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PEOPLE / 寄稿者連載

旅の途中、メキシコ

関根拓さん連載 「食を旅する」第2回

2017.01.19

連載:関根拓さん連載




知らない世界を見に行く贅沢。


2017年が幕を開けました。
大晦日から元旦にかけて、パリはマイナス3℃を記録し、非常に寒い冬を経験しています。
「Dersou(デルソー)」を開店して、あっという間に2年が経ちました。これまでいろいろな国を訪れて、現地で働いたり、スタージュをする中で、こんなお店があったらいいなという思いを込めてつくったのが「デルソー」です。今も、現在進行形のインプットを、料理という形を通して、お客様に還元できればと思っています。

オープン時には想像もつかなかったことですが、最近では、様々な場所に赴いて料理する機会をいただけるようになりました。おかげでインプットも広がりを見せています。去年は、セビリヤ、モスクワ、ベルリン、コルシカ、メキシコ、ウズベキスタン、大阪、東京、ロサンゼルスを訪れ、今年はこれからジュネーブ、コペンハーゲン、ロンドン、シンガポール、アイスランド、ベイルート、イスタンブールへと旅が続きます。

僕は旅がたまらなく好きです。
旅をすることによって、頭の中身がリフレッシュされ、移動や環境の違いで少し戸惑ったり、疲弊することがあっても、その緊張感がまたたまりません。そして何より、自分の知らない世界を実際に見に行けるというのは、いつの時代でも最高の贅沢だと思っています。

もちろん僕が旅をする時の最大の目的は「食」。食を中心として、その廻りで起こっていることのすべてが愛おしい自分としては、世界中どこへ行っても興味の果てることがありません。

旅先のレストランや食堂で食事をしたり、市場や陶器の産地を訪れたりということは、もちろん今までも海外を訪れる時のルーティーンでありました。最近では、現地で自分の料理を提供するという楽しみがひとつ増えました。現地のシェフや生産者と交流できるのも大きな魅力です。

作るのは、その場の食材を活かした「今日の料理」。





こうした旅は、レストランやイベンターのメールオファーから始まります。
早いものでは1年近く前からブッキングの打診があります。次に、ランチおよびディナーの構成、お客様の数、補助をしてくれるスタッフの人数、市場のある曜日などを考慮して旅程を決め、自分の場合、メニューを6割ほど打ち合わせた上で現地に向かいます。残りの4割は、現地の市場に行って、その土地の食材を実際に目にしながら、ベストの料理を目指します。ただ、限られた滞在の中で、仕込みから料理提供までを実現させなくてはいけないという時間的制約があるのも事実です。






よく海外で聞かれるのが、「パリのデルソーでもこのような料理なのか?」という質問。そんな時は決まって「これは今日の料理です」とお答えします。元々、パリの店での料理は、パリで手に入る生産者からの食材を前提とした「今日の料理」ですし、海外にいる場合でも、その場の最良の食材を活かした「今日の料理」を目指しています。中にはパリとまったく同じ料理を食べたいと思われる方もいらっしゃるのでしょうが、残念ながらそれは自分の意図するところではありません。パリにいる時と同じ姿勢を貫こうとすればこそ、同じ料理になり得ないのです。

僕が今、メキシコに夢中な理由。





今、僕はメキシコに夢中です。
それは、去年3月、パリでエドアルド・ガルシアというシェフと出会ったことから始まりました。「Omnivore(オムニヴォール)」という世界的な料理イベントのステージで、彼はひときわ輝いていたのです。ゆっくりと力強く話す彼の英語に、彼の料理に、自分は完全に魅了されていました。
エドアルドさんと関根さん。


彼は、学校というものに行ったことがまったくありません。4歳でメキシコからアメリカへ家族のために出稼ぎに出て、農園で果実を収穫するのが初めての仕事でした。7歳の時、レストランで皿洗いとして働くことになります。彼は、その頃を思い出して、極度の貧困に対して「必要」な仕事だったと言います。しかし、14歳の時に働き始めたフランス料理店で、彼は料理に魅了されるのです。その時初めて得た料理への「愛」が彼の人生を変えました。20歳でニューヨークの三ツ星「Le Bernardin(ル・ベルナルダン)」2号店のシェフを任されるまでになります。その後、メキシコへ戻って、有名店「Pujol(プジョル)」でシェフを務めた後、2012年、彼はついに自らの店「Maximo Bistrot Local(マキシモ・ビストロ・ローカル)」をオープンさせ、ほどなくして超人気店となるのです。





