伝統文化の若き担い手を訪ねる旅 和職倶楽部 vol.1 唐津編 | 料理通信
1970.01.01
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FEATURE / MOVEMENT
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text by Takanori Nakamura/ photographs by Prairie Stuart-Wolff, Yuko Kawasaki
「和職倶楽部」は、スコッチウイスキー、オールドパーが日本各地で活躍する職人たちをフォーカスし、彼らの活動を通じて、和の食と職人文化を見つめなおすために発足しました。シリーズ第1回目は、唐津と米国を拠点に活躍する陶芸作家、中里花子さんを訪問。中里花子さんの唐津での創作活動の模様を追いながら、唐津の職と食がつなぐ、ゆたかなライフスタイルをレポートします。
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陶芸家・中里花子は、唐津焼の窯元で育つ。現在は、唐津と米国のメイン州の双方に工房を構え、半年交代で往復し、創作活動を続けている。
柔和なフォルムに秘められたウイット
唐津市内からクルマで10分ほど。田んぼと雑木林が混在する里山の、細い道のつきあたりに、「monohanako」と名づけられた中里花子の工房はある。花子はここで、一年の半分のあいだ、創作活動に明け暮れる。そして残りの半分は、米国のメイン州に創作拠点を移す。花子は唐津とメイン州を半年ごとに往復しながら、独自の創作スタンスをとっている。
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唐津の深山にある花子の工房。テラスからは、山稜が空気遠近法のように広がる。素晴らしい環境だ。
唐津のこの工房は、入口に轆轤のある仕事部屋があり、奥は小さなギャラリーになっている。自宅も工房から近く、薪ストーブのある居間には、花子のお気に入りの作品が飾られている。「自分の焼き物は、料理を盛ったり、花を飾ったり、生活の中で完成するもの」という花子。自身が生活の中で使い込むことで、あらたなアイデアも生まれる。「monohanako」はつくるだけでなく、使い勝手をクリエーションする、生活実験のスペースでもある。
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花子は轆轤をスピーディーに回転させ、瞬間でフォルム作りだす。そのほうが「エゴが飛ぶ」と花子。
「monohanako」のギャラリー。
花子のつくる器は、唐津焼の伝統を骨格にしながらも、自由なクリエーションに溢れている。デルフト陶器のような柔和な色合いだったり、スカンジナビアのデザインのような有機的でシャープな曲線だったり。使い手の想像力の余白に、しなやかに呼びかけてくれるのが特徴だ。それは、型にはまらない、花子の生き方の表現でもある。
最新の作品は、オールドパーを愉しむための焼き物。グラスでなく、焼き物でウイスキーを飲むという発想もユニークならば、形もひと味違っている。
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プレミアムスコッチウイスキーオールドパーは、岩倉具視の西欧使節団によって日本に伝わった。まろやかな酒精は、日本の料理に合うだけでなく、和食文化とそれをとりまく職人にも影響を与えてきた。ボトルの角で斜めに立つことから「右肩あがり」の縁起もある。花子の新作は、このオールドパーを愉しむための器。左ふたつの「汲出」ふうの器が酒器で、「片口」ふうが、水割りを入れるためのデキャンターである。
「片口」ならぬデキャンターは、あらかじめオールドパーの水割りを入れておく器だという。「汲出」のような酒器は、小さめのロックグラスといった頃合い。実際に氷を入れて味わえる趣向だ。繊細なエッジの仕上げが、スムーズな口あたりをもたらす。デキャンターの底は、エッジが面取りされていて、斜めに置くこともできる。オールドパーのボトルが斜めに立つことからヒントを得た、花子らしいウイットだ。
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和食の腕前もプロ級の花子。器から料理を考え、料理から創作のインスピレーションを得る。
奥の青磁の片口には、瑞々しいゴーヤのごま油和え。緑のグラデーションが映える。手前は、切干大根とトマトのきんぴら。ほか、釉薬が片身替わりに施された、シャープな器には、軟骨の食感が愉しいポテトサラダが盛られ、花子の新作でオールドパーの水割りも用意された。
SHOP DATA
◎monohanako
佐賀県唐津市見借4838-20
☎ 0955-58-9467(ギャラリーの見学は完全予約制)
www.monohanako.com
和洋を超えた「用の美」の奥深さ
花子は、唐津焼の名門の窯元に生まれた。祖父は人間国宝の12代中里太郎右衛門。しかし、花子は最初から陶芸家を目指したわけではない。テニスのプロを目指し16歳で単身渡米。現地の大学では美術を専攻した。逆に、米国の生活で、和食や唐津焼の魅力に目覚めたという。当時、米国のレストランでは、シンメトリーの白い皿が一般的だった。それは、ただの容器だ。ところが唐津の焼き物は、料理を盛りつけることで完成する、「用の美」の奥深さがある。花子は帰国後、父の隆に弟子入りする。その後、再び渡米。米国人の陶芸家のもとでも5年間の修業を積む。和魂洋才のハイブリッドな素地は、そうやって少しずつ熟成されてきた。
和魂洋才といえば、オールドパーは西欧使節団を率いた岩倉具視によって日本にもたらされ、叡智の象徴として、吉田茂はじめ日本の名士たちに愛された。高度なブレンド技術によって仕上げられたまろやかな口あたりは、和食と相性がいいことでも知られるが、花子の器で飲むと、いっそう新鮮なおいしさと愉しさに目覚めさせられる。
さて、花子は完成したばかりの新作を、唐津の名門旅館、洋々閣に持ち込んだ。実は洋々閣の中には「monohanako」のギャラリーがあり、花子の作品も常設展示されている。今回初めて、ウイスキーの酒器を使った試食会が開催された。洋々閣の料理は、地元の唐津の食材をふんだんに使った季節料理が自慢。花子の器は和の空間との馴染みの良さだけでなく、料理とオールドパーの双方を引き立てるのであった。
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洋々閣は、唐津港が石炭の積み出し港として大いに栄えた、明治時代から暖簾を守る老舗。1800坪の敷地は、回遊式庭園の池を配している。
洋々閣の伝統を受け継ぐのは5代目の若当主、大河内正康。花子と同じく、唐津の食と職人文化を未来へと繋げる重責を担っている。
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アラの薄づくり。
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アラのあら焼き。
SHOP DATA
◎旅館 洋々閣
佐賀県唐津市東唐津2-4-40
☎ 0955-72-7181
www.yoyokaku.com
花子にはもう一軒、唐津で紹介したいという職人の店があった。地元で200年の伝統を誇る、川島豆腐店である。隣接する料理店「かわしま」では、でき立ての豆腐をコース料理で堪能できる。湯気の上がるざる豆腐の口あたりはまるで、膨れあがったばかりのスフレのよう。フレッシュな透明感が口中にしみわたる。唐津は朝から、至福の和職の時間が流れているのであった。
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川島豆腐店は、寛政年間(1789~1801)の頃、唐津城藩主に献上した老舗。いまでも伝統の製法を受け継いでいる。その味は、豆腐料理かわしまで味わえる。
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現在、厨房を守るのが、川島広史さん。都内の名店で修業を積んだ後に家業を継いだ。
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できたてのざる豆腐。新鮮なモッツアレッラチーズのようだ。夜は地元の魚を中心とした日本料理。(詳しくはお問合せください)
SHOP DATA
◎豆腐料理 かわしま
佐賀県唐津市京町1775
☎ 0955-72-2423
8:00~12:00
日曜休 完全予約制
www.zarudoufu.co.jp