HOME 〉

PEOPLE / 寄稿者連載

オムニヴォール、世界。

関根拓さん連載 「食を旅する」第4回

2017.04.03

連載:関根拓さん連載


(c) Stanislas Liban


世界中から120人のシェフやパティシエがやってくる。


3月を迎え、冬も終わりに近づき、春の到来を告げる野菜たちが少しずつ登場し始めました。
一年で一番実りの多い春です。今年はどんな料理を作れるだろうかとわくわくします。

お店をオープンして初めての3月はまだお客様の入りもまばらで、買いたい食材も満足に買えない状況が続きました。
アラン・デュカスさんの「いい魚が手元になければ、おいしいジャガイモでニョッキを作ればいい」という言葉を日々思い出していました。

そんな状況を一変してくれたのが「Omnivore(オムニヴォール)」です。
「オムニヴォール」は、毎年この時期に、パリで3日間開催される国際的な料理イベント。国もジャンルもスタイルも問わず、世界中から120人のシェフやパティシエが招待されます。
僕はこのイベントが大好きで、フランスの有名シェフや地球の裏側からやって来るシェフたちを毎年見に行っています。

「オムニヴォールのメインステージに出てほしい」





「Dersou」をオープンして1カ月も経たない頃、一人の男性がお店に現れました。
彼は、カウンターを隔てて、自分の正面の席に座りました。
いつになくガラガラの店内を恥ずかしく思いつつも、こんな時こそ一皿に時間がかけられると自分に言い聞かせていました。
食事を終えた彼は非常に満足そうで、様々な質問を投げかけてきます。
仔羊はどこから来たのか? どのように料理を発想しているのか? 今までどこで働いてきたのか?
他にお客様はいません。彼と話す時間だけはたっぷりありました。

すると、帰り際に想像もしていない一言。
「来年のオムニヴォールのメインステージに出てほしい」
彼はオムニヴォールの創設者、Luc Debanchet(リュック・デュバンシェ)だったのです。
僕は失礼にも彼の存在を知りませんでした。
僕は心の中で大きくガッツポーズをしました。
パリで開催されたOmnivoreのメインステージからオーディエンスを望む




今までオーディエンスとしてたくさんのことを教えてもらったオムニヴォールで、自分に何ができるのだろう?
かつて、僕は、料理界にはイデーの理想郷があって、みんなでそこに向かって競っているようなイメージを持っていました。
しかし、オムニヴォールに通うようになって、料理とはいかにパーソナルなものであるか、自由であるかということに再び気付いたのです。
たった一つの正解があるわけではない。いくつもの答えが世界中で極めて複雑に存在し、文化として成熟している。
その無秩序すらを楽しんで共有しようというのがオムニヴォールの精神。僕はそう思っています。
悩んだ挙句、「背伸びして通用するような場ではない。自分らしくいこう」と決めました。

不規則な麺を通して「不完全な中にある人間らしさ」を伝える。



当日、最大2000人を収容する会場は物凄い数の人で埋まっていました。
でも、不思議と緊張もせず、オムニヴォールに参加できる喜びをひたすら噛み締めていました。

デモンストレーションの題材に選んだのは「*ボーユイ」という麺です。
すいとんにも似た、不規則に切られた麺は「Dersou」の定番。
僕はこの麺を通して「不完全な中にある人間らしさ」を伝えたかった。
ボーユイや刀鞘麺は、どんぶりの中で1つとして同じ形をしたものがありません。

食べ進むにつれて麺は様々な表情を見せ、それを作っている人の姿すら想像させます。
僕は、これが一番自然な「食」の姿だと思っています。そして、食文化は再びここに向かっていくのではないかと思っているのです。





その年、「Dersou」は光栄にもオムニヴォールが選ぶベストオープニング賞をいただきました。
たちまちお店は人々に知られるようになり、以前は手の届かなかった食材たちも少しずつ買えるようになっていきました。

まだまだどこまでも不完全である僕らの背中を、オムニヴォールがやさしく叩いてくれたような気がします。
一つのイベントが人や文化を育て、支え、またそれが次につながっていく。
お祭りという言葉で片付けるにはあまりに大きく夢のあるループで、壮大な仕事です。

その輪は世界にも広がっています。
「Omnivore World Tour」と称して、サーカスのように世界を廻っています。
ロンドン、モスクワ、リヨン、香港、イスタンブール、メキシコ、モントリオール……。
モスクワで開催されたOmnivore




昨年、僕はパリの次に大きいモスクワのオムニヴォールにも連れて行ってもらいました。
モスクワは空前の食ブームで、イベントのチケットが25分で売り切れるほどの熱狂ぶり。
アイデアと信念に基づいて仕事をしているたくさんのシェフや生産者とも出会えました。
これから料理人を目指すたくさんのロシア人の子供たちとも話をしました。

世界は確実に小さくなっている……。
だからこそ、多様なものの在り方に対する理解を進めるべき時代なんだと確信した旅でした。




モスクワのOminivoreに参加した料理人達とともに。




ピエール・ガニェールの一言。

今年もまた、パリのオムニヴォールの季節がやってきました。
いつものように僕は最前列に陣取って、67歳を迎えたピエール・ガニェールのステージを眺めていました。
彼は無作為に選んだ食材を並べて、そこから今初めて作り出すソースをみんなに味見してほしいと言います。
食材はクセモノばかり。赤ピーマン、ココナッツミルク、マカロン、しいたけ、オレンジ……。
グランシェフがそんなリスクを冒してまで伝えたいことが何なのか、観客の誰にもさっぱりわかりません。
次の一言を聞くまでは。
「僕は“こうでなければ自分じゃない”なんて大人にはなりたくないんだ」

僕は彼と同じステージを踏めたことを誇りに思いました。


Omnivore(オムニヴォール)
Omnivore(オムニヴォール)とは「全部食べ尽くす」という意味の造語。ミシュランと並ぶレストランガイドGault et Millau(ゴー・ミヨ)のディレクターを務めたリュック・デュバンシエによって、2003年、格付けではなく、才能ある若手の料理人たちをフィーチャーする目的で立ち上げられた月刊誌。2006年以降、料理フェスティバルを開催し、若手料理人たちのクリエイションを発表する場を設けている。2012年からは、Omnivore World Tourと銘打って、モスクワ、コペンハーゲン、上海、NY、モントリオール、リオ・デ・ジャネイロ、イスタンブール、シドニーなど世界各都市でも開催。
*ボーユイ(bo yu)
撥魚、ポーユイとも発音する。中国料理に使われる麺類の一種。生地を竹の棒や箸などで切り落として作る。撥魚とは魚の勢いよく跳ねる様を意味し、端が細くなった麺の形状が細長い魚のようであることから名づけられた。





関根 拓(せきね・たく)
1980年神奈川県生まれ。大学在学中、イタリア短期留学をきっかけとして料理に目覚め、料理人を志す。大学卒業後、仏語と英語習得のためカナダに留学。帰国後、「プティバトー」を経て、「ベージュ アラン・デュカス 東京」に立ち上げから3年半勤務。渡仏後はパリ「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で腕を磨き、二ツ星「エレーヌ・ダローズ」ではスーシェフを務める。その後、パリのビストロ、アメリカをはじめとする各国での経験の後、2014年パリ12区に「デルス」をオープン。世界的料理イベント「Omnivore 2015」で最優秀賞、また、グルメガイド『Fooding』では2016年のベストレストランに選ばれた。2019年春、パリ19区にアジア食堂「Cheval d’Or」をオープン。
https://www.dersouparis.com/
https://chevaldorparis.com/



























料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。