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FEATURE / MOVEMENT

食の日常に入り込むフードテックの今を知ろう!

世界的フードテックイベント「F4F」リポート

2024.07.08

食の日常に入り込むフードテックの今を知ろう!

text & photographs by Yuki Kobayashi

連載:シリーズ・フードテック

世界的なフードテックイベント「Food 4 Future – Expo FoodTech 2024(以下、F4F)」が、4月16〜18日、スペインのバスク州ビルバオ市で開催されました。4回目を数える今年は、国内外から287社、出展者、講演者、プレスなど約1万人が参加。7つの講演会場では連日、食産業におけるAI、オートメーション、DX、ロボティクス、アグリテックなど、様々な講演が行われ、登壇者の数、実に482人!昨年を上回る100人以上が会場入りして発表を繰り広げた日本のフードテックの最前線の様子、さぁ、お届けしましょう。

目次






「フードデザイン」が身近になる

日本のフードテック関係者をリポートする前に、「フードデザイン」の話から始めたい。
スペインでは、最近、この言葉をよく聞くようになった。というのも、フードテックには必須のコンセプトだからだ。
シェフが皿の上で仕上げや素材の組み合わせをデザインするという意味ではない。土壌や海から収穫する自然の産物“ではない”食べ物をデザインすること、とでも言えばいいだろうか。

サンセバスチャンからほど近く、牛追い祭りで知られるパンプローナに本社を置くCocuus System Iberica社が好例だろう。
ベジタブルミートの製造会社としてスタートした同社のコアメンバーは、数学者、機械エンジニア、測量技術者、電子技術者など、食業界からおよそ程遠い分野の専門家たちだ。
同社のベジタブルミートはすでにスーパーなどに出回っている。現在、彼らが取り組むのは、3Dプリンターで作るバスク名物「チュレトン(牛ステーキ)」である。通常チュレトンには雌牛の骨付きリブロースが使われるが、同社はチョリソなどの肉加工過程で出る余剰な肉を集め、動物性脂肪を取り除いた後に植物性油脂やビタミンなどを加えて3Dプリンターで成形する。出来上がった肉は本物と見紛う色形、味もまったく遜色ない。試食したが、加工肉とは気付かない出来栄えだった。しかも、栄養価は向上し、飽和脂肪酸は排除されている。

肉を成形中の3Dプリンター。こんな光景がじわじわと受け入れられていく。
豚肩ロースを本物そっくりに作り上げる。フードデザインの概念が浸透すればこそ。
加熱工程でも本物同様の反応。言われなければ、加工肉とは気が付かない。

遡れば、フェラン・アドリアの最盛期にフードデザインの揺籃期があったように思う。彼は、服飾デザイナーや工業デザイナーのクリエイションのように、料理を生み出した。現在、フードデザインは食材の成分や組成、物性などの領域に深く入り込み、そのプロセスは複雑化している。消費者の購買意欲、つまりは食欲をそそるため、巧妙にデザインし、おいしさを演出するのだ。
日本では食の領域に「デザイン」という言葉が持ち込まれると、機械化や工業化が連想されて、おいしくなさそうなイメージを抱かれがちだが、スペインでは「フードデザイン」という言葉と概念の定着が確実に始まっている。

Cocuusの牛肉。動物性脂質と植物性脂質を入れ替え、肉でありながらコレステロール含有率は最低限。しかもフィトステロール(植物ステロール)がコレステロールの吸収を阻害する。フードデザインは成分組成に及ぶ。
こちらは豚肉。食品ロスと生活者の健康、両方の課題に効果的な道筋を示すフードテックの一例だ。 Cocuus社 https://cocuus.com/

フードテックは当たり前になった

今年のF4Fを見渡して、「フードテックとはなんぞや」を語ることは過去になったと感じた。いまや様々な先端技術が浸透している。たとえば、微生物を特殊タンクで増殖させて、ある特定の土地の風味を人工的に醸成する醸造法もあれば、広大な牧草地の放牧牛に付けるAI搭載のチップもある。後者は世界中で運用済みだ。私たちの食の日常はすでにフードテックに支えられていると言っていい。
ブースの展示、壇上の講演、共にテーマの主軸はサステナビリティ。大企業もスタートアップもテクノロジーを駆使して、より良い生産体制を創出しようとしている。それらを見ていると、未来は決して悲観的ではないかもしれないと思えてきた。

7つの講演会場で総計482人によるレクチャーやトークセッションが繰り広げられた。
会場では英語が共通言語。ビルバオにいることを忘れてしまう。
ロボティクスはひときわ目を引く人気の技術。

