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FEATURE / MOVEMENT

【連載】日本で学び、日本で花開く、韓国の才能

第2回 東京「JONGJI(ジョンジ)」

2026.03.12

【連載】日本で学び、日本で花開く、韓国の才能。第2回 東京「JONGJI(ジョンジ)」

text by Sawako Kimijima / photographs by Atsushi Kondo

連載:韓国出身の食のプロは、日本に何を見るのか?(全4回)

日本の調理師学校で学ぶ外国人が増えています。辻調理師専門学校(以下、辻調)では、留学生の数がこの10年で約2倍に。特に多いのが、韓国からの留学生です。
折しも韓国は今ちょっとしたガストロノミーブーム。活躍するトップシェフには日本で学んだ料理人が少なくありません。その一方、韓国の食文化を背景に培った味覚的・技術的・創造的な特質を武器として、日本で独自の料理世界を作り上げている料理人もいます。

目次







キム・スジンさん

第2回の主役は、東京「JONGJI (ジョンジ)」のキム・スジンさん。韓国・釜山出身。2003年辻調理師専門学校卒。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。韓国宮廷料理研究家・韓福麗(ハン・ボクリョ/韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」の料理監修で知られる)に師事し、宮中飲食研究院で学ぶ。2007年、韓国でオーガニックフランス菓子メーカーを立ち上げ、2008年には釜山でワインレストラン「ICI」を開業。2009年に再来日。2022年、東京・東大前に「JONGJI」オープン。2026年2月に移転のため、東大前の店をクローズし、再開準備中。


日本での経験がキャリアアップやブランディングに結び付く

まずは、辻調の留学生在学者数の経年グラフをご覧いただこう。10年前と比べると、その数は約2倍。2025年度はさらに伸びて、425名を数えるまでになったという。


留学生在学者数(経年グラフ)

■留学生在学者数(経年グラフ)

なぜ、日本で学ぶのか?
2024年度に辻調に在籍した留学生を対象とするアンケート調査によれば、「日本の食や文化への興味」「日本での就職」「技術レベルの高さ」などが理由として挙げられている。
さらに注目すべきは、卒業後の進路として日本での就職希望者が7割近くいることだろう。「自国より成長する機会や成功する機会があると思うから」「外国で店を開く際に日本で修業したことがブランディングにつながる」「技術をもっと身につけて帰りたい」などがその理由でという。日本での経験をキャリアアップの手段と捉える様子がうかがえる。


■日本で料理・菓子を学びたいと思った理由を最大3つ選んでください。

■日本で料理・菓子を学びたいと思った理由を最大3つ選んでください。


グラフ:卒業後の進路

■卒業後の進路について教えてください。


【アンケート調査概要】
対象: 辻調理師専門学校、辻調理師専門学校東京に在学している留学生355名
期間: 2025年1/15~1/21
方法: WEBアンケート
有効回答数: 278名 (回答率 78.3%)うち新入生191名

「日本での就職希望者の増加は、2019年に『特定技能1号』というビザが制定され、そのビザを取得すれば日本の厨房で働けるようになった(最長5年)ことが寄与しています。それまでは日本で学んでも帰国するしかなかったんですね」と解説するのは、辻調のキャリアセンター長、金内孔二さん。キャリアセンターでは学生の就職をサポートしつつ、外国人の雇用に慣れていない企業には法律や規則などの注意点を伝えるなど、学生と受け入れ先、双方の理解を深めるアドバイスを惜しまない。ちなみに就職先はホテルの日本料理レストランをはじめ、日本料理店が4~5割を占めるそうだ。


日本で学んだ韓国のトップシェフ

「2025年度の留学生の出身国は17ヵ国にのぼります。最も多いのが韓国で219名。2番目が中国(香港含めず)で91名、3番目の台湾59名と続きます。上位3カ国の顔ぶれはずっと変わらないですね」と語るのは辻調の広報担当・渡邉志保さん。韓国からの留学生数の推移を尋ねたところ、下記のデータを開示してくれた。ご覧の通り、コロナ禍の時期を除いて右肩上がりだ。


韓国人留学生数(経年グラフ)

■韓国人留学生数(経年グラフ)

