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FEATURE / MOVEMENT

「食のバリアフリー プロジェクト」をスタートさせます。

イタリア・トリノのヴィーガン事情

2017.06.06

text by Sayaka Miyamoto / photographs by Kinta Kimura


「食のバリアフリー」プロジェクトとは

「CUISINE LIBRE(自由な料理)」を提げて、アレルゲンフリー食の啓蒙活動に取り組むフランスの料理活動家ナディア・サミュは次のように語ります。
「ヴィーガン、ローカーボ、イスラム食、糖尿病食、アレルゲンフリー食、介護食……。ひとつのテーブルを囲んでいながら、みな別々の料理を食べていたりするのが現代の食の風景です。同じテーブルに着く全員が同じ料理を食べることはできないのか? 身体的リスクも宗教上の禁忌も関係なく、人々が分かち合って食べられる料理を生み出せないのか?」
すなわち、「食のバリアフリー」です。
「食のバリアフリー」化を推し進めるには、何が制限や制約になるのかを理解しなければなりません。そして、どう対処すればよいのかを考えなければなりません。
でも、それは、制限や制約を持つ人だけのためではなくて、みんなのため。みんなでテーブルを囲むため。
だから、そんな料理があったら、あらゆる人にとって有用なはずです。
そんな料理レシピを求めて、私たち料理通信は「食のバリアフリー」プロジェクトを立ち上げます。
世界各地のジャーナリストや料理人と手を携えて、様々な制限や制約を背景も含めて理解しながら、実践的なレシピを紹介していきたいと思います。



第1回はヴィーガンにフィーチャーします。
ヴィーガンのベースには、
1.人間の健康
2.動物の生命の尊重
3.地球環境保護
という3つの思想があります。生活習慣病対策として有効なばかりでなく、家畜の飼育を減らすことによって温室効果ガスを削減できたり、食糧問題の軽減につながるなど、サステイナブルという観点からもヴィーガンは着目されています。
動きが活発なイタリアのトリノから、おいしくて元気なヴィーガンのレポートです。


イタリア・トリノのヴィーガン事情




ヴィーガン人口が増えている。

肉も魚も卵も牛乳も、動物由来の食品は一切食べないヴィーガン。ある調査機関によると、2017年、イタリア人のヴィーガンは前年比3倍、全人口の3%になったという。週に数回ヴィーガン的食事をする人の数はその何倍にも及ぶそうだ。
そんな中でもトリノは今、ヴィーガンな都市として注目を集めている。
トリノといえばピエモンテ牛を筆頭に、サラミやチーズなど「動物性食文化」が豊かな土地柄だが、実は90年代初頭からヴィーガンの動きは始まっていた。30年後の今、ヴィーガンのレストラン、ヴィーガンのバール、ヴィーガンのイベント……、街を歩けばヴィーガンに当たる状態だ。
「公立小中学校の給食で、親は子供のために医師の診断書なしでヴィーガンメニューが要求できるという法律が昨年施行されましたが、トリノではすでに何年も前から実態としてありました」とは、ネットを通じてヴィーガン情報を提供する「Veg Facile」のマリーナ・ベラーティさん。02年にはトリノで国内初のヴィーガンフェスティバルが開催されて、それがイタリア各都市のヴィーガン普及に大きな影響を与えたともいう。

環境と命の尊厳と健康のために。

そして2016年、32歳の女性新市長が「トリノ・ヴィーガン都市宣言」を行なったことは、イタリア全国にヴィーガンを意識させるのに大きく役立った。当然、動物食関連の団体や、『ザ・ガーディアン』など外国メディアからも批判が続出した。そのせいか、3月20日付の『ラ・レプブリカ』(イタリア三大新聞の一つ)WEB版のインタビュー記事では「ヴィーガン都市」から「ヴィーガンもウェルカムな街」と軌道修正している。
しかし、当選直後に市長が発表した計画は、時代の方向性を映し、未来への問題を考えさせる内容だ。
「動物性食品生産に伴う環境破壊をなくし、倫理的でない生産方法に伴う動物虐待をやめて命の尊厳を守る、そして人々の健康問題を改善するための基本アクションとして、ヴィーガンとベジタリアン食を促進する」。

さて、ヴィーガン文化が成熟するトリノでは、おいしいヴィーガンレストランが続々と登場している。ヴィーガンでさえあればよしとされる店が多い中、私のような雑食人間も満足させるレストランたち。こんなにおいしいのなら週に何回かはヴィーガンデーもありかも、そんなふうに思わせる2軒を取材した。

