ベーカリーの成否を分ける「個性」の作り方
「365日」杉窪章匡さん流“技術と個性でビジネスする術”
2026.08.13
text by Sawako Kimijima / photographs by Hide Urabe
「経営の話をしよう」――それが、6月1日に開催された新麦コレクション*の勉強会のテーマだ。ベーカリーのプロデュースを数多く手掛け、成功と失敗の経験豊富な「365日」(東京・代々木公園)の杉窪章匡さんがレクチャーした。ベーカリーの収益構造やABC分析といった経営の基本に加えて、「スキル×キャラクター」の数だけビジネスモデルはあるとする独自の杉窪理論を披露。“技術と個性でビジネスする術”とでも言えばいいだろうか。この記事では、東京・笹塚「ドゥイスト」と東京・西大井「テンパーニュ」をケーススタディとして、“技術を個性に変える方法”を考えてみたい。
*新麦コレクション:生産者、飲食店、流通業者、製粉会社など、小麦に関わる職人が集まった団体
目次
- ■経営の入口は、個性の深掘り
- ■スキルをキャラクター化する「生地師」というコンセプト
- ■海外展開も視野に。店は技術の発信原
- ■必要最小限を突き詰めた営業スタイル
- ■師匠の教えは、「デザインするな」
- ■状況に合わせて柔軟に変わるための足場
経営の入口は、個性の深掘り
勉強会には92人(オンライン含む)が集まった。
冒頭、「経営の勉強をして独立した人、手を挙げてください」との杉窪さんの問いかけに会場の挙手はゼロ。「ほとんどの人が、独立してから壁にぶつかり、問題にぶつかりますよね」と杉窪さん。「その問題解決がまさに経営なんです」。
杉窪さんはベーカリーの経営資源を6つ挙げる。
1.ヒト(自分、スタッフ、その技術力)、2.モノ(商品、店舗、オフィス、在庫、設備)、3.カネ(現金、売上、資産、資本)、4.情報(レシピ、顧客データ、ノウハウ、ストーリー、人脈、動向、イメージ)、5.時間、6.信用
「これらの運用の過程で発生する問題を解決することが経営なわけですが、日本人はルーティンをこなすのは得意でも、問題解決は苦手で放置しがち」と指摘する。
たとえば、オーブン。壊れれば明らかに問題だから誰もが対処する。では、機能に支障はないが、朝3時間しか使わない場合はどうか。それを問題と捉えるか否かは人による。稼働時間を増やせば生産性が上がると考え、手間を増やさずに稼働を増やすにはどうするかを探る、といった問題と解決法を見出す意識の有無が経営の成否を分ける。
杉窪さんが「365日」をオープンしたのが2013年12月。独立前に数店の雇われシェフを務め、独立後は全国各地でプロデュースを手掛け、次々と業態や製パン法の新機軸を打ち出してきた。そんな中で「絶対に成功する方法はない」との確信に至る。
「できるのは、成功確率を上げることだけ」。そのために、ストアコンパリゾン(競合店調査。杉窪さんは他店舗調査と広義に解釈)を続けるうちに気付いたのが、「売れない店の売れない理由は共通」なのに対して、「売れる店の売れる理由は多種多様」ということ。一律ではないそれらを掘り下げると、「スキル×キャラクター」という法則が見えてきたという。
「ドーナツブームであっても、ドーナツなら何でも売れるわけではない。作り手のバックボーンと一致しなければ、魅力は生まれないから」。基礎技術や経験が重要なのはもちろん、そこに独自性、個性、ストーリー、人物像が掛け合わされて初めて必然性のある商品になる。
「スキル×キャラクター」の数だけビジネスモデルはある、と杉窪さんは言う。人はビジネスモデルに自店を当てはめようとするけれど、そうではない。その逆だ。自店の個性をビジネスモデルにするのである。それが杉窪理論。個性の深掘りこそが経営の入口というわけだ。
スキルをキャラクター化する「生地師」というコンセプト
ここからは、ケーススタディである。
まず、1店目として東京・笹塚の「ドゥイスト」。「dough-ist」、訳して「生地師」、つまりスキル(技術)をキャラクター(個性)化した店名と言える。「湯種*の魔術師」と呼ばれる川原司シェフの店として、これほどコンセプトとセールスポイントが明快に表現された例もめずらしい。
