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FEATURE / MOVEMENT

世界に共有したい日本発の食のリスト「EARTH FOODS 25」を多文化シェフはどう料理する?

大阪・関西万博リポート

2025.04.17

世界に共有したい日本発の食のリスト「EARTH FOODS 25」を多文化シェフはどう料理する?大阪・関西万博リポート

text by Sawako Kimijima / photographs by ORANGE AND PARTNERS

4月13日に開幕した大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「EARTH MART」では、日本発の食文化やアイデアを世界に共有するためのリスト「EARTH FOODS 25」が提示されています。未来へ向かう新しい価値を提案するために、リストに選ばれた食材を使った料理を5人のシェフが考案。ここでは3人にインタビューを試み、料理に込めた意図を聞きながら、日本の食は世界でどんな役割を果たせるのかを探り出します。

目次







「EARTH FOODS 25」に選ばれた食材
1.米粉 2.餅 3.豆乳 4.高野豆腐 5.あんこ 6.大根 7.わさび 8.山椒 9.かんぴょう 10.こんにゃく 11.抹茶 12.香酸かんきつ(ゆず、橙、かぼす、すだち) 13.梅干し 14.椎茸・干し椎茸 15.昆布 16.わかめ 17.海苔 18.寒天 19.ふぐ 20.すり身 21.鰹節 22.麹・種麹 23.日本酒・本みりん 24.しょうゆ・みそ 25.野菜の漬物


過去の中に未来の希望を見つける

「EARTH MARTは、過去の中に未来の希望を見つける展示。EARTH FOODS 25はその一環。日本人が慣れ親しんできた食材・食品を見つめ直すことで、新しい可能性を見出したい」――「EARTH MART」をプロデュースする小山薫堂氏はそう語る。

「EARTH MART」をプロデュースする小山薫堂氏

慣れ親しんでいるがゆえに、常識や定石に陥りやすい。そんな固定観念を打ち崩すのが、次の5人のシェフというわけである。

リオネル・ベカ氏(ESqUISSE)
サンティアゴ・フェルナンデス氏(MAZ)
石坂秀威氏(SEA VEGETABLE)
加藤峰子氏(FARO)
桑木野恵子氏(里山十帖)

彼らに特徴的なのは、異なる文化領域を行き来して、その上に立脚するクリエイションを重ねている点。日本の食文化を複眼で見る5人によって、時代・民族・風土の壁を突き破る提案がなされている。
5人のうちの1人、石坂秀威さんが所属する「シーベジタブル」は「日本に1500種以上の海藻が生息するにも関わらず、食すのは約50種に留まる。その一因は旧態依然の食べ方。食べ方の開発が海藻の新たな存在意義を拓く」と提唱するが、アプローチの開拓によって25の食材・食品の、国境を超える有用性が見えてくるに違いない。


「ふぐ」の味に「静寂」を見出す

「テーマ食材に徹底的にフォーカスして、他の食材は極力少なく、対象から引き出せるものを最大限引き出すことをミッションとした」と語るのは、東京・銀座「エスキス」エグゼクティブシェフのリオネル・ベカさんだ。

「フランスに、脛肉や腿肉、肩肉を水で煮込むポトフという伝統料理があります。生きていくのに必要な栄養やエネルギーを、最後の一滴まで絞り取るようにスープに溶かし込む、貧しさの中から生まれた調理法です。現代の私たちは、食材に対して、そこまで絞り取ることはしない。“過去の中に未来の希望を見つける”という趣旨に共鳴した私は、ポトフの時代に戻って、食材が与えてくれるものを余すところなく引き出そうと努めました」

料理が完成した時、皿の外にあるのは、もうこれ以上何も絞り取れない抜け殻だったという。昔の料理を紐解けば、ロスになりようのない道筋が示されていて、それが料理の本質であると諭すかのようだ。