「数の増加と共に学生のタイプもバラエティ豊かになりました」と指摘するのは、日本クリエイティブ経営学科・学科長の竹本正勝さんである。
「かつて日本で勉強するのは、日本料理を学ぶためだった。近年は、フランス校に行きたくて我が校に入ってくる学生もいる」。日本料理本科・学科長の湯川徳之さんは「最近は新卒が多数を占めますが、以前は何らかの社会経験を経た上で、どうしても料理を学びたくて入って来る学生が多かった」と振り返る。
例えば、現在ソウルで正統派の日本料理店「三露」を営むユ・ソンヨプさんは顕著な例だという。「ユさんは兵役後、料理人を志して来日したのですが、群を抜いて熱心でした」。辻調卒業後、「菊乃井本店」で6年間研鑽を積んで帰国、ホテルの和食部門料理長などを経て、23年に独立開業した。「儒教の国でもあり、殊に兵役経験者は上下関係や規律に厳格」とは韓国人留学生ならではの特徴だろう。

卒業生校友会の様子
辻調には「コンピトゥム」と呼ばれる卒業生校友会があり、卒業後の交流も盛ん。特に韓国支部の活動は活発だという。2025年10月19日にはソウルで卒業生POP-UPレストランを開催。辻調理師専門学校校長の辻芳樹さんも駆け付けた。同年11月12日には、5名の卒業生が大阪に来校して、韓国人在校生と交流を深めた。画像提供:辻調グループ校友会

韓国のレストラン業界は今、かつてない活況にある。Netflixの「白と黒のスプーン~料理階級戦争~」(有名なスターシェフと無名の実力派シェフによるサバイバル料理番組。シーズン1:2024年9月~、シーズン2:2025年12月~)が社会現象を巻き起こし、出演シェフの店に世界中から予約が殺到していると聞く。シーズン2に登場したスターシェフの一人、「Caden 花伝」のジョン・ホヨンさんは辻調出身だ。ちなみにホヨンさんはコンピトゥム韓国支部の副支部長を務める。他にも韓国のトップレストランのシェフには辻調出身者が少なくない。


学校の学びの上にアプローチする韓国料理

2022年から東京で「JONGJI ジョンジ」を営むキム・スジンさんは2003年の辻調卒業生である。
スジンさんの場合、留学生ではなく、家族の仕事の関係で2000年前後から日本に在住。料理好きが高じて本格的に勉強すべく、辻調に入った。
「皆勤賞でした。勉強が楽しくて楽しくて仕方がなかった。思い返すと、先生をとことん質問攻めにしてましたね、『なぜ、このタイミングでやりますか?』 『なぜ、こうしないといけないのでしょうか?』・・・」。卒業後は辻調の通信教育講座でフランス料理と製菓製パンを履修。アカデミー・デュ・ヴァンに通ってソムリエ資格も取得した。

スジンさん
「ホームパーティで人が集まっている時に料理のレクチャーをしたところ、自分の前に道が見えたんです。みんな喜んでくれて、私も楽しくて、道が輝いて見えた」。そこから料理の世界へまっしぐら。辻調卒業後、故郷の釜山でワインレストランを営んだ経験も持つ。

スジンさんの料理は、調味料作りから始まる。
というよりも、彼女の人生がそこにある、と言った方がいいだろう。
市販の工業製品を買って使うのが当たり前の現代だが、「昔はどの家でも調味料作りを普通にやっていた」とスジンさんは言う。彼女の生家でも当然のように行なわれていて、祖母から母へ、母から娘へと伝えられ、スジンさんの血肉となった。
ここ日本でも彼女は、カンジャン(韓国醤油)、テンジャン(韓国味噌)、コチュジャン(唐辛子味噌)、これらを作るのに必要なメジュ(大豆麴)、それから、チョングクジャン(清麴醤/納豆菌で大豆を発行させた味噌)、魚醤、ゴチュギルム(辣油)などを自家製する。

JONGJIでは、辻調で学んだフランス料理の知識を活かして、“お粥・アミューズ・前菜・メイン・湯・飯床・デザート”というコース仕立て(特別コースはメインと湯の間にスペシャリテを2品追加)で提供するが、その根幹を成すのが自家製の調味料なのである。

