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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

岩田 康宏さん(いわた・やすひろ)

フードコミュニケーター

2020.04.01

食材を生産したり、流通に関わったり、料理を作ったりするばかりが食の担い手とは限らない。岩田康宏さんは今、農山漁村の食文化を活用した事業を構築中だ。「食のキャリアはないけれど、意識の持ち方では誰にも負けない」との自負が岩田さんの背中を押した。
「地域の食文化は地域の資源。ものづくり以外にも経済循環を促す活用法があるのではないか」2019年9月、宮城県南三陸町で、その実証実験とも言うべき「シェフ・イン・レジデンス in 南三陸」を実施した。


text Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda

写真:南三陸町に住まいがあるが、東京と南三陸を頻繁に行き来する2拠点生活。東京では原宿にあるNext Commons Labのコワーキングスペースで仕事をし、宿舎に寝泊り。元々、シェアハウス暮らしが長く、“共有”のメリットを実感してきた。「コストをかけずにいろんな土地の生活インフラを利用できると、行動半径が広がる」。


土着×世界ネットワーク

9月9~30日、宮城県南三陸町に3人の外国人シェフが訪れた。一人はイスラエルからやってきたイスラエル・シャーさん、東アジアの食文化のリサーチをライフワークとする。もう一人はスイス出身のタチアナ・タグリさん、音楽から受けるインスピレーションを料理へ転換する料理家だ。そして、コロンビア出身のディアナ・ピッツァーノさん、味覚科学、文化人類学、有機農業など様々な側面から料理と関わる。

3人は3週間、南三陸町に滞在して、町民との交流を深めながら、地域の食文化を学んだ。締め括りに地元の食材を使った料理を創作し、町の人々へのお返しとして披露した。題して「シェフ・イン・レジデンス in 南三陸町」。この企画・運営を手掛けたのが岩田康宏さんである。

「食文化は人間の移動によって前進する」と岩田さんは考える。古くは大航海時代の新大陸発見、民族大移動、国土拡大のための遠征や侵略。シルクロードのような道が果たした役割も大きい。近代では移民、留学や修業によって。「単なる伝播に留まらず、異なる文化を持つ同士が出会うことで変化が生まれる。外国人シェフによって南三陸町に新たな視点がもたらされ、シェフたちは南三陸の食文化を持ち帰る。互いの食文化に刺激を与え合うと考えた」

家庭の主婦に郷土料理を教わる、民泊でちらしずしを共同調理する、高校で生徒たちと一緒にお弁当を食べる、漁師の話を聞き、牡蠣やホヤなど養殖の現場を訪ねる、蒲鉾づくりを見る、枝豆の収穫を手伝う、山の放牧豚と戯れるなど、シェフたちは町の隅々に入り込んだ。「義母から受け継いだ」という「蛸の桜煎り」を教えてくれた阿部民子さん宅では、蛸と煮る大根おろしの搾り汁でイスラエルさんがドリンクを開発するなど、教え教わる関係は自然発生的にコラボ化していく。

「町民へのアンケートでは、料理教室の開催を望む声が多かった。シェフたちを迎えたことで、地元に伝わる料理の価値を見直し、守りつつ一歩前へ進めようとする意志を感じました」



シンギュラリティよりヒューマニティ
岩田さんは、2018年から約1年間、イタリアの食科学大学で学んだ。来日した3人のシェフはそのネットワークで募集したという。「渡航費とプログラムに含まれない飲食費は彼らの自己負担。寝泊りはシェアハウス。それでも日本の地方の食文化を体験したくて仕方がない料理人は多い」。

岩田さんのシェフ・イン・レジデンス構想は2年前にさかのぼる。17年、「ネクスト・コモンズ・ラボ 南三陸」の起業家募集に応募したところから始まっている。ネクスト・コモンズ・ラボとは、「地域資源や地域の課題の上に立って経済循環を促す事業を立ち上げようとする起業家のプラットフォーム」。様々な領域で活動するメンバーが集まり、プロジェクトを通じて地域社会と交わりながら新しい社会インフラを創出する活動を、岩手県・遠野、奈良県・奥大和、石川県・加賀、青森県・弘前、福島県・南相馬などで展開している。南三陸もそのひとつだ。