根幹を成すのは、言うまでもなく湯種製法である。湯種の定番アイテムの食パンのみならず、ドーナツ、バゲット、カンパーニュ、スコーン、クロワッサン、ロブロまでもが湯種を用いて作られる徹底ぶり。
*湯種(ゆだね):パン生地に使用する小麦粉の一部に熱湯を加えてこね、デンプンを糊化させた生地。事前に湯種を作り、本ごねの際に加えることで、加水を高める、もっちりした食感になる、甘味や旨味が増す、時間が経ってもパサつきにくい、といったメリットが得られる。
この店を語る上でもうひとつの重要なポイントが、オーナー陳麗珍さんの存在だろう。川原シェフが製造責任者、陳さんが経営責任者、役割分担することで、川原シェフは生地師として技能の向上に邁進でき、中国出身の陳さんによってドゥイストのヴィジョンは明確になる。
中国でベーカリーを数店舗ほど共同経営していた陳さんが、新しい可能性を求めて日本に活動の場を移したのは2019年。「パンのカルチャーが成長過程にあった中国では、何を作っても売れた。私はそんな状況に満足できなかった。もっとおいしいパンがあるはず」と来日。そこで出会ったのが川原シェフやセテュヌ・ボン・ニデーの有形泰輔シェフなど若手パン職人たちの仕事だった。
「“日系の新しい製パン技術”に衝撃を受けた」と陳さんは振り返る。
ちょうど川原さんが東京・麹町「No.4」のヘッドシェフのポジションを担いながら、湯種製法を進化させていった時期に当たる。それまで補助的に活用されていた湯種を、川原シェフは配合比率を高めて、加える水分を多様化させることで、異次元のしっとり感と弾力や味わいを持つ生地構造へと再構築。フランス系でもなければ、ドイツ系でもイタリア系でも北欧系でもない、“日本の職人が生み出した、日本的感性に溢れた製パン技術”に、陳さんはポテンシャルを見出したのだった。
海外展開も視野に。店は技術の発信原
その技術が発揮されるベーカリーを日本で開きたいと、川原シェフを1年かけて説得して、2024年に開業。
手を組むに至った理由は、「“日系の新しい製パン技術”を、アジアをはじめとする海外に伝えたい」という共通の思いだ。湯種製法を世界に広める発信原としての「ドゥイスト」との考え方である。
パンの本質は生地にあり、感動も差別化も生地が担う。ビジュアルや話題性、いわゆる「映え」ではない。食べ慣れたアイテムでこそ生地の違いが食べ手を納得させ、息の長いブランドの土台を形成する。そんな生地思想を海外へ伝えていこうとのヴィジョンの共有が2人を結んだ。
「海外での店舗展開も想定しています」と陳さんは展望を語る。
実際、川原シェフには国内外から講習会の要請が引きも切らない。
そこで「ドゥイスト」では、シェフ不在でもパン製造に支障のないように、製パン工程を細かく数値化して、経験値の異なるスタッフでも安定した品質を再現できる体制を組んでいる。
「ヒエラルキーのない、全員参加型の組織でありたい。誰もが全ポジションを経験できるようにしています」と陳さん。ホームページを立ち上げると、最初に目に飛び込むのが「パンとともに、成長の力を」のフレーズだ。ロゴマークは、店の成長とスタッフの成長をイメージして種のイラストを採用した。「スタッフがシェフの後ろに隠れないように」との配慮から、SNSにはスタッフを登場させる。
正社員8名の内訳は、製造部門が川原シェフを含めて6人、販売が1人、そして陳さん。アルバイトが7人で計15人。20坪の店舗の17坪を厨房が占め、売場3坪という比率が、「日系の新しい製パン技術」の担い手養成の役割を果たしていきたい意向を映し出す。
必要最小限を突き詰めた営業スタイル
一方、「テンパーニュ」のビジネスモデルは対照的だ。
まずユニークなのが、長野県佐久市と東京・西大井の2拠点体制。長野の農家から仕入れた麦を、東京で自家製粉してパンを焼く。西大井で週3日(木・金・土。金は予約引き取りのみ)、信州などでのマルシェやイベント出展を合わせると1カ月の営業日は平均15、16日(但し、仕入れや製粉、仕込みがあるため、稼働は約22~23日)。
