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FEATURE / MOVEMENT

女性パティシエの働き方を考えるシンポジウム開催!「THINK ME PROJECT」

2024.08.05

女性パティシエの働き方を考えるシンポジウム開催!「THINK ME PROJECT」

text by Sawako Kimijima / photographs by ufu.

パティシエの世界に一石を投じるシンポジウムが、5月13日、東京・銀座「花椿ホール」で開催された。
「THINK ME PROJECT」――その内容は、当日行われたセッションのタイトルをご覧いただくのがわかりやすいだろう。
トークセッション1「女性パティシエのリアルと目指すべき理想像」
トークセッション2「根本的な洋菓子界の課題とこれからすべきアクション」
トークセッション3「女性の職人が幸せに働ける社会にするためには?」
パティスリーやレストランで働く若手パティシエ、販売従事者など約100人の他に、オーナーシェフ、メディア関係者など総計約150人が集い、女性パティシエの働き方やヴィジョン実現のために何が必要かを語り合った。

目次







産むなら独立、なのか?

企画したのは、東京・銀座のレストラン「FARO」のシェフパティシエ加藤峰子さんとスイーツメディア「ufu.」編集長・坂井勇太朗さん。日本における女性パティシエの離職率の高さを課題に感じていた2人の尽力と呼びかけで実現した。

「THINK ME PROJECT」は2つのゴール、「女性パティシエのコミュニティ創出」と「共通の理想像の発見」を掲げる。
「THINK ME PROJECT」は2つのゴール、「女性パティシエのコミュニティ創出」と「共通の理想像の発見」を掲げる。今回のシンポジウムは後者に重きを置いたもの。
「ufu.(ウフ)」編集長・坂井勇太朗さんと資生堂パーラーが運営するイノベーティブレストラン「FARO(ファロ)」でシェフパティシエを務める加藤峰子さん。
全国のスイーツ情報を発信するウェブメディア「ufu.(ウフ)」編集長・坂井勇太朗さんと資生堂パーラーが運営するイノベーティブレストラン「FARO(ファロ)」でシェフパティシエを務める加藤峰子さん。加藤さんは今年の「アジアのベストレストラン50」で「アジアのベスト・ペイストリー・シェフ賞」を受賞。

パティスリーの厨房で女性が働く姿はいまや当たり前の光景だ。辻調グループで製菓を学ぶ学生の男女比は3:7で女性比率が高い。しかし、加藤さんは「現場では30代以上の女性パティシエが少ない」と指摘する。
パティシエ求人募集サイト「パティシエント」協力による「ufu.」の調査では、パティシエ希望者・経験者の女性比率が、25歳以下87.01%から、31~35歳で69.18%に減少、46歳以上になると45.09%と男女比が逆転するという。

理由の一端が、シンポジウム参加者から事前に寄せられたアンケート[女性パティシエたちの声]に記されている。
「結婚、出産した後の仕事のやり方に不安を感じています。働く時間帯や給料、子育てとの両立」
「出産でキャリアを失うのではないか、戻る場所がなくなるのではないか、働く時間が減って給料も減り、生活できないのではないかと同世代との会話では必ず出ます。また、役職をもらうことも難しい業界だなと感じます」
「産休・育休、時短勤務の制度がなく、退職せざるを得なかった」

女性パティシエのキャリア形成においては、技術と経験が積み上がり、製造チームの中心的存在になっていく時期と出産・子育ての時期が往々にして重なる。ライフイベントと仕事の両立が課題として立ちはだかるわけだ。就労制度や勤務体系が確立していない個人店勤務の場合、前述のような不安が芽生えやすい。

トークセッション1では、キャリアを重ねてきた女性パティシエたちが登壇。自らの経験や考え方を語る中で、出産や子育てとパティシエ業をいかに両立させてきたかも披露された。
ソムリエの夫と共にアシェットデセールとワインの店「EMME」を東京・表参道で営む延命寺美也さんは、独立開業すべく物件を決定した後で妊娠が発覚したという。そこで「お腹が大きくても動きやすい造りにするなど、仕事をしながらでも子育てできるような店のあり方を考えました。当時は深夜2時まで働いてタクシーで帰宅したり、随分危ない働き方をしていたなと思います。今はスタッフの力を借りるようになりましたが、それでも自分の人生だから自分がやりたいことはやる、その姿勢は変わりません」。

