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SDGs

SDGs時代の「薪火」活用術 01

プロがレクチャーする「薪火」入門

Sep 16, 2021

text by Sawako Kimijima / photographs by AKANE

新シリーズ SDGs時代の「薪火」活用術

薪火を導入するレストランが増えています。
発酵が世界的な調理トレンドになったように、現代人は人類の食の根源に興味津々。電力を必要としない薪火は、脱炭素社会のエネルギーについて考える糸口となり、災害時の熱源としても有効です。折しもコロナ禍が促進したキャンプブームによって、”木を燃やして熱源とする”術に幅広い関心が集まっています。
そこで「薪火」を徹底探求するシリーズを立ち上げます。
第1回は、薪火のプロである増田煉瓦の増田晋一さんとパン職人・久保田英史さんに、知っておくべき薪火の基本をお話しいただきます。

左・増田晋一さん。群馬県前橋市にある1902年創業の増田煉瓦5代目。天然資源を素材とするピッツァ窯やパン窯を多数開発し、17年前からはレストランの薪グリルを手掛けている。右・久保田英史シェフ。アメリカでパン職人として働いた後、増田煉瓦に入社。2012年12月に独立して前橋市で「クロフトベーカリー」を営む。*プロフィール詳細を記事の最後に掲載しています。

薪火の気運が来ている。

――久保田さんが増田煉瓦に在籍していたのは2009~2012年ですね。

久保田:パン職人の立場からパン窯の開発や薪窯によるパンレシピ開発に携わっていました。その頃は「薪のパン窯って、量、焼けないんでしょ」と言われて、食品見本市や展示会でも全然相手にされませんでしたね。一方、ピッツァ窯のほうは、イタリア帰りの職人たちが「本場のピッツァを焼くには薪窯でなきゃ」と率先して導入したため、薪窯の優位性が確立されていた。うらやましかったですね。

――最近、薪窯で焼くパン屋さんが増えてきましたね。

久保田:はい、薪でパンを焼いてきた沖縄「宗像堂」や広島「ブーランジェリー・ドリアン」の流れがあったり、昨秋、東京・代々木で「パン屋塩見」がオープンしたり、薪窯の気運が来ていると感じます。

――レストランでも薪火調理に出会うことが増えました。

増田:この10年で薪グリルのオーダーが増えています。スペインの「エチェバリ」が注目を集めたこともあって、食材への火入れのあり方を追求するシェフほど薪火を使ってみたいと思うようです。とはいえ、現代の生活の中で薪火に触れることはまずありません。厨房に炉を設置できるのか、薪の扱いはむずかしくないのかなど、イメージや実態がつかみにくい。そこで、「薪火を導入したい」という要望が寄せられると、弊社のテストキッチンで体験していただくんです。薪火を実感していただきながら、「薪火でどのような調理をしたいのか」を掘り下げていきます。

具体的にはプレゼンテーション、つまり薪火を見せる演出が主体なのか、それとも今扱っている食材の理想の火入れとして薪火が必要なのか。一方、火炎が欲しいのか、熾火が欲しいのか。表面からじわじわ輻射したやわらかい熱を入れたいのか、芯に刺すような厚みのある比較的高温な熱を入れたいのか。調理目的が異なれば、設備も異なる。場合によっては「薪火じゃないほうがいいんじゃないですか。炭火のほうが適しているのでは」ってこともあり得ます。設備、費用、運用、すべてにおいて薪火はハードルが高いだけに、導入した後で「ああしたかった、こうしたかった」のないよう、シェフの無意識下の願望を担当スタッフが丹念に掘り起こしてから提案図面作成に取り掛かります。

増田煉瓦本社のテスト用薪グリルでシェフたちに薪火を体験してもらう。現場管理部設計担当の住谷亮介さんが、シェフたちの要望に耳を傾け、潜在ニーズを掘り下げる。

長野県松本市にオープンした「松本十帖」の薪グリルは増田煉瓦製。(本記事のトップ画像も「松本十帖」)

シェフが求める“熱の質”とは。

増田:薪火に求めているものが最初からはっきり見えていたのが、東京・赤坂のイタリア料理店「ヴァッカロッサ」の渡邊雅之シェフです。彼はイタリア修業時代、暖炉の薪火で肉を焼くレストランをいくつも経験して、薪火調理のトップシェフにまで昇り詰めたキャリアがありました。

久保田:ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナで有名なトスカーナの「ラ・キウーザ」ですね。

増田:渡邊シェフから、2010年に六本木の店のために、2013年には赤坂で店を開くにあたり、イタリアで使っていた「トスカーナ暖炉」仕様の薪グリルの製作を依頼されました。

――具体的にはどんなものですか?