予約の取れないヴィーガンレストラン
<Soul Kitchen ソウル・キッチン>




Bruschetta ブルスケッタ
-3種の食感のトマトとガーリック風味のマヨネーズを2色のチャルダにのせて-
チャルダとはクラッカーのようなもの。ここではパスタ生地を揚げて作る。ボタニカルアートのような佇まい。

超人気のヴィーガンレストランがあると聞き、半信半疑で行ってみた時のことは忘れない。ランチに食べたあのひと皿と言ったら、熱々で、味にパンチがあって(今まで経験したヴィーガン料理は、どれもぼんやりした味というのが正直なところ)、ヴィーガンであることを忘れるおいしさだったからだ。
4年前、トリノの中心街近くにオープンした「ソウル・キッチン」。自身もヴィーガンというルカ・アンドレシェフに会ってさらにびっくり。ふっくらとしたほっぺはツヤツヤで、お尻なんかちょっと太め(失礼!)、「チャオ」と力強く握手された時には、“ヴィーガンの人はみんな痩せてカサカサして仙人ぽい”という私の偏見は、思い切り覆えされたのだった。

17歳の時、動物愛護運動をしている友達に勧められ、なんとなくベジタリアンになってみたという。動物がものすごく好きというわけではなかったが、牛や鶏などの残酷な飼育方法があることを知り、よくないと思ったからだ。3ヶ月間ベジタリアン食にしてみたら、「なんかいい感じ」だったからヴィーガンになった。「酒も飲まないし、タバコも吸わないから、ヴィーガン食だけのせいじゃないかもしれないけど、体調がいつも良くて元気」。だから、以来14年間ヴィーガンを続けている。

ヴィーガンを忘れるおいしさを目指す。

「ヴィーガン料理をおいしくするコツは?」という質問にはズバリ、「おいしくしようと努力すること」。ヴィーガンの人たちはヴィーガンであることばかりを大事にしようとするが、まずはそこから抜け出すべきだという。90年代にトリノで最初にオープンしたヴィーガンレストランは「とにかくひどい味だった(笑)」。
常に好奇心旺盛に、食材の特性と調理技術を研究するのも大事だ。加熱や素材の組み合わせによる変化を利用して、様々な料理を展開できるようになるからだ。取材中も、ヒヨコ豆の煮汁と砂糖だけで焼いたというメレンゲを味見させてくれた。ヒヨコ豆のデンプン特性を利用した、見た目も味も完全なメレンゲだった。
「むずかしく考え過ぎないことも大事だよね。イタリア料理はそのままでもヴィーガンなメニューは多いから、わざわざいじくり回さなくていい。タンパク質が足りないと心配する声も聞くけれど、現代人はタンパク質を摂り過ぎなんだよ」
確かに、育ち盛りの頃からずっとヴィーガンである彼の広い肩幅や色ツヤのいい肌を見ていると、栄養不足にはまったく見えない。おいしくて栄養もあって環境にも動物にも優しいなら、週に何回かはヴィーガン食も悪くないと思った。

Ricchezza e Povelta’リッチさと貧しさと
-タリオリーニ アグレッティとトリュフ風味のバター 菊芋と根セロリとクリームの上に-
豆乳とココナッツ油をメインに作るトリュフ風味のヴィーガンバターが味の決め手。


「Soul Kitchen」ルカ・アンドレシェフに教わるヴィーガンをおいしくするコツ
1.調理技術と素材の特性を常に研究する
2.ハーブやスパイスなど香りを多用する
3.いろいろな調味料を使いこなす
4.料理の温度や食器、店の雰囲気なども大切にする



ルカ・アンドレ 34歳。「雰囲気や気分も料理をおいしく感じさせる大切な要素」と、食器やテーブルクロス、インテリア、窓から入る光にも細心の注意を払う。店名は大好きな映画『ソウル・キッチン』から。





◎ Soul Kitchen
ソウル・キッチン

Via Santa Giulia, 2, 10124 Torino
☎ +39.011.884700
12:30~15:30(14:30LO)
19:30~23:30(22:30LO)
日曜、月曜休
www.facebook.com/SoulKitchenVeganRawRestaurant/