一方、東京・代々木「パティスリー ビヤンネートル」「メゾン ビヤンネートル」を経営する馬場麻衣子さんは、店を持ってから結婚・出産。それを機に自分の役割をあえて店を展開していくマネージメント側にシフトしたという。「1店舗だと自分自身が作りたくなってしまう。それよりも自分は管理する側に回って、若手のスタッフに存分に作ってもらおうと。長時間労働にならないように、時短勤務のポジションを設定するなど、働きやすい環境づくりを心掛けています」と語る。

先輩パティシエたちによる3つのトークセッションの後、それらのトークをふまえて、参加者全員がグループに分かれて意見を述べ合った。
先輩パティシエたちによる3つのトークセッションの後、それらのトークをふまえて、参加者全員がグループに分かれて意見を述べ合った。

2人に共通するのは事業主であるということだ。雇用されていると、雇用する側の考え方や環境が出産・子育ての意志決定に影響するため、飲食業界では「産むなら独立」を選ぶケースが少なくない。が、当然ながら、独立には資金も要れば経営の才覚も要る。事前アンケートの回答には「パティシエと子育てを続けるには、体力的にも独立しか現実的でないと思うが、独立して両立できるか不安」「利益率の低い職業なので、生活できるだけのお金を作り出し続ける体力が心配」という声も。パティシエのキャリア形成にライフイベントをどう組み込むのかを個人に委ねる、すなわち個人の問題にするのではなく、業界全体での対処・改善、何より適切な制度づくりが求められているのは間違いない。


「スイーツ界は女性に支えられている」

女性パティシエの働き方とは、実は女性だけの問題ではない。
登壇者の一人、昆布智成シェフが「東京で働いていた最後の頃は、自分以外ほぼ女性という環境だった」と語っていたが、女性パティシエにどんな働き方をしてもらうかを、男性シェフたちが考え続けてきたのもまた事実。「エーグルドゥース」や「パリセヴェイユ」といった人気店でも重要なポジションを女性が担うケースは多い。トークセッション2で語られた男性オーナーシェフたちの発言には傾聴すべき観点が多かった。

スイーツ界をリードしてきたトップシェフも参加。様々な角度・論点から意見が交わされた。
スイーツ界をリードしてきたトップシェフも参加。様々な角度・論点から意見が交わされた。
トップシェフほど「スイーツ界は女性に支えられている」という認識を持っている。
トップシェフほど「スイーツ界は女性に支えられている」という認識を持っている。

「自分の肌感覚では、女性のほうがパティスリーにおける活躍が勝っているのではないかと感じる」と語ったのは「パティシエ シマ」島田徹さん。「但し、それが隠れてしまって見えにくい。どうしたら、女性の活躍が見えてくるのか?役職を付けることはひとつの方法だと思う。肩書きによって存在が表に立ってくるのでは」

「パリセヴェイユ」金子美明さんは、「大切なのは、出産や子育てに突入するまでに技能を蓄えておくこと。店や会社に対して、自分をどう扱ってほしいかを提案できて、提案に耳を傾けてもらえる存在になっていることが重要」と言う。また、「お菓子が好き、でも、結婚もしたいし、子供も産みたいと思った時、どんな働き方だったら続けられるだろうかと考えることは大事」とのアドバイスも。「パリセヴェイユ」の店長職にある女性のエピソードは一考に値するかもしれない。
「20代で入ってきた彼女は、販売を経験した後に製造スタッフとして厨房へ。しかし、1カ月ほどで音を上げて、彼女のほうから『売り場に戻してください』と。彼女は売り場を自分の舞台に選んだことによって、子育てと仕事の両立を実現した。現在はフレックスで働いてもらっていますが、働く時間が自由になった分、より多くの仕事を抱えてくれています」

作るだけがお菓子に生きる道ではない。先の「ビヤンネートル」馬場さんの話にも通ずる視点だ。プライオリティは何なのかを明確にし、その実現に必要なアプローチを探ることで、働き方は変わってくる。


女性パティシエたちの心のスイッチを作動させたジャムの店

シンポジウムで繰り広げられる話の数々に「こんな時代が来たんだとしみじみ感じた」と語ったのは、いがらしろみさん。「1990年にこの業界に入った時、職人は男性ばかり。パティシエという言葉もまだなかった」。ちなみに「パティシエ」という言葉が広く使われるようになるのは2000年前後から。現場に入った当時、「ここにいたら、結婚もできないし、子供も産めない。人間らしい人生を送れない」と思ったそうだ。

