共和国など南米カラーが強まった感があった。
最前線のクリエイションは「発光」
この15年を振り返り料理のアンソロジーを見せたシェフもいたなか、まだまだ前衛を探求するシェフたちも少なくない。
photograph by Jose Luis Lopez de Zubrea / Mugaritz
「ムガリッツ」のアンドーニ・ルイス・アドゥリスの発表は今年も期待を裏切らなかった。毎年120~150品を創り出すという彼の料理はそのまま、科学と食芸術の進化の歴史といってもいい。今回のテーマは「偶然とのつながり」。たとえば、「カカオの乾いたあじさい」では、カカオ入りの水が沸騰する瞬間にできる泡をフリーズドライにしたデザートを発表。ここでアンドーニがこだわったのは「セレンディピティ」という言葉だった。厨房で突発的、偶然に出会う現象の「なぜ」を問う。その瞬間に素材に起こっていることを科学的に研究し、料理に昇華させるプロセスだ。調理過程に生じる泡を固定化させる新技術は流行するかもしれないし、忘れ去られてしまうかもしれない。しかし、常に新しいものを生み出すという情熱が料理人アンドーニの地位を揺るぎないものにしているのは確かだ。
アンダルシアのレストラン「アポニエンテ」のアンヘル・レオンも「前衛道」で健闘するシェフの1人。今回は「夜釣りで、プランクトンが海中で光るのにすっかり魅せられ」、その海の光を食卓に持ち込むまでの苦節3年を語った。光るプランクトンを使った酵素合成の研究が高価すぎて追求できず、深海で光るもう一つの生物、カニのルシフェリンとルシフェラーゼという発酵酵素を研究し、調理に耐えうる粉の合成に成功した。しかし、この粉を使った料理の応用までは間に合わず、「光るコロッケでも作ってみようか」と笑う。会場を真っ暗にし、粉の入ったグラスに一気に水を注いでみせると、生きているような青い光が舞台上に浮かび上がった。拍手喝采に包まれる会場。「新しい発見」は、いつでも観客を魅了してやまないのだ。
「グルテンフリーの高級料理」
期間中の 少数限定の様々なセミナーも好評だった。その中の「グルテンフリーの高級料理」では、マドリード郊外のレストラン「エル・インベルナデロ」のロドリゴ・デ・ラ・カジェが登場した。
コース内35品、全品グルテンフリーの世界を創り出すロドリゴは、野菜の魔術師。ベシャメルソースにキノアを使用したコロッケや、小麦の若芽にはグルテンがないことに注目し、これで抹茶のような苦味のある粉を作り出してキクラゲの前菜を飾ったり、米粉やトウモロコシ粉のパンを紹介。グルテンフリーは数年前までMFでは扱われなかったテーマだけに、ガストロノミーの領域でも無視できない動きになりつつあることを感じさせる発表だった。
KOMBUCHA(紅茶キノコ)、味噌、キムチ…
欧米のシェフはアジアの発酵に夢中
アメリカで流行しているという紅茶キノコが今年はMFにも登場した。欧米では「kombucha」という名称で通用している紅茶キノコ。日本人には懐かしい名前だが、欧米では今まさに流行中の素材だ。今回は2名のシェフが紅茶キノコを使った料理を発表した。
発酵に夢中になっているというマドリード郊外の「コケ」のシェフ、マリオ・サンドバルは紅茶キノコ、味噌やキムチを持参した。 ビネガーの代用に紅茶キノコを使用したり、紅茶キノコから作るラビオリの創作、大豆ではなくスペインの伝統食材であるバスク地方のトロサの黒豆で「味噌」を作ったりと、研究に余念がない。欧米のシェフにとってアジアの発酵食品はまだまだ興味深い研究対象のようだ。
「未来のキッチンの鍵、人間関係」
レストラン経営の中で当然のように思われるこうしたテーマは、料理や素材至上主義で構成されてきたMFの発表の中では異色である。レストラン「カン・ロカ」のジョアンとジョセップ兄弟は「未来のキッチンの鍵、人間関係」というタイトルのもと、レストラン経営上で人材は最も大事な要素であると主張した。いかに職場のスタッフとよい関係を保ち、その満足度を外のお客様にも反映させるかが、ロカ兄弟の最近の課題だという。