大学卒業後、ソフトバンクに就職した岩田さんは、クラウドコンピューティングやロボティクスの事業推進に従事するうちに、「これから先、人間はどうなっていくのか?」と考えるようになったという。
「AIならエラーとされるようなことの良さとか、人間が介在しないと成立しないこととか、身体性を伴った人間ならではの活動に惹かれるようになった。シンギュラリティよりヒューマニティに意識が向いた」。

当時、建築界では知る人も多い神楽坂のシェアハウス「SHAREyaraicho」に住んでいたが、「2年半ほどの居住期間、ほとんど物を買うことがなかった。備わっていれば、買わずに済む。反対に、知識の共有は促進されて、周囲からものすごく刺激を受けました」。物を共有し、知識を共有する面白さに目覚めたわけである。

その頃、ネクスト・コモンズ・ラボが立ち上がり、各地で説明会が開かれていた。
"森里海ひと いのちめぐるまち 南三陸"をキャッチフレーズとして、バイオマス産業都市構想を掲げ、町一丸となって次世代型社会モデルづくりに取り組む南三陸町に惹かれ、シェフ・イン・レジデンスを提案、採用される。ちなみに採用が決まると、ネクスト・コモンズ・ラボの施設やネットワークが利用でき、3年間は生活サポートが受けられる。


イタリアで得た財産
イタリアの食科学大学への留学は、シェフ・イン・レジデンスのプロジェクト推進が決定してからだ。
「大学名University of Gastronomic Sciencesのガストロノミーとはどういうことかと説明会で質問すると、『食に関わるあらゆる要素を包み込む概念。最近は特にサステナビリティの占める割合が大きい』との回答が返ってきた。それを聞いて、自分が求めるものはそこにあると思った。日々の事柄と社会を紐付けて一緒くたに考えられるのがガストロノミーなんだ、と」

イタリアへ行って、食の実態が地方によって様々に異なり、画一的でないことにも感化される。日本でも土着的な食事にもっとスポットが当たっていいはず。大学で学びながら、岩田さんはシェフ・イン・レジデンスの説明会を独自に学外で開き、スコットランドのエディンバラ・フードスタジオに出向いて連携を持ちかけるなど、事業化に向けた関係づくりに力を注ぐ。
「食科学大学はコミュニティとしても優れている。卒業後3年間はe-mailが使えたり、LinkedInに投稿すれば、誰かから瞬時にレスポンスが来る。得難い財産です」



共有し合う仕組みづくり
「様々な可能性を見据えて、年内には事業化の目処を立てたい」と岩田さん。
参加シェフたちは「自国でもやりたい。シェフを交換し合うのもいいね」と言いながら帰って行った。他地域で活動するネクスト・コモンズ・ラボのメンバーが「自分たちの土地でもできないか?」と問い合わせてくる。「南三陸ラーニングセンター」(震災を教訓として新たなまちづくりに挑む南三陸町に学ぶ研修機関)から研修プログラムにとの打診もある。寄せられる声を結び付けていけば、シェフ・イン・レジデンスのネックワーク化も夢ではない。「食文化交換交配装置として機能できたら、各地の地域活性に役立てる」と岩田さんは思う。
「イメージは“土着×世界ネットワーク”」。
あるものを共有し合う仕組みが食の景色を豊かに変えていく。


岩田 康宏(いわた・やすひろ)
1988年、大阪府生まれ、愛知県育ち。2013~16年、ソフトバンク株式会社でクラウドコンピューティング、ロボティクスの事業推進に従事。同時期、神楽坂のシェアハウス「SHARE yaraicho」に住みながら、コミュニティイベントの企画・運営を手掛ける。2017年、ソフトバンクを退社し、Next Commons Lab 南三陸にシェフ・イン・レジデンスプロジェクトを提案し、採用される。2018年、イタリアの食科学大学に在籍して、修士号を取得。『神山進化論』など先達の事例に学びつつ、2019年、シェフ・イン・レジデンス・ジャパンを設立し、宮城県南三陸町で食を通したコミュニティ再生プロジェクトを始動。

























































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