2004年、ろみさんは「ロミ・ユニ・コンフィチュール」を鎌倉に開業する。ジャムに焦点を絞り込んだスタイルはかなり思い切った、勇気ある選択だった。なにせ「パティシエ」という言葉の浸透と共に、フランスの「パティスリー」を手本として、プチガトー、アントルメ、焼き菓子、ヴィエノワズリー、マカロン、ショコラ、コンフィチュール、コンフィズリー・・・商品アイテムが広がり続けていた時代だ。職人にとっても食べ手にとっても、お菓子の森のように多品目がひしめき合うパティスリーが憧れという空気があった。
そんな中で、自分の興味や持ち味を突き詰めたろみさんのスタイルは、多くの女性パティシエたちの心のスイッチを作動させる。この頃から女性パティシエによる焼き菓子専門店のオープンが相次いでいく。

生ケーキを商うには、冷蔵ケースのみならず、ショックフリーザーや冷凍庫といった厨房機器への初期投資が膨れ上がり、多額の開業資金が必要になる。アイテムを拡げればなおのこと。当然、リスクも大きい。対して、守備範囲を定めた専門店は実現可能性が高い。女性パティシエによる小さな専門店というスタイルは次第に市民権を獲得。様々な専門店が国内外で登場するようになり、担い手は男女関係なくなった。最近ではかき氷専門店などへ発展している。
思えば、スイーツの新しい業態を切り拓いてきたのは、「自分にできることは何か」を見つめ考える女性パティシエたちと言っていい。それによって、お菓子の価値観を更新し、新たな存在感を生み出してきたのである。

食べ手が女性パティシエの独立を支えてきたとも言える。食べ手のほうがスイーツ界における女性の功績を認識しているかもしれない。
食べ手が女性パティシエの独立を支えてきたとも言える。食べ手のほうがスイーツ界における女性の功績を認識しているかもしれない。

業界の当たり前をアップデートしていこう

イベントでは、製菓業界以外からの参加者による視点も示された。「みなさんのパティシエとしての誇りに感銘を受けた。サムライのような世界もあるんだなと思った」と語った社会起業家の星マリコさん。サムライという表現が何を意味するかは推して知るべしだろう。彼女の「業界の当たり前をアップデートしていくことが大切」という指摘は示唆に富む。
「『頑張れ』と言うのであれば、機会保障が必要」「皆が誇りを持てる共通のヴィジョンがあるといい」という時代性を鑑みたアドバイスには説得力がある。そして、「社会構造の欠落に目を向けよう。マジョリティがつくる社会構造はマジョリティにとって有利な構造になる」という指摘も大切にしたいところだ。職人気質はややもすれば思考の掘り下げが内向きになる傾向があるのだから。

星マリコさんの発言は、スイーツ界以外にもっと目を向けたほうがいいと気付かせてくれた。
星マリコさんの発言は、スイーツ界以外にもっと目を向けたほうがいいと気付かせてくれた。

パティシエに限らず、女性が仕事を続けていこうと思うと、出産・子育てといったライフイベントが立ちはだかるが、しかし、結婚も出産も女性だけで行なうものではないことを、社会全体が認識しなければならない。子供とは、女性一人で誕生させるのではなく、男女で誕生させるのである。出産と子育ては男性のライフステージの問題でもあるはずだ。その認識に立ったなら、産休や育休の制度設計と運用が男女の別なく適用されていくだろうし、女性の働き方とヴィジョンの実現の道ももう少し拓かれていく気がする。

最後に、イベントの冒頭で語られた加藤峰子さんのスピーチから、彼女の思いを記しておきたい。
「次を担う彼らの思いをないがしろにしていては、これからの世界が立ち行かなくなります。私たちが今できることは、そんな若い世代の思いや価値観、夢やヴィジョンを共有することかもしれません。そしてジェンダーはもちろん、ハンディも国境も越え、若い才能にチャンスが巡ってくるよう、希望のメッセージを社会に投げかけることも必要です」

「Think Me」と同時に「Think Social」でもあり、社会全体で考えていく環境づくりが必要。
「Think Me」と同時に「Think Social」でもあり、社会全体で考えていく環境づくりが必要。
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