日々の暮らしで、災害に強くなる。
その時、どう生きるか。―災害時の食と栄養― 1
2022.08.02
text by Kyoko Kita (TOP写真:一般社団法人OPEN JAPAN提供)
連載:災害時の食と栄養
2020年8月から2021年8月にかけて全5回でお届けしたシリーズ「その時、どう生きるか。―災害時の食と栄養―」を再掲載します。災害時の状況や、日々の暮らしの中で実践できる備えについて、“食”を切り口にお伝えします。
毎年のように地球のどこかで、大規模な自然災害に見舞われています。その度に多くの方が犠牲となり、中長期にわたる避難生活を余儀なくされています。生きることが最優先の現場では、食や栄養の問題は後回しにされがちだといいます。「傷ついた心と体を癒し、明日に向かう勇気をくれるのは食であるはず」。そんな思いで集う災害支援NPOと食・栄養のプロによるJVOAD【食・栄養】官民学連携プロジェクト(通称:たべぷろ)が始動しています。
見つかりにくい、食の課題
災害時の食の問題を解決するための共創プラットフォームを目指し、1年前(2019年)に立ち上がった本プロジェクト。災害時に全国から駆け付けるボランティア団体と連携し、もれ・むらのない支援を実現するために活動する特定非営利活動法人 全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)と、東北の復興支援に関わってきた公益財団法人 味の素ファンデーションがタッグを組み、研究者、栄養士、国連機関、民間企業など多岐にわたるメンバーが参画しています。
2020年7月、豪雨災害に見舞われた地域への支援を行っている「たべぷろ」メンバーに話を伺いました。
千葉:一杯の温かいスープで、被災者の方たちの顔が変わるんです。一人背中を丸めて仕出し弁当を食べていたおじいちゃんが、顔を上げてぽつりぽつりと話し出したり、疲れ切った家族が家の片づけ以外の話を始めたり。食べ物の力って本当にすごい。
成田:それが地域の人による炊き出しだと、「うちではこんな野菜を入れるんだよ」なんて日常の会話を取り戻すきっかけにもなります。
JVOADのメンバーである千葉泰彦さんと成田亮さん。災害時に支援の全体像を把握し、地域、分野、セクターを超えた関係者同士の連携、支援環境の整備を目的に活動しています。
家屋の浸水や倒壊、身近な人の死、不自由な避難生活。当たり前に続くと思っていた日常が一変し、過酷な現実と向き合わされている被災者にとって、手作りの温かい食事が、明日に向かう力を与えてくれると千葉さん、成田さんは言います。しかし、そのような食事が被災者に振る舞われるまでには、時間を要することが多いのが現実のようです。
「被災地では食や栄養が後回しにされている」と指摘するのは、国立健康・栄養研究所 国際災害栄養研究室室長で、災害時の食領域における研究の第一人者である笠岡(坪山)宜代さんです。これまで国の災害支援の項目に含まれなかった「栄養」という観点の重要性を10年に渡り訴え続け、2年前(2018年)に研修室を開設。「Evidence to Action-エビデンス・トゥ・アクション」というスローガンを掲げ、どの地域・避難所で食べ物や栄養が不足しているか、要配慮者がどこで困っているかを国のデータベースを基に分析して、現場に伝える後方支援を行っています。
笠岡:災害現場においては、命を救うこと=医療が最優先になります。食べ物の質や栄養に関して支援が後回しになっているのが事実です。まず災害発生直後は、長期保存の利く菓子パンやアルファ化米など簡易的な食事が最低限配られるだけというケースがほとんどで、食事の量も質も不足しています。家庭、行政、施設、企業の備蓄が足りず、提供体制も不十分だからです。
逆に避難生活が長引いてくると、ビタミン類が不足する一方、炭水化物や脂質過多になりがちです。支援として送られてくるお菓子が大量に余っていたり、揚げ物ばかりの弁当が続いたり、塩分の多い食事が続いたり・・・。災害下ではストレスで血糖や血圧が上がりやすくなっている上、慢性疾患をお持ちの方々はこのような食環境で症状を悪化させることも少なくありません。
