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日本 [新潟]



「ローカルガストロノミー」の立役者

 地域創生のキーワードは新潟で生まれた。

Journal / JapanJul. 19, 2019


「ローカルガストロノミー」という言葉を目にする機会が増えた。
今、食のベクトルは、“自然環境を背景として生産現場を持つ地域のほうがトータルでガストロノミーを実践・表現できる”という考え方へと向き始めている。ローカルガストロノミーはその一例だ。
この言葉は、新潟県南魚沼市を拠点に出版されるライフスタイル誌『自遊人』から誕生した。
『自遊人』編集長・岩佐十良(いわさ・とおる)さんのまなざしを追いながら、食が向かう先を考える。



“封印”が解かれて。

東京・池袋出身の岩佐さんが住まいと会社を新潟県南魚沼市に移したのは、2004年。リーマンショックの4年前、まだバブリーな気分が蔓延していた頃で、逆張りのような移住と移転だった。
それが時代に先んじていたことは、現在の岩佐さんの仕事ぶりが示す。
岩佐さんはまぎれもなくヴィジョネアである。

2014年にはリアルメディアとしての宿「里山十帖」をオープン。山深い地域に身を置きつつ、全国各地を精力的に取材し、世界の動向と照らし合わせる中で見出したのが、ローカルガストロノミーという概念だ。『自遊人』2017年11月号は“ローカルガストロノミー宣言”とも言うべき内容だ。ちなみに、ローカルガストロノミーの定義とは「地域の風土や歴史、文化、さらに農林漁業の営みを料理に表現すること。地域の食を観光資源化することはもちろん、レストランや宿などの施設と、農林漁業、さらに加工業を連携させて、将来にわたって地域が経済力を維持できるような仕組みを作ること」。

岩佐さんがローカルガストロノミーを提唱するに至った背景には、新潟の風土が関係している。
「北前船が流通網の中心だった明治中期まで、日本海側の経済や文化は発展を遂げ、華やかでした。裏日本が表日本だったと言っていい。しかし、交通網が陸路に変わると閉ざされた」
その状況を岩佐さんは“封印”と表現する。
“封印”は日本海側が時代から取り残される状況をつくったかに見えた。工業化と効率化が推し進められた20世紀、幾重もの山に阻まれる日本海側は経済の中心から遠のいた。が、反面、“封印”されたことで時代の変化に侵食されずに済んだ。
「封印されてタイムカプセルのように残された文化を、今、若い人たちが掘り起こして、新しいクリエイションの糧としている。ローカルガストロノミーを宣言するに足るバックグラウンドが新潟にはあります」





豪商や豪農が多かった新潟では蔵出しの漆器や陶器がまだまだ潤沢。里山十帖でも活躍する。

名もなき職人の仕事は構図も筆捌きも大胆にして流麗。新潟の古美術館で。

暮らしのヴィジョンを伝える装置。

「里山十帖」は、新潟におけるローカルガストロノミーの発信地のひとつだ。
「取り壊される運命にある古民家と出会ったのがきっかけでした。歴史をつなぐ、価値をつなぐ必要性を感じると同時に、宿はリアルメディアとして説得力を持つと考えた。『守るべき』と言われると人は引くけれど、『ほら豊かでしょう』と提示されて、その豊かさを体感できれば納得する」
体感が伝える力、リアルメディアの伝達力の活用は、『自遊人』創刊2年後にスタートした食品販売業から始まっている。南魚沼への移住は、米について学ぶためだったが、岩佐さんの根底には「米一粒がメディア」との考えがあった。体感の提供によって、情報を伝え、フィロソフィを伝えていく。宿はその発展形だ。
「里山十帖の役割は、ライフスタイルの提案です。従来、旅館もホテルも役割は一宿一飯の提供にあった。屋根を貸す、ベッドを貸す、いわゆる場所貸しでした。対して、里山十帖はプレゼンテーションであり、誘導です」
こんなふうに暮らしてみたい、我が家でもこれを取り入れよう。宿泊(=衣食住)体験の中でこれからの日本人の暮らしのヴィジョンを伝え、見失いがちな価値への気付きを促す装置というわけである。



