料理する喜びは生きている証。
元「ア・ポワン」岡田吉之さんのワンハンドクッキング
2022.02.22
text by Sachiko Inomata / photographs by Takeharu Hioki
連載「食のバリアフリープロジェクト」
“食のバリアフリー”について考えるプロジェクト。健康上、宗教上など様々な理由で生じる食の障壁をなくし、皆でテーブルを囲むにはどうすればいいのか? 制限や制約を背景も含めて理解しながら、実践的なレシピを紹介します。
2009年3月に脳出血で倒れて右半身麻痺になった元パティシエの岡田吉之さん。数年間ふさぎ込みがちだった岡田さんが前を向き始めたのは、料理がきっかけでした。
切ることは人間の基本です。
自分で皮を剥いて切ったジャガイモで味噌汁を作った時、剥きたてだと「角があってフレッシュ。生きているって、これだよな!」。涙が出るほど感動したものです。
2018年10月に購入した皮剥き器とピーラーを使って片手で皮がきれいに剥けた時のことでした。
1992年に菓子店「ア・ポワン」を西八王子にオープンし、お菓子作りに打ち込んできました。しかし、09年3月に脳出血で倒れて右半身麻痺に。右の回復はむずかしいと医者に引導を渡され、断腸の思いで閉店しました。
リハビリ病院では、同じような病気で倒れた患者は表情が暗く、何をする意欲も絶たれてふさぎ込みがち。僕もそんな一人でした。
それでも食べなければ生きていけません。
自宅に戻ってからは月に1度ほど姉にニンジン、ジャガイモ、タマネギなどの常備野菜の皮を剥いてもらい、冷蔵保管して料理していました。でも1週間も経つと傷んできます。ジャガイモは表面がぬるっとして、懸命に洗って使うものの、煮ても食感がなくておいしくないのです。生きるために仕方なく作っていた。でも本当はおいしく作りたかった。
昔、学校から帰ってきた僕のために、共働きのお袋がささっとジャガイモとタマネギの味噌汁を作ってくれました。もちろんフレッシュな舌触り。タマネギがとろっとしておいしかった。あの味を食べたい、というのが自分で料理を作りたいと思った原点でした。
当初、姉が下処理した野菜を切る時に使っていたのは果物ナイフです。もう料理はしないと思い、包丁はすべて人にあげてしまったから。もちろん果物ナイフではよく切れません。
そこで重量のある左利き用の出刃庖丁を2種類買いました。片手なので押し切りになり、重さが必要なのです。より重い刃渡り165㎜でリンゴなどの大きなものを、150㎜で小さめのジャガイモなどを切ります。
野菜を固定する道具も買いました。初期のそれは金具が尖がっていて、刺したニンジンを濡れ布巾の上から麻痺した右手で押さえても、左手でピーラーを動かすと抜けて転がってしまう。ピーラーで指を剥いたり、釘状の金具に手を刺したりしたものでした。
床に落とせば、右半身が麻痺しているので拾うのが恐い。倒れたら立ち上がるのに何時間もかかるからです。
片手って、両手の半分の力で動くわけじゃない。半分のさらに50%くらいしか働かない。何をやるのにも時間がかかります。
片手でも使える道具を探し続けて、やっと2年前に満足がいきそうな調理道具をネットで見つけ、いくつか購入。スライサーでいろんな切り方ができるようになり、皮剥き器の固定する金具も先端が鋭くないものと出会って、手に刺すこともなくなりました。倒れてから実に9年もかかってしまいましたが。
タマネギなど丸いものは、皮ごと縦半分に押し切りにして断面を下に伏せ、転がらないように切るなどの工夫も重ねています。
懐かしい母の味を食べたいという一心でここまで蘇生し、道具たちのお陰で、見た目は多少無骨でも自分の思うように切れて作れる喜びがある。こんな日が来るとは思ってもみませんでした。
キャベツは特大のスライサーで極細のせん切りにすると、トンカツがいっそうおいしく感じます。
片手でもおいしい料理を作りたいという気持ちが沸々と湧いてきています。
◎ タマネギの転がらない剥き方
◎ 剥いたニンジンの鮮やかさに感動!
◎ ジャガイモの芽のくぼみもピーラーで。
◎ リンゴはアップルピーラーで。
普段の食事から
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