アミューズ
アミューズ。上段左から、干し鱈の皮の素揚げ、畳イワシとカジメ海苔のガンジョン(おこし)、エビジャーキー、デーツの黄松の実とクリームチーズ詰め。下段左から、海苔のブガク(糊状のもち米の衣を付けて揚げたおつまみ)、香椿(チャンチン)のブガク、栗とオリーブのブガク、ピーカンナッツの飴がけ、ビーフジャーキー。
トックマンデゥクックとパンチャン
飯床として供されるトックマンデゥクックとパンチャン。マンデゥ(饅頭)とトック(餅)入りスープには、JONGJIの定番だし(昆布と煮干しと干し車海老から抽出する)を使用。マンデゥは半年間熟成させたキムチが味の要。
パンチャン
上から時計回りに、大根の水キムチ、ヤリイカのチョッカル(塩辛)、もみ海苔の佃煮、白菜キムチ、大豆葉の醤油漬、大根のナムル、青梅のコチュジャン漬、オゴノリの醤油漬、芽甘草の醤油漬。
調味料
左から、コチュジャン、魚醤、カンジャン(韓国醤油)、テンジャン(韓国味噌)、すべて自家製。
*醤油と味噌の作り方:メジュ(大豆麴)を塩水に100日間浸けた後、液体と固体に分ける。液体は醤油(「百日醤油」と呼ばれる)に、固体はさらに1カ月ほど常温発酵させて味噌に。
*魚醤の作り方:イシモチ、コハダ、カタクチイワシなどの魚をよく水洗いして、水気を拭き取り、塩をまんべんなくまぶす。漬物用の厚手ポリ袋をセットした樽に詰め、空気が入らないように袋の口を結んで密閉。常温で1年以上発酵・熟成させる。固形分が溶けて液状になったら仕上がりの目安。コーヒーフィルターで繰り返し濾して、臭みを取り除いてから容器に移して保存。
唐辛子
日本で入手しにくい食材は、母親が韓国から送ってくれる。香椿(チャンチン。センダン科の落葉樹で、若芽は山菜)、大豆葉(漬物、水キムチなどにして食べる)、唐辛子、エゴマなど。写真は一番摘みの赤唐辛子。「一番摘みは皮が厚くて種が少ない。韓国には、唐辛子を挽いたり、ゴマ油を搾ったりする加工屋さんがあって、そこで加工してもらうと、風味がまるで違う」。

スチコンでメジュ(大豆麴)の独自製法を考案

スジンさんの料理を「伝統の再現」と捉えるのは少し違う。スジンさんいわく「調味料から作らなければ、自分の味にならない」。つまり、切実な自己表現なのである。
辻調時代、スジンさんが抱き続けたのは、「どうしたら、自分の料理が作れるようになるのか?」との思いだった。街場の人気シェフによる特別授業の度に彼らに質問した、「どうしたら、自分の料理を作れるようになりますか?」。
「フェラン・アドリアが脚光を浴び、デュカスがブランド展開してミシュランの星を増やしていた時代です。トップシェフたちが料理で自己表現しているのを見て、“自分は何を表現するのか”を考え続けていました」

その拠り所が「舌の記憶」だった。
めぐる季節の中で登場してくる食材と向き合い、祖母や母がやっていたことを思い返しながら、舌の記憶を頼りに、自分が目指す味へと再構築していく。それは自然をバックグラウンドとして古えの手仕事に創作の源泉を求める現代のガストロノミーが向かう先と重なり合う。

シンボリックなのが、醤油や味噌の前駆体となるメジュの製法だ。
メジュは本来、蒸す、あるいは茹でた大豆を潰して成形し、軒先などに稲わらで吊るし、自然発酵させて作る。麹菌で発酵させる日本の製法に比べて不安定で不確実と言われる。スジンさんは、製造場所がないという空間の制約もあり、現代的かつ確実な製法を編み出した。スチコンで作るのである。天板に稲藁を敷き詰め、柔らかく煮た大豆(埼玉県産の在来種「行田在来青大豆」)を藁の上に広げ、25~28℃・湿度80%で48時間発酵。表面が白っぽくなったら、ザルに広げて乾燥させれば出来上がりという、画期的な方法だ。


「きれいな味」を追求。塩は洗って使う

自然発酵のメジュはその時々で味がどう転ぶかわからない。ネガティブな風味が発現する可能性もある。対して、スチコン製法では余計な成分が混入しにくいため、清澄な仕上がりで、結果、醤油も味噌も端正な味が実現される。
そう、スジンさんが目指すのは「きれいな味」である。雑味がなく、クリアな味。有機食材を厳選し、施すのはあくまで必要十分な調味。必要ないと判断すれば、塩のみ、場合によっては塩すらも使わない。
その塩も、韓国の飛禽島(ピグムド)の天日塩を取り寄せて、大粒の結晶を水洗いして乾燥させた粗塩と、粗塩をミキサーで粉砕した細粒塩を用いている。