増田:通常の薪グリルは、炉床や周囲を煉瓦で覆った中で薪を燃やすという構造です。薪が発する熱を煉瓦が吸収して蓄えることによって、薪の熱だけでなく、煉瓦からも熱が発せられる。いわゆる輻射熱、遠赤外線ですね。しかし、渡邊シェフは「遠赤外線は要らない。薪の熱だけが欲しい」とおっしゃる。まずは、シェフがどんな薪火焼きの経験を積んできたのか、自分の眼で確かめようと、トスカーナの山の上にある「ラ・キウーザ」まで足を運んで、トスカーナ暖炉の構造を研究しました。その上で、シェフに弊社まで来ていただき、テスト焼きを繰り返して試行錯誤を重ねた。その結果、炉床で薪を燃やして熾火になったら、煉瓦で囲わない非オーブンスペースへ移し、その空間で食材を焼くという構造にすることで、「遠赤外線は要らない」を実現しました。

薪火調理は多くの場合、薪を燃やして熾火にしてから食材に火入れする。「ヴァッカロッサ」では、薪を燃やした後、煉瓦で囲わないスペースに熾火を移して火入れする。photograph by Masahiro Goda(写真は アイリッシュグラスフェッドビーフ記事 より)

増田:渡邊シェフが「遠赤は要らない」と言うのは、彼の場合、肉の芯から熱を入れるのではなく、肉の表面に熾火から発せられるやわらかい熱を加える作業を繰り返すことで、表面を乾かさないで内部の肉汁を循環させて封じ込めるというイメージを描いているからです。

――遠赤が要らないのであれば、ガスや電気ではだめなのでしょうか?

増田:熱の質が違うのです。私たちは「熱には厚みがある」と考えています。熱には高温の熱、低温の熱、強い熱、弱い熱があります。通常の調理機器には火力や温度の調整機能があり、それらの選択が容易にできます。一方、煉瓦の熱には厚みや密度というものもある。たとえば、ステンレスのフライパンと鉄のフライパンでは、鉄のフライパンで調理したほうがおいしいと言われるのは熱の質が違うからですね。また、200℃の鉄板と200℃の煉瓦では、鉄板は、触った瞬間、熱いと感じる間もなく神経が反応して手が離れてしまいますが、煉瓦は鉄に比べてやわらかい熱なので、一瞬触れるんですよね。但し、その間に表面ではなくて中が火傷をしてしまう。

同様のことが薪でも言えます。ひとくちに薪と言っても、樹種によって性質は異なり、用途も異なります。熱量が小さくて軽いスギなどの針葉樹は焚き付け用。燃えやすく火が移りやすいので、最初に針葉樹で火炎を作る。そこへメインとなる薪、広葉樹のナラ、クリ、カエデ、ブナ、クスノキ、カシなどをくべていくわけですが、樹種によって密度が違うため、燃え方も違えば、カロリーも違ってくる。カシのような目の詰まった高密度な木のほうが熱に厚みがあり、熱圧もある。熾火として長く燃える。料理人は熾火が欲しくて薪を燃やすわけですから、熾火が長く温度を維持できる樹種を選びたい。ただし、薪グリルを傷めるほどの熱量を発する樹種は避けたい。たとえば白樺を使って調理する場合、密度が軽いので、よく燃える反面、熱の厚みはなく、熾火もあまりできません。燃え尽きて灰になっちゃうんですね。国内では、ナラ、ミズナラ、ブナなどが薪グリルに最適な火力を維持できるので、ほとんどのユーザーがこれらの樹種を採用しています。

渡邊シェフは、入手可能な樹種を片端から試した結果、高密度で火持ちの良いナラを選んだ。

熾火のでき方は、樹種によっても燃え方によっても違ってくる。燃え方は給気と排気など炉の構造やシェフの技量によっても変わる。

つまり、「ヴァッカロッサ」の渡邊雅之シェフの要望とは、「遠赤は要らない、けれど、厚みがあってやわらかい熱を発する熾火が欲しい」だったというわけです。

木で焼くのか、土で焼くのか。

久保田:対して、薪の熱で焼くというより、煉瓦で焼くのがパン窯とピッツァ窯ですね。フランスの昔ながらのパン窯の場合、炉床で薪を燃やして、窯の温度が十分に上がったら、薪は掻き出してしまう。つまり、窯が蓄えた煉瓦の蓄熱だけでパンを焼き上げるんです。

増田:その分、樹種にはこだわらない。雑木でかまわないんです。燃えて、その熱が煉瓦に転嫁できればいい。すなわち、料理人は木で焼く、パン職人は土で焼くんです。

久保田:フランスでは剪定した枝とか柴とかを切り揃えないまま使うなど、意外に薪を使っていない。マックス・ポワラーヌも雑木ばかりでした。

――パンを薪窯で焼く意味はどこにあるのでしょう?

