自然と人をつなぐレストラン「Maruta」の多様な薪火使い
SDGs時代の「薪火」活用術 03
2022.03.03
text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo
2018年に“薪火料理の店”としてオープンした東京・調布の「Maruta(マルタ)」。都心から少し離れた立地を活かし、環境重視型の店づくりやローカルファーストな食材調達を心がけています。「POWER OFF」をコンセプトに「電気やガスを使わないディナーイベント」を開催するなどサステナビリティへの意識喚起に取り組む同店にとって、薪火の意味は“調理道具以上”かもしれません。
目次
- ■【なぜ、薪火?】自然との共生、生命のつながりを体感する手段
- ■【設備】薪火が店の中心的存在
- ■【食材】自然界の様相を伝える動植物を使う
- ■【技法】火の状態と温度によって多様に使い分け
- ■【ヴィジョン】人と地球の営みを理解するために
【なぜ、薪火?】自然との共生、生命のつながりを体感する手段
「Maruta」を経営するのは、空間緑化を本業とする「グリーン・ワイズ」。造園や植栽を手掛ける緑の専門家だ。代表の田丸雄一さんいわく「自然が仕事仲間」。会社の行動指針に「人間以外の生きものや、緑、土、川、山などの自然物、天気をステークホルダーとして捉え、共生関係に配慮して事業活動を行う」を掲げ、それらのつながりを体感できる場として2018年にオープンさせたのがMarutaである。
京王線調布駅とJR中央線三鷹駅のほぼ中間地点、どちらの駅からもバスで約15分という立地はアクセスが良いとは言い難い。が、様々な植物が共生する庭と、古木や間伐材、大谷石、ケボニー(やわらかい針葉樹材を、硬くて腐朽に強い広葉樹材のような材質に変える技術)化された杉の木などを使って、できる限り人為的な仕切りを設けずに造られた建物は、この場所の意図を感じさせて余りある。
そんな店の成り立ちを考えれば、薪火調理は必然と言えるかもしれない。熱源を自然界に求めた時、自然とのつながりが最も直接的なのは薪火であり、また、薪火は植物の活かし方のひとつでもある。
「暖炉で薪が燃えていることが大前提で、僕たち料理人はその火を借りているという感覚があります」と語るのは石松一樹シェフだ。「薪火料理の店」と謳うようにMarutaにおける薪火の主目的はもちろん調理だが、調理の進行に関わらず客がいる間は燃やし続けるため、熱を無駄にせぬようにと生まれた料理も多く、薪火を様々に活用する。枝豆を莢から出して金ザルに入れて炙る、アルミホイルや耐熱紙で食材を包み蒸し焼きにする、薪火をケーキに押し当てて表面をキャラメリゼ・・・。最近の薪火導入店が肉焼きに特化して使うのとは対照的だ。
屋内外を連動させた営業スタイルがMarutaの特徴だが、特にコロナ禍以降、連動性を高めてきた。
「日頃から室内の暖炉だけでなく庭の炉でも調理しますし、お客様には食後のコーヒーや食後酒のひとときを庭で楽しんでいただいている」と石松シェフ。
新型コロナウイルスの第一波が落ち着いてしばらくの間、営業時間を「昼頃から日没まで」と設定した時期がある。自然との共生を模索するがゆえだ。屋内外を一体として捉える調理オペレーションも模索の表れと言える。
【設備】薪火が店の中心的存在
ゲストがいる間は暖炉の火を落とさないというMarutaの薪火には調理道具以外の役割もあり、ダイニングの壁の一部としてしっくり馴染むデザインが特徴的だ。
調理スペースとなる内部構造は、「暖炉屋さんと相談しながら、半年がかりで4回ほど造り変えた」とシェフ。鋼鉄製の堅牢なフレームに同素材の焼き網をセットして焼き台とするのだが、焼き網の高さが上下に移動可能で、火からの距離をほぼ自在に調節できる。
一方、庭の薪火グリルは、ホームセンターで購入した耐火煉瓦による自家製。通気を考慮して積み上げ、焼き網をのせる出っ張りを付けるなど、自家製ならではの工夫が施されている。
Marutaらしいのが薪割り。スタッフはみな薪割りをマスターするという。「四国薪販売」から仕入れるナラとクヌギを基本としつつ、近隣から持ち込まれる伐採木も使うからだ。スギ、ケヤキなど樹種は様々で、調理向きでない樹種は、「庭で暖をとるための焚き火にしたり、使い道はいろいろある」と石松シェフ。