東京・銀座「エスキス」エグゼクティブシェフのリオネル・ベカさん
フランス、コルシカ生まれ。2006年来日。「キュイジーヌ [s] ミッシェル・トロワグロ」のシェフを経て、2012年「エスキス」エグゼクティブシェフに。『ミシュランガイド東京』では2013年より継続して二ツ星。フランスの技術と伝統に根ざしながら、日本の食材と文化から発想する独創的な料理は先進的で味わい深い。
EARTH FOODS #21 鰹節
【EARTH FOODS #21 鰹節】 「芳しい水」温泉水に野菜と鰹節を24時間浸したスープ、その野菜の軽いフライ。何も捨てずにすべてを使い切る。「水は、保持と拡散という相反する作用によって、調理の中心にある」。鰹節に光を当てると自ずと水も主役になる。火力を使わずに常温で作られている。
EARTH FOODS #18 寒天
【EARTH FOODS #18 寒天】 「見守る海」牡蠣水寒天ゼリー、もずくの天然藍色。この青色は、牡蠣に含まれる海水にもずくなど海藻を混ぜることで生まれる。リオネルさんは以前、岐阜県恵那市の寒天生産者を訪ねた時、「畑が広がる土地から牡蠣のような海の香りが漂ってきて、衝撃を受けた」。海のものが海なし県で作られる不思議。そんな体験が潜む。

日本の食文化の要として魚食が挙げられるが、「EARTH FOOD 25」にリストアップされたのは「ふぐ」「すり身」「鰹節」の3アイテム。加工品でなく魚種で選ばれたのは「ふぐ」のみである。リオネルさんは「ふぐ」を自身が担当する食材として選んだ。「一度調理してみたいという個人的でエゴイスティックな願望がありました。エスキスで料理することは絶対にありませんから」

ちなみに、食材の担当は各シェフの希望を優先させる形で決められたが、担当希望者のいない食材はリオネルさんが引き受けた。受け皿の役目も果たすいっぽうで、こと「ふぐ」は積極的に挑んだ食材だ。ムニエルなど様々な調理法を試みた後に、最終的にはふぐ刺しのような超シンプルなひと皿に仕立てる決断を下した。

EARTH FOODS #19 ふぐ
【EARTH FOODS #19 ふぐ】 「高潔な魚」フグの花仕立て、炭火で焼いたヒレと骨のコンソメ、大根で巻いた皮、イチジクの葉味噌。「ふぐは日本以外ではほとんど知られていない魚。養殖に適し、並外れた栄養を持ち、皮も身もおいしく食べられる。今後、海洋資源として特別な選択肢になる」とリオネルさん。

「ムニエルもとてもおいしかった。しかし、てっさ、ふぐちり、ヒレ酒など、何度もふぐを食べてきて、ふぐの持ち味がどこにあるのか、それはどう生かされるべきなのか、私は知っている。試作を重ねた結果として、薄切りの刺身に勝る調理法はないと判断しました」

であろうとも、別のアプローチを提案する手もあっただろう。しかし、リオネルさんの選択の背景には味わいの美学が隠れている。
「ふぐの薄切りは限りなく味が淡い。その淡さを突き詰める行為に惹かれるのです。“静寂”という音の領域があるように、あるかなきかの淡い味も味の内だと思うから」
著書『エスキスの料理 インスピレーションから創造する料理の考え方』の中でリオネルさんは次のように書いている。

「味がない」のも味であり、ひとつの感性であり、不在という実体なのです。

それは日本の特質なのだろうか?
「世界中に存在しながら認識されてこなかった“旨味”を日本人が発見したことと通じるかもしれません」
私たちが日本特有と思いがちな「もののあはれ」「わびさび」に類する事象は必ずしも日本に限った話ではない、とリオネルさんは捉えている。「ただし、そういった事象を見出し、言葉を与え、概念化して、表現へと至らしめるのは、日本の文化だと思う」。いわく「日本人は聴く民族だから。私が日本に住んで快適だと思うのは、静寂を尊び、耳を傾ける、意識を傾けることを大切にする国民性に負うところが大きい」

それは芸術における「間」の取り方にも表れている、というのがリオネルさんの解釈だ。音楽における音と音の間の静寂、生け花であれば花そのものよりも花によって作り出される間すなわち空間、書や水墨画の白地。「有る」と「無い」の間、見えないけれど有るということに美を見出す・・・。
「ふぐ」にはそういった性質が備わっていると感じるがゆえに、刺し身以外の調理法を提示することができなかった。たとえおいしくとも、そこが伴わなければ、「ふぐ」を表現したことにならないと考えた。リオネルさんが食材やその使い方を通して表現しているのは、日本人は何に美を見るのか、日本人の心性なのかもしれない。


和菓子の技術を次代に伝えるために

加藤峰子さんは「残したい食材を、残したい技術と共に形にした」と語る。彼女の5作品のうち、ここでは和菓子職人とのコラボレーションによる2品を紹介しよう。

加藤峰子さん
東京都生まれ。中学時代から日本を離れ、高校からはイタリアに居住。大学卒業後、『ヴォーグ・イタリア』を経て、製菓の世界へ。約 10年間、イタリアの名立たる店で研鑽を積む。2018年帰国、東京・銀座「FARO」のペイストリー・シェフに。日本各地を巡り、環境負荷を抑えた持続性の高い生産活動に取り組む生産者との交流を深めている。