ある日、噂を聞きつけた有名政治家の娘が予約なしに店を訪れました。もちろん席はありません。彼女はすぐにテーブルを用意するよう要求します。それを聞きつけたエドアルドは、当然のごとく拒否します。拒否された娘は、父親の権力を使って店を閉店させると脅し、実際にその日中に店は閉店へと追い込まれてしまいます。しかし、偶然メディアによって撮られていた映像が瞬く間に政治スキャンダルとしてメキシコ中のテレビを、翌日には世界9カ国の新聞を賑わせることになり、メキシコで初めて要人の悪習を断固拒否した店として、奇しくも世界的に有名になるのです。娘の父親は後に政府から更迭されますが、しばらくの間、エドアルドとその家族は彼らからの復讐に怯えて過ごしたそうです。

彼の人生と料理人としての道筋は、自分が歩んできたものとは違います。国籍も違えば、働いてきた状況も、見てきた料理も違います。ただ、料理に対する愛情やヴィジョンがどこか自分のそれと近しく感じられて、何より彼が話すメキシコに心惹かれて、「今年はメキシコに彼の料理を食べに行こう」と、オムニヴォールの会場で決めていました。

すると、翌日、自分の店を訪れた一人のメキシコ人に話しかけられます。彼にステージで見たエドアルドの話を熱く語ると、彼は「自分は彼のビジネスパートナーだ。エドアルドもお前のことを知っている。よかったら、夏にメキシコへ来て一緒に料理をしたらどうだ」と言うのです。
こうして初めてのメキシコへの旅は実現したのでした。

口に入れることで体にしっくり落ちてくる。この感覚がたまらなく好き。





初めて体験するメキシコは、自分の想像をはるかに超えていました。
到着した翌日、世界最大の中央市場アバストを訪れました。食材から拳銃まであらゆるものが手に入ると言われ、築地の13倍の面積を誇る広大な市場です。市内の渋滞を避けるため、夜が開ける前に到着したこともあって、物々しい雰囲気に包まれ、一見、市場独特の陽気さがありませんでした。しかし、太陽が昇り始めると同時に光を浴び出した地面の上のむき出しの野菜たちや、忙しく働く人間たちの服の色まで、実に力強く色鮮やかで、「食」がいかに生命と密な関係にあるかを思い出されてくれました。









自分の大好きなコリアンダーひとつとっても、彼らの故郷がここなのかと思わせるほど生き生きとして、かつ落ち着いた佇まい。見たことも聞いたこともない食材たちの、無限に広がっているかのような山。こんな時、自分は、旅をすることによって彼らに会いに来たような感覚に陥ります。

アメリカ西海岸から国境をメキシコ側に渡って南に伸びるバハ・カルフォルニアを訪れる機会にも恵まれました。今回のメキシコ滞在を聞きつけて、もう一つのレストランが招待してくれたのです。
アメリカのサンディエゴと国境を共にするティフワナで飛行機を降り立ち、さらに車で南へ、エンセナーダという海岸沿いの街を目指します。車内から見る太平洋はメキシコの強い日差しに照らされて青々とし、いよいよ自分のメキシコのイメージから遠くなっていきます。









途中でストップしたプエルトヌエーボでは、トルティーヤはトウモロコシではなく小麦粉で作られ、具材はこの街で豊富に採れる伊勢海老と煮崩れた豆のサルサ。豪快にのせて食べます。ウニも牡蠣も豊富で、セビーチェにして食べます。ウニには常にアボカドが添えられます。とにかくすべてがうまい。字面で見ただけでは想像がつきにくいものも、口に入れることによって、体にしっくり落ちてくる。この感覚がたまらなく好きです。









旅はどこか一歩一歩前に進む人生のようであり、旅の食事は人生における人との出会いのようです。運命的な出会いもあれば、少し苦かったり、甘かったりする。自分はそんな人生をできるだけ噛み締めていたいと思うのです。そして、幸せが食事によって作られるのなら、料理人としては、そんな感覚をできるだけ再現したい。

メキシコを訪れた4カ月後、エドアルドから一通のメールが届きました。彼の店が5周年を迎えるから、そのパーティーのために、もう一度料理をしに来ないかといううれしい内容でした。11月、僕は喜び勇んで2度目のメキシコへと旅立ったのでした。




関根 拓(せきね・たく)
1980年神奈川県生まれ。大学在学中、イタリア短期留学をきっかけとして料理に目覚め、料理人を志す。大学卒業後、仏語と英語習得のためカナダに留学。帰国後、「プティバトー」を経て、「ベージュ アラン・デュカス 東京」に立ち上げから3年半勤務。渡仏後はパリ「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で腕を磨き、二ツ星「エレーヌ・ダローズ」ではスーシェフを務める。その後、パリのビストロ、アメリカをはじめとする各国での経験の後、2014年パリ12区に「デルス」をオープン。世界的料理イベント「Omnivore 2015」で最優秀賞、また、グルメガイド『Fooding』では2016年のベストレストランに選ばれた。2019年春、パリ19区にアジア食堂「Cheval d’Or」をオープン。
https://www.dersouparis.com/
https://chevaldorparis.com/



























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