会期3日間の中で、シンプルに感動したシーンがあった。日本におけるフードテックのエキスパート5人による座談会である。登壇したのは、『フードテック革命』の著者でUnlocX代表の田中宏隆氏、味の素グリーン事業推進部の二宮大記氏、三菱UFJ銀行営業本部第5営業部の小杉裕司氏、未来を予測するメディア「WIRED」日本版の編集長・松島倫明氏。長年、スペインで取材を続けてきたが、スペインの壇上で日本人同士が英語でトークセッションを繰り広げるのを観るのは初めてだった。

昨年に引き続き参加の田中氏はフードテック業界を俯瞰しながら今後の日本の展望を、二宮氏は味の素が手掛けるアグロソルーションビジネスやアミノサイエンスの概要を紹介。三菱UFJ銀行の小杉氏はなぜ今銀行が食産業にフォーカスするのかを、高齢化や食料自給率、輸入食材に頼らざるを得ない日本の状況などを端的に指摘しながら説明した。いわく、銀行は潤滑油となって大企業とスタートアップをつなげていく役割がある(実際、他の講演でもファイナンス業界からの登壇者は珍しくない)。WIREDの松島氏は「リジェネラティブ」というコンセプトについて哲学的なレクチャーを展開。もはやサステナブルという言葉では足りず、ビジネスや社会は「リジェネラティブ」、つまり自然に倣って生成と再生を繰り返す環境が必要なのだと説いた。

日本のフードテックのフロントランナー5人によるトークセッション。左から、モデレーターを務めた岡田亜希子氏、田中宏隆氏、二宮大記氏、松島倫明氏、小杉裕司氏。世界の最前線ではコミュニケーション力もカギ。

廃棄食材と廃冷熱でつくる食のビジョン

日本からのブース出展は約20社を数え、講演会場での発表も活発に行われていた中から、興味深い事例をいくつか挙げてみよう。

山形大学 ソフト&ウェットマター工学研究室(Soft & Wet matter Engineering Laboratory 略称SWEL)が発表したのは、長期保存可能なゲル粉末を活用する食のビジョン、「クールド・フード・ランドCOOLD FOOD LAND(COOLDは、COOL、COLD、OLD、DOWNLOADなどを想起させる造語)」だ。
代表の古川英光教授によれば、セールスポイントは「無駄を組み合わせて、新しい価値を作り出す技術」にある。具体的には、廃棄食材を、液化天然ガス(LNG)を気化させる際に排出される冷熱を使って凍結粉砕し、パウダーにするというもの。パウダーは10年経っても品質が劣化せず、ゲル状にして3Dフードプリンターにかければ、様々な食品に姿を変える。

粉末→ゲル→3Dプリンターというプロセスを経ると、様々な造形が可能になる。
「海外での出展のほうが手応えがある」と語る古川英光氏(左)と農研機構の太田雄人氏。

日本にはLNGを使う火力発電所が47カ所存在する。それぞれの地域で、このシステムを活用した食材の循環ができれば、食品ロスの削減、輸送コスト削減、CO2排出量の削減に寄与しながら、災害時の食料対策や未来の食料危機対策としても有効性が高い。他企業とも協力しながら産業化することが研究室の目標だ。


3Dプリンターが切り拓く造形・食感・時間

山形大学 ソフト&ウェットマター工学研究室によるパウダーを3Dフードプリンターで食品にする技術を披露したのが、「F-EAT(フューチャーイート=フィート)」である。3Dフードプリンティングと空間コンピューティングの融合を活用した、山形大学とのビジネス ベンチャーだ。多種多様な材料と3Dプリンターの組み合わせによって、より高機能な造形物を生み出していく可能性を地元企業と共に探る「やわらか3D共創コンソーシアム」の活動の一環でもある。コンソーシアムは横のつながりが強く、企業間の協力体制も作りやすい。

「国内外の業界人とのコンタクトが、スタートアップ成功の重要なステップになる」とF-EATの長江努氏(左)と伊藤直行氏。

「ミシェランシェフと協力して、和食文化の旨味を生かした造形的にも美しい料理をつくることにも取り組んでいますが、お年寄りのように柔らかいものを食べざるを得ない消費者に対して、栄養を保持しながら食べるのが楽しくなる様々な形状の料理や商品を開発できるのも強み」と同社取締役の長江氏は語る。

