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FEATURE / ワールドガストロノミー

キッチンを超え、世界各地で進む

サステナビリティへ向けたトップシェフ達4人の試み

2018.09.06

text by Melinda Joe / translation by Yuko Wada

社会や環境に変化をもたらすアプローチを試みるシェフが増えるにつれ、「サステナビリティ」が食の世界におけるバズワードとなりつつある。「我われの職業においては、技術に集中することから、地球環境に配慮することや健康と福祉の問題を考えることへの転換が起きています」と語るのは、2018年度「アジアのベストレストラン50」サステナブル・レストラン賞を受賞した、レフェルヴェソンスの生江史伸シェフ。
サステナビリティの意味は、リサイクルすることや、オーガニックな農産物を使うことにとどまらない。世界の各地域にマッチした個別のアプローチが必要となる、幅の広い多面的概念なのだ。レストラン業界のグローバルなリーダーたちの視点を、いくつか紹介しよう。

山あいの小さな町が世界に教えられること。

©DanielTöchterle 「St.Hubertus(ザンクト・ウベルトゥス)」のノルベルト・ニーデルコフラーシェフ

ノルベルト・ニーデルコフラーは数年前に、ある先鋭的な決断をした。イタリア北東部のドロミーティ山脈にある、自身の三ツ星レストラン「 St.Hubertus(ザンクト・ウベルトゥス)」のメニューから、輸入食品を完全に排除したのだ。メニューからフォアグラや鳩が消え、仔牛の胃、ウナギ、川マスなど、ニーデルコフラーが生まれ育った南チロル地方特産の食材が、これに代わった。

ただ、最初は苦労も多かった。「食事客からしょっちゅう『フォアグラはないの?』とたずねられ、そのたびに、もう出さないことにしたのだ、と断らなくてはなりませんでした。やがて多くの客が来なくなりましたが、代わりに、我々がやろうとしていることを理解する新たな層が顧客になったのです」と、彼は当時を振り返る。

1996年にザンクト・ウベルトゥスをオープンしたとき、ニーデルコフラーは数年間の海外生活から戻ったばかりだった。料理の腕を磨くためロンドンとミュンヘンで過ごしてから、ダニエル・ブーレイのもとで働くためニューヨークへ渡ったのだ。帰国したニーデルコフラーはインターナショナルな料理を作り始めたが、すぐに「ここで海外から食材を取りよせても意味がない。それでは、この場所を実感できない」ことに気づいた。

やがて、「山を料理する」と自らが呼ぶ、地元を深く重視したアプローチをとるようになり、野生のベリー類や淡水魚などの地元食材に頼るようになった。チロル地方の台所で昔は見られなかったオリーブオイルの代わりに、ハーブ入りのグレープシードオイルを、レモンの代わりには風味の立った発酵食品を使っている。「山々を見て、周囲の空気を吸い、この地で育った食材を食べれば、全方位的な体験ができます」と、彼は言う。



その8年後、ニーデルコフラーはシェフの一団を集め、よりサステイナブルに働く方法に関するアイデアを交換した。その議論を世界に公開するため、2015年には、レストラン業界における倫理的問題を探求する年に1度のシンポジウム「CARE’s(ケアーズ)」を立ち上げた。食品廃棄物にフォーカスした今年のイベントは、世界中から多数の来場者を集めた。

スピーカーに名を連ねたのは「オステリア・フランチェスカーナ」のララ・ギルモア、ボゴタのレストラン「レオ」のレオノール・エスピノーサ、コペンハーゲン「アマス」のマット・オーランドなど。次回のイベントで、労働条件の問題に取り組もうとしているニーデルコフラーは「この業界のひどい働き方を変えなくてはなりません。でないと、我われはビジネスを続けられなくなる」と語った。



南米における、食を通じた社会地位の向上。

左から5番目、白いシャツの女性がレオノール・エスピノーサ

もともと活動家になるつもりなどなかったレオノール・エスピノーサだが、長年の政治的対立と麻薬取引によって荒廃した田舎の村を料理の仕事で訪れたとき、「食」こそが、困窮する地域社会に力を与える手段になりうることに気づいた。そこで、地元の農業を活性化し、食の伝統を復活させ、地元産商品に新たな販路を作る方法を探ることを、自らの使命としたのだった。

エスピノーサは、「そこには絶対的貧困にあえぐ家族がいました。その生活程度を改善する活動に参加したいと思ったのです」と語ると同時に、こうも指摘する。コロンビアは世界で2番目に生物学的に多様な国でありながら、「農業改革に対する政府支援がない」。

エスピノーサは、住民のほとんどが先住民とアフリカ系コロンビア人である地域に生産者のネットワークを作りあげた。今ではそこから、ボゴタにある彼女の2軒のレストランにエキゾチックで珍しい食材が供給されてくる。コロンビアの多様な生態系というコンセプトをベースにした彼女の現代的なメニューには、淡水魚ピラルクに、苦味のあるユッカや熱帯雨林産のフィッシュアイ・チリを添えたものなどがある。