【食材】自然界の様相を伝える動植物を使う
Marutaで扱う食材は大きく4つに分けられる。1.Marutaの庭で収穫したハーブ、野菜、果実。2.スタッフが野山で採集した植物。3.近隣の生産者が栽培した野菜や果物。4.自然界に精通する漁師・猟師や飼育者による動植物。一貫して、自然界の様相や生命の営み、そこに携わる人間の仕事が伝わる食材を選ぶ。
2021年6月以降、レストラン営業を週末の土日限定とした。平日、スタッフは仕込みや準備だけでなく、近隣の緑地や川原へ野草やキノコの採集に出向き、庭の植物の手入れや収穫、自家製ドリンクや発酵調味料の仕込みに勤しむ。
【技法】火の状態と温度によって多様に使い分け
石松シェフの薪火の使い方は、薪火の状態と温度によって多様である。炎で炙る、熾火で遠赤外線調理、薪火を食材に押し当てる、煙で燻す、灰で低温ロースト、熱気で保温、といった具合だ。
「オーストラリアで働いていた店では、薪窯でパンも焼けば肉も焼いていた。パンは350℃で焼き始め、ランチに提供するスペシャリテの鴨は180℃で焼く。鴨を焼くタイミングにちょうど窯の温度が180℃になるように、パンを焼き始める朝の時間が決まるんです。つまり、薪窯の状態に料理人が合わせていく。そういうことができるとベストだなと思う」
●熾火で遠赤外線調理 「野鴨の薪火グリル」
●火を消した薪の煙で燻製 「クロダイの燻製」
●灰で低温ロースト 「根セロリのロースト」
●熱と煙で燻製 「大根の燻製」
【ヴィジョン】人と地球の営みを理解するために
MarutaがSNSにアップしたスタッフ募集の投稿は次のような文面を含んでいた。
・フードロスに対して何か取り組んでいる方
・ローカルファーストを実践している方
・野生の食材に対して知識や経験のある方
・複雑に構成した一皿の完成度より、シンプルに主の食材に対して最善のアプローチを模索して料理を作れる方
・植物の効能に対して知識がある方
・コンポストなどゼロウェイストに対して取り組んでいる方
飲食店での経験がない方でもこのような職能がある方は発揮する場がたくさんあります。
従来の飲食店での働き方に違和感がある方、レストラン未経験の方でもご興味ある方はぜひご連絡ください。
Marutaが薪火を使うのは、ここに書かれた文脈に連なる考え方だ。
石松シェフは言う、「この店の立ち上げ時から『薪火で何ができるんだろう?』と探し続けてきました。調理ができることはわかっている。でも、現代に都市でわざわざ薪火を使うなんて非合理ですよね? それでも薪火を使う意味って何だろう・・・。『そうだ、非合理だからこそ使うことに意味があるんだ』と気付いた」。
スイッチひとつで操作ができる電気やガスと比べたら、薪火は恐ろしく不便。人間はその不便を排除して、便利を追求してきた。だから、地球がこういうことになったんじゃないかって伝えられるのではないか? 不便には不便の面白みがあり、楽しみ方がある。それを引き出して、不便の魅力を実感してもらえたらいい。そんなふうに石松シェフは考えている。
石松一樹(いしまつ・かずき)
1988年、東京生まれ。調理師学校を卒業後、銀座の「カーエム」ほか、都内の有名フレンチレストランで修業を積み、2016年、27歳でオーストラリアへ。メルボルン郊外の大自然に囲まれたレストラン「ブラエ」で料理を担当。自家菜園や薪窯を持つその店での経験が、自然の火を身近に感じるきっかけに。帰国後、Marutaの立ち上げから参画。循環型レストランのあり方を模索する日々。庭に薪窯を造ることを計画中。
◎Maruta
東京都調布市深大寺北町1-20-1
☎042-444-3511
土曜、日曜のみ営業
ランチ 11:30 ドアオープン
ディナー 日没ドアオープン
https://www.maruta.green/
※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。
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