子供たちに残すべき畜産のかたちとは?
岩手「中屋敷ファーム」中屋敷敏晃さん
2022.05.19
text by Sawako Kimijima / photographs by Nakayashiki Farm, Noriko Ogisawa, Rina Sakai
連載:新・大地からの声
【若き生産者の声から食を考える】
自家産の牧草を中心に地域資源を活かした飼料で牛を育てる、ジャージー牛や交雑種など市場で価値が付きづらい品種の可能性を見出す・・・。中屋敷敏晃さんがそんなマイノリティな取り組みに果敢に挑戦するのは、牛肉生産の7割を輸入飼料に頼る日本の畜産の行方を危惧すればこそ。「子供たちが牛を飼いたいと思った時に飼える状況をつくっておきたい」。日本で畜産を続けていくために何をすべきか、チャレンジは続きます。
中屋敷敏晃(なかやしき・としあき)
1978年生まれ。岩手県雫石町の農家に生まれる。盛岡市内のホテルに7年間勤務後、父親が運送業を始めるため、雫石に戻る。2004年、和牛繁殖牛1頭を飼い始める。繁殖、育成、牧草販売などを並行して行いながら規模を拡げ、現在は繁殖牛・育成牛を併せて約250頭、肥育牛約60頭を飼養する。2021年、いわて産学連携推進協議会による「リエゾン-I研究開発事業化育成資金」(研究機関の研究シーズと企業の開発ニーズのマッチングによって新事業の創出を図る資金)を贈呈された。
問1.どんな農業を営んでいますか?
疑問を解決しようとしています。
牛の繁殖農家として営んでいて、疑問が湧いてくることがあります。「どうして、輸入の飼料で育てるのか?」「なぜ、黒毛以外の品種は安いのか?」。就農した当初はそういうものと思って慣習に従っていましたが、徐々に湧いてきた疑問を自分なりに解決したいと思い、一つひとつ行動を起こしてきました。
2021年の和牛の輸出は数量・金額ともに過去最高で、欧米では高級部位が人気と報道されています。しかし、日本の畜産の飼料自給率は約25%。7割以上を輸入飼料に頼っている。それを和牛と呼んでいいのかなと思うのです。
農研機構東北農業研究センター(東北農研)の人たちと会食した時、「この土地で栽培した飼料で牛を育てたい」と言ったら、「できますよ」と。その研究を進めている最中と知り、彼らと一緒に自家産の牧草を中心とする飼料作りに取り組み始めました。2018年のことです。
牛の飼育にはタンパク質に富むエサが不可欠です。アルファルファというマメ科の牧草が代表的。ただし、日本でアルファルファを栽培するのは難しく、輸入に頼っています。近年、アルファルファの値段が上昇、東北農研では輸入に頼らない方法を模索すべく、大豆をエサにする研究を進めていたんですね。それも、イタリアンライグラスという牧草をリビングマルチ(被覆植物)にすることによって大豆を無農薬で栽培できる。大豆は茎や葉もエサとして使います。その研究をうちの農場で実践し始めたわけです。雫石で栽培した飼料で育てる牛は、自ずと雫石ならではの肉質になるでしょう。雫石の自然の恵みから生産される牛肉としての付加価値を高めようとの狙いもあります。
コロナ禍やウクライナ侵攻の影響で、様々な物資の生産や流通がいっそう不安定になってきました。価格も高騰しています。飼料も例外ではありません。輸入に頼らずとも牛を育てられる環境をつくっておかなければ、これから先、子供たちが畜産をやりたいと思ってもできない可能性だって出てくる。地域資源による畜産は必然だと思っています。
今、繁殖牛として母牛と育成牛(母牛になる準備段階の牛)を併せて約250頭、肥育牛は約60頭を飼養していて、母牛から年間約200頭の仔牛が生まれます。肥育牛60頭の内訳は、30頭が黒毛、残り30頭がジャージー牛など黒毛以外の多様な品種です。「なぜ、黒毛以外の品種は安いのか?」という疑問に対してとった行動が、この多様な品種の牛たちなんです。
後輩からもらったジャージー牛の肉を焼いて食べたのがきっかけでした。確か2015年頃だったと思います。そのおいしさに驚いたんです。黒毛が一番と信じていたので、衝撃でした。一気に興味が湧いて、岩手県二戸郡一戸町でジャージー牛を飼う酪農家、「お散歩ジャージー三谷牧場」の三谷剛史さんに「どうしたら、ジャージー牛を手に入れられるのか?」と尋ねました。三谷牧場はうちから牧草を仕入れているお客さんでもあります。すると、酪農牧場では雄が生まれると仔牛のうちに売りに出さざるを得ない、その売値は1頭1000円程度にしかならないと言うではありませんか。黒毛のように高価な肉として取引されないからとはいえ、人間都合で経済優先の値付けって、おかしくないか? だったら、うちで育ててみよう、それが始まりです。
普通に市場に出しても真っ当な値は付かない。でも、肉質が優れていることは誰よりも僕がわかっています。そこで、懇意にしている牛肉卸「東京宝山」の荻澤紀子さんを通じて、レストランのシェフたちにジャージー牛への理解を深めてもらうように努めました。ジャージーならではの味わいに今ではすっかりファンが付いています。
交雑種の可能性を見出し、価値化することにも挑戦しています。短角牛×黒毛、褐牛(あかうし)×黒毛、ジャージー×黒毛、さらに、短・黒×黒毛、短・褐×黒毛、といったように、三元豚ならぬ三元和牛も試みました。短角牛×黒毛や、ジャージー×黒毛は、赤身系と霜降り系が掛け合わされて、ちょうどバランスの良い肉質になります。実は育てる上でも、交雑牛は丈夫で育てやすいというメリットがあるんですよ。
問2.どんな暮らし方をしていますか?