3Dフードプリンターで成形したポテトの容れ物に異なる味を閉じ込め、口中で弾けて溶け合ううま味を楽しむアミューズ。“Umami Mushroom”キノコとごぼうのポタージュ。森の生命の輪を表現。グルタミン酸、イノシン酸のうま味と土の香りの融合。
こちらは、“Umami Take”筍と抹茶のリゾット。ブイヨンのうま味と抹茶で纏わせた草の香りが、口の中で筍と出会う。
“Umami Tsubaki”花蜜のチーズケーキ。イチゴとチーズと花の蜜を使ったうま味のハーモニー。

食品のエコ度を見える化するアプリ

サステナビリティが叫ばれる中、自社製品がどれくらい地球環境に優しいのかを測る術もなく、効用をアピールできずにいる会社や商品は多いことだろう。
「クオンクロップ」の「Myエコものさし」は可視化しづらい商品のエコ度を計測してくれる画期的なWebツールだ。
商品の原材料や製造法、運搬方法などのデータを入力することで、その商品が環境改善にどれだけ貢献しているかを数値化。CO2排出量、水の使用量、生物多様性など様々な観点から分析してくれる。この結果を参考にしながら商品アピールもできれば、環境貢献度を増やすにはどの工程でどのような節約や工夫ができるか、製造工程の再考もできる。

F4Fのアワード「FoodTech Innovation Awards 2024」のBest Sustainability ProjectカテゴリーでFinalist賞を受賞した。ちなみに2023年には、バスク・キュリナリー・センターによるフードテックスタートアップの世界大会「Culinary Action on the Road by BCC」でFuture Food Institute賞を受賞している。

味覚を数値データとして計測する仕組み

初日に大会場での発表もこなした「OISSY(オイシー!)」代表の鈴木隆一氏は、味覚センサー「LEO(レオ)」に意気込みをかける。「LEO」は、AI技術により人間の味覚を再現した味覚センサーで、慶應義塾大学で研究・開発された。食品の味覚分析や、分析データに基づくコンサルティング、味覚に関する共同研究などに活用される。

本来なら人間の舌の味蕾がキャッチする情報を電気信号として測定し、ニューラルネットワーク(脳の神経を模倣した数式の回路)を通じて、五味(甘・塩・酸・苦・旨)の定量的な数値データとして出力する仕組み。ニューラルネットワークを用いると、食材が持つ五味の強弱を数値化できるだけでなく、コーヒーに砂糖を加えると苦味が減ったように感じるなどの、味の相互作用も加味したデータ解析が可能になる。それらを様々に組み合わせ、より「おいしい」味覚を作り出すことや、これまでにないメニューや新しい食べ合わせを考える上でも役立つという。
すでに様々な企業の商品開発や商品のプロモーションのサポートを担い、今年のバスク・キュリナリー・センターのCulinary Action on the Road by BCCの優勝を飾っている。

JAPAN FOODTECH PAVILIONで。日本からの出展者は多く、会場内でも目立ったブースに。
Culinary Action on the Road by BCCのWINNERの証を掲げる鈴木氏。バスク・キュリナリー・センターはスタートアップ支援にも余念がない。

ボタニカル・ウォーターを純水として活用するプラットフォーム

講演会場での発表から、富士通の取り組みを紹介しよう。同社は英国のBotanical Water Technologies LTD.(以下、BWT社)と組んで、世界初の水取引プラットフォーム「Botanical Water Exchange(以下、BWX)」を運営する。
BWT社は、食品工場で野菜や果物の圧縮時に発生する水分を植物由来の純水(以下、Botanical Water)として精製する技術を保有し、飲用水の確保が困難な地域に販売すると共に一部を無償で提供してきた。その技術と富士通のブロックチェーンソリューション「FUJITSU Track and Trust」サービスを用いた水取引プラットフォームBWXを活用すると、濃縮ジュース工場や砂糖工場、アルコール蒸留所、飲料メーカーなど様々な企業が、従来廃棄していた水を浄化してBotanical Waterを精製し、「BWX」上で他の食品メーカーや飲料メーカーへ販売したり、再利用可能な新しい水として循環的に自社で利用していくことが可能になる。

知らないでは済まないムーブメント

集って伝統料理を分かち合う人間的な習慣がDNAに刻み込まれたスペインだが、小売店で代替肉が着実に棚を広げるなど、フードテックの進展には柔軟である。持続可能な地球のためならば受け入れるべきという消費者意識があり、その裏には世界規模のビジネスチャンスへの期待がある。

100名を数える日本からの参加者は、日本の最新技術をアピールする絶好の機会となった。

食の進化を受け入れるのか、否か。どちらの選択肢を取るにしても、知らないままで過ごすわけにはいかないムーブメントであることは間違いない。


◎Food 4 Future
https://www.expofoodtech.com/visit/tickets-benefits/
サイトから60€ですべての講演を視聴できる。

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