さらに深刻な状況に置かれているのが、乳幼児や、嚥下障害がある高齢者の方、アレルギーや重度の慢性疾患を抱えている方、特定の宗教を信仰している方など、食事に制限のある「災害時要配慮者」です。彼らの存在は見過ごされがちで、必要な食料がなかなか手に入らないのが実態です。
千葉:7月の豪雨で被害を受けた熊本県人吉市では、被災した4,681世帯のうち、避難所に身を寄せているのは約1,135人(令和2年7月22日熊本県災害対策本部発表)。高齢者や障害者、その介護など、様々な理由で避難所に行けない被災者の状況をいかに把握し支援するかも課題です。
栄養の問題が後回しにされてしまう理由について、公益財団法人味の素ファンデーションでこのプロジェクトの事務局実務を担う齋藤由里子さんは次のように話します。
齋藤:栄養の不足は、ケガなど目に見える部分ではなく身体の中で起きていること。実際に異変が起きるまでに時間がかかり、因果関係を特定しにくいことも手伝い、問題が顕在化しにくいのだと思います。被災直後は、現場の旗振り役である被災地市町村の行政職員も被災者であり、人数も少ないことから、細かいニーズに合わせた食事の提供まで手が回らないという実態もあるでしょう。食の嗜好やニーズは個人差が大きく、日々三食で変化も必要なため、公平を求められる行政の機能にフィットしにくい面も大きいと思います。
我慢をしない、させない
とはいえ、まさに今も避難所で暮らす被災者がいて、健康面での問題にも直面しています。
成田:避難生活を始めて1週間ほどで便秘など体調の変化を訴える人が出てきます。トイレ環境が十分でないため、食べる量や水分を減らしているからでしょう。この時期の違和感がきっかけで、仮設住宅に移行しても食事がとれなかったり不眠が続いたりして、体調を崩す人も少なくありません。
笠岡:被災されている方はつい我慢をしてしまうんです。食べ物をもらえるだけでありがたい、我儘を言ってはいけないと。でもこんな時だからこそ、我慢をしない、させない環境づくりが大切です。
現場のニーズが吸い上げられない理由の一つは、国も支援チームもあらゆる組織が縦割りという構造に課題があるからだと思います。現場でも歯科医師と栄養士で情報共有がされていなかったりします。平時から組織間でしっかり連携していくことが大切です。
今回の九州豪雨では、以前から被災地の野菜不足を訴えていたこともあり、プッシュ型支援として野菜ジュースを何万本も送ってくれました。今回のような迅速かつ柔軟な判断は、これまで考えられなかったことで、感動すら覚えました。
千葉:被災地では栄養士や保健師が食と栄養で采配を振るえるようになるまでには少し時間がかかることが多いです。彼らが必要に応じて野菜ジュースやバナナなど配慮ある食事提供をすすめますが、被災者に届くのに数週間時間を要することもあります。今回は本当に早かったです。
災害が起きる度に被災地に入りますが、人に依存しない支援の仕組みや構造から変えていかなくてはならないでしょう。
被災時も、食の時間を慈しむ
一方、個人に配慮した被災者支援が進んでいるのがイタリアです。
笠岡:イタリアは欧州の中でも自然災害が多い国で、避難者の生活を重視した支援が常識化しています。私が視察したのは、2012年に地震の被害にあったエミリア・ロマーニャ州自治体など3組織です。日本では体育館や集会所に多くの人が身を寄せ、プライバシーが保てる状態にはありませんが、イタリアでは避難所となるグラウンドに1~2家族単位で入れるテントがいくつも張られ、人数分のベッドが用意されます。トイレとシャワーのコンテナ、食中毒防止のため調理者専用のトイレがついたキッチンカーも設置されます。
このようにパッケージ化された避難所が被災地の外から来た行政のもとで動くボランティアにより、災害発生当日に何カ所も立ち上がる。被災自治体が頑張るのではなく、近隣の県や市町村が速やかに支援する体制が作られている点も日本とは大きく異なります。