「これが、ヴィーガン?」と息を飲む美しさ。
<Chiodi Latino New Food
キオディ・ラティーニ・ニュー・フード>




La Rossa Francese ラ・ロッサ・フランチェーゼ
カブと紫芋(violetta francese)で作るトルテッリ。リースかブーケのような美しさだ。豆乳のクリームをあしらい、カラメルや醤油をアクセントにしている。



トリノ郊外にレストランを構えて、オーナーシェフとして成功を収めていたアントニオ・キオディ・ラティーニさんは、50歳を過ぎた頃、体調がすぐれない日が続くことが増えた。妻のローザさんも同様だった。食事を改善してみようと、いろいろ調べるうちにヴィーガンと出会った。「これだ!」と思った彼は、なんと店を閉めてしまう。
「健康のためもあったけれど、何か新しいことに挑戦したかったんだよ」
3年間、栄養学の大家コリン・キャンベルとシュタイナーを独学で勉強した。ところが、勉強すればするほど「俺がやりたいのはヴィーガンとちょっと違う」という思いが湧いてきた。自分の料理人人生を注ぎ込む新しい料理は、大地の恵みすべてをいただくホールフードである、そんな思いに至った。
そして2016年春、オープンしたのが「キオディ・ラティーニ・ニュー・フード」。ヴィーガンだけどヴィーガンじゃない、新しい食のカテゴリーという思いを込めた。

オープン後、瞬く間にすごい反響があった。ヴィーガンの常識からかけ離れた、美しくて繊細な料理の数々に、「これがヴィーガン?」と驚く人々が続出したのである。
「ヴィーガンは制約かって? いや、面白くて仕方がないよ。肉を料理していた頃は、同じ肉なら昨日も今日もほぼ同じ味だった。だけど、野菜や野の草は、今朝収穫したのと夕方収穫したのでは味も香りもまったく違う。それを見極めて生かすも殺すも自分の腕次第。料理人としてこんなに面白いことはないよ」

自然をリスペクトしてこそヴィーガン。

彼の必殺武器「テーラ」(大地と命名した味粉)は、最近流行りの食材パウダーのようでそうじゃない。「あれは野菜の本体部分で作るけど、コレは皮で作る。皮には味と香りと栄養が一番詰まっているからね。捨てるなんてバカだよ」。キャベツにビーツ、アスパラガス、ニンニクなど常時15種類ほどのテーラを作り置く。最近依頼が急増した講演会などには必ず持って出かける。何種類かブレンドしたテーラにラプサンスーチョンを注いでスープのように食べる一皿は、常連客にだけ出す特別メニューだ。
「古いタイプのヴィーガンは、トーフやテンペで肉団子だカツレツだって偽物を作るじゃない。あれが嫌いなんだよ」とアントニオさん。
野菜にナッツ、豆や果実類など、大地がくれるすばらしい味と力を表現せずに偽物の肉で“我慢”するのがヴィーガンなら、それは動物にも野菜にもリスペクトがなさ過ぎる。そう力説するシェフは、あくまでも誇り高き料理人なのだった。

CASUALITA’ カズアリタ
「偶然」という名のひと皿。その日一番おいしい野菜で作ることからのネーミング。チップスにした野菜をナッツのクリームに刺し、ショウガのジュレを添えて。


「Chiodi Latini New Food」アントニオ・キオディ・ラティーニシェフに教わるヴィーガンをおいしくするコツ
1.野菜の特性を学び、季節ごとの味わいを知る
2. 野菜、ナッツ類、穀物類の皮、外皮を活用すれば、タンパク質の欠如を心配する必要なし!
3.日本の発酵食品など、肉や魚がなくても味に深みを出してくれる調味料を活用する



必殺武器の「テーラ」。野菜の皮を乾燥させて粉砕し、塩、コショウと混ぜ合わせる。味と香りと栄養が満載。キャベツ、ビーツ、アスパラガス、ニンニクなど常時15種類ほど作り置く。

アントニオ・キオディ・ラティーニ 57歳。トリノ郊外でレストランを経営、著書も5冊に及んだが、5年前休業を決め、独学で3年間菜食主義を学ぶ。2016年現店を開店。今年9月にはトリノ中心街に移転予定。



◎ Chiodi Latini New Food
キオディ・ラティーニ・ニュー・フード

Strada Comunale Val Pattonera, 138 Torino
13:00~23:00(予約のみ)
日曜夜、月曜休
https://www.facebook.com/chiodilatininewfood/



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