「FARO」で腕を振るう傍ら、今、加藤さんが取り組むのは和菓子職人とのコラボレーションである。
「日本で洋菓子を作る意味がわからなくなった時期がありました。日本のマーケットに響くのはカヌレとかフィナンシェといった一般の人々に身近な洋菓子。そこに立つべきなのだろうか? 敬愛する日本文化に貢献し、環境負荷の軽減に資する仕事ができないだろうかと考えていた時に、和菓子の現状を知りました」

若者層の和菓子離れ、和菓子店の減少、老舗の廃業など、和菓子が直面する苦境に、このままでは技術がごっそり失われてしまうと危機感を抱いた。お菓子を生業とする自分が果たすべき役割はここにあるのではないか。和菓子文化を残すために力を尽くそう。そう考えた加藤さんは、歴史ある老舗や高い技術を持つ職人を探し出し、訪ねて行って、コラボレーションを働きかけるようになった。
「自分自身が和菓子の技術を習得することも考えた。でも、そんな生半可なものではない。ならば、職人と手を携える形で技術の継承を図ろうと」

「Gault & Millau 2022」ベストパティシエ賞、「LA LISTE JAPANESE AWARDS 2024」トップパティシエ賞、「Asia’s 50 Best Restaurants」ベスト・ペイストリー・シェフ賞などを受賞する加藤さんのもとへは商品プロデュースの依頼が舞い込む。加藤さんは和菓子職人とのコラボによって、和菓子がフォーカスされる場を創出していく。

今回、参加しているのは、京都で1700年代から続く菓子店の6代目・金谷亘さん、香川県高松市で創業90年を数える菓子店の濱田浩二さん。バラのフレーバーやソースを合わせるなど、海外で培った加藤さんのセンスとパティシエのテクニックを投入して、若者や海外の人々の興味を喚起する。

EARTH FOODS #12 香酸かんきつ
【EARTH FOODS #12 香酸かんきつ】 「橘の花の香」 金谷亘さんとのコラボレーション。日本最古の柑橘と言われる橘(準絶滅危惧種)の果実と花の香を閉じ込めた錦玉羹。「センシャルな食感と脳裏に広がる香りに身を委ねる瞬間、遥か昔に存在していた寺院を思わせるような高貴な香りが漂う」と加藤さん。橘の果実と葉のソースで仕上げる。
EARTH FOODS #12 あんこ
【EARTH FOODS #12 あんこ】 「檜菊」 濱田浩二さんとのコラボレーション。奈良県吉野の檜の香りをまとった白小豆の餡でできた練り切りを「はさみ菊」と呼ばれる技法で表現している。花弁の一枚一枚、ハサミを入れて菊に見立てていく高度な技術を要する伝統の様式だ。島根県奥出雲で栽培されるバラと檜を合わせたソースを注いで。

ちなみに、加藤さんは関西パビリオン内の和歌山ゾーン「和歌山百景」の食のクリエイティブ・ディレクターを務めている。そこでは、和歌山県新宮市の大正14年(1925年)創業「京菓子司 福田屋」3代目・永用利一さんとのコラボレーションによる和菓子などが提供される。


7歳の心で日本の食材と向き合う

2023年、2024年と2年続けて「Noma Kyoto」が実施され、盛況を博した。厨房の中心メンバーの一人が石坂秀威さん。2018年6月にオープンしてコロナ禍の中でクローズした東京・飯田橋「INUA」の料理開発を務めていた料理人である。

石坂秀威さん
シドニー出身。オーストラリアのU30の料理コンテストで優勝後、2018年「INUA」へ。スーシェフとして料理開発を担当。その後、新たな海藻食文化の構築を目指して栽培から商品化まで手掛ける「シーベジタブル」へ。社内のテストキッチンで100種類以上の海藻と向き合いながら、食材としての可能性を発信。

振り返ってみれば、「Noma」のDNAの上に開業した「INUA」は、日本の食材の常識に楔を打ち込むガストロノミーレストランだった。
複雑で凝縮した地形と二十四節気七十二候と称されるほど細分化された季節感を持ち、多種多様な動植物が生息する日本。にも関わらず、ごく一部しか食されていない現代。「INUA」は日本の隅々まで目を届かせて食材を探し出しては、私たち日本人も知らない日本の味を皿の上に出現させた。しかも従来の日本人の発想からはおよそ遠いところにある料理として。