岩佐さん自ら米作りに取り組んできた。田植えや稲刈りには、東京をはじめとする各地の料理人や読者も巻き込む。

里山十帖のデザインはすべて岩佐さんが手掛けた。「ほら、豊かでしょう?」と囁かれている気分。

屋根裏のリビングスペース。太い梁をダイナミックに活かした空間。

「古民家の傷みが激しかったため、骨組みだけ残して、壁、床、天井、つまり見える部分はほぼ造り直しました。新築よりよほど費用はかかりましたが、とにかく骨組みがもったいなくて」
冬になれば3~5mもの雪が積もるこの一帯の昔の家は、雪の重みに耐え得る頑丈な骨組みが施されている。骨組みの卓越性ゆえにしばしば他県の温泉地に移築されるほど。「骨組みを残すために宿業に足を踏み入れたと言っていいかもしれません(笑)」



雪に隠されてきた大切なもの。

1年の半分近くを雪に覆われるこの地域では、雪が人々の暮らしをつくる。
雪は人に制約を強いるが、その制約が知恵を磨く。
家屋が剛健な骨組みを持つように、食においては保存のための発酵や熟成の技が蓄えられる。雪解け水が米などの農作物を豊かに実らせ、その米と水が端麗な日本酒に姿を変えることもまた、雪を活かす人々の知恵にして雪の副産物だ。



冬、雪に埋もれた里山十帖。厳寒の景色なのに、温かい気持ちになるのはなぜだろう。



「真白き世界に隠された知恵と出会う」――岩佐さんが所属し、活動する「雪国観光圏」のコンセプトだ。「雪国観光圏」とは、新潟県魚沼市、南魚沼市、湯沢町、十日町市、津南町、群馬県みなかみ町、長野県栄村という豪雪地帯7市町村で構成されるDMO(Destination Management Organization 広域観光圏)。5つの分科会があって、岩佐さんは食分科会の座長を務める。「多くのDMOが市町村や国が立ち上げているのに対し、雪国観光圏は民間業者が集まったDMO。自力で運営しなければいけない部分が多く、予算は厳しい。かえってその分、活動は活発です」。
雪と対峙してきた知恵こそ地域の本質的な価値。しかも、縄文時代から人間が住んでいた歴史がある。雪が織り成す豪雪地帯の衣食住すべての生活文化を観光の資源とし、新たな観光ブランド形成を目指そう――それが雪国観光圏の導き出した答えだ。スキーが雪自体による観光とすれば、雪国観光圏が目指すのは、雪に隠れた文化的地層の観光化。雪と対峙する中で蓄積された思考・知恵という埋蔵資産が売り物である。



藁で作った雪室。この中に野菜などの食材を入れて保存する雪国の知恵。

発酵・熟成室に吊り下げられた食材。「里山十帖」料理長の桑木野恵子さんは今、発酵の可能性を探求中。



「たいせつなことはね、目に見えないんだよ……」
岩佐さんの話を聞いていると、サン=テグジュペリ『星の王子さま』の台詞が浮かんでくる。「星があんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるからなんだよ……」「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ……」
美しいのは大切なものを隠しているから。山が切り立ち、冬ともなれば雪がすべてを覆い隠すこの土地を表現するのに、これほどふさわしいフレーズもない。



在来種と自家採取が当たり前の土地柄。

雪解け水で沢の水流が勢いよく高らかに流れる頃、山は山菜で桃源郷の様相を呈す。
「冬あってこその春。冬が理解できて初めてこの地がわかる」と岩佐さんは言う。
今、「里山十帖」の厨房を預かるのは若き女性料理長、桑木野恵子さんだが、岩佐さんは彼女がとみにそこのところを汲み取って料理に反映させているのがうれしい。



山の生命の塊のような山菜。春、料理人チームは毎朝、山へ入って山菜を摘んでくる。


春のコースの一品、山菜バーガー。肉にも負けない力強い味わいに納得!




