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JOURNAL / 世界の食トレンド

カリブ海諸島の食文化をガストロノミーに昇華。パリで唯一のアンティル料理店

France [Paris]

2026.04.27

カリブ海諸島の食文化をガストロノミーに昇華。パリで唯一のアンティル料理店

text by Sakurako Uozumi
ランビ貝の殻の中に本マグロのタルタルを忍ばせて。キャッサバのタルトを土台に、ココナッツミルクのムース、ランビ貝のムースとタルタル、燻製風味のカシューナッツを重ねた。ランビ貝特有の弾力ある食感とほのかな甘味を、海の香りとともに閉じ込めている。photograph by LA FEE COMET

様々な国籍の料理人が活躍する今のパリで、カリブ海アンティル諸島に残るフランス海外県出身のシェフが開いた店が、ガストロノミー界に新しい風を吹き込んでいる。2023年、パリ17区テルヌ界隈に開店した「ルリッシュ(Leriche)」だ。

海外県グアドループ出身のシェフ、ジャン=ロニ・ルリッシュ(Jean-Rony Leriche)は、化学の学位を持つ元プロバスケットボール選手。父から学んだ農学的知見と家伝のレシピを基盤に、フランスの星付きレストランで料理の腕を磨いた異色の経歴の持ち主だ。

オーナーシェフのジャン=ロニ・ルリッシュ
オーナーシェフのジャン=ロニ・ルリッシュ。1983年グアドループのベ=マオー生まれ。グアドループで化学専攻の職業バカロレアを取得後、フランスに渡りトゥールーズ第3大学ポール・サバティエ校で食品化学を学び、化学の学士号を取得。並行してトップレベルのバスケットボール選手として競技生活を送っていたが、2012年に引退し料理の道へ。トゥールーズの星付きレストランで研鑽を積み、14年、トゥールーズに自身初のレストラン「ルリッシュ・ドゥ・サヴール」を開店。同年、クレオール料理芸術アカデミーより「トロフェ・アヴニール2014」を受賞。21年、若い料理人の開業を支援するゴ・エ・ミヨの奨学金の受賞者12名の1人に選ばれる。23年現店開店。24年からは航空会社エール・カライブの機内メニュー開発も担当し、アンティル料理を現代的に再解釈する料理人として活動の場を広げている。

この店の軸となるがカリブ伝統の燻製法「ブカナージュ(燻製焼き)」だ。専用のオーブンで、表面を高温で一気に焼き締めた後、サトウキビの搾りかすや薪を燃料に、ほのかに甘い香りの煙をまとわせる。表面はきゅっと締まり、内部には肉汁が閉じ込められる。魚は繊維が締まる寸前で火を止め、余熱で芯温を整える。「高温多湿なアンティル諸島では、肉を守り、日持ちさせるためにこの技法が用いられてきました」とルリッシュ。

素材を焼く前にマリネして甘味と塩味のバランスを繊細に整え、焼き上げた時に表面がほのかにキャラメリゼするよう仕立てる。その甘いニュアンスが燻香と溶け合い、アンティル料理特有の香りが生まれる。香ばしく焼けた肉や魚のほろ苦さ、甘い燻香、スパイスの風味が幾層にも重なり、後味は意外なほど軽やかだ。

