フライパンで作る焼き鳥丼。
元「ア・ポワン」岡田吉之さんのワンハンドクッキング
2022.03.25
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text by Sachiko Inomata / photographs by Takeharu Hioki
連載「食のバリアフリープロジェクト」
“食のバリアフリー”について考えるプロジェクト。健康上、宗教上など様々な理由で生じる食の障壁をなくし、皆でテーブルを囲むにはどうすればいいのか? 制限や制約を背景も含めて理解しながら、実践的なレシピを紹介します。
2009年3月に脳出血で倒れて右半身麻痺になった元パティシエの岡田吉之さん。数年間ふさぎ込みがちだった岡田さんが前を向き始めたのは、料理がきっかけでした。串に刺したり、炭で焼いたりはできないけれど、焼き鳥丼のおいしさを再現することは片手でもできる! 試行錯誤を重ねて編み出した、フライパンひとつで作る方法を公開します。
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岡田吉之さん。“母の味+フランス修業時代の味”を独自の工夫で磨く。
目指すは「香ばしく焼けた味」。
なぜ焼き鳥丼なのか?
僕の親父は司法書士でした。母親共々夜遅くまで仕事をしていて、外食するよりもデパ地下などで大量におかずを買って食卓に並べることが多い家庭でした。
僕がまだ学生で国技館が蔵前にあった頃。親父が若三杉という関取の後援会に入っていた関係で、僕に相撲のかぶりつき席の券をくれました。忙しい家庭だったわけで、僕は国技館の中にあった店で焼き鳥を家族分3パック買って帰りました。当時、焼き鳥店はどこにでもあるものではなかったこともあり、それを機に焼き鳥にはまったのです。
障害者になってから、片手で食べやすいようにご飯にのせたスタイルの焼き鳥丼を食べたいと思い、2年ほど前から作り始めたのがこのネギ焼き鳥丼です。
最初、竹串に刺した塩味の冷凍焼き鳥を使ってみたけれど、加工品は高いし、味もイマイチ。で、形にこだわらずに味優先で試行錯誤を重ねるうちに、串には刺さず、鶏もぶつ切り→小間切れへと変化していったのです。
焼き鳥のおいしさはなんと言っても焼いた火の匂い、香ばしさにあります。しかし、備長炭で焼くなんてことはできない。そこで、焼き方に工夫をしています。鶏肉は加熱しても身が固くならないよう、あらかじめ日本酒を絡めて10分以上おきます。フライパンを使い、強火であまり動かさず、軽く焦げ目が付くまでソテーします。
具材は他にキュウリと長ネギを使いますが、こちらも焦げ目を付けるために、それぞれに強火でソテーしては取り出します。最後に鶏肉を加熱し、キュウリと長ネギをフライパンに戻して調味料を加え、さっと煮詰めて絡めるようにしています。仕上がりは本物の焼き鳥とは別物ですが、香ばしさも加わり、しかも肉が驚くほど軟らかくておいしい。
「ネギ焼き鳥丼」と名付けたように、実は、最初は鶏肉と長ネギだけでした。しばらくして、そこに食感を加えたいとキュウリも入れることにしたのです。
「キュウリを加熱する?」
そう思われる方も少なくないでしょう。でも、僕の母親は酢豚に油通ししたキュウリを入れていたんです。長じて渡仏し、アルザスの「ジャック」で菓子修業していた当時、月に1回「LA CHINE」という中国料理店に通っていたのですが、そこで出されたのがキュウリの蒸しもの。それがとても新鮮でした。
その時、キュウリは加熱するとおいしいと再認識。僕のキュウリ好き(ネギもですが)はこんなところにルーツがあるのかもしれません。
ただし、キュウリはほどよい大きさでないと生っぽさが残る。2㎝大の乱切りには意味があります。火が通っているけれど食感がある、それがおいしい大きさなのです。
<RECIPE>
■ネギ焼き鳥丼
◎ 材料(1 ~ 2人分)
鶏肉(小間切れ)……約250g
※皮付きが多いものを選ぶ。
日本酒……大さじ1強
キュウリ……1本
長ネギ……1本
温かいご飯……茶碗2 ~ 3 杯分
サラダ油、塩、コショウ……各適量
<調味料>
醤油……15g
みりん……20g
上白糖……8g
◎作り方
【1】鶏肉に日本酒をふりかけてまぶし、10 分以上おく。
【2】キュウリを洗い、皮を一筋だけむいて(A)(B)、断面を下にまな板に置き、2cm幅の乱切りにする。
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(A)濡れタオルの上に皮むき器を置く。キュウリをくぎ状固定用金具に刺し、ピーラーで皮を一筋だけ剥く。
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(B)一筋皮を剥いた状態。むいた側を下にしてまな板に置けば転がらない。乱切りするための知恵。
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乱切りをスムーズにするコツ
乱切りはキュウリを転がしながら切っていくが、片手ではむずかしい。そこで岡田さんは考えた、「キュウリの皮を一筋むき、その断面を下にしてまな板に置けば固定される」と。その後、約2㎝幅に斜めに包丁を当てて押し切りにする。大きすぎると火が通りにくいので注意。
【3】フライパンにサラダ油大さじ2を 熱してキュウリを入れ、強火であまり動かさずに加熱。軽く焦げ目が付いたら、キッチンペーパーに取り出し、油を切る(C)。

(C)キュウリに焦げ目を付ける。多めの油を使い、強火で揚げ焼きに。余分な油は味の邪魔になるので取り除く。
【4】長ネギは洗って根の部分を切り落とし、7cm長さにカットしてから1本ずつ縦半分に押し切る。緑の部分も同程度の 大きさになるように切る。
【5】洗った同じフライパンにサラダ油大さじ1を入れて強火にかけ、ネギの断面を下にして炒める(D)。キュウリと同様に余分な油を切る。油を切ったら、ボウルにキュウリと一緒に合わせておく。
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(D)広げて強火で焦げ目を付ける。動かしすぎないように。キュウリよりも水分が少ないので油は少なめ。
【6】調味料の上白糖以外を合わせておく( 砂糖は片手では混ぜにくい)。
【7】ご飯を深皿に盛る。
【8】フライパンにサラダ油大さじ1強を強火で熱し、うっすら煙が出るくらいに熱くなったら、鶏肉を絡めた酒ごと入れ、重ならないようにトングで広げる。塩をふり、コショウを挽く。色が変わったら ひっくり返す。
【9】肉全体に焼き色が付いたら、キュウリとネギを加えてトングで広げる(E)。上白糖をふり入れて揺すり、合わせ調味料を加え、時々揺すって加熱する。
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(E) 焼き目を付けた鶏肉にキュウリと長ネギを加える。まとめて加熱すると水分が出て焦げ目が付かない。
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ひとつのフライパンをフル活用!
使うのはフライパンひとつ。炒めてはその都度さっと洗って使い続ける。多めに炒めてストックもできるように直径29㎝サイズを使う。麺を茹でるのもこれで。片手で持てて使い勝手が良いことも頻繁に使う理由。また柳宗理のトングは左手でも使いやすい。
【10】汁が軽く煮詰まってややとろみがついたら、ご飯に広げてのせる(F)。
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(F) 煮汁が泡立ってきたら、フライパンを濡れ布巾上に置き、スプーンでとろみ(ゆるめのとろみが理想)を確認して盛り付け。
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(雑誌『料理通信』2020年9月号掲載)