自分の身の回りから考える。
就農したばかりの頃、真っ先に抱いた疑問が、「なぜ、多くの農家は堆肥を捨ててしまうのか?」でした。
畜産をやっていれば、当然、牛糞が出ます。手をかければ立派な堆肥になる。けれど、お金を出して、産業廃棄物として捨ててしまう農家が多い。化学肥料を使うことに慣れてしまっているのでしょう。お金を出して牛糞を捨てて、お金を出して化学肥料を使って、僕にはお金を捨てているように見えました。
昔の農家のあり方を思い浮かべてみるとわかりますが、牛を飼うことと米や野菜を栽培することはつながっています。昔は堆肥で循環していた。だから「家畜」って呼ぶんじゃないかと僕は思うんです。昔の人たちがやってきたことって、理に適っていることが多い。僕はそこへ戻していきたいと考えています。
食料はできるかぎり国産をと考えて、飼料の自家栽培にも取り組んでいるわけですが、突き詰めれば、自家生産するに越したことはないという考えです。子供が東京の大学へ進学したため、今、我が家は祖母、父母、私たち夫婦の大人5人。自分たちで栽培・飼育したもので成り立つ食生活です。
お隣の畑が耕されずにいるので、うちの祖母が野菜を育てています。畑も使い続けないとダメになるからです。その野菜を畑の前で無人販売していると、盛岡で飲食店をやっている人たちがやってきて買っていく。流通を目的としない農作物は、余計な農薬などを使わないから喜ばれるんですね。
近所の人たちに自慢の堆肥を差し上げると、「中屋敷さんの堆肥を使い始めてから、野菜がよく太るようになった」と言われます。そこでまた「人との関わりも昔に戻さなければならないんじゃないか」と考える。互いに助け合う「結」の精神ですね。
土地があって、畑があるから言えるのかもしれませんが、それにしても、自分の身の回りから考えることは大切だと思うのです。
問3.これからの食のあり方について思うこと。
子供に伝える。子供から大人を動かしていく。
こういった考え方を教えてくれたのは牛たちですね。
牛は飼養期間が長く、母牛のお腹にいる時から計算すると、一頭あたり4年ほど関わりを持つ。名前も付けるし、個性に合わせた育て方もする。生命との関わり方がどうしても深くなる。利益が出るかどうか以前に考えることがたくさん湧いてくるんです。
それと、2013年8月9日の豪雨災害以降、環境意識が強くなったのは事実です。牛舎が浸水して、飼料もすべて水浸しになった。このレベルの被害が毎年起きたらと想像すると、自分に何ができるのかと考えざるを得ません。
地球温暖化の原因のひとつとして、牛のゲップに含まれるメタンガスが挙げられています。畜産への風当たりが強くなっていると感じる。しかし、人類の畜産の歴史、人と牛の関わりを考えた時、そう簡単に畜産という文化を捨てていいとは思えない。ならば、せめて持続可能な畜産のかたちを考えたい。地域資源で育てるのも、多様な品種の価値向上を図るのも、そのためです。
雫石町は農業体験や農家の生活体験、通称グリーンツーリズムを推進していて、うちでも今年は4校の県外中学生を引き受けることになりました。農と食の大切さ、これからの畜産のあり方を誰に訴えたらいいんだろうって考えた時、子供たちに理解してもらうことで、子から親へと伝わったらいいなと思うんですね。子供たちに伝えることが、子供たちに残すための手段でもあると思っています。
◎中屋敷ファーム
☎090-4880-1518
シリーズ「新・大地からの声」
新型コロナウイルスの感染拡大は、「食のつながり」の大切さを浮き彫りにし、「食とは生命の循環である」ことを強く訴えました。
では、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の声に耳を傾けよう。そんな思いで、2020年5月、スタートさせたのが「大地からの声 新型コロナウイルスが教えようとしていること。」です。
自然と対峙する人々の語りは示唆に富み、哲学者の言葉にも通ずる深遠さがありました。
コロナ禍が新たな局面へ転じようとしている今、もう少し幅広く「私たちの食はどうあるべきか?」を共に考えていくシリーズにしたい。そこで「新・大地からの声」としてリニューアルを図り、若き生産者たちの生き方・考え方をフィーチャーしていきます。
<3つの質問を投げかけています>
問1 どんな農林漁業を営んでいますか?
問2 どんな暮らし方をしていますか?
問3 これからの食のあり方について思うこと。
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