塩
飛鳥島(ピグムド)は塩の名産地。韓国で最初に天日塩の生産を始めた場所と言われる。スジンさんは水洗いして雑味を取り除き、清らかで洗練された味に仕立てる。

そして、昆布と煮干しと干し車海老でとったクリアなだしをJONGJIの定番だしとして用いる。料理によっては、フュメ・ド・ポワソンの要領で魚のアラからだしを取ることもあるが、日本料理のように余計なものを引くことを心掛け、血合いを徹底的に取り除き、よく洗ってから使い、酒で臭みを消しながら抽出するという。

スープ
澄んだスープの深い味わいが全身に沁み渡り、身体も心もほどけていく。「きれいな味」と「薬食同源」はスジンさんにとっての重要事項。「薬膳ではない。薬膳と呼ぶのは違和感がある。もっと平易なこと、本質的なことだから」
ワインと料理
ソムリエの資格を持つスジンさんが用意するのはナチュラルワイン。身体にも味覚にも負担の少ないワインが、JONGJIの料理観にフィットする。

「勉強して、本当によかった。素材の味の引き出し方、目指す味へのアプローチ法を習得したおかげで、既存の製法をなぞるのではなく、舌で確認しながら、自分のやり方で実践できる。いろんな文化に接する中で、自分の料理が見えてきたんだと思います」
デザートとして提供する韓国の伝統菓子を、スジンさんは自分のレシピで作る。「韓国の伝統菓子を習ったことはなくて、フランス菓子の考え方や技法を使って作っているんですよ」。

菓子
上から時計回りに、柚子・棗・栗の柚子壺(有機シロップに漬けて発酵)、干柿壺(干柿の中にピーカンナッツ、棗、黄松の実)、銀杏餅、蓬のソルギ(米粉の蒸し餅)。果実が蓄えた甘味や風味を引き出して菓子に仕立てる。
お茶
柚子双和茶。黄耆(オウギ)、白芍薬(ビャクシャクヤク)、桂皮、棗、当帰、熟地黄(ジュクジオウ)、甘草、川芎(センキュウ)を一つ一つ丁寧に処理して、小さく切り、有機の柚子に詰め、消毒した凧糸で縛って、蒸すと焼くを9回繰り返して完成。鍋で煮出すと、優しく甘やかなお茶に。

スジン推しの日本のファン多数

スジンさんにはファンが多い。彼らから「小学3年生の男の子」とか「おさるのジョージ」などと言われるそうだ。「私がいろんなことに興味をもって、あれこれやるから(笑)。でも、『好奇心旺盛なスジンがいるから、おいしい料理が食べられる』とも言われるんですよ」。「舌の記憶」に対して客観的にアプローチする手法を持つ彼女の味は、韓国料理という枠組みを超えて食べ手を魅了する。

スジンさんにとって、日本で料理する意味とは何だろう? 日本は彼女にとって、どんな場所なのだろう。
「日本にいるからこそ、韓国の味や背景、考え方をより丁寧に、より深く伝えなければならないと感じるのだと思います。大袈裟かもしれませんが、自分なりの使命感をもって料理に向かっているのだと思う」
日本という土地が関係しているかどうかはわからないが、故郷からの距離が、彼女の中の韓国を掘り下げさせるのだろう。
「でも、もし、韓国にいたとしても、今と大きく変わらない料理をしていたと思う。私にとって料理は自分自身をそのまま表現するもの。“私の料理=私自身”なんです」

調味料を自家製し、毎月キムチを白菜6株分仕込み、ノンアルコールドリンクも漬け込むスジンさん。店舗がわずか6坪ゆえ、自家製はもっぱら家で行なってきた。「樽や重石、漬け込み用の瓶や甕がいくつも並んで、豆、雑穀、お茶、乾物のストックもギチギチで、家がマツモトキヨシ状態(笑)」。さすがに限界を感じて、移転を決意。2026年2月末で今の店をクローズし、新天地での新たな展開を計画中だ。

キムチ
白菜を主体に、自家製魚醤を調味に用い、季節によって、タコ、ヤリイカ、タチウオ、アワビ、ホタテなど旬の魚介を加える。長く熟成させると白ワインのような風味を湛える。「私の人生最期の料理は母親のキムチチゲ。叶わないだろうけれど。私のソウルフードです」

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