また、 シェフのヘスス・サンチェスとコーチングのエキスパート、レアンドロ・フェルナンデスの発表も印象に残る。レストラン経営者によく見られる「9つの人格」について2人でコミカルに例を挙げながら、「支配的なチーフにはどう対応すべきか」、「優柔不断なトップにはどんな長所と短所があるのか」など、それぞれの立場にとって有効なコーチング技術を紹介。料理と客のことしか頭にない経営者が見れば、目の覚める発表だったに違いない。
原点回帰が進む南米の国々
今年の招待国アルゼンチンからは、南米最高のシェフとも言われる「テギ」のへルマン・マルティンテギが登場し、移民の国と言われる自国料理の歩みを語った。建国時には移民が90%だったという人口図。各国からの移民がそれぞれの料理を作っていたというアルゼンチン料理のイメージとは何だろうか。
「アルゼンチンといえば、牛肉と言われます。それは良くも悪くも『日本は寿司だよね』というのと同じことです。畜産は国土の20%で、他の作物のほうがよほど多いのに」と語るヘルマン。全国を歩き回り、伝統素材と生産者を探し回るフィールドワークを続けるが、今回は珍しいアマランサス(ヒユ科)やオジューコ(ツルムラサキ科)、リャマの生肉を使う料理を紹介。「今、我々はヨーロッパ人の子孫ではなく、ラテンアメリカの人間だということを認識し始めた」という。南米でも伝統回帰、現地素材の見直しが始まっている。
料理界から社会を変える
2013年にMFでペルーが招待国となった際に、キノアを始めとした現地の作物が数多く紹介され、その後の1年間でペルー産キノアの輸出量が2倍に伸びたという事実がある。流行になる食材は現地の経済を潤わせると同時に、再び搾取の悪循環に陥る危険性も高い。こうした悪習を断つべく、ベネズエラのカカオをめぐるサイクルを健全に立て直し、生産地へ還元したのが、同国のマリア・フェルナンダの「Cacao de Origen」プロジェクトだ。
マリアは「繁栄は共有してこそ、意味があります」と力説する。自国で20軒を越えるカフェテリアを成功させていた彼女は、10年前から自国のカカオ生産者たちに収穫、精製、ボンボン作りを教え、彼らが独立するまでをサポートしてきた。当初30人だったカカオのムーブメントは今や8000人を超える人々が関わり、「ビーン・トゥ・バー」という店舗の形もとって、アメリカや日本にも上陸した。ペルーのガストン・アクリオの好例もあるが、シェフの社会貢献への高い意識 は今後も南米から発信されていくに違いない。
15年連続開催の快挙
一般会場では今年も世界の5大陸から様々な食材が紹介され、活発に商談や文化交流が進んでいた。スポンサー集めに苦心して、連続開催に至らない料理学会もあるなか、2003年の第1回から15年、休むことなく活動を続けてきたMF。新しい料理界の動向にいち早く着目し、世界へ発信してきたMFの重要性を改めて認識する海外メディアも多い。
食に絡むあらゆる知識と創造力、好奇心を刺激するMF。すでに2018年の準備も始まっており、日本からも参加が予定されている。
■ 登場レストラン一覧
◎偶然とのつながり 「ムガリッツ」アンドーニ・ルイス・アドゥリス
https://www.mugaritz.com
◎深海の光 「アポニエンテ」アンヘル・レオン
http://www.aponiente.com
◎グルテンフリーの高級料理 「エル・インベルナデロ」ロドリゴ・デ・ラ・カジェ
http://www.elinvernadero-rdelacalle.com
◎多感覚経験(紅茶キノコ) オランダ「De Librije」ジョニー・ボエール
http://www.librije.com
◎生きている食材(発酵) 「コケ」マリオ・サンドバル
http://restaurantecoque.com/es/
◎未来のキッチンの鍵、人間関係 「カン・ロカ」ジョアン・ロカ、ジョセップ・ロカ
http://cellercanroca.com
◎ガストロノミー界を率いる料理人に見られる9つのタイプ
「Cenador de Amos」ヘスス・サンチェス、レアンドロ・フェルナンデス
http://www.cenadordeamos.com
◎大地 アルゼンチン「テギ」へルマン・マルティンテギ
http://www.tegui.com.ar
◎カカオからチョコレートへ ベネズエラ マリア・フェルナンダ
http://www.cacaodeorigen.com