夏、「里山十帖」の料理はナス尽くしになる。
「新潟県はナスの作付面積が全国1位。なのに、出荷量は20位(2015年)。なぜかと言えば、自家消費してしまうからなんですね」
たくさん育てて、たくさん食べる。種類も多くて、県内で23種以上存在すると言われるナスを、「里山十帖」では各々の品種の個性を引き出すように調理して提供する。長岡丸ナス、魚沼巾着ナスなど、伝統品種への思いも深い。
「暮らしの中で継承されていることが文化」と岩佐さんは考える。博物館のような場所に入ってしまったら、保存や記録にはなっても、生きて存続しているとは言いがたい。
その意味で岩佐さんが着目するのが、新潟の農家の種採りだ。種は農業試験場ではなく農家にあるのが本来の姿。
「新潟の農家では種の自家採取が普通に行われてきた。在来種が残っていくひとつの要因だと思いますね」



品種が様々だから、形も大きさも様々。当然、味わいも。


桑木野シェフが頼りにしている農家、阿部正昭さん夫妻。阿部さんが親の代から自家採取で栽培する在来種の大沢ナスがお気に入り。

阿部正昭さんが自家採取した種の数々。無造作に見えるが、缶に入れて大切に保管している。

八海山尊神社の門前蕎麦「宮野屋」では、在来品種の蕎麦を打ち分ける。

蕎麦湯で蕎麦を食べる釜揚げ蕎麦。繊細で透明感のある蕎麦の風味を満喫できる。



長岡市で七代続く農家の土田重兵衛さんの畑へと案内してくれた。
草が生い茂っているのは、除草剤をまかず、雑草を取らないからだ。「雑草が生えても、共生環境が自然にできてくる。定住する虫も決まってくる」と語る土田さんの向こうをキジが歩く。「キツネもいますよ。 生物相ができているんです」。ネギを植えて、土中に梳き込めば、辛味成分の作用で土壌の殺菌になるそうだ。
畑の一角にはとう菜が花を付けていた。
「種採り用に条件の良い一角を残しておくんですね」



信濃川の河川敷に広がる畑は、数年に一度、氾濫に合う。「雪解け、梅雨、台風、秋の長雨、年に何度か増水の危険がある」



土田さんはナスの在来種の保存に注力する。「代々農家である自分たちが知っている形質とは違う野菜が同じ名前で売られていることに疑問を感じたのがきっかけでした」。お膝元に伝わる中島巾着ナスだけで12種を育てる。自家採取の種、県から支給された種など、同じ品種でも出所の違う種を幾種も植えて、違いを見る。大学の研究者とも連携を取る。他エリアのナスとの比較もする。これまで採取した種はでき得る限り、冷蔵庫で保管する。
「ナスは形質変化が激しいから、元々の性質を知っている人間が携わらないと正しく伝承できなくなる」
土田さんのような農家がいることが、新潟の地力だ。



土田さんは典型的な実を保存。右が中島巾着ナスの典型で、ややへしゃげた形状、縦に入ったシワが特徴だ。


土田さんが自家採取した種の数々。素性を明記して冷暗所で保管。




新潟から全国へ。

「雪国観光圏」の活動のひとつに「雪国A級グルメ」という認定制度がある。雪国の気候風土が生み出す味、伝統の技を「永久」に残したい。そんな思いから生まれた制度だ。現在、旅館・ホテル部門11、飲食店部門18、土産・加工食品部門10が選定されている。
岩佐さんはこれを全国に広めたい。考え方と仕組みは日本全国どこでも当てはめられる。各々の土地の風土が生み出すA級グルメを掘り起こしてくれたらいい。
名付けて「AG304」プロジェクト。AGはA級グルメの略、304は廃藩置県直前の藩の数。日本の地域の様相を細かく見ていけば、47都道府県なんて区分けは大雑把すぎる。「藩の数だけ守りたい味がある」が304に込めた思いだ。
これは、20世紀前半、柳宗悦が中心となって立ち上げた民藝運動の食版と言っていい。日本各地の日常雑器、日用品、名もなき職人による、評価も定まらない工芸品の中に美を見出して広く紹介した活動と通底する。
その一方で、リアルメディアとしての宿を全国に展開する構想もある。
「10年10拠点を目標にしています」
拠点と拠点がネットワーク化したら、リアルメディアとして次のステージが見えてくるのではないか。ローカルガストロノミーの社会的影響力もきっと変わってくるはず。封印が解かれる地方が次々と現れてくるはず。ヴィジョネアの岩佐さんはそう思い描く。



花が欲しいな、緑が欲しいなと思ったら、目の前の山へ入って採ってくる。


「和薄荷 雪椿」




◎ 里山十帖
新潟県南魚沼市大沢1209-6
TEL.025-783-6777
http://www.satoyama-jujo.com/









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