さらにボランティアメンバーには、料理人や特別に調理指導を受けたスタッフも含まれ、被災初日から作りたてのトマトソースパスタが提供されたといいます。その食事も配って終りではありません。避難所ごとに食堂が設けられ、時にワインを飲みながら、避難者だけでなく支援者も共に温かい料理を囲む。食事にはお腹を満たす、栄養を取る以外にも様々な意味があることを改めて感じました。
このような事例は日本でも一部で導入され始めています。
笠岡:台風19号で被災した宮城県丸森町には、地域とボランティア団体、行政の連携によるりキッチンカーが活躍しました。このキッチンカーで作られた「元気鍋」という野菜たっぷりの汁ものと一緒に、栄養バランスのしっかりとれた弁当を住民たちに配布していました。キッチンカーは地区の学校関係者が国内でオーダー生産したものらしく、きちんと調理者専用トイレがついていた点も素晴らしかった。
今できることを考える
千葉:いざという時のためにも、日頃から積極的にコミュニティに参加したり、地域内での連携を深めておくことが大切ですよね。一人より仲間と動く方が周りからのサポートも得やすく、行動しやすいですから。
笠岡:イタリアでは自治体や協会の下に様々なボランティア団体があり、備蓄品の管理や運用も各地域のボランティアが中心に行っていました。災害発生時だけでなく平時にも様々な活動を行っているため、自治体とボランティアメンバーの垣根が低いことも印象的でした。
成田:防災活動などを通じて地域や学校、行政がきちんと信頼関係を築けていると、学校の調理室などを利用した炊き出しもスムーズに行うことができ、いつもの食事に近いものが食べられます。外からの支援では限界がありますが、漁協農協婦人部による炊き出しや、自主防災会の男性たちによる配達など地域内での支援は比較的長い期間続けることが可能です。
千葉:被災地域内の限られた人、資源でいかに対応するかというのが、コロナが示した課題だと思います。炊き出しなどの様子を見ていても、感染症対策や衛生面が心配になることが時々あります。正しい衛生管理の知識やノウハウを、平時からきちんと地域におろしておく必要性を感じます。
笠岡:一人ひとりが日頃から食事を軽視しないことも大切です。普段できないことは災害時にもできません。避難生活で限られた食事をどう食べるか、自分自身の栄養管理が身についていれば、慢性疾患を持つ人でも症状の悪化を防ぎながら生き延びられるのです。また便秘や口内炎など、日頃から自分の体の異変のサインがどのように出るかを知っていれば、自分の身体の変化を知るきっかけになり、何らかの形で対処できると思います。
齋藤:これだけ災害が頻発するようになると、従来の支援の仕組みではスピードが追い付かず、行政の対応範囲にも限界があります。行政任せにするのではなく、民間のもっと多くの人に様々な形で関与してもらう必要があると感じています。特に食という分野については、関わりなく生きている人はいませんよね。
例えば、被災地には行けないレストランのシェフでも、衛生管理や調理に関する知識や技術をボランティアスタッフに指導することはできます。自分が住んでいる地域が被災したなら、炊き出しを手伝うことも出来るかもしれません。誰もが被災者になりうる一方で、支援者にもなれるのです。
まずは被災地で何が起きているかを知って頂き、一人ひとりが何ができるか、考えてもらえたら嬉しいです。
◎ JVOAD【食・栄養】官民学連携プロジェクト(通称:たべぷろ)
新型コロナウイルスの影響下でおきる複合災害に関する、被災者、支援者両方に向けたガイドライン(PDF)や、災害対応に関わる支援者向け感染症対策・予防に関する研修プログラム(動画)をご覧いただけます。
https://jvoad.jp/guideline/
(料理通信社は「SDGメディアコンパクト」加盟メディアとして、食の領域と深く関わるSDGs達成に繋がる事業を目指し、メディア活動を行っています)
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