久保田:パンの焼成の過程には大きく3段階あって、段階によって焼成の適温は変化します。その変化が薪窯の温度変化と一致しているんです。まず、第1段階は、生地が窯伸びし終わるまでですね。生地を炉床に置くと窯伸びをしますが、それは生地が急速に熱を吸って、生地中の酵母が最後の発酵をし、ガスを出しつつ、生地中の水分が上に逃げようとするから膨らむんですね。この段階では高温とハイカロリーが必要です。そして生地が上がり切ってから、次にクラストが形成され、メイラード反応とキャラメリゼによってキツネ色に色づくのが第2段階。この時は第1段階よりも熱量がやや抑えられているほうがいい。そして第3段階では、水分を適度に逃がす。ここでは低めの温度がいい。つまり、パンの焼成温度とは230℃一定とかではなく、高い温度から連続的に下降する曲線が求められるわけです。その曲線と、蓄熱した煉瓦の吐き出す熱量が見事に合っているんです。この原理を理解していれば、電気オーブンでも再現は可能ですが、パン職人としては、自然の摂理に触れる感覚ゆえに薪窯を使いたい。

増田:パン窯で必要とされるのは、熱をたっぷり吸収してゆっくり吐き出していく煉瓦です。ピッツァは90秒で焼きますが、パン生地は窯の中に20分以上も入っている。当然、煉瓦の蓄熱量がカギになります。

久保田:薪窯、石窯には耐火煉瓦を使いますが、日本の耐火煉瓦は実はパン窯やピッツァ窯に適していないんですよね。

増田:日本の耐火煉瓦は、主として製鉄やガラス加工用で、耐熱温度が極めて高い。市場に出回る耐火煉瓦は1300℃に耐え得るように焼かれています。でも、ピッツァで500℃、パンで300℃がほぼ上限ですから、そこまでの耐火の必要はない。1300℃に耐えられる煉瓦ってものすごく硬いんですよ。カンカンに焼き締められていて、熱を跳ね返す硬い熱になってしまう。吸熱や蓄熱という意味では、実は適さないんです。

久保田:フランスやイタリアへ行ってみると、そんな煉瓦は使っていない。気泡がたくさん入ったスポンジ状にやわらかく焼いた煉瓦を使っています。それが調理には向いている。気泡が熱を吸収するので、たっぷり蓄熱してくれる。パンを長時間焼く時にゆっくり熱を吐き出していって、カンパーニュのような大きなパンをじっくり焼き上げてくれるんです。

増田:ピッツァ窯やパン窯に取り組み始めて、その事実を知り、弊社ではフランスやイタリアから煉瓦を輸入しています。フランス・ローヌ地方のラルナージュ村で採掘した白粘土から造られる煉瓦は、まさにスポンジのように熱を吸収して、時間をかけてゆっくりと吐き出していく。

仏ローヌ地方のラルナージュ村で採掘した白粘土から造られる煉瓦。増田煉瓦では主として食材への熱伝導に直結する炉床に使う。

これからの時代の熱源である。

久保田:東日本大震災による福島原発事故が起きた時、「これまでと同じ電力容量を使い続けることはできない」と思いました。加えて、気候変動が急速に進行して、脱炭素社会を目指す今、自分の周りの当たり前を見直さなければいけない時代だと感じています。国産小麦を使うことが当たり前になったように、燃料も自分たちで選択できるようになったらいい。店頭に何十種類ものパンを並べる時代は卒業して、種類は少なくともお客様を飽きさせないパンづくりを考える必要があるし、それは働く人を守ることでもある。地域の経済との結び付きという意味でも、薪窯は求められてくると思うんですね。食品展示会や調理機器の見本市に森林組合や薪屋さんが参加するようになればいいなと思っています。

増田:それがカッコよくておいしいんだという価値観を持てることが大事ですよね。若い人たちがやりたいと思う、「僕が木を切るよ、私が薪で調理するよ」ってなるといい。その土壌づくりにこれからも取り組んでいくつもりです。


左・増田晋一(ますだ・しんいち)
1960年生まれ。神戸商船大学卒業後、三洋電機でコンプレッサーの技術者として勤務。1994年自社に入り、1998年から社長。需要減から工業・建築用の煉瓦製造を中止する中で、ピッツァ窯、パン窯の製造を新規事業としてスタート。レストランの薪グリルなど、食シーンにおける煉瓦利用を拡げてきた。ちなみに群馬県は世界遺産登録された富岡製糸場など煉瓦造りの建物が数多く存在する土地柄。

◎増田煉瓦株式会社
群馬県前橋市石倉町4-18-11
☎027-251-5824
https://www.masudarenga.co.jp/

右・ 久保田英史(くぼた・ひでふみ)
1978年生まれ。 2001年、東京農業大学農学部林学科卒業後、国内でパン職人としての修業後、2007年渡米、ロサンゼルスのベーカリーで働く。帰国後、増田煉瓦でテクニカルベイカーを3年務め、2012年12月に現店オープン。大学時代の卒論のテーマは「製パン業における薪燃料の展望」。現在はまだ電気オーブンだが、独立10年を機に、薪窯、店の構造、地域との連携など、環境全体でパンを焼くモデルづくりを目論む。

◎CROFT BAKERY(クロフトベーカリー)
群馬県前橋市日吉町2-5-1 みずき館1F
☎027-257-9052
11:00~18:00
日曜、月曜、木曜休
Facebook:CROFT BAKERY
Instagram:@croft_bakery

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