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SDGs

熱源は100%薪火。群馬県川場村「ヴェンティノーヴェ」の薪火グリルと薪焚かまどの合わせ技

2023.06.01

text by Sawako Kimijima / photographs by Hide Urabe

連載:SDGs時代の「薪火」活用術

SDGs時代の薪火活用術07

肉焼きの名手として知られる東京・西荻窪「トラットリア29」の竹内悠介シェフが、2022年秋、群馬県川場村で新装オープン。それまでの経験と現在の環境の中から立ち上がった店の構想に、「薪火」はごく自然に存在していました。しかも、調理の熱源は「薪のみ」という思い切った選択に出ます。薪火調理を採り入れるレストランは増えていますが、その多くはガスとの併用です。「薪のみ」は珍しい。竹内シェフが100%薪火調理へと踏み切った背景と実態を、シェフに語っていただきます。

目次







【なぜ、薪火?】山に導かれて

僕が育った群馬県川場村へ住まいを移したのは、2020年7月。コロナ第一波の真っ只中でした。物件の都合で急に店を閉めなければならなくなって、次の見通しが立たないまま、一時待機の心づもりでした。
コロナ感染防止のために飲食店が営業自粛を求められる社会状況にあって、不安は尽きなかった。「どこで店を開けばいいんだろう? これから先、レストランは成り立つのだろうか?」、妻と話し合いを重ねる日々でした。

僕の父は、川場村で「森と人の関わり」をテーマに自然体験を提供する活動をしてきた人物です。先が見えない状況が続く中、取り巻く環境に導かれるように、僕は父をガイド役として森の中へ足を踏み入れていました。
18歳で川場村を離れるまで、父が運営する活動に僕もけっこう参加していたんですよ。たとえば、ガスも電気も水道も通っていない山中で子供たちが過ごしたいように2週間を過ごすサマーキャンプ。楽しみながらプリミティブな環境を切り開く力を養うというものです。

20年ぶりに本腰を入れて山を探索し、野草の採集に一生懸命になりました。野山に親しめば親しむほど、「自分の身の回りで起きていることを理解できるようになりたい」と思うように。そして、春夏秋冬、山の動植物の生命のサイクルの中にレストランの営みはあると考えるようになりました。そして、「川場村で店を開こう」と決めた。
だから、ごく自然に「新しい店では薪を熱源にしよう」という発想になっていったのでした。

竹内シェフが10~18歳まで暮らした川場村の小さな集落。森に囲まれた中にりんご畑や野菜畑が広がり、川が流れている。

父が自然体験を提供してきた活動の拠点には、キャンプ場、山の家、工作室などがあって、工作室には薪焚かまどが設えられています。戦前の田舎の台所を思い起こさせるかまどですが、味噌づくりイベントで大豆を煮るのに使うなど、現役で活躍している。調べてみると、「イソライト建材」の製品で、今も販売されているんですね。これ、レストランでもいけるんじゃないか? 森で山菜や野草を摘んでくるのに、ガスで調理するのか? 食材も熱源も地元の自然と共にあるレストランとして営んでいきたいとの思いから、薪焚かまどの導入を決めました。

工作室の前で。この小屋の奥に味噌の熟成室があり、自家製の生ハムもそこで熟成中。

工作室に置かれたイソライト建材製の薪焚かまど。「最近はフレグランスを作る人が蒸溜に使ったりするそうです。薪が手に入る環境に住む人にとっては経済的なんですね」。オフグリッド(!)なので、アウトドアでも大活躍。

かまどの姿が、フィレンツェの老舗トラットリア「ソスタンツァ」の厨房を彷彿とさせたことも、導入の動機のひとつとなりました。ソスタンツァとは1869年創業で、フィレンツェへ行ったら訪ねるべきレストランとしてよく挙げられるけど、常に満席でそう簡単に入れない店。シンプルで質実剛健、素朴さと洗練を兼ね備えたイタリアらしい料理が評判です。昔からかまどで調理しているんですね。ただし、薪じゃなくて炭ですが。