石坂さん自身、今、料理を考案する上で「INUA」での蓄積が大きいと語る。とはいえ、日本で働き始めてまだ7年。「7歳の心で日本の食材と向き合っています。当たり前なことは何もない。すべてが新鮮」

EARTH FOODS #15 昆布
【EARTH FOODS #15 昆布】 「一年生昆布の黒糖シロップ漬け 昆布アイスクリーム ドライチェリーと桜のスポンジケーキ」 「だしや煮物以外の使い方があり、若い昆布ならではの調理法がある。こんなに面白くできるんですよということを伝えたかった」と石坂さん。若い分、味わいはあっさりしていて、デザートにしても違和感がないという。

「昆布」の料理では、若くて柔らかい昆布を使用した。一般的に2年生の昆布を採取して乾燥させ、製品化されるが、「若ければ若い魅力があり、乾燥加工される前の状態でもすばらしい食材としての可能性を秘めている」と語る。
1年生の昆布を黒糖シロップ漬けにしてデザートに。そこもまたクリエイションのポイントだ。
「料理とデザートというカテゴリーは、いつのまにか食材の使い方をどちらかに振り分けてしまっている。そうした固定観念を取り払い、ゼロから食材と向き合って個性を見極めると、領域に囚われない使い方が見えてきます」

EARTH FOODS #17 海苔
【EARTH FOODS #17 海苔】 「アマノリ、カカオバタークリームとベルガモットのミルフィーユ」 海苔とはアマノリの集合体。乾燥したアマノリは、フライパンや直火で軽く炙ると、風味と香りが引き立つ。「トーストすると、海苔は驚くほどカリカリになる。焼いた海苔のサクサク感を活かした一品」
EARTH FOODS #22 麴
【EARTH FOODS #22 麴】 「麦麴、松茸、ヘーゼルナッツ 味噌クリスプのせ」 醤油、酒、味噌などに使われる麴を、発酵食品の原料としてではなく、麴そのもののおいしさを表現する料理として考案。旨味の深い大麦麴を使用し、発酵によるフルーティな味わいを引き立たせた麴を生ハムのように薄く切り、滑らかな口触りに仕上げる。

「自然界からいただく食材にはすべからく生育過程がある。たとえば、カブであれば、小指の先ほどの大きさからテニスボール大まで。生育過程全体を見通し、どこをすくい上げるかによって、料理の可能性は広がり、表現の幅が広がる」
そのためには、料理人の手に届く前の食材の状態を知り、生育状態に想像を膨らませなければならない。生産者とのコミュニケーションが重要になるわけだが、「日本の食材の魅力は、生産者のこだわりの強さにもある」と石坂さんは指摘する。

「トマト農家なら、命がけで勝負するかのようにトマトを栽培する。それは最終的に味に表れる。日本人は慣れてしまって当たり前と思うかもしれないけれど、海外から見ると、当たり前じゃない。生育段階に関しても理解度が高く、こちらが望むジャストの品を届けてくれる。僕たち料理人の熱量と同じだけの熱量で応えてくれて、何ひとつ中途半端がない」


日本人のセンス・オブ・ワンダー

リオネルさんは「極端なイメージかもしれませんが、和食を食べた人はエコロジストになりたいと思うでしょうね」と言う。「和食は自然に対する畏敬の念を湛えています。自然の前には自分なんてちっぽけな存在なんだと感じられて、謙虚になる。その謙虚さが、世界の未来にとって必要不可欠な要素になると私は考えています」

食が自然と人間の共存の上に形づくられるのは、日本に限らず、地球上のあらゆる土地での営みだ。それでも、日本の食にほんの少しでもリオネルさんが言うような側面があるとしたら、それは自然の中に神を見る日本人の宗教観や自然観と関係しているかもしれない。日本に長く住む外国人の料理人からよく言われるのが、「山をご神体と崇めたり、野にも海にも至る所に神が宿ると考える日本人の自然信仰は、地球の未来にとって大事だと思う」という言葉。

そこに本当に神がいるかどうかはわからない。けれど、神の存在を感じる感性、リオネルさんの言う(自然の声を)聴こうとする意識が、発酵などの営みを進化させてきたのに違いない。私たちは私たちのセンス・オブ・ワンダーを見つめ直すタイミングを迎えているのかもしれない。


「EARTH FOODS 25」
https://expo2025earthmart.jp/news/370

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