3種のアミューズ
3種のアミューズ。手前から、カリブ風揚げ団子「アクラ」、バナナの「ペゼ」、燻製牛肉のパテ。塩鱈を使った「アクラ」は、スパイスとハーブの香り高く、柔らかくふんわりとした食感。青いプランテンバナナを一度揚げ、押して平らにしてから再び揚げるカリブの定番「ペゼ」には、バニラ風味のオクラのピクルスをのせた。燻製牛肉のパテは、カリブ伝統の燻製法ブカナージュで肉の旨みを凝縮させた。photograph by LA FEE COMET
前菜
カリブで「ジロモン」と呼ばれるカボチャのクリームを皿に敷き、ブカナージュで燻した豚バラ肉を合わせた前菜。中央にはココナッツミルクで煮たサツマイモとプランテンバナナの角切りを重ね、その上に軽く焼いた生地をのせ、燻製の香りを移したホイップクリームを絞る。カボチャの穏やかな甘味、ココナッツのコク、燻製豚の香ばしさが重なり合う、アンティル諸島の食材の豊かさが感じられる一皿。photograph by LA FEE COMET
鶏肉のブカネ
同じくブカナージュで仕上げた「鶏肉のブカネ」。甘味の強いマリネ液をまとわせて焼き上げるため、表面はキャラメリゼされて香ばしく仕上がり、唐辛子の刺激とともに複雑な風味を生む。付け合わせはココナッツを合わせた赤インゲン豆、サツマイモのムスリーヌ、プランテンバナナのフリット、ココナッツミルクで炊いたライス、ハイチ産の黒キノコ「ジョンジョン」のライスをパン粉で揚げたクロケット、サワーソップの果実のピュレも添え、白い果肉の酸味と香りが皿全体に爽やかなコントラストを与える。photograph by LA FEE COMET
デザート
デザートより。キャッサバ粉のチョコレートケーキを土台に、プラリネチョコレートのダックワーズとサクサクのフイヤンティーヌを重ねたデザート。バターを効かせた濃厚なチョコレートムースとチョコレート&プラリネのムース、カカオのソルベを合わせる。ソルベの下のチョコレートは、マルティニークの海岸に現れる「トンボロ」と呼ばれる砂の道をイメージ。マルティニークのチョコレートを様々なテクスチャーで表現した一皿。photograph by LA FEE COMET

彼が目指すのは、確かな技術に裏打ちされたガストロノミーへと昇華することで、アンティル料理を固定観念から解き放たれた体験として提示することだ。

「アンティル料理を初めて食べるお客さまも多く、“こんなに味わい深い料理があるのか”と驚かれます。フランスで比較的知られているのは、アクラやブーダン、コロンボくらいですが、それだけではありません。アンティルの料理は、フランスとカリブ諸島の文化が交わって生まれたもの。ヨーロッパ、アフリカ、アジア、インド、そしてアメリカ大陸の食文化が重なり合い、“カリブ”という混交の料理が形づくられてきました。その魅力をガストロノミーのコースとして少し洗練した形で示し、多くの人に発見してもらいたいと思っています」

すべての皿は栄養士と協働して考案される。果実や野菜を大胆に取り入れながら脂質を抑え、軽やかな構成に整えるためだ。揚げ物中心という既存の印象を覆し、味わいの均衡を重んじる料理へ。ルリッシュの登場によって、アンティル料理は、もはやバカンス先の郷愁の味ではない。土地の記憶を携えながら、現代のガストロノミーの舞台へと歩み出している。

著書『Ma cuisine antillaise(私のアンティル料理)』
店の奥にはオープンキッチンが広がり、カウンターにはキャッサバや著書『Ma cuisine antillaise(私のアンティル料理)』(2018年出版)をディスプレー。ラム樽のテーブルや海を思わせる抽象画が、アンティルの空気をさりげなく伝える。photograph by Sakurako Uozumi
カウンターには果実やスパイスを漬け込んだ自家製ラムも
マルティニークやグアドループ産を中心としたラムが壁一面に並ぶ。カウンターには果実やスパイスを漬け込んだ自家製ラムも。アンティル諸島の多彩なラムを楽しめる。photograph by Sakurako Uozumi
Leriche restaurant
木を基調にした温かみのある空間。photograph by Sakurako Uozumi

Leriche restaurant
16 rue Brey,75017 Paris, France
12:30〜14:00、19:30〜21:00
日曜、月曜休
ランチ 2皿39ユーロ、3皿49ユーロ、10歳以下3皿29ユーロ
ディナー 7皿79ユーロ、10歳以下4皿39ユーロ

*1ユーロ=183円(2026年4月時点)

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