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JOURNAL / JAPAN

濃い旨味にこだわった造り 「醸造酢」

[東京]未来に届けたい日本の食材 #48

2025.01.09

text by Michiko Watanabe / photographs by Daisuke Nakajima

変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。

連載:未来に届けたい日本の食材

醸造酢の蔵は西日本に集中していて、東日本には数えるほどしかありません。
東京で唯一の酢の醸造蔵で造られているのが江戸前のすし職人たちが愛用している「赤酢」です。東京(江戸)の味覚に合う、濃い旨味を持つ酢は今や海外でも人気に。4代目社長、横井太郎さんを訪ねます。


「 日本で赤酢が注目され出したのは数年前。近年はアメリカへの輸出が増えています」と社長の横井太郎さん。

東京・木場で材木屋を営んでいた初代の祖父が、浮き沈みの激しい商売から鞍替えしたいと昭和12年に起業したのが始まりです。当時、日本橋にあった魚市場が築地に移転したばかりで、周りにはすし屋がたくさんでき始めていた。祖父はこのすし屋と商売ができないかと考えて、すし屋向けの酢を作ることにしました。食品は食べたらなくなるので、安定して商売もできると考えたようです。

造った酢をすし屋に持って行き、最初は香りから指導を受け、香りが合格したら、次は味の指導と、ダメ出しを何度も受けながらすし職人と試行錯誤を繰り返して生まれたのが赤酢です。赤酢といいますが、酢の色そのものは黒。酢飯にした時のごはんの色が赤茶色っぽくなるので赤酢と呼ばれるようになったんです。

ところで、関東は関西に比べて濃い味が好まれる。うちの酢も東京(江戸)の人の口に合う旨味の濃い酢です。赤酢も旨味がベースをしっかり支えている酢です。原料は酒粕。日本には約160社の醸造酢蔵があるのですが、これほど酒粕をたくさん使う蔵は珍しいそうです。

酒粕を長期熟成させてから酢へ。赤 酢の原料は酒粕。これを4~6年熟成させ、チョコレートのように黒くなったところを掘り起こして水に溶かし、搾って、酢酸発酵させる。原料を先に長期熟成させる製法は、赤酢ならでは。

液面全体を覆っている酢酸菌の膜。酢酸菌は人間の体温と同じくらいの温度帯がもっとも活発。
酢酸発酵の部屋。木の板を外すとうっすら湯気が立ち上り、発酵槽の内側には湯船のような温もりが感じられる。
「 りんご酢」は洋風料理に、「米の酢」は赤酢と白酢をブレンドしてコクと旨味にキレをプラス。「ぶどう酢」以外の商品には、熟成酒粕から造った酢を配合している。
酢は1日15ml摂ると健康によい。コンコード種100%のぶどう酢は水で割ってもフルーティな味わい。

造り方は、酒粕を熟成させるところから始めます。うちでは1年物と4〜6年の長期熟成物の2タイプの熟成酒粕を仕込んでいます。赤酢には長期熟成の酒粕を使います。これに水を加えておかゆ状にし、圧搾機にかけて、搾った液体に酢酸菌を加えます。液体の表面を覆う膜が酢酸菌です。先に発酵が進んでいるタンクから株分けした酢酸菌を搾ったばかりの液体に加えると、3、4日で増殖して同じような状態になります。1〜2カ月でアルコールが0%になり、酢酸発酵が終わると酢が完成します。

さらに究極の旨味が詰まった酢を作りたいと39年前に生まれたのが「真まっ黒くろ酢ず 」です。こちらは固体発酵という非常に手間暇のかかる製法で作ります。通常の酢は、液体の状態で発酵させますが、固体発酵は原料を湿らせてもろみの状態で発酵させます。「真黒酢」の原料の玄米と小麦を湿らせ、酵母と酢酸菌を加え3〜4カ月、そのもろみに空気を送りこむため人の手で毎日撹拌します。そうすると味噌床の上に醤が浮くように、旨味がぎゅうぎゅうに詰まった黒酢が沁み出してきます。これを搾ってじっくりと熟成させて製品にします。

旨味をたっぷり含んだ酢を使うと、料理に砂糖を補う必要がありません。酢飯も赤酢を使えば、後は塩だけで塩梅すればいい。食後の心地よさも違いますよ。

材木の町、新木場に本社と工場があるのは、先代が材木屋を営んでいたから。


◎横井醸造工業
東京都江東区新木場4-2-17
☎03-3522-1111
yokoi-vinegar.co.jp

(雑誌『料理通信』2017年4月号掲載)

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