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JOURNAL / 世界の食トレンド

南インドの文字を持たない民族の、消えゆく食の記憶を1冊に

India [Coorg]

2026.07.16

南インドの文字を持たない民族の、消えゆく食の記憶を1冊に

text by Akemi Yoshii
クールグ料理が並ぶ食卓。左上から時計回りにマトンプラオ、パンディカリー、カダムブッテ(蒸し米の団子)、ワイルドマンゴーカリー、干し魚のピックル(オイル漬け)、苦菜の炒め煮、ジャックフルーツとひよこ豆の炒め物。

南インド、デカン高原の西端に位置するクールグ地方は「インドのスコットランド」と呼ばれる豊かな丘陵・森林地帯だ。この地に古くから住んできたコダヴァ族は、独自の言語や食文化、強い民族意識を持つコミュニティとして知られる。

コダヴァ族の言葉であるコダヴァ語は文字を持たない口承言語であり、現在ユネスコの消滅危惧言語に指定されている。文化は歌として口承で伝えられてきたが、その仕組みは数十年前に崩壊し、食文化も失われつつあるのだという。

2025年12月、クールグの食文化を1冊にまとめた料理本『クールグ・ザ・クックブック(Coorg The Cookbook)』が出版された。クールグ文化研究家でライターのカーヴェリー・ポンナパ(Kaveri Ponnapa)さんが長年丹念にリサーチを続けた集大成で、料理のレシピだけでなく、土地の物語から歴史、文化、食の営み、人々の暮らしまで網羅している。

カーヴェリー・ポンナパさん
カーヴェリー・ポンナパさん。コダヴァ族の出身でバンガロール在住のクールグ文化研究家、ライター。「BBC Good Food India」などメディアでの執筆の他、2013年に刊行された初の著書『The Vanishing Kodavas』はコダヴァ族の文化研究として高く評価された。2012年からブログ「The Coorg Table」でクールグの食文化を発信している。

カーヴェリーさんは、クールグの人々と食べ物の関わりについてこう語る。
「食は、この土地や民族の歴史と記憶を結ぶ、最も直接的なつながりです。それぞれの料理には、生きた経験の知識が宿り、文化的な記憶を刻み込んでいるのです」

彼女がクールグに暮らす年長者との会話の中で何度も耳にしたのが「文化、習慣、伝統、すべてが侵食され、消えつつある」という言葉だった。
「だからこそ、書き残せるものを書き残さなければという強い切迫感がありました。食文化の急激な均一化が進む中で、次の世代のために私たちの文化の独自性を記録しておかなければと」

コダヴァ族は伝統的に狩猟(現在は禁止)、野生食材の採集、そして稲作、スパイス・コーヒー栽培をはじめとした多様な農業を営んできた。彼らの食卓は他の土地と異なる個性を持つ。

インドの伝統食文化の中で豚肉を好み、酢を使う地域やコミュニティはごく限られているが、狩猟時代に猪を食していた歴史から豚肉料理のバリエーションが多く、パンディ(豚肉という意味)カリーはクールグ料理の代表だ。パナプリ(ガルシニア・カンボジア)の実の果汁を発酵させ煮詰めたカーチャンプリという独自の黒酢が使われる。

主食は米で、炊くだけでなく団子やフラットブレッド、蒸留酒にするなど多彩だ。タケノコや山菜、キノコなど森の恵みを活かした料理も多く、山がちな地形も含めて日本の文化と通じる部分も感じられる。

空から見た田植えの様子
空から見た田植えの様子。主に女性が担当する。作付面積は減少しているものの、稲作はクールグの人々の暮らしと文化の中心であり続けている。
米を搗く一族の女性たち
収穫祭の準備のために先祖伝来の家に集まり、米を搗く一族の女性たち。
銅の器を頭上に掲げる男性
満月の夜に行われる米の収穫祭で、初穂を入れるための銅の器を頭上に掲げる男性。
米の蒸留酒カチュネ・カッレ
米の蒸留酒カチュネ・カッレ。日本酒のような風味があるという。神々や先祖に捧げられる酒であり、あらゆる儀式や神聖な行事で供えられる。現在は自宅での製造は禁止されているが、伝統的に醸造は女性が行ってきた。クールグでは男女共にアルコールを嗜み、森の恵みを果実酒にする文化がある。

「レシピは、単なる料理の指示ではなく物語」だとカーヴェリーさんは言う。献辞が娘アランダティ・アンマヴァさんに捧げられているのが象徴的だ。食文化だけでなく土地に対する強い責任感と相互扶助の精神が次世代に受け継がれてほしいという気持ちを込めたのだという。

伝統的な料理は人々を支え、未来への道標となり、私たちが今どのように料理をし、食べるべきかを教えてくれるものであるとカーヴェリーさんは確信している。

ライフスタイルや環境の変化から、食文化の伝統が失われていく現象は世界各地で起こっているが、自分のルーツや、郷土の食の記憶、そこに息づく智恵に目を向け、次の世代につないでいくことは私たちの責任でもあると言えるだろう。

『Coorg: The Cookbook』
『Coorg: The Cookbook』Aarya Tara Enterprises刊/480ページ/4500ルピー。カーヴェリーさんのサイトにて本の一部を見ることができる。
ワイルドマッシュルームカレー
日本の読者におすすめしたい料理としてカーヴェリーさんが選んだのはワイルドマッシュルームカレー。他にパンディカリーとカダムブッテ(蒸し米団子)やチキンカレーを添えたパプッテ(カルダモン風味の砕き米の蒸し物)もおすすめだという。

*1ルピー=185円(2026年7月時点)

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