商品はフランスの伝統的な田舎パン7、8種のみ。店主・白井康平さんのワンオペ、佐久は祖母の家、西大井は実家だから、人件費ゼロで家賃ゼロ。必要最小限を突き詰めた営業スタイルと言わずして何と言おう。このミニマリズムこそが「テンパーニュ」のキャラクターなのである。
食パン、菓子パン、惣菜パンを50~60種も用意して不特定多数のニーズに応えるのが日本のベーカリーの常識とすれば、「これで商売になるのか?」と思う向きもあるだろう。だが、お客さんの様子から窺えるのは、「このパンでなければ」という層が確実にいるという事実だ。
白井さんによれば、客層は健康志向・自然志向・欧州志向の大きく3タイプ。顔の見える農家が栽培した小麦やライ麦の全粒粉で焼く田舎パンを日常的に食べる人々にとって、「テンパーニュ」のパンは、代替がきかない日々の糧。当然、リピート率は高い。
最近では、東京・戸越銀座「NOG COFFEE」、東京・蔵前「REFRESH STAND」、長野市「珈琲アウラ」など、カフェへの卸しも増えた。「オープンサンドに仕立てて提供されているようです」と白井さん。
師匠の教えは、「デザインするな」
白井さんの師匠は、「捨てないパン屋」と称して、ロスゼロを目指す経営で知られる広島「ドリアン」の田村陽至さん。と聞けば、必要最小限を突き詰めた営業スタイルにも納得がいく。
田村さんからは「デザインするな」と言われたという。「自分が思い描く味にしようと、粉をブレンドするようなことはするな」と。「長野で採れる麦で作ること、そこにあるものを生かすことが、自分の個性になるんだと教えられました」と白井さんは噛み締めるように語る。「テンパーニュ」の個性のベースはその教えによって形作られているのに違いない。
月に2、3回はマルシェやイベントで販売するが、長野の「信州森フェス」(菅平高原)、「アースデイin佐久」(佐久市)、首都圏では「ファーマーズマーケット」(青山)、「さくらパンまつり」(渋谷)といった代表的な催事に出展する一方で、「地域おこし協力隊など若い世代が取り組む小さなイベントへの参加を大切にしています」と白井さんは言う。たとえば、長野県長和町の和田宿で開かれる「ナワメマーケット」(今年は11月15日に開催)など。それは2拠点営業だからできる知名度の広げ方であり、ミニマムのベーカリーにできる社会との関わり方にほかならない。
元々描いたのは、長野に薪窯を構え、長野の薪で、長野の小麦でパンを焼くというヴィジョンだった。しかし、お金がなくて、いきなりそこにはたどり着けなかった。西大井の店はそれまでの助走のつもりだった。でも、開業から2年近くが経過して、自分が焼いたパンを糧とする人たちが増えた今、暮らしの重心を長野に移しつつ、東京でも販売を続けたいと思っている。
状況に合わせて柔軟に変わるための足場
杉窪さんのレクチャーに戻ろう。
「これからの飲食店は形を変えていかなければならない」と杉窪さんは言う。「コロッケパンが人気商品なのであれば、コロッケだけでも売る。売上が落ちる夏場はかき氷も売る。あるいは、夏は休んで冬に売上を集中させる。状況やニーズに合わせて変えていく柔軟性が必要です」
であればこそ、足場となる「スキル×キャラクター」が肝心だ。何屋かわからなくなっては元も子もない。軸さえ外さなければ、変化はお客さんにとって新鮮な購入動機となるだろう。そのためにも、独自の技術と他にはない個性、「スキル×キャラクター」の明確化は必須である。
◎ドゥイスト
東京都渋谷区笹塚3-12-5 ホワイトハウス
tel.03-4400-4182
10:00~19:00
月曜、火曜休
https://dough-ist.jp/
◎テンパーニュ
東京都品川区二葉3-28-1
木・土 12:00~17:00、金 予約引き取りのみ
*営業日はSNSで確認のこと
<お知らせ>
新麦コレクション主催「365日」杉窪章匡さんによる勉強会第2弾
「働き方改革って何すればいいの? パン屋さんのための経営勉強会 実践編」が、2026年8月31日(月)に開催されます。
申し込み
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