【設備その1・薪焚かまど】ひと工夫で日本と西洋のいいとこどり

イソライト建材の薪焚かまどは、珪藻土(けいそうど)を使用しているため、蓄熱性、耐火性、断熱性に優れ、表面がタイル貼りで放熱しにくい構造です。海外のかまどは上面が鉄板だから火傷しやすいのに対して、その心配もない。
元はと言えばご飯を炊くためのかまどなので、羽釜がすっぽりはまるように火口が大きく開いています。僕はそこに被せる鉄板を特注して、プラック同様に使えるようにしました。

「ヴェンティノーヴェ」の厨房に導入された薪焚かまど。「単式(ひと口)もあるんですよ。2連式にしたけれど、思いのほか火力が強いので、ほぼひと口しか使わない」

鉄板を特注して、プラック同様に使えるようにした。日本と西洋のいいとこどり。

かまどの真ん中はパスタを茹でる寸胴鍋の定位置。放熱しにくい構造なので、沸きが早い。写真左手に見える煙突がとても重要。「かまどより煙突のほうが遥かに高価(笑)」

1枚の鉄板の上にいくつもの鍋を同居させて、熱を効率的に使う。


【技法その1・煮炊き】熱を無駄にしない調理の組み立て

薪で調理するようになって、料理が変わりました。
着けたり消したりが自在なガスや電気と違って、薪は着火したら燃え尽きるまで止められません。薪が燃えている間はいかに熱を無駄にしないかを考える。豆を煮る、モツを煮る、といった料理が恒常的に組み込まれるようになりました。昔、よくストーブの上に煮物の鍋をかけていましたよね。あの感覚です。

熱を無駄にしないために白インゲン豆を煮る。イタリア料理にとって白インゲン豆は欠かせない食材。丸い形状の白インゲン豆は群馬県の特産品でもある。

薪火グリルで炙り焼きにしたタケノコ、白インゲン豆、ドライトマト、山椒のペーストで構成したひと皿。

モツ煮と赤ワイン。「群馬県民はモツ煮をよく食べる。蕎麦屋の小鉢でも登場するほど」。モツをニンニクと炒め、ソフリットで煮込んだ。薪火グリルで蒸し焼きにしたカブと合わせ、素揚げの葉ワサビを添えて。屠畜したてのモツを分けてくれる精肉店が隣町の沼田市にある。


【設備その2・薪火グリル】ガラス扉が思いがけない効果を生む

もうひとつの設備が薪火グリルですね。
イタリアを代表する肉職人ダリオ・チェッキーニが営む精肉店とレストランで働いたのは、解体から調理まで、肉を扱う上で知るべきすべてを知りたかったからでした。西荻窪の店を「トラットリア29」と名乗った根底には肉への思い入れがあった。肉を焼くという行為は、僕の料理の中核を成していて、理想の肉焼きを実現するためにも薪火グリルは不可欠でした。

スライド式のガラスの扉が付いた薪火グリル。炉の奥で薪を燃やし、手前の焼き網の下に熾火を移して食材を焼く。

薪火グリルが出来上がって使い始めたところ、計算外の事態が起こりました。なぜか煙がフロアの方へ流れてしまうのです。そこで急遽、ガラス扉を取り付けた。このガラス扉は最初から予定していたデザインではないんです。でも、これが肉焼きの上で思いがけない効果をもたらすことになりました。

薪の炎は、扉を閉めた状態では空気が止まっているため、上に上がります。扉を開けると、炉内に空気が流れて、炎がなびく。この空気の流れを肉焼きに活かすのです。
肉が焼けるにつれ、脂が落ちて、煤っぽい煙が上がり、肉が燻されるということが起こりがちですが、焼き進むにつれ、扉を開けて煙を流して、肉の味が損なわれないようにするんですね。

扉を閉めた状態。空気の流れがないため、炎がまっすぐ上に上がる。

扉を少し開けた状態。空気の流れができるため、炎が横になびいている。


【技法その2・肉焼き】炉内の温度と空気の流れを活かす

僕が修業したチェッキーニと言えば、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ。僕自身、西荻窪時代から自分のスペシャリテに位置付けてきました。チェッキーニが炭火焼きだったこともあって、西荻窪では炭で焼いていましたが、大事なのは炭か薪かよりも、肉質と状態を把握して、目指す焼き上がりに向けてどうアプローチするか道筋を描くこと。そして、到達点を見極めること。