しかし彼女の活動は、レストランの領域をはるかに超えている。2008年に設立したレオノール・エスピノーサ基金(FUNLEO)は、農業従事者が付加価値の高い作物を栽培することを支援し、固有種作物のために全国規模の販売チャネルを構築。そのおかげで、食材供給者の平均収入は30~50%上昇した。
エスピノーサは昨年、バスク・キュリナリー・ワールド・プライズを受賞し、賞金10万ユーロを受け取った。基金の運営を担当している彼女の娘、ローラ・エルナンデス・エスピノーサは、この賞金の大部分を、太平洋沿岸の人里離れた村である、コキに建設予定のガストロノミック・センターに費やすと発言している。
「地域の人びとが自分たちの食料を栽培できる菜園を併設したレストランを建設する構想です。ゴールは、文化ツーリズム、エコツーリズムに関し、彼らが自分たちならではの戦略を立てられるようにすることなのです」。

農村部において社会的安定が比較的に欠落していることが最大の課題のひとつだ、と彼女は言う。「時にはプロジェクトを中止し、状況が正常化するのを待たなくてはならないこともあります。こうした地域は非常に不安定で、麻薬取引の要所となっていることが特に問題です」。

それにもかかわらず、レオノール・エスピノーサは「でも、わたしを妨げるものは何もありません。問題に集中すれば、強さと結束力が生まれますから」と、きっぱり断じた。



東南アジアでサステナビリティ運動をリードする。

「Bo.lan(ボラン)」のシェフ、ドゥアンポーン・“ボ”・ソンヴィサヴァとディラン・ジョーンズ。



サステナビリティに関する活動では西欧に遅れをとっているアジア諸国だが、その意識は高まりつつある。タイ・バンコクで、東南アジア初となる大規模なサステナビリティ会議「{Re} フードフォーラム」が今年の3月に開催された。レストラン「Bo.lan(ボラン)」のシェフ、ドゥアンポーン・“ボ”・ソンヴィサヴァとディラン・ジョーンズが主催するこのイベントのテーマは、食品廃棄物や、シェフと生産者との関係、そして地元産食材についてだ。

レストラン業界、政府機関、農業部門から30人以上のスピーカーが招かれ、枯渇した漁場や清潔な飲料水、土壌侵食といった問題に対する地元ならではの解決策について討論した。「わたしたちは波風を立てることで、物事を別の視点から見るように人びとを促したのです」と、ジョーンズは言う。「参加者にとっては、普段は話すことがないような人ともつながれるチャンスでした」。

10年前に「ボラン」を開店してから、ソンヴィサヴァとジョーンズはタイにおけるサステナビリティ運動の最前線に立ってきた。有機農業にたずさわる生産者たちと協力しつつ、レストランのカーボン・フットプリント(温室効果ガス排出につながる活動)を最小化してきた。まずはプラスチック・ボトルをなくすための浄水作業から始め、今ではココナッツの廃棄物を炭に変え、グリルの火として使っている。残った灰は、地球に優しい洗剤となるアルカリ水作りに有効利用されている。




この2人組みによる最新のプロジェクトは、タイ北東部のイサーン地方に「食の森」を作ることだ。地元農家と一緒に、休耕田を、中央池や棚田があるパーマカルチャー農場に変えている。また、シナモンの木、豆野菜、ハミングバードフラワーなど、土着の植物も栽培している。

「今日、わたしたちが直面している問題の多くは、産業的な食品システムから生じています。食品システムが、悪い形の変化を起こしうるのだとしたら、良い変化を促すことも可能なはずなのです」と、ジョーンズは語った。



イギリスにおける自給自足への道。

「Native(ネイティブ)」のアイバン・ティズダル=ダウンズシェフ。



ロンドンの廃棄物ゼロ・レストラン「Native(ネイティブ)」にとっての基本は、採集した野生の食材。ここではアイバン・ティズダル=ダウンズが、鹿肉をはじめとする旬の狩猟肉や、野菜を剥いた皮や、魚の皮といった廃棄物を使い、独創的な料理を作っている。真の意味でノーズ・トゥ・テールのスタイルで、食事客には動物のさまざまな部位が供され、最終的に全部位がレストランで使用される。



Chef’s wasting snacks 廃棄されてしまう野菜を剥いた皮や、魚の皮を活用した一皿。

2018年7月にレストランは移転したが、ティズダル=ダウンズは農作物の自給のために垂直農場を導入する計画で、自らのチームの助けを借り、近所のコミュニティ・ガーデンで野菜を栽培する。ティズダル=ダウンズは「この方法で自給自足を行い、提供する料理をコントロールするのです。食の未来を担う動きとなるはずです」と話している。



Restaurant Data

◎ St.Hubertus(ザンクト・ウベルトゥス) /イタリア
Strada Micura'de Ru 20,39036
San Cassiano,Italy
https://www.rosalpina.it/italy-michelin-star-restaurants.htm

◎ LEO(レオ)/コロンビア
Pasaje Santa Cruz de Mompox, Calle 27b, No 6-75
Bogotá, Colombia
https://leo.meitre.com/

◎ Bo.lan(ボラン)/タイ
24 Sukhumvit Soi 53
Bangkok, Thailand
http://www.bolan.co.th/2014/

◎ Native(ネイティブ)/イギリス
32 SOUTHWARK STREET,
LONDON BRIDGE, SE1 1TU, England
https://www.eatnative.co.uk/





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