僕の場合、牛の骨付きサーロインを指3本分の厚さ、約1kgで焼くのが基本です。
カットしたら、室温に戻します。焼き始める前に、炉内の焼き網の手前に置いて肉を温める時間を取ります。肉の温度を十分に上げてから焼くことで、熾火で炙る時間をできるだけ短くするためです。熾火にかけてからは、強火の近火で一気に、バリッバリに焼き上げる。
ちなみに肉は、昭和村「鳥山畜産」の「赤城牛」がメイン。今日は下仁田町「神津牧場」で21カ月育てられた後に埼玉県「国分牧場」で9カ月肥育されたジャージー牛も入っています。地元育ちを使いたいとの気持ちは他の食材と同じですね。

炉の手前に肉(鳥山畜産の赤城牛)を置いて、焼き始める前に温度を上げる。

燃えた薪を突き崩して熾火にする。

肉を熾火で焼き始める。写真の炎は奥で燃やす薪が上げているもの。肉には直接当てない。扉を閉めた状態なので、炎が上に上がっている。

頃合いを見て、肉をひっくり返す。

扉を閉めた状態で反対面も焼く。

脂が落ち始めたら、扉を開けて空気の流れを作り、落ちた脂が出す煤っぽい煙が肉にまとわりつかないようにする。

表面がガッシリ、バリバリッとした焼き上がり。

中はほどよいレア。表面から内側へのグラデーション、外と中のコントラストが見事だ。

カブをアルミホイルにくるんで、上から吊るし、蒸し焼きにする。

さらに焼き網にのせて中心部まで火を入れる。

ご覧のように、こんがり、かつ、ほっこりと焼けている。


【ヴィジョン】山と共にある営みを重ねることで見えてくる

薪はナラ材ですが、薪火グリルのほうは熾火にするため細い薪、かまどのほうは長時間持続するように太い薪と、使い分けています。
良い状態で使うには、木を切ってから2年ほど乾燥させる必要があり、まだ自家調達できていません。今のところは地元の薪屋さんから購入しています。この辺りは薪ストーブを使う家庭が多く、地元産の薪を入手しやすいので、助かっています。
今年の冬からは、自家製の薪を使えるはずです。そうしたら、きっとまた見えてくるものがあるでしょう。20年ぶりに川場村に戻って、ここに潜む豊かさを自分の眼で再発見することによって新しい店が形になった。山と共にある営みを重ねることで、これから進むべき道や生き方がより明確になってくるのではないかと思っています。

かまどに薪をくべる。蓄熱性が高いので、薪をあまり足さずとも調理が続けられる。

薪火グリルの奥の薪は絶えず継ぎ足して火を絶やさない。

この環境が身の周りにある。「自然体験活動が仕事という家で育ったので、子供の頃から薪火の扱いには慣れていました」



竹内悠介(たけうち・ゆうすけ)
1980年生まれ。調理師学校卒業後、広尾「アッピア」で5年修業、2006年渡伊。フィレンツェ「ヴィーノオリオ」で半年働き、一旦帰国、07年再びイタリアへ。エミリア・ロマーニャ州の手打ちパスタの名店「アメリーゴ」、マルケ州「ラボッテ」を経て、解体から保存・調理まで肉のすべてを学ぶためトスカーナ郊外の精肉店&レストラン「チェッキーニ」で経験を積む。09年帰国。馬肉を1頭捌けることを買われ、青森県弘前市「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」で1年。11年2月、東京・西荻窪に「トラットリア29」をオープン。2020年3月閉店。2022年10月、群馬県川場村で「ヴェンティノーヴェ」オープン。


◎ヴェンティノーヴェ(VENTINOVE)
群馬県利根郡川場村谷地2593-1(土田酒造敷地内)
15:00〜19:00LO
月曜、火曜休